三題小説第二十四弾『琥珀』『祭』『鳥』タイトル『恋するカラス使いの葛藤と奮闘』
あれ? タマは?
祭に出かける前に餌をあげようと思ったのに、リビングに置いてあるケージの中にタマがいない。
「お母さーん、お父さーん。タマ知らなーい?」
家のどこかにいるはずの両親に呼びかけるけど、返事がない。
境内に出たのかな? とりあえず戻って来た時の為にケージに餌を入れておいてあげよう。
ふと姿見を見る。Tシャツとデニムパンツ。何の可愛げもないラフな私がそこにいた。
デートなら浴衣を着るだろうけど友達とちょっと周るだけだし別にいいよね。
ケータイの向こう、SNSで凛ちゃんは浴衣を着てくると言っていた。アバターまで浴衣を着てた。一日家を出る用事が無くても化粧をするのが女子力なのだ、といつも凛ちゃんは豪語している。そこに手を抜く余地はないみたい。
でも面倒くさい。だいたいうちの神社の夏祭りに他所行きの格好をするというのが腑に落ちないのよね。というか仮にデートする相手がいたとしてもうちの神社の夏祭りに行く事なんてないし。
「呼んだ? みっちゃん」
ひゃい、と変な声を出してしまう。
いないと思っていたのにお父さんがリビングにやって来て面食らった。
「ああいたの? お父さん。いたんなら返事してよ、もう。びっくりした」
「だから今返事しただろう。みっちゃんは気を抜き過ぎなんだよなあ。常に身構えてないと」
「そんな事よりタマがいないんだけど知らない?」
そう言って私は空っぽのケージを指差す。
「ああ。昼頃に出してあげたよ。可愛そうだろう。そんな狭い所に入れっぱなしじゃさあ」
「怪我してたんだから当たりまえでしょ。っていうか大丈夫だったの? 歩くのもままならないって感じだったのに」
「普通に窓から飛び出してったよ。今頃可愛いメスとデートしてるんじゃないかなあ」
「メスはタマの方ですけどね。ホントに適当なんだから。じゃあ私そろそろ出かけるから」
「彼氏? デート? お父さん許しませんよ」
「はいはい。早く神主のお仕事に戻ってねー」
厳格な父親ごっこをしている父親を置いて、家を出る。凛ちゃんとの待ち合わせの場所に向かう。
日は大きく傾いて、西の空が赤みを増してきている。夏祭りは始まったばかりなのにもう多くの人が集まって屋台から屋台へ行き来していた。メインイベントの打ち上げ花火はまだまだ先だし、盆踊りも始まっていない上メイン会場は隣の池がある公園なのに凄い人混みだ。
待ち合わせ場所の鳥居の下に凛ちゃんはまだいない。鳥居の上にはカラスのナナロンがいる。
こんにちは。ナナロン。君も待ち合わせ?
待ち合わせの時間なのにまだいない。凛ちゃんはいつもそうだけどね。
参道から離れた場所に設置されたベンチに座り、鳥居の上にいるカラスに向けて口笛を吹く。
ナナロンおいで。
するとカラスは舞い上がり私の隣に降り立った。常備している豆ケースから豆をあげると控え目な声でカアと鳴く。
いつでもどこでも来てくれるのはお前達だけよね。涙が出ちゃう。
しかしふと目を向けた先にある光景に私の心臓が高鳴る。そこには愛しの黄瀬君がいた。同級生でクラスメートで格好良くて優しくて運動はそこそこだけど勉強できる秀才な男の子。ちょっとぼんやりしたところもあるけれど、私の王子様だ。
慌ててカラスのナナロンを追い払う。カラスと戯れる姿がプラスに働く事なんてない。
ごめんねナナロン。恨まないで。あとでもっと豆あげるからね。
もう一度目線をあげると黄瀬君と目があってしまった。黄瀬君の宝石のようなキラキラとした目と私の日の立った黒豆みたいな目が合ってしまった。
反射的に右手をあげて振る。
あら、黄瀬君じゃない。こんな所で奇遇ね。カラス? 何の事? そんなの知らないわ。という風に手を振る。
黄瀬君もちょっと手あげてこちらにやって来た。
見られた? カラスと戯れている私を。違うの黄瀬君。あのカラスが何か勝手に纏わりついて来て、その、えっと。
「こんにちは。こんばんは、かな。黒井さんは誰かと待ち合わせ?」
「こんばんは黄瀬君。そう、凛ちゃんと待ち合わせしてるの。あ、堀田さんね」
「そうなんだ。今、何かカラスを追い払ってたけど大丈夫だった?」
ああ、優しい。さすが私の黄瀬君だよ。
「え、ううん。何だろう。私が出店の食べ物でも持ってると思ったのかな? 食いしん坊なカラスさんよね。黄瀬君も気を付けて」
黄瀬君が空を見上げてる。数羽のカラスが頭上を旋回している。
こら、お前達。邪魔すると承知しないからね。
「ところで黒井さん。琥珀を見かけなかった?」
え? 告白? え?
