18.不死
シャレットを悪魔と断じたヴァンの言葉に、ユノンは息を呑む。しかし、ルネは胡乱げな表情を浮かべていた。
反応を示さないシャレットに対し、ヴァンはこう続けた。
「お前から感じる鉱力――以前のそれとは変化している。淀んでいる上にやたらと強く歪んだ感じ。器の方が、流れによって強制的に形を変えられているこの感触。以前、悪魔化した人間に直面した時と、全く同じだ」
「ヴァンさん、何言っているんですか?」
立ちあがったルネは、笑っていた。
「悪魔化している? そんなわけないじゃないですか。だってほら、シャレットさん、いつも通りですよ? 何も変なところなんてないですよ? どう見たって、普通の人間じゃないですか……!」
目には、涙が滲んでいた。
ヴァンは歯を食い縛る。辛そうなルネに、何も言ってやれない。
故にルネは、その答えをシャレットに求めた。
「ねえ、シャレットさん。シャレットさんは、悪魔なんかになっていませんよね?」
彼女に近寄り、両肩を掴んだ。
「ほら、ちょっと元気ないみたいですけど、いつも通りの姿で、いつも通りのシャレットさんだから――」
シャレットは体を沈め、右手の掌底をルネの下顎めがけ、思い切り突き出した。衝撃で、ルネの体が宙へと舞った。
無論、それは人の身で、女の子の細腕で出来る芸当ではない。
ルネの体が地に落ちる。
「あが……が……」
体自体は大丈夫なようだが、脳を揺らされて立ち上がれない。
遠巻きに様子を見ていた住民たちが、悲鳴をあげて散っていく。
「ユノン、シャレットを拘束するぞ」
「……ええ、わかっているわ」
悔しそうに、ユノンが声を絞り出した。
それを聞いたヴァンが魔鉱を追加しようとした、その瞬間だった。
いきなりシャレットが、ユノンめがけて駆け出した。この距離では、ヴァンは追いつけない。
「ユノン――!」
「きゃっ……!」
しかしその声が届く前に、ユノンはシャレットに当て身を食らわされた。ユノンの瞼が落ち、膝をついて、そして仰向けに倒れた。
シャレットがくるり、と顔をこちらに向けた。生気のないその目が、ヴァンを捉えた。
見誤った。その辺の金属悪魔なんかよりも、かなり強い。拘束なんて生温いことを言っている余裕はない。
ヴァンは、歯を食いしばって決意した。
殺す。
シャレットが疾走する。その速度は、ヴァンの本気と同程度。近接戦闘で戦うのは不利。
そう感じたヴァンは、火系鉱術「炎滅片」の基本術式を一部書き換え、容量に書き込む。そして容量を連結。
超高温の白炎球が現出。それが五個連続で、シャレットへと奔る。シャレットは「炎滅片」を避けるため、重心をずらそうとした。
しかしそれは、ヴァンの予想の範疇。
ヴァンが剣を振ると同時、白炎球はまるで意思を持ったかのように、シャレットの進行方向へと移動した。
そして、白球はシャレットに全部命中し、爆発。余波による極白の光が辺りを包む。
書き込んだ「炎滅片」の術式は、威力を落とす代わりに操作性を上げておいた。つまり、一度だけ方向転換を可能にしたのだ。
光が消え、高熱の揺らぎの中――シャレットはまだ生きていた。右腕が蒸発し、腹の半分が融解していたが、それでもなお健在だ。一発一発が、下級金属悪魔を一瞬で葬り去る術式というのに。
大怪我を負ってもなお走ってくるシャレット。そして、信じ難いことが起きた。
消し飛ばしたシャレットの腕が、根元から生えてきたのだ。腹も、空白部が徐々に銀色の金属へと変化する。そしてその後、肌色でコーティングされていく。
「ちっ、『不死』を持っていたのか!」
ヴァンは思わず毒づいた。
金属悪魔が悪魔の王者たるゆえんは、それぞれが持つ特性である。
その特性は多岐に渡るのだが、最も有名で恐れられているものが『不死』だ。
金属悪魔は、その個体の強さにもよるが、全身を細切れにしてしまえば、大抵は殺せる。しかし、多少の傷ならすぐさま再生してしまう『不死』の金属悪魔には、全身を一瞬で吹き飛ばせるだけの出力と範囲を持つ鉱術がなければ、倒すことは不可能だ。
そしてヴァンには、その二つが共にない。ヴァンのもつ、ほとんど唯一の弱点だった。
「……これは、ちょっと不味いか」
