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夜の支配者  作者: 薬屋
1/1

訓練生


――今日は夜間の外出を禁止します

――繰り返します

――本日『夜の支配者』の時間が始まります

――建物から出ないで下さい

――誰が訪ねてきても決して窓、ドアを開けないで下さい

――本日『夜の支配者』の時間が始まります




 学校の宿泊訓練で夜間行動訓練がある。

 夜間でも昼間のように動き回れるようになること。

 それを目的として行われる。

 夜目を鍛え、昼間に見た光景を思い出し、目的地へと行くこと。訓練だが、迷子になっても死んでも助けてはもらえない。

 各自目標時間までに集合すること。

 だから目標時間に目的地に集まっていることは全然おかしいことじゃない。

 人数が足りなくても、それは本人の力が足りないせい。誰かのせいじゃない。それでも一応訓練だから、実は迷子になったりしても助けてくれる。死にそうになっても助けてくれる。ただし訓練生には戻れない。

 15人中2人戻らなかった。一人は崖で足を滑らせて失格。もう一人は迷子になってしまったそうだ。なのでそれから学べる事、覚えるべき事を教師が伝えている途中。

 訓練生である私はよそ見をしていた。丸くて黄色い月に影が走った気がしたから。何だろう。

 訓練生の中でも私は下の方。落ちこぼれ、とはっきり言われてしまうぐらいに悪い成績。それでも落ちる事なくここまでついて来ている。まだまだ余裕。

 だって私の事を落ちこぼれ、なんて言うのは中間から下位の訓練生。上位の人達は私のことを訝っている。何故落ちないのか。さらに最上位の何人かは私が毎回手抜きをしていることを見抜いてる。視線がとてもうるさいけど、私は手抜きを続ける。

 これからこの場所で対魔物模擬戦を始める。

 魔物と呼ばれる生物がこの世界に溢れてから数年。人間だってただ喰われているだけじゃない。対抗する術ぐらいは身につける。

 その集大成ともいえるのがこの学校。学校で徹底的に訓練に次ぐ訓練で対抗する術を学ぶ。

 武器を使い、魔術を使い、体術を使い、魔物を殺す。

 先生の術で出された模擬魔物を手際よく刈り取っていく訓練生。

 あっという間に私の番になった。

 目の前にはアーマーゴブリン。ゴブリンよりも強いが、どうせは下っ端戦闘員。教員も私のことを落ちこぼれと思っているのかしらと疑問に思ってしまう。

 ちらり、と見れば呆れたような視線。見下されてるなあ。

 手抜きをしているのでわざと慌てるようなそぶりを忘れない。慌てて左右を見渡す私の視界に、もう一度月が入る。何かの影、いまははっきりと人の形をしていた。人の形に、特徴的なその形。ざわり、と私の中のそれが騒ぐ。

 教員からの叱責。早くしろ?ああ、そう言うならば。私は指をぱちりと鳴らす。それだけで疑似魔物であるアーマーゴブリンは灰になった。

 静まる訓練生と教員。驚くほどの事でもないだろう。

 今何をした?見ていたなら分かるだろう。魔術は前もって仕掛けておけば、後は些細なきっかけで発動するなんていうのは基本だろうに。いつ仕掛けた?そんなもの、いつも仕掛けているに決まってる。

 私はもう一度ぱちり、と指を鳴らす。低級な魔物なら存在を灰に変える魔術でいいが、今、私の視界に入るそれはそんな魔術はきかない相手だ。

 私の手に現れた身の丈よりも大きな鎌。禍々しく赤く光る。

 訓練生も教員も再び黙った。今度は見て分かったのだろう。この鎌は異常だと。

 そこでようやく教員が気がついた。月にかぶさる黒い影に。

 翼をもつ黒い影に。

 悲鳴は余計にあれを引きつけるのに、そんな基本も忘れたのかしら?

 あまりにもうるさいので私はぱちり、と彼らを結界に閉じ込めた。邪魔はさせない。

 その結界にも何か騒いでいたけど、もう無視していいだろう。私が死なない限りは安全なのだから。

 私は大鎌に自分の手を切らせ、血を吸わせる。喜ぶように赤い光が黒く、赤く光る。既にその顔まで認識できる距離まで近づいた。それでも十分に距離はある。私が大鎌を振るのをにやけながらみるそれに、私もにこりをほほ笑んだ。

 大鎌を振り切る。赤く黒い光がそれ目掛けて飛んでいく。

 驚いたそれが避けようとするが、既に遅い。

 それは結界を張り、対抗する攻撃術を構えたようだがそれすらも無視して、私の鎌の一振りはそれを真っ二つにした。それと同時に私は真っ二つにした片方、頭がついてる方へと大きく跳んだ。術による支援もあり、一息に辿りつけた。驚くべきことにまだ意識があるようだ。憎々しげに赤い目がこちらを睨むが怖くない。

 先ほどの雑魚魔物にあてたものよりも強力な術を用意して、ぱちり、と指をならす。それは空中に落ち切る前に灰になり、地面には私とそれの下半身が残った。もう一度指をならし、それも消すと私は訓練生と教員を閉じ込めた結果に近づく。彼らは呆然と私を見ている。先ほどまでの落ちこぼれを見る目はない。

 まるで化け物でも見るような目だ。

 気にせず結界を解く。

 するとやっと軍が到着した。全員が軍服のどこかに赤い十字架が縫われている。それが意味するところはただ一つ。

 魔物の最高位である『夜の支配者』吸血鬼用部隊。

 軍人によって保護される訓練生たち。部隊の一人が私にも軍服を渡してきた。

 躊躇うことなく私もそれを羽織る。裾に小さく赤い十字架を縫い付けられている。袖には赤い線が三本。

 三本の線は最高位の印。つまりは私が部隊の隊長であることを示す。

 訓練生と教員の質を見る為に紛れていたが、実につまらなかった。

 質が落ちている。私が手抜きしていることに気がついた数名は、推薦状くらいなら書いてもいいかもしれない。

 部隊の一人に声をかけて、私は先に戻ることにした。

 訓練生として寮にいたが、それも終了。軍本部近くにある吸血鬼部隊用宿舎の私の部屋。久々にそこでゆっくりと寝よう。

 黄色く丸い月は、白々しく私の事を照らす。先ほどのそれ、吸血鬼と同じく赤く光る私の目を、白々しく照らす。




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