ぽかんとして黄瀬君の瞳から目が離せなくなる。
あ、違う。コハクか、コハク。コハク?
「コハク?」
「そう。琥珀。宝石の。黄色っぽい、橙っぽいやつ。僕が落としたのは欠片みたいな原石なんだけどね」
「え? コハクってあの琥珀? 黄瀬君宝石を落としちゃったの?」
黄瀬君! もうちょっとしゃきっとしなきゃ駄目だよ! そんなトコもステキ。
「そうなんだ。参ったよ」
黄瀬君はため息をついた。
これはもしかしてチャンス? いいえ。だめよ黒井三ツ華。黄瀬君の不幸を喜ぶようなものじゃない。でも、だけど。
「私も一緒に探そうか?」
「え? いいよ。悪いって。堀田さんと待ち合わせしてるんでしょ?」
「ううん、その事なら大丈夫。堀田さんならさっき来れないってメールがあったから。もう暇みたいなものなの。さあ、行きましょ」
ごめんね、凛ちゃん。でも凛ちゃんなら理解してくれるよね。
私は素早く凛ちゃんにメッセージを送る。
『ごめん。凛ちゃん。一緒に祭に行けなくなりました。事情は後で話します。』
「それにしてもカラスの多い神社だね。あちこち飛び回ってる」
黄瀬君が不安げな表情で空を見上げて言った。
ナナロン、もしかして怒ってる?
「それはそうよ、黄瀬君。ここはカラスを祭っている神社なんだから。 賀茂建角身命を祭神とする分社よ。きっと昔からカラスを大事にしていたから、カラスもカラスにとって安全な場所って認識してるんだと思う」
黄瀬君が驚いたような表情で私の顔を覗きこむ。
「そうなんだ。知らなかったよ。さすが神社の娘さんだね」
「私がここの子だって覚えてたの?」
「覚えるも何も神社の子って珍しいからね、当たり前だけど。黒井さんの友達じゃなくても知ってる人多いと思うよ」
そうだったのね。もう皆忘れているのだと思ってたけど。
「そっか。それと別にここのカラスは人を襲ったりしないから安心してね。さっきのも別に奪いに来たわけじゃなくておねだりしに来ただけだから」
「僕カラス苦手だからちょっと安心したよ。気が付いたらいつもこっちを見てる気がするんだよ。黒井さんはカラスにも詳しいんだね」
私は思いっきりかぶりを振る。
「そんな事ないないない。たまたまこの家に生まれたから結果的に色々と覚えさせられたってだけよ」
決してカラス使いなんかじゃないし。口笛吹けば眷族を招集出来るなんて事もないからね!
「それより黄瀬君。上じゃなくて下を見ないと見つかるものも見つからないよ」
私が黄瀬君の事を好きになったのは小学生の時だ。あれは忘れもしない小学4年生のある秋の日。唐突に私のあだ名がカラス女になっていた。
あの頃の私は人目をはばかることなくカラスと戯れていた。口笛を吹いて呼びつけ、変な芸を仕込んだり、野良猫にけしかけたりした。
それを誰かに見られたのか、ある朝突然ある男子にカラス女呼ばわりされ、他のクラスメートにも瞬く間に広まってしまった。だけど、それがあわやいじめに発展する前に黄瀬君が庇ってくれた。
黄瀬君が言うには私が子猫をカラスから庇っているところを見たのだという。
猫にカラスをけしかけた私は、カラスが野良の子猫にまで手を出し始めたのを見て後悔し、やめさせた。ところを黄瀬君は見かけたのだと思う。
かくして私はカラスと戯れる不気味な女子から猫を慈しむ優しい女の子にクラスチェンジした。凛ちゃんでさえ今でも私の事を猫好きだと思っている。
「何だか悪いね。本当は祭を楽しんでいるはずだったのに」
「いいのいいの。好きでやってるんだから。それに私毎回のようにお祭りを楽しんでるんだから別に一回くらいどうって事ないよ。気にしないで」
「そう? じゃあせめて何か食べ物を奢らせてよ。何か食べながら探そう」
突然屋台から漂ってくる良い匂いに気付いた。もちろんさっきから匂っていたはずなんだけど、黄瀬君の存在に浮かれて美味しい匂いに気付かなかったのかもしれない。
「いいの? ありがとう。それじゃあリンゴ飴にしようかな。私いつもリンゴ飴買うの」
「気が合うね。僕もいつもリンゴ飴を買ってるんだ」
私は近くにあった出店でリンゴ飴を買ってもらう。黄瀬君も自分の分を買い、二人で琥珀探しを再開した。
「それで黄瀬君。どの時点まで琥珀を持っていて、その後どこを通ったの?」
「黒井さんと会った鳥居の下で一度確認して、参道を通って境内まで行ったんだ。そこで無くなっている事に気付いて鳥居まで戻って来た」
「なるほど。それならこの参道のどこかにあるはずね」
「拾われてなければね」
「どういう琥珀なの?」
「どうって言われても、何の変哲もない琥珀だよ。ゴルフボールより一回り小さいくらいの大きさかな」
私がさっきまで想像していたよりも大きい。
「じゃなくて、何で琥珀を持ち歩いてるの? 何か特別な物?」
「うん」
続きを待つが出てこない。
参道を眺めるだけじゃなく、屋台と屋台との間に転がり込んでいないかも確認する。
どういう物? と私が尋ねる直前に黄瀬君が語る。
「尊敬している叔父に貰った物なんだ。叔父は古生物学者でね。恐竜の化石や琥珀に入った虫の事を僕によく語ってくれた。貰った琥珀は虫入りじゃないけどね。でも、僕が古生物学者になろうと決心したきっかけの物なんだ。そんな大事な物を持ち歩くなって話かもしれないけどね」
黄瀬君が哀しそうに微笑むのを見て、私は胸の締め付けられる思いになる。きっと見つけないとと決心した。好感度も上がるかもしれないし、と言う気持ちも心の片隅にちょっとあった。
その時突然閃くように思いついた。
「あ、そうだ! ごめん! 私なんて馬鹿なの!」
ホントにもう。こんな肝心な事を忘れてるなんて。
「どうしたの? 何か気付いた?」
「祭の日は専用の落し物預り所が設置されるの忘れてたよ。先にそっちに見に行くべきなのに。社務所の方にあるから行ってみよ?」
「ああ、そうなんだ? そういえばそういうの普通あるよね。完全に忘れてた」
私達は地面を探すのをいったん止めて境内の方に急いだ。
集会用のテントが設置された落し物預り所には色々な物が届けられていた。落し物について何やら手続きしている黄瀬君を尻目にカラスたちが空を舞っているのを眺める。
ナナロンはいなくなったけど、リプリーにコボタ、シェルール、サビュが私の方を見て尋ねるようにカアと鳴く。
口笛で呼んでください。そしたら飛んでいきますので豆をください。と言っているに違いない。
またも私の脳裏に一つ閃く。
っていうかカラスが琥珀を持って行ったんじゃない?
うわぁああぁあ。何で今まで思いつかなかったの? 普通に考えてそうでしょ? あいつら光り物集めるの大好きじゃん! 超好きじゃん! 浮かれ過ぎでしょ私! 何で気付かなかったの!?
と、とにかく何とかして確認しなきゃ。もしもカラスが犯人だなんて黄瀬君にばれたらどうなるか!? 好感度下がるだけならまだしも、二度と神社に近寄ってくれないよ! 下手したら私自身を警戒されてしまうかもしれない!
落ちつけ私。まだそうと決まった訳じゃない。そうだ。気の良いカラスたちでしょ。
黄瀬君が戻ってくる。その様子に結果は明らかだ。
「琥珀なんて届いてないってさ。そもそも本当にそんな物を落としたのか疑われている感じだったよ。当たり前だよね。普通信じられないよ」
「落ち込まないで黄瀬君。私はちゃんと信じてるから。まだ探してない所もあるわ。もうすぐ日が沈むし、そうなったら見つけるのも大変よ」
「カラスなら夜目が利くんだけどなあ」
「カ、カラス? カラスは今関係ないでしょ。早く行こう?」
黄瀬君だってカラスが光り物を集める習性くらい知っているはずだ。まだ思いついていないのか、それともその可能性を考えるだけ無駄だと思っているのか分からないけど。
私達は参道を逆に戻る。
さっきまでより人通りも少なくなってきた。日暮れも近いし、公園の方へと移動しているのかな。
石畳の道を眺めても琥珀の琥の字も見つからない。
物音が聞こえて参道の脇にある薄暗い林を眺める。タマがカラス達の中で戯れていた。喧嘩になるのかと思って身構えたけど、そんな様子でもないようで安心する。この林にカラスの巣が何箇所かある。
「あー、えーっと、黄瀬君? 私はこの林の中を少し探してくるから、黄瀬君は反対側の林を見てきて?」
「僕そんな所に入ってないよ?」
「まあ、そうだけど、なんていうのかな。こう落っこちた琥珀をさ。何だろう。こう、誰かが蹴っ飛ばして林に入っちゃったなんて事もあるかもしれないじゃない?」
「うーん? まあ、あるかもしれない、のかな」
「そういうわけだから」
そう言い置いて薄暗く木の匂いに満ちた林の中に分け入る。カラスの巣の位置はおおよそ把握しているので全体の中心辺りで立ち止まる。参道の方を見ると黄瀬君も反対側の林に入って行った。
こちらになければあちらでも探さなければならないのよね。どうやって言い訳しよう。
いつの間にかタマがいない。自由な奴ね。
私はここら辺の巣全体に聞こえるように、かつ参道の向こうまでは届かない程度の音量で口笛を吹く。出来るだけ高い細い音を一定の音域で響かせる。
途端、あらゆる方向から羽音を鳴らして一斉にカラスたちがやってきた。おおよそ20羽くらいのカラスが地面に降りたり、私の指示を待つ。
リーグン、シェミー、ナナロン、シェルール、ビーケ、エトセトラ。
私はもったいぶるように豆ケースを出し、カラス達に見えるように掲げる。
「今日集めた光り物を全部持ってきなさい!」
そう言って豆ケースをじゃらじゃらと振った。
カラスたちが一斉に飛び立ち各々の巣に光り物を取りに行く。
私の言葉をどこまで理解できているのかは分からないけど確実に『光り物』という言葉は認識しているはず。この指示で沢山のビー玉やおはじきを集めていたのは小学生までだったけど。
黄瀬君はまだ向こうの林で腰をかがめて琥珀を探している。もうかなり暗くなってきた。カラスは夜目が利くから良いけども、早くしないと黄瀬君の方が諦めてしまうかもしれない。
次々とカラスが戻って来て、私の前に光り物を置いていく。私も屈んで、そのカラス達の戦利品を選り分けていく。
ビー玉におはじき、ガラス片、一円玉、ヘアピン、瓶の王冠。琥珀らしきものは何処にもない。
私はじいっとカラス達を睨みつけるように見渡す。
本当にこれで全部なんでしょうね。羽根をもがれたくなかったら有り金全部出しなさい。
だけどカラス達は首をかしげるばかりだ。仕方ない。確かめようもない。
やっぱり神社全体に響き渡るくらいの口笛を吹いて全てのカラスを召集する? でもどうやって黄瀬君にばれないようにするの? 最悪今日は帰ってもらって……いやいやカラス達は今日集めた分しか持ってきてくれない。やっぱり巣の近くを周るしかない。
私は豆ケースから一握りの豆を取り出してばら撒いた。カラス達の豆争奪戦を残して私は林を出る。
向かいから黄瀬君もやって来た。参道の活気とは正反対、すっかり意気消沈という面持ちだ。太陽ももうすぐ沈んでしまう。
