1.始まりの犠牲者
以前、新人賞に投稿したものを改稿して載せております。
自分の好きなものを突っ込みまくