20.魔剣
ヴァンはルネを気絶させ、小屋に寝かせた。バーボルの家に戻すことを、誰も望んじゃいない。バーボルも、彼を家には帰らせるつもりはないらしく、独りで帰路についた。
そしてヴァンは、独りで町長宅跡へと赴いていた。
というのも、バーボルが小屋を出る寸前に、気になることを言っていたのだ。「町長の家を調べてみてくれ。もう私には、必要ないものだから」と。
そう言ったバーボルの背中は、いつもよりも小さく丸くなっていた、いつものように精気溢れる様子はなく、年相応の老爺に感じられた。
町を、そしてシャレットを救うために、バーボルは実験に協力していた。しかし彼は、医者だ。人を救うべきなのに、人を殺さねばならなかった。
あくまで想像でしかないが、バーボルは死病の患者を、そのまま実験体にしたこともあっただろう。もしかすると、何ら健康に問題のない人ですら、病気と診断し、実験体にしていたかもしれない。
シャレットを守るために背負った罪。しかし、それでもバーボルは、シャレットを救うことが出来なかった
――本当の親なら、自分の命も顧みずに子供を守る、か。
ルネの言葉は、ヴァンには理解しえないことだった。
ヴァンは孤児だ。実の親はおらず、また孤児院にいたため、親となる人間もいなかった。親の愛情は知らず、また欲したこともなかった。
愛してくれるカノンがいて、愛すべきユノンがいた。それだけで十分だった。
けれど、それがなければ駄目だった。
ユノンが王都へと連れて行かれ、カノンと町を失ってしまった彼は、ただ一人きりで生きてきた。けれどそれは、二人の為の生だった。
自分のそれが、親の感情と同じとは思えないし、事実違うだろう。もしかすれば、肉親に対するそれとも違うかもしれない。
いや、違わなければならない。そうでなければ自分は……姉の、カノンのことを――
「……ちっ」
思考が逸れた。
今は、カノンのことも、ユノンのことも関係ない。
今は、ルネとシャレットのことを考えなければならない。
関係ない。そう、関係ないはずなのだ。
――本当にそう思っているのか?
己が内から染みだしてきた疑問。
――自分はただ、重ね合わせて同情しているだけではないのか? 本当は、ルネやシャレットのことなんて、どうでもいいんじゃないか?
自問自答しているうちに、彼は町長宅跡へと着いた。もう土煙は消え、しかし破壊されたその場所は誰の手も入らずに放置されていた。火事場泥棒を決め込む人間はいないようだった。
「……俺が最初の盗人か」
思わず苦笑し、瓦礫の中へと足を踏み入れた。
同時、鉱覚を最大まで上げる。
一瞬で、ヴァンの世界は入れ換わる。
白黒の、濃淡だけの世界。それは、鉱力から観測した世界。
ヴァンは純粋に鉱力のみを探る時、自分の感覚をこの世界へと入り込ませる。ここでは全てが鉱力の多寡で見極められる。ルネでもまだ踏み出せていない領域だった。
そしてヴァンは、異常な鉱力の奔流を見つけた。漏れ出すそれは、量こそ少ないけれど、その質は感じたことのないほど純粋で強烈なものだった。
肌が粟立つ。こんなにも強くて美しい鉱力があったのか。黒色魔鉱という粗悪な魔鉱ばかり使っていたヴァンからすれば、それは天界の光のようであった。
鉱力が噴出している場所へと近づき、瓦礫を払いのけて行く。そして瓦礫の中から現れたものは、四角い何かのようだった。鉱力世界からの観測では、視覚が役に立たず、何なのかわからない。触覚もかなり制限されているから、形はわかっても材質まではわからない。
腰を屈めて、鉱力が漏れている辺りに触れると、そこだけ欠けていた。どうやら箱のようなものが壊れていて、そこから鉱力が漏れ出ているようだ。
感覚、切り替え。
世界に色が戻り、手元を確認する。
ヴァンの手にあったのは細長い木の箱だった。一部分が欠けており、そこからだけ鉱力が感じられた。