独りごちたヴァンは、鉱素変換機に黒色魔鉱を押し入れた。
シャレットが、あと数歩で間合いに入る。それを見極めると、ヴァンは自分から間合いを詰める。
零距離で、鉱術を発動。
同時、ヴァンの放った鉱術がシャレットを吹き飛ばす。そしてヴァンは、宙にいるシャレットへ向けて連射。シャレットは、宙で何度も跳ね飛ばされながら、町長宅の残骸の上へ落ちて行った。
ヴァンが使ったのは、風系鉱術「衝風撃」という、圧縮空気をぶつける術。それだけでは大した術ではないが、今のように、使いようによっては相手の動きを制限させることが出来る。
すぐに立ち上がるシャレットを視認し、ヴァンは風系鉱術「風縛封」を発動。
シャレットの足元から、上昇気流のように乱風が立ち込める。それは彼女を巻き込みながらも、しかしその動きを妨げることだけに徹する。
相手を縛り付けるだけの術だが、まだ鉱術を弾く術を知らぬシャレットには、その風から抜け出す方法はない。
ヴァンは「風縛封」の効果が切れる前に、連続して発動させている。それゆえ、シャレットはもう逃げ出すことはできない。
ちらり、とユノンを横目で見る。横たわる彼女に、意識を取り戻す予兆はない。
――魔鉱が尽きる前に、起きてくれ。
ヴァンでは、シャレットを殺せない。「不死」の特性の前では、ヴァンの鉱術は、威力も範囲も足りない。ユノンでなければならないのだ。
無論、その前にヴァンが限界になっては意味がない。鉱術師といえども、無限に術を放てるわけではない。鉱術は、使えば使う程、体に鉱毒が蓄積する。術を使わなければ代謝され消えてしまうが、使い続ければ鉱術が使えなくなる。
しかしヴァンは、底なしと言って良いほど鉱毒への耐性が高い。ユノンが起きるまでくらいなら、体は耐えられるはず。
しかし、先に意識を取り戻したのは、残念ながらルネだった。
「……うう」
呻き声をあげながら、ルネが瓦礫から這い出てきた。辛そうに右手で額を押さえており、その指の間からは、どこかで切ったのだろう血が流れていた。
顔を上げ、今の状況を察すると同時、顔色を変えてヴァンに駆け寄った。
「ヴァンさん、何をやっているんですか!」
思わず舌打ちをする。そしてルネには、見向きもせず、吐き捨てる。
「悪魔の……いや、金属悪魔の拘束だ。こうでもしなければ、シャレットは俺たちを殺しかねない。だから、その前に殺す」
「あなた、自分が何を言っているのか、わかっているのですか……?」
「当たり前だ」
震えるルネが絞り出した言葉に、ヴァンは率直に応えた。
ぎりりっ、とルネが歯を食いしばる音が聞こえた。
「ふざけないでください! あなたが殺そうとしているのは、シャレットさんなんですよ! たとえ……たとえ悪魔だとしても、彼女はシャレットさんなんですよ!」
目に涙をためて、声を震わせて怒鳴り散らす。
「……いい加減にしろ」
タイムラグが出来るのを覚悟で、霧系鉱術「幻夢」を発動。現出した白色の霧が、対象――つまりルネに、ヴァンの姿が消えたように錯覚させる。
ルネがヴァンを見失い、辺りを見回し始めた。それを確認し、身体強化した拳をルネの顎めがけて突き上げた。
無防備だったルネは、ヴァンの一撃をまともに食らって、天高く舞い上がった。そして、そのまま地面に伏した。気絶したのであろう、立ちあがる気配はない。
ヴァンはすぐさま「幻夢」を解除し、「風縛封」の効果が切れて自由になったシャレットを探す。
シャレットは、元いた場所から動いていなかった。鉱術の影響で衣服はボロボロになっていたが、傷は全て治ってしまっていた。身動きせず、瓦礫の上に立ちつくしていた。
すぐさま「風縛封」を使おうと思っていたのだが、ヴァンはその様子を訝しんだ。逃げるでもなく、戦うでもなく、ただ立つだけ。
そんな不気味な様子のシャレットが、口を開いた。
「あなたは」
とても冷たい、氷のような声だった。以前の優しい声とはまるで違う声色で、シャレットの唇から言葉が紡がれた。
「あなたは、私が人間だった頃の、友人でしょうか?」
「ああ、そうだな」
ヴァンが答えた後、シャレットは視線をルネへと移す。傷だらけのルネを、シャレットは無感動に見つめていた。
「それでは、あの方も?」
「ああ……まだ、友人だったな」