「ごめんね。黒井さん。すっかり無駄な時間を過ごさせてしまったね」
「私はそんな風に思ってないし、まだ諦めてもいないよ。ぎりぎりまで探そう?」
さてどう言って今しがた黄瀬君が探していた林に入ればいいんだろう。
「おーっとみっちゃん、奇遇だね」
お父さんが境内の方からやって来た。奇遇の使い方間違ってるよ。
私は大げさにため息をついてお父さんを睨みつけた。
「もう、こんな時に」と、私は呟いた。
「それに凛ちゃんも……凛ちゃんは性転換したんだっけ?」
一応黄瀬君に紹介しておく。
「この人は私のお父さん。特に気にしないで」
「そんな紹介ある? お父さんにも紹介してよ、みっちゃん」
黄瀬君には聞こえないように舌打ちする。
「こちらクラスメートの黄瀬杏葉君。それじゃあちょっと忙しいから帰ってくれる?」
「はじめまして。黄瀬君。祭は楽しんでるかい?」
それどころじゃないのにもう。
黄瀬君は少し困ったような表情で言う。
「すみません。実は大切な琥珀を失くしてしまって。くろ、三ツ華さんと一緒に探していたんです」
黒蜜ってあだ名だった時期もあった事を思い出した。
「それカラスじゃない?」
何言ってくれてんのおぉぉおおぉ。
「お父さん? そろそろ仕事に戻った方が良いんじゃない?」
「ここのカラスって落ちてる光り物を持って行く事があるからね。さすがに人から奪ったりはしないけどさ」
「そうなんですか……」
黄瀬君が縮んだかと錯覚するほどに落ち込んみながら言った。
「まあでもカラスに捧げ物をすると代わりに福が舞い込んでくるっていう伝説があったり……」
無理やり割り込み、お父さんに境内の方を向かせる。
「もう、頓珍漢なフォローはやめて! さっさと帰ってよ」
はいはい、と言い残して父は境内に戻って行った。
「なんか、ごめんね」
私の好感度までがくんと下がっちゃったよ。
「ううん。気にしないで。もしかしたらカラスかも、とは思ってたんだ」
「あ、そうなんだ」
「もしそうだとしたら、どうしようもないからね」
うぅ……。
「そ、その……」
「今日はさ。心残りがあったからここに来たんだ」
「心残り?」
「もしかしたら嫌な事を思い出せちゃうかもしれないけど」
黄瀬君が上目遣いで私を見る。
え? 何? 私? 嫌な思い出? そんなのいっぱいあるけど。
「昔カラス女ってあだ名された事あったでしょ?」
「あ、うん。あったね」
その日以来黄瀬君の事が好きになりました。
「その、黒井さんがカラスと遊んでいるのを見て話しちゃったの僕なんだ。いや馬鹿にするような意味ではなかったんだよ。むしろ鳥使いって感じでカッコいいと思って話したんだけど。あんな事になっちゃって」
「知ってるよ。あの後、猫を守ってたんだって言ってくれて、真っ先に庇ってくれたのも黄瀬君だったじゃない?」
「それとは別にきっかけになった方の目撃証言も僕だったんだ」
「そうだったの。まあでももう気にしてないよ」
それにもう5、6年前の話だし。
「そっか。そう言ってくれて嬉しいよ」
「それより心残りって何? 何の話?」
「ああ、海外留学するんだよ。明日日本を経つ予定で」
黄瀬君は何気なくさらりと言った。
「えええ! ちょっと! そっちの方が遥かに重要な事でしょ!? 何で言ってくれなかったの!?」
「ごめん。さっきの話ばかり考えてて忘れてたんだ。叔父さんみたいな古生物学者になりたくてさ」
「そういうのって大学入ってからでも良いんじゃないの?」
「まあね。でも早いに越したことはないかなって思って」
「黄瀬君の叔父さんと暮らすって事?」
「あれ? 言ってなかったっけ? そっか……。叔父さんはもう亡くなってるよ。あっちではルームシェアする予定」
後頭部をハンマーで叩かれたような衝撃が走る。
私はあまりにも楽天的に考えていた。それも自分の事ばかり。
「それじゃあ、琥珀は形見って事ね……」
「うん? そうなる? 生前に貰った宝物だから形見ってわけでも」
「形見と同じくらい大切でしょ!?」
