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プロローグ-憂鬱な旅立ち

 目が覚めた。光が溢れる不思議な空間に―――


「ああー!もう飽きた!こんな面接と書類仕事ばっかりもうヤダ!休暇が欲しい!きゅーかがほーしーい!きゅーかー!」

「駄々をこねないでください。世界を統べる女神のラミル様とあろう方が情けない。ほら、次の人間が来ましたよ」

「知らないわよ!もうあなたが勝手に処理してよ!私はもう働かないわ。ろーどーきじゅんほうに基づく休暇を要求するわ!」

「そんなこと言ってる場合ですか、ほら早く。後がつかえているんですから」

「むー!リルのいじわる!」


 急に眼前で繰り広げられる母親と反抗期の娘のような抗争劇。ラミルと呼ばれた女性は、輝くような銀髪のロングヘアに、ブルートパーズの瞳。方やラミルを宥めるリルと言う名の女性は、背中に一対の翼を背負い、オーダーメイドした西洋人形のような容貌を誇っている。二人とも、負けず劣らず人間離れした美貌だ。俺が中学時代に会っていたら、一も二もなく告白して玉砕しただろう。


 リルに叱責されたラミルが気だるげな様子で俺に向き直り、もう面倒くさいという感情を前面に出して応対してきた。


「ええ~っと。斉藤蓮、16歳。死因は通り魔に刺されて死亡かー、在り来たりね。それで、面倒だから説明は省くけど、あなたは転生と天界行のどっちが良い?」


 は?何言ってんだ、この女。確かに俺は、長らく続く引き籠り生活の最中、新しいゲーム雑誌の発売日に意気揚々とコンビニへ出かけ、その帰り道でパンストに包丁という変態ルックのキチガイに刺されたが、何故この女はそのことを知っている?てか、目が覚めるにしてもここは病院のベッドの上じゃない。ということは、俺はまさか……


「あのー、一つ聞いてもいいっすか?」

「なにー?何でもいいけどさっさと聞いてね~。後ろのこわーいお姑さんがうるさいから」

「誰が姑ですか」

「俺って……死んだんすか?」

「そうよー。死因は裂傷による失血死ねー。もういいかしらー、質問終わったならさっさと転生なり天界行なり選んでくれるー?」


 終始心の底から面倒そうに話してくるラミル。左手には煎餅、右手にはほうじ茶だ。とても今さっきその生涯を不慮の事故で終えた人間に対する態度じゃない。有り体に言うと、ぶん殴ってやりたい。


「それで、転生か天界行というのは?俺無知なもんすから、あなたの言うことがよく分かんないんですけど」

「もーメンドイわねー。転生は記憶を保ったまま異世界生き、天界行は霊体のままの~んびりと隠居生活を送ってもらうこと。転生の場合は、そのままか赤ちゃんからやり直すかあるんだけど、あなたはまだ若いし、不本意な事故だからそのままでいいでしょ。はい、説明終わり。どうでもいいからさっさと―――」

「うおおおおおおおおおお!」

「「!?」」


 急に咆哮する俺に驚愕する二人。そんな二人を尻目に、俺のパトスはその唸りをこれでもかと叫び立てる。


 だって、異世界だぜ!興奮しなきゃウソってもんだろう!


 高校に入ってから、背伸びして地元の進学校に入ったものの、勉強も運動もぱっとせず、容姿も十人並みの者しか持っていない俺は、当時嵌まり始めたネトゲに学校にも行かずに夢中に。その過程で、両親とは疎遠になり、妹からも落ちこぼれ扱いされる虚しい日々。それに別れを告げ、転生という異世界ロマンもので良くあるコースに今乗ろうとしている。こういう状況の定番は、女神や神々からチートな能力を授かり、冒険者ギルドで名声を上げ、そして魔王や邪神を倒してお姫様と結婚、ウハウハなハーレムライフを堪能するという夢のような生活だ。前世との天と地ほどの差に、俺の中の想像はどんどん膨らんでいく。


「びっくりした~。いきなり大声あげないでよ」

「ああ、ごめんごめん」

「で、あなたはどっちが良いの?転生それとも―――」

「転生で」


 即答。それ以外の選択などあり得ない。


「そ、じゃあ決まりね」


 そう言ってラミルが指をパチンと鳴らすと、俺の背後に白い扉が出現した。


「はい、あなたの面接終了。ああ、そこから異世界に旅立ってね」

「え……?」


 いきなりっすか?えっ、魔剣とか、チートな能力とかは?


「あのー……」

「何、まだ何かあるの?今日も他にたくさん面接しないといけないんだから、ちゃっちゃと旅立ってほしいんですけど?」

「言いにくいんですけど……異世界に行くにあたって、何か魔剣とか先立つもの的なものは……」

「魔剣……?ああー、あなたもそういう人か。申し訳ないけど、あなたたち下界の人間が言うようなチート?みたいな特殊な能力はあげられないわよ。そんなことしたら、送り出す世界の理が狂っちゃうからね」

「はあ!?」


 マジか!?チートもなしに、見知らぬ世界で暮らせと?そんなこと、万年もやしっ子の俺がジャングルの奥地に放り出されるようなもんじゃねえか!


「じゃあ、あっちの世界で暮らすだけの当面の資金は?貨幣社会が成り立ってないなら、食料とかでも良いんすけど……」

「それもダメ。その世界にある物は、その世界の物だけなの。つまり、他の世界からある物品をまた違う世界に持ち込んじゃダメってこと。神々が勝手な権限で、世界の所持品の行き来をしてはならないの。唯一の例外として神々の協定で認可されているのは、転生者の身体と死んだ時に身に着けている物、あとは、神々自身とその所持品。まあでも、神々は下界で活動する際には、大半の能力を制限されちゃうんだけどね」


 女神のあまりの言葉に呆然となる俺。最大限の譲歩として、チートな能力を諦めて金銭や食料だけでも工面して貰おうと思ったのに、こんな結果はあんまりだ。こんなことなら、蔑まれながらでもちゃんと生活の保障がされていた日本の生活の方がよっぽど良い。


「ざっけんなよ!何の取り柄もない俺が、単身異世界に放り出されて生きていける訳ねえじゃねえか!」

「そんなの知らないわよ。文句があるなら、協定の内容を決めた神々の中のお歴々に文句を言ってよ。私は、あなたの居た世界の神の一柱として、その理に従ってるだけなんだから」


 くそうっ!取りつく島もねえ言い草しやがって!神が自分たちの決めた理に縛られるというのなら、こいつはこの決定を覆さないのだろう。ただ一介の人間のために、そんな御大層な決まり事を曲げるとは思えない。


 腹の中の怒りの濁流を抑え込み、もうこれ以上この場に居たくなかった俺は彼女たちを背に、背後に聳えていた荘厳な扉に振り向く。


「わーったよ!じゃあもういいよ、俺は行くからな!」

「はいはい、じゃあいってらっしゃー……あ!」


 言葉の途中で何かに気が付いたのか、背後で声を上げ椅子を立つ音がする。少し気になったので、チラッと後ろを振り向くと、ラミルが俺の顔を覗き込んでにんまりと底意地の悪そうな笑顔を浮かべている。嫌な予感がした俺は、彼女に純度100%の作り笑顔で返すと、今までの逡巡は何処へやら、扉に向かって即時撤退を試みる。


「待って」

「……何でしょうか?」


 しかし、彼女に右手をガッシリ掴まれ、俺の危機回避判断は水泡に帰した。


「あなた、一人で異世界に行くのが不安なんでしょう?だったら私が付いて行ってあげるわ」

「は?」


 何言ってんのこの人。お前、神様だろう?神様が仕事ほっぽり出して他の世界行っちゃだめだろう。


「ラミル様、そのような事は認められません」

「あら、リル。神々の協定で決められた規定に基づくと、私は100年ぐらいは有給をとっても良いはずよ。それにこの人が困ってるみたいだし。そう、人助けよ、人助け!」

「何、屁理屈を捏ねているんですか。ラミル様の有給は、この10万年で使い切りました。次の有給休暇は、後263年ほど働いてからになります。ですので、早くその人を放して次の方の応対をお願いします」

「むー!リルのイジワルー!」


 リルの正論にラミルがむくれ、そのむくれた顔のまま、俺の方を向き直ってくる。長い引き籠り生活の弊害か、絶世の美少女の上目使いにくらりと来てしまう。


「ねえ、あなた!私に付いて来て欲しいわよね!」

「えっ、でもあんた、有給はもうないって―――」

「ねえ!」

「……はい」


 ラミルのあまりに強引な要求に押し切られてしまった。俺の返答を聞いたリルは、ハアと溜め息を零して出来の悪い娘のワガママを見るような表情になり、ラミルはリルの場所から陰となる方の手でガッツポーズをとっている。


「そう、そうなのね!あなたはそんなに私の助けが必要なの!そういう訳だからリル、私はしばらく下界に行って来るわ!書類仕事とか面接とか、後の事はよろしくね!」

「……分かりました。では特例として、ラミル様の業務は私が代行しておきます。物見遊山も結構ですが、刻限になったら帰還の意向を聞きに行きますからね」

「おっけー!それじゃ、久しぶりの下界ライフ。いってみましょー!」

「「……はあ」」


 ラミルの能天気な言葉に、俺とリルの溜め息がこだまする。こんなに憂鬱な異世界への旅立ちが、他にあるだろうか?


 ラミルの意気揚々とした足取りとともに、心持ち神聖さが薄れた白い扉をくぐった。

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