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21.手加減はしない

今日はかなり短めです

 翌朝。まだ日が昇る前に、ヴァンとユノンは支度を済ませた。

 シャレットを殺しても、一度この町には戻ってくる。倒れた男の面倒を見なければならないからだ。一度関わったことは、最後まで責任を持たねばならない。

 もし、今から行うことを咎められたとしたら、捜索はしたが見つからなかったと嘘の報告をするつもりだった。


 ヴァンは魔鉱の確認をする。今回ばかりは黒色魔鉱だけを使ってはいられまい。得意な系統である風系の力を引き出せる、緑色魔鉱を装備する。

 横目でユノンを見る。暗がりの中で彼女は、腰のポーチに赤色魔鉱を詰め終えていた。そして最後に、首からかけたポシェットに、光り輝く魔鉱を入れていた。

 汎用魔鉱である白色魔鉱を加工して作られる、高密度鉱素結晶体。通称「輝石」だ。

 それを入れ終えると、ヴァンの視線に気づいて顔を上げる。キョトンとした顔は、仏頂面の彼女にしては珍しい、無防備な表情だった。


「ユノン、やっぱりその顔の方がいいぞ。いつもみたいな仏頂面だと、嫁の貰い手がなくなる」

「なっ……!?」


 瞬間、顔が真っ赤に染まる。


「よ、余計なお世話よ!」


 兄として適切なアドバイスをしたつもりだったが、そっぽを向かれる結果になってしまった。


「それよりもヴァン、もう用意終わったの!? 終わったんなら、出発するわよ!」


 ユノンは横を向いたまま、顔が赤くなったままだった。


「ああ、問題ない」


 腰には魔鉱剣。懐には、予備の魔鉱短剣。腰につけたポーチには大量の魔鉱。鎧の整備も行っておいたし、もう何も心配することはない。


「よし、行くか」


 二人して小屋を出る。空はまだ群青色で。星と月が見えた。北方には、ひと際大きな北極星が見える。まだ太陽は、地平線から顔を出していない。

 まだ肌寒い。手持ちの荷物から、毛皮のマントを取り出してユノンに着せる。「別に要らないのに……」とぶっきらぼうな返事をされるが、寒さで赤くなった顔で言っても説得力がない。

 ヴァンたちは門をゆっくりと開き、誰にも知られないようにして出て行った。そしてシャレットが逃げたであろう穢れの大地のある方向へと、駆け出した。

 身体強化を施し、街道沿いを走る。まだ暗く周囲の見通しは悪いが、しかし外界にいるうちは何ら問題ない。不意を打たれても倒せる相手しかいないからだ。

 少しずつ緑が消えて行く。最初のうちは木々も多く見られていたが、徐々にその高さは低くなっていく。そして草原のようになり、もうしばらくすれば荒野になるであろうといった辺りだった。


 ヴァンとユノンは、同時に気付き、止まる。

 ユノンが杖を構え、赤色魔鉱を取り出す。ヴァンはしかし剣を構えることなく、真正面を睨みつける。

 その視線の先には、一つの人影。


「お二人とも、こんな早朝に散歩ですか?」


 声の主は、二人にとって良く見知ったものだった。

 地平線の彼方から、太陽が昇る。


「お前こそ早起きだな、ルネ」


 照らされた人影は、鎧と大剣、そして腰に長剣を身につけたルネだった。

 ヴァンは目聡く、長剣へと視線を向ける。


「お前、それは……」

「魔剣、ですね。ここへ来る前、町長宅跡へ行って、見つけたんです。ヴァンさんたちが拾っていたらと心配しましたが……どうやらこの剣は、あなた方には扱えないようですね」


 その通りだった。

 魔剣は持ち主を選ぶ。騎士の才を持たぬ者には鉄塊のような重さを、才を持つ者には軽く扱いやすい剣として振る舞う。

 その力は、とても魔鉱剣では太刀打ちできない。鉱術の使えない、近接戦闘用の為だけに作られた魔鉱剣もあるのだが、魔剣はそれを軽く凌駕する。


「そんな剣を持ちだしてどうするつもりだ? 悪魔狩りにでも行くのか?」


 ヴァンの軽口に、ルネが歯をむき出しにして食いしばった。睨み、敵意が剥き出しになっていた。


「あなた方のほうこそ、今からシャレットさんを殺しに行くんですよね」

「それがどうした?」

「どうしたもこうしたもありません!」


 ルネの怒声が響き渡る。


「たとえ悪魔になろうが、シャレットさんはシャレットさんなんです! それなら、彼女を守らなきゃいけません。彼女を狙うのなら――」


 ルネが魔剣を抜く。

 澄んだ青白い刀身が露わになる。


「――僕はあなた方を倒します」


 正眼に構えられた魔剣が、清純な彼の心に呼応するかのように、淡く輝く。

 ――ルネに知られず、シャレットを消すという選択肢は失われた。

 それでも、ヴァンはシャレットを殺す。ルネに恨まれようと、復讐の為に狙われようと。それでもルネには、自分と同じ選択をして欲しくない。

 きっとルネなら気付くだろう。愛する人を守るためには、どんな道が残されているのか。


 悪魔となったシャレットは、これから人間を殺していくだろう。悪魔になる前の彼女がどういう人間であるのかなど構わずに。

 それを、ルネが許すはずもない。ならばルネは、愛する人を守るために選ぶ道は、一つしかない。


 それは、絶望しか残らない道だ。


 それでも、それ以外の道はないのだ。


「そのようなこと、させるわけにはいかない」


 ヴァンは、二つの意味でその言葉を発した。

 魔鉱剣を抜き、片手でそれを持つ。そして剣先をルネに向けて、言い放った。


「ルネ、お前が俺に立ちふさがるというのなら、俺はお前を排除していく。先に言っておくが――一切、手加減はしない」

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