16.違和感
本日、二回目の投稿です
今のルネの実力では、まだ身体強化と感覚強化の同時使用は出来ない。故に身体強化を捨て、感覚強化のみを行った。味覚以外の五感と、何よりも第六感と呼ばれる鉱覚を最大限にまで引き出し、辺りを探索する。
鉱覚は誰しもが持っているものなのだが、一般人のほとんどは感度がとても低く、鉱力を感じ取ることができない。だから、鉱術師や騎士のみが持つ感覚と呼ばれている。
そしてルネは、騎士として覚醒してから数日が経った今、わかったことがある。
鉱覚だけでなく、鉱力も全ての人が持つということを。
無論、そこには歴然とした多寡がある。しかしそのそれぞれに特徴があり、固有のものであるということも分かった。
故に今、鉱覚を何よりも頼り、ルネはルーヴェを駆けまわっていた。
ルネが今、鉱力を明確に識別できる人間は、五人だ。
ヴァン、ユノン、バーボル、ミラン、そしてシャレット。
ヴァンの鉱力は異常に多く、冬空のように澄み通っている。ユノンは多くはないが燃えるような存在感がある。バーボルとシャレットは平均的な町人の鉱力だったが、逆にミランは鉱力がほとんど感じられなく、まるで実体のない影のようだった。
ヴァンとユノンは、ルーヴェにいる限りは感じ取れる。ミランは、簡単には見つけられない。バーボルは家にいるだろうから、探すまでもない。
しかし、それらは些末なことでしかない。
ルネは、シャレットを見つければ良いのだ。見つけて、危ない目にあっていれば、助け出せば良いのだ。
自分には、そのための力が――騎士の力がある。
ルーヴェは、三角の形状をしている。東に一つだけ門があり、西端には教会と墓場。そして北端に、町長の家がある。
ルネは西端の墓場まで、色んな場所を迂回しながら奔走した。
町はもう人が働き始めており、いつもとは違う様子で走り回るルネを、怪訝そうに見つめていた。しかしそれを気にはしていられない。ただルネは駆けずり回った。
――どこにもいない。
やがてルネは西の端へとたどり着く。小さな聖教の教会と、十字の掲げられた墓ばかりがある。しかし、それだけだ。
ルネは踵を返し、そして北へと走る。
シャレットは滅多に町長の家の近くには行かない。母親が息を引き取ったのが、町長の家の前だと教えられていたからだ。
だから、ルネは町長の家の前に来た時、胸騒ぎがした。
美麗というほどではないが、他の建物と比較してもずっと立派な建物。もちろん町長として町を治めているわけだから、何かと見た目は重要になってくる。それを考えると、比較的質素な造りだろう。
その建物から、バーボルとシャレットの鉱力を感じたのだ。
それだけじゃない。ヴァンやユノンほどではないが、一般人にしては強い鉱力が、幾つも感じられた。
何かある――そう思い、一歩前へと足を踏みだしたときだった。
町長の家が、倒壊した。
轟音が聞こえた時、ヴァンは食堂にいた。
店長の妻であるミーシャに、昨日はシャレットを早めに帰宅させ、しかし今日はまだ来ていないという話、更に今朝から誰もシャレットを見かけていないという話を聞いた。少し不安げに目を臥すミーシャに対し、ヴァンは何も言えず渋面を作っていた時のことだった。
震動が起こった。
「きゃ……な、何よ!?」
ミーシャがよろめき、近くのテーブルに手を置き、体を支える。ヴァンはやや体のバランスを崩すが、それだけだった。
すぐさまヴァンが急いで扉へと向かい、外へ飛び出す。音の聞こえた方では、町長宅の当たりから土煙が舞っていた。
「ミーシャ。あんたは旦那さんの傍から離れるな」
ヴァンは魔鉱を魔鉱剣の鉱素変換機に押し込む。そして魔鉱を鉱力に変換し、身体強化を施す。そして一度の跳躍で屋根へと飛び乗り、民家を跳び移ってすぐさま町長宅へと辿り着く。
