12.甘い
今日は夜に投稿できないかもしれないので、早めにあげます
武器の手入れを終えたルネが丘へ行くと、ヴァンが仰向けになって眼を閉じていた。胸が上下に動いているから、寝ているのだろう。
咄嗟にルネは、木の陰に隠れた。
チャンスだ。
ヴァンは「どちらかの勝利が決まるまでは、この丘にいるときは常に実戦と思え」と言っていた。故に、もう既に戦いは始まっているのだ。
息を殺して、ヴァンの様子を窺う。
ルネの持つ大剣に力が込められる。
聴力強化。
騎士になって目覚めた力だ。元々鋭敏になっていた五感を 異常発達させる能力である。
本来鉱術師は、魔鉱などから鉱力を抽出し、己の容量に送り込む。そこで術式を書き込み、外部に向けて変換・放出を行う。
しかしルネのような騎士は、一定値の鉱力を自己生成出来る。それは鉱術師にも僅かながら存在するのだが、騎士は量が桁違いだ。ルネはそれを使って身体強化や、いましがた使用した感覚強化を行っているのだった。
容量から、鉱力を抽出し、それを耳に送る。すると耳にある全ての器官が強化され、反応性が上がり、音を受け取りやすく、伝えやすくなる。
それによって、ヴァンの寝息から、彼が深い眠りについているであろうことが確認できた。
――行ける!
ルネは剣を構え、地を蹴った。
刹那で間合いを無くし、構えからそのまま剣を振り下ろす。そしてそのまま寸止めを――
「甘い」
両眼を瞑ったまま、ヴァンは魔鉱剣を手に取る。同時、ルネの眼の前に炎の壁が現出する。
「うわっ」
急いで剣を引き、再び集中力を高める。
――剣に鉱力を集めるイメージ。無色の鉱力をもって、色づいた鉱術を食らう感覚。
ルネが炎の壁に向かい、大剣を炎の壁向けて振るう。すると炎の壁は、剣線の道筋をたどって、左右に切断された。
――出来た!!
中心に道が出来る。しかしその先に見えた光景は、起き上がったヴァンが剣先をこちらに向けるというものだった。
「だから甘いと言っている」
同時、噴射された岩塊がルネの鳩尾を直撃する。衝撃で息が全て吐き出され、そのまま後方へ吹き飛ばされた。
背中から地面に叩きつけられる。
「……くっ」
胸骨が折れている。今のルネならば数時間で治るが、戦闘に支障が出る傷だった。
「怪我は戦闘では避けるべきもの。騎士とはいえ、一定以上の怪我は集中を妨げ、戦闘力を低下させる」
いつの間に近づいたのか、ヴァンがルネを見下ろしていた。
「せっかく隙を見せたのに、あれだけ気配を発していたら意味がない」
「気配は……」
顔をしかめる。声をあげると、胸が痛む。
「気配は消したつもり? ただの兵士だった時と同じようにしていただけだろう? それでは駄目だ。容量から滲み出る鉱力を隠さなければ、意味がない」
歯噛みする。ヴァンが隙を見せていても、ルネの剣は未だ届かないのだ。
そんな様子を見てか、ヴァンは肩を竦める。
「ま、お前はまだ伸びる。それに今のような戦い方は、今後の戦いにおいては必要になるだろうからな」
「今後……?」
傷の周辺に己の鉱力を集めることで、回復力を高める。同時に痛みを和らげるので、どうにか喋れるようにはなった。
それを知ってか知らずか、ヴァンはルネの疑問に答える。
「ああ。ユノンが、あの男を助けた時のことが気になるらしい」
そしてヴァンから、ユノンが疑問に抱いていることを教えてもらった。
「そうですか。確かに、おかしな話ですね」
「だろ? それで調査に行こうと思うのだが……ルネ、一緒に来ないか?」
「えっ?」
ヴァンが頬を掻く。
「いや、お前は穢れの大地を通ったこと、ほとんどないだろう? 首都からここまでは、安息地と外界と通れば問題ないはずだからな」
「はい、確かに僕は、穢れの大地に行ったことはほとんどありません。けれどそれが何か?」
「従者を手に入れるには穢れの大地に行かなければならないだろう? それなら一度馴らしておいた方が良いと思ったからのだ」
従者とは、騎士が持つ部下のことであり、同時にそれは屈服させた悪魔を指す。しかし穢れの大地は、外界や安息地ほど優しい土地ではない。どんなに騎士の才覚を持つ者でも、数回は穢れの大地を踏んでから従者を決めるものだ。
「確かに、そういうことも必要なのかもしれません」
しかしルネの表情は、曇っていた。
「でも、この町を離れるわけには……」
「それもそうか」
紛いなりにも、ルネは駐在兵士。勝手に勤務地を離れてはならない。前回はユノンに代理を頼んでいたが、今回はそういうわけにもいくまい。
「ミランさんにお願い出来れば良かったのですが……」
「……無理だろうな」
何せ、基本サボっている。気まぐれで働くことはあっても、飽きてすぐに姿を消す。
ヴァンが苦笑いをする。
「まあ、駄目元で一度行ってみるか?」
それを聞いたルネは苦笑した。
「まあ、駄目元ですからね」
「いいぜ」
は? と思わず言ってしまったルネとヴァン。
そこは町唯一の食堂で、酒も出している店だった。まだ昼過ぎの為、客はミラン独りだけ。奥の方で主人が、仏頂面で皿を拭いていた。
驚いた二人に、ミラン怪訝な表情を見せた。
「だから、いいって言ってんだよ。お前らがどっかに行ってる間、俺がルネの仕事の肩代わりをすりゃいいんだろ?」
「いや、それはそうなんですが……」
言い淀むルネ。正面から頼むのが気まずい。
ちらり、とヴァンの方を見て、視線を交わす。そして、ヴァンが口を開こうとした時、
「ミランさんがいつもサボっているからでしょ?」
と、ウェイトレス姿のシャレットがやってきた。手にはエールの入ったジョッキがあった。
どんっ、とそれをテーブルの上に置くと、泡が軽く飛び散る。それを見たミランは不愉快そうに眉をひそめた。
「んだあ? お前、客にそんな態度をとっていいのかよ?」
「そんな態度をとりたくなるような人だからでしょ。それに、あなたには何言ってもここに来るんだし」
「……けっ!」
事実だったようで、乱暴にジョッキを手に取り、エールをあおる。一気に半分近くなくなる。
「んで! お前らは俺に当番を変わって欲しーんだろ? ああん?」
酒臭い息をまきちらしながら、チンピラみたいな口調になるミラン。その乱暴さに、ややたじろいだ。
しかしヴァンは、すぐさま頭を下げた。
「すまん、よろしく頼む」
「えっ……あ、よ、よろしくお願いします!」
ヴァンの行動に驚いたルネだったが、慌てて同じように腰を折って頭を下げる。
「お、おう、まあ別にかまわねーよ」
やけに焦ったミランの声が、後頭部から聞こえた。
「恩に着る」
「ありがとうございます!」
ヴァンとルネが共に礼を言う。
「でも、何でミランさん、やる気になったんですか? そんなの、めんどくさがりそうなのに」
シャレットが疑問の声をあげると、ミランは舌打ちをした。
「飲み過ぎて金がなくなったから、働くっつってんだよ!」
ルネがちらりと顔をあげると、ミランは残っていたエールを一気に飲み干し、ジョッキを強く題に叩きつけるようにして置いた。
「んじゃな! つーわけで、代金はこいつら持ちな!」
「あっ、ちょっと!」
シャレットが止める間もなく、ミランは店の外へと出て行った。
「もう! またツケなんて。支払い、いくら溜っていると思ってるのかしら……」
シャレットが両手を腰にあてて、ぷりぷり怒っていた。
顔を上げたヴァンが、呆れた様子でルネに尋ねる。
「そんなに飲んでいるのか」
「いつも飲んでいますからね……仕事サボって」
ルネが頭を抱えながら返答する。そんなルネを見て、ヴァンは苦笑した。
「俺が気にすることではないか。ではルネ、金よろしく」
「はい……って、僕が!?」
「俺が金を払う必要はないだろう?」
そう言い残し、ヴァンはルネを置いて出て行った。
「意外とケチなのね」
しれっとシャレットが毒を吐く。ルネは苦笑いしか出来ない。
「でも、僕が肩代わりしてもらうのは確かなことだから……うん、今日の分くらいは僕が払いますよ。どうせ、そうそう使い道なんてありませんし」
「ルネ、無駄遣いしないもんね」
ふっ、と優しい微笑みを浮かべ、「飲み物持ってくるね」と言い残して奥へと戻って行った。
その後ろ姿を自然と目で追いかけながら、小さな溜息をついた。
穢れの大地へ行く。
確かに自分は、騎士なのだろう。力の引き出し方も、その使い方も、確かにわかるようになってきた。
それでも穢れの大地は、ルネにとって未知の世界。怖くないわけがない。
しかし、ヴァンとユノンが一緒なのだ。それほど心配すべきことではないだろう。無論、自分の身は自分で守ることに変わりはないのだが。
しばらくすると、シャレットが盆に飲み物を入れて持ってきた。酸味の強い果物を使ったジュースだった。薄い黄色のそれを、テーブルに置く。シャレットは体面で椅子に座った。
「ねえルネ、さっき言ってたのって……」
「……ああ、ミランさんの。アレは――」
正直に言おうとして、しかしシャレットの表情を見て躊躇いを覚えた。
自分がマラキアの丘へ行くと決めた時と、同じ顔だったのだ。不安を押し隠して、けれど隠せていない。
それを見るのが、とても辛くて。
ルネは笑顔を作った。
「アレは、調査の為です。ユノンさんを連れて、マラキアの丘へ、ですね。僕には実地体験が少ないので、ヴァンさんが連れて行こうって言ってくれたんです。悪魔は出てこないだろうけど、色々と調べることがあるそうなので」
「……そっか。うん、頑張って!」
ほっ、としているのが良く分かった。笑顔に影がないからだ。
だからルネも笑う。嘘をついたことに、胸を痛めながら。
ルネはカップをとり、ジュースを口に漬けた。
「あっ、美味しいですねこれ」
「でしょ? 南の大陸の、ボッツあたりじゃなきゃとれない果物なの。たまたま手に入ったから、店長がくれたんだ」
「へえ……ありがとうございます」
奥にいた店長に、ルネは会釈をする。ちらりとこちらを見た店長だったが、何の反応を示すことなく皿に視線を落として拭きだした。無愛想だが、いつものことだ。
ルネはもう一口、ジュースを飲んだ。
この苦くて酸っぱい飲み物は、確かにルネには美味に感じられた。
微かに感じる甘味が、胸に優しさを分け与えてくれた。
明日も投稿できるように頑張ります
良いお年を