「うん。それはそうだと思う」
黄瀬君の手を握る。参道を境内の方へと向かう。太陽はとっくに沈んでいて、街灯と提灯と屋台の明かりが光の道を作り出している。
「一つだけ試したい事があるからついて来て」
「う、うん」
三度境内にやってくる。もう関係者以外にほとんど人がいない。打ち上げ花火の時間も近づいて皆公園に移動したのだろう。
「ちょっと離れて待っててね」
「うん」
黄瀬君が十分に離れたのを確認して両手の人差し指と中指を口にくわえる。思いっきり息を吸い込み、思いっきり指笛を鳴らす。神社の隅々まで届く大音量だ。
途端に映画『鳥』のような大量の鳥のシルエットが空を覆う。羽ばたく音が耳を塞ぐ。こうも大量に呼び出すのは久しぶりな事もあってか恐ろしい。
だけどカラス達は従順に私の周りに集まるだけで不用意に騒ぎ立てたりはしない。
何も知らない祭のスタッフを神社側の人間が宥めているのが視界の端に見えた。
誰も私に近寄らないのはお父さんが側にいながら何も言わないからよね。それか単にカラスが怖いか。
「今日集めた光り物を全部持ってきなさい!」
それを聞いてカラス達は一斉に飛び立つ。
「く、黒井さん?」
私は黄瀬君の顔を見るのが怖くて振り返らずに返事する。
「もうちょっと待ってて」
しばらくしてまたカラスが集まってくる。各々嘴や足に光り物を携えて私の近くに降り立つ。本当に今日の分だけなのかな、と思えるほどに大量のガラクタが山積みになった。
「黄瀬君。一緒に探して。カラスは大丈夫だから」
私は屈みこみ、ガラクタたちを選り分ける。黄瀬君もやって来て手を突っ込む。
黄瀬君の表情を見てみたい。怖いもの見たさ、みたいな。一体私の事どう思ってるのかな。
使いきった使い捨てライター、何かのキャラのストラップやキーホルダー、アルミホイルの塊。全て選り分けた結果、琥珀は無かった。
残りの豆を全てカラス達にばらまく。
「ごめんね、黄瀬君。力になれなくて」
かつて私を助けてくれた黄瀬君の力になれない歯がゆさが辛い。
「いいよ、気にしないで。カラスにも見つけられなかったとなると多分誰かに拾われちゃった、とかじゃないかな。黒井さんは悪くないよ。もちろんカラス達もね。色々とありがとう」
「ううん。私こそ昔庇ってくれてありがとう。まあカラス使いなのは本当の事だったんだけど」
「いやあ、それにしても凄いね。これ神社にいるカラス全部なの?」
「うん、多分そう」
私はカラス達を見渡す。見知った顔ばかりだ。
「黒井さん、打ち上げ花火見に行こうよ」
黄瀬君は何気なくさらりと言った。
私は驚きのあまり変な顔になっていたはずだ。すぐに立て直す。
「行く! 行こう! あ!」
「どうしたの?」
見知った顔ばかりだけど……。もしかしたら……。
「ちょ、ちょっと待ってて。すぐ戻るから」
私は自宅へと駆けた。晩御飯の匂いがする。
靴を蹴り散らかして玄関を上がり、リビングに駆けこむ。
そこにはケージの中で何食わぬ顔で餌を啄ばむタマの姿があった。私の顔を見るなりぼけっとした表情でカアと鳴く。
私はタマの寝床をまさぐり、硬い小さな塊を見つけた。琥珀はタマが持っていた。私は安堵の息を漏らす。
本当に良かった。
メッセージの着信音が鳴る。凛ちゃんからだ。
黄瀬君とは上手くいった? と、それだけ書いてあった。
どこかで見られていたみたいだ。何をしていたと思われたのかな。
これから一緒に花火を見に行くよ、と書いて返信した。
私は琥珀を握りしめ、家のどこかにいるはずのお母さんに呼び掛ける。
「お母さーん。浴衣どこだっけー?」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
ご意見ご感想ご質問お待ちしております。
面白さは別にしても中々綺麗にまとまった気がする。起承転結のバランスもほとんどきっちり四等分した。
キャラ立ては頑張ったけど、若干少年少女が被ってる?
どうせならカラスと喋れるくらいにした方が面白かったかも。