土煙が舞っていたが、煙越しに見える影の形で。町長の家は崩壊していることがわかる。音を聞き付けた住民が、それを遠巻きに見つめていた。
すぐ傍に、ルネがいた。ルネは呆けた様子で倒壊した町長宅を見つめていた。
「何があった?」
「わ、わかりません。僕が辿り着いて、シャレットさんたちの鉱力を感じたと同時に、崩れてしまって……」
「……くそっ」
シャレットが中にいたということは、この倒壊に巻き込まれているということだ。
「そうだ……シャレットさん……シャレットさんが中に――!!」
「おい待て」
粉塵舞い上がる倒壊した町長宅へと走りこもうとしたルネを、ヴァンが腕を掴んで止める。
振り返ったルネが必死の形相で怒鳴りつけてくる。
「離して下さい!」
「落ち着け。もう少し冷静になって、鉱力を探知してみろ。シャレットの鉱力なんて、どこにある?」
確かに、あの瓦礫にはいくつか鉱力があり、中には相当強力なものもある。けれど、ヴァンが覚えておいたシャレットの鉱力は、全く見当たらない。ということは、もう既に――
しかし、ルネはかぶりをふって否定する。
「あるじゃないですか! この鉱力……いつもとは違うけど、間違いなくシャレットさんのものです!」
「どれがシャレットの――」
言いかけて、ヴァンは違和感を覚える。
それが何か確認するため、己の鉱覚を意識的に強めた。
「……これは」
確かに、シャレットらしき鉱力が感じられた。だがしかし、ヴァンの感じた違和感の正体はそのシャレットの鉱力だった。
「どうして……これは、この鉱力は……!?」
ヴァンの口から洩れたのは、弱々しく震えた声。ルネを掴む手も震えていた。
これはシャレットの持つ鉱力じゃない。断じて違う。
この雰囲気は、まるで――
「あっ、シャレットさん!!」
ルネが、土煙の向こう側に人影を見つけていた。
白と黒の、ウェイトレス姿。やや虚ろな目ではあったが、彼女はふらつくこともなく、その場に直立していた。
ヴァンが何か言う暇もなく、ルネが彼女の下へと駆け寄る。
「待て、ルネ!!」
急いで彼を止めに走る。何か言ったところで、ルネが止まるはずもない。
この粉塵の中にいて、傷一つない? ただの町娘でしかないシャレットが?
そんな不自然極まりないことに気付かないほど、ヴァンは馬鹿でもないし、ルネのように冷静さに欠いていたわけでもない。
しかし、ヴァンがルネに追いつく前に、ルネはシャレットへと近づいていた。
「シャレットさん、大丈夫ですか!? 怪我とかは――」
言い終わる前に、シャレットの右手が、ルネの胴へ拳を見舞っていた。
まともに食らったルネは、後方へと弾き飛ばされ、別の家に衝突する。轟音を鳴らして壁を突き破って、ヴァンの視界から消えた。
あり得ない怪力。人間のものとは思えないそれは、鉱術師なら可能かもしれない。
けれど、シャレットに鉱術師としての才能はない。ヴァンはそう断言できる。
ならば、何があったのか――最悪の状況しか、ヴァンには思い至らなかった。
「……シャ、シャレットさん……?」
瓦礫からルネが顔を出す。さすが騎士といったところか、あの衝撃でも死なずに生きていた。しかし、理解できない現実に直面したルネは、今まで見たこと無いほど狼狽していた。
ヴァンの前方から、ユノンが走ってやってきた。ルネを一瞥し、粉塵の中に佇むシャレットを視認して眉をひそめていた。
ヴァンは足を止め、剣を抜いてシャレットに対して構える。
シャレットがこちらへと顔を向けた。その顔には、まるで生気が見られない。
そして、鉄錆の匂いが立ちこめていた。
「シャレット。お前、悪魔化したな」