「……この箱、鉱力を遮断していたのか」
これだけ強烈な鉱力を今まで感じなかったのにも頷ける。
中身は何だろうか。そう思って、持ち上げようとするが――
「くっ、何て重さだ!」
ヴァンが両手を使っても持ち上がらない。
仕方なく手を離す。そして、箱だけを開けてみることにした。
中には、一本の剣があった。柄は夏空のように明るく深い青色で、刃は新雪のように白に等しい青。涼しげな印象と同時に、荒れる吹雪のような厳しさも内包していた。
ひと目見て、これが何か理解した。
「これは、魔剣か」
魔剣――騎士の持つ近接戦闘専用の武器。
ならばこれは、ルネに渡さねばなるまい。鉱術師では持つことすら叶わぬ剣は、本当の意味で騎士にしか使いこなせないのだ。
しかしルネは今、気絶している。起きても、彼の心がまだ戦えるかどうかわからない。彼の心はもう、生き返らないかもしれない。
だからヴァンは、それを瓦礫の中に埋めた。誰かが間違って取り出さぬように、丹念に。そしてその上から、鉱術で土を被せて行く。
「何やってるの?」
振り返らずともわかる。ユノンだ。
「目が覚めたのか?」
「ええ。状況は良く分からないけど……」
振り返ると、表情は陰っていた。自分の不甲斐なさを悔いているのだろうか。
現状を一通り説明する。
「……そう。シャレットは逃げたのね。そして、ルネがマラキアの丘で倒した悪魔は、この町が作り出したものであり、またルネの親友であったものってわけか」
不憫ね――と、寂しげに目を細め、真っ赤な唇が震えた。
「ユノン。明日の早朝、ここを発つ」
突然のヴァンの決定に、ユノンは一瞬だけ怪訝そうな顔をした後、眉をひそめる。
「ヴァン、まさかとは思うけど、シャレットを追うつもりなの」
「違う」
一瞬、ユノンがほっとした表情を作った。
けれどそれは、次の瞬間に崩れ去る。
「シャレットを殺す」
ユノンが唖然とする。しかしそれはすぐに取り繕われ、瞬間的に怒りの表情へと変える。
「ヴァン、あなた自分が何を言ってるのかわかっているの!?」
それは奇しくも、ルネの言葉と同じだった。
「ああ、当たり前だろうが」
だから、答えも一緒だった。
ユノンが手を伸ばし、ヴァンの胸倉を掴む。そして自分の方へと引き寄せた。吐息が触れ合うほどの距離に、ユノンの顔があった。彼女の黒い瞳に、自分の姿が写り、甘い匂いが心を乱す。
動揺を隠しながら 振りほどこうと手を上げた時、目を吊り上げたユノンが、声を荒げて言い放った。
「シャレットと姉さんを重ね合わせるなって言ったの、忘れたの!? ルネはヴァンじゃないし、シャレットはカノンじゃないのよ!」
「…………」
ヴァンは、何も言い返せなかった。否、言い返すことなど出来なかった。
図星だった。
ヴァンは、ルネと自分を重ね合わせていた。だからルネを助けていたし、救われてほしいと思っていた。
けれど、それは叶わなかった。
それならばせめて、彼には知らずにいてもらおう。親友も愛する人も失ったルネに、これ以上の痛みを与えないように。
そんな自己満足に過ぎない、下手をすれば迷惑にしかならないことを、やろうとしていたのだ。
ユノンは、それ以上何も言わない。ただヴァンを睨みつけるだけだった。しかし、その視線がとても痛い。自分の全てを見抜かれた上で、射抜かれるようで。ヴァンはそこから、目を逸らすしかなかった。
二人の間にある沈黙は、やがてユノンの溜息によって打ち破られる。
「わかったわ。明日、シャレットを倒しに行きましょう」
ユノンが手を離す。諦念からか、やや投げやりに感じた。
「……すまない。面倒をかける」
「何を今さら。いつものことでしょ。それに私は――――」
そこで言葉を止め、僅かに顔をしかめたユノンは、一人ですたすたと帰路へと着く。慌ててヴァンも、その後を着いて行った。