まだ。もうすぐその関係が変わるはずだった友人。
しかしそれにも、シャレットは何も反応しない。
正直、それがヴァンには堪えた。
違うはずなのに、まるでそれが以前の焼き直しのように見えて。
「訊きたいことはそれだけか?」
「私はあなたを殺せない。けれど、あなたも私を殺せない」
「……俺は殺せないが、俺たちは殺せるぞ?」
同時、ヴァンは「風縛封」を発動。現出した乱風が、シャレットを覆い始め――
「……はあっ!」
シャレットが、溜めの入れた手刀を横薙ぐ。するとシャレットが手に纏わせていた、悪魔自身が形成する鉱力が、ヴァンの生み出した風を対消滅させた。
予想以上の成長速度に、舌打ちをする。生まれて間もないというのに、レベル3の鉱術を消し去るとは。
しかし、打ち消されるなら別の手段を講じるまで。「衝風撃」をぶつけ続けても良いし、霧系の鉱術で惑わせても良い。土系は苦手な部類に入るので使いづらいが、それでも水系との併用で足止めくらいは出来るだろう。
どの選択肢を選ぶか、相手の動きを見て決めようと思っていた頃合いに、シャレットは走り出した。
ヴァンの方ではなく、門の方へ。
「逃げ出す気か」
ヴァンはそれを見届ける。追いかけても、ヴァンだけではどうしようもない。
シャレットの姿が消え、気配が薄れてから、ヴァンは剣を鞘に収めた。そして周りを窺った。
周囲は惨憺たるものだった。
町長宅は残骸になっているほか、ルネが吹き飛ばされたことで建物は半壊している。補填は誰がするのか知らないが、ヴァンではないことだけは確かだ。
ユノンはシャレットの攻撃を、ルネはヴァンの拳を受けて気絶。どちらも地に臥している。
辺りには、もう誰もいない。遠巻きにしていた人たちも皆、逃げて行った。
ヴァンは、瓦礫の下から発する鉱力を頼りに、生き残りを探す。しばらくすると、中から異装の男たちが現れる。外傷がある者もない者も、どれも一様に絶命していた。
ヴァンは、シャレットとの戦いの最中、瓦礫の下で鉱力が次々と消えて行くのを感じ取っていた。恐らく彼らは、瓦礫に埋もれて死んでいったのだろう。一瞬で死ぬこと無く、命を少しずつ削りとられるようにして。
死体を投げ捨て、そのさらに奥にある、未だ弱々しい鉱力を発するものを探し求める。
瓦礫と瓦礫の間。そして白衣の男たちが瓦礫に挟まった結果、僅かに空洞が出来ていた。そしてそこにいたのは、バーボルだった。来ている白衣はボロボロになった上、破れた箇所からは血が滲み出ていた。
光を感じたのか、バーボルは僅かに顔を上げ、弱々しく瞼を開いた。その黒の瞳孔が、ヴァンをみて開かれる。
「あ……あなたは」
「喋るな。あんたには死んでもらっては困る」
辺りの瓦礫を押し退け、弱々しい声を上げたバーボルを担ぎあげ、背に負ぶう。呻き声が聞こえたが、死んでいないのなら問題ない。その状態のままルネへと近づき、軽く蹴飛ばした。
「…………ううっ」
呻き声をあげ、片手で頭を抱えながら、上半身を起き上げた。あの一撃を食らってなお、覚醒後すぐに立ち上がれるとは。本当に騎士は身体能力が高い。簡単に己の不調を調整してくるようだ。
「ルネ、早く起きろ」
「ヴァンさん……!」
立ち上がるや否や、ルネはヴァンの胸倉を掴んだ。
「シャレットさん、シャレットさんはどうしたんですか!?」
「逃げた。方向から考えて、あの馬車があった方向だろう」
凄まじい剣幕のルネに、ヴァンは吐き捨てる。
悪魔は穢れの多い場所を好む。自然、金属悪魔などの強力な悪魔は、穢れの大地を、そして虚孔を目指す。
弱い悪魔なら穢れの大地では生きて行けず、外界で細々と生きる。けれどシャレットは人型の上、外見的特徴が見いだせない。人型の悪魔は、大抵は金属悪魔なのだが、強いものほど人間の姿に近い。
「あの強さなら、確実に穢れの大地に行っているだろう。何故、それほど強い悪魔になったのか分からないが……情報提供者は、ここにいる」
ヴァンが顎で背負ったバーボルを指し示した。
ルネの手が緩まる。しかしその目は先ほどよりも鋭く、バーボルを睨みつけた。しかしそれもすぐにやめ、ヴァンから手を離す。そして数歩後ろへと下がり、唇を強く噛み締めて項垂れた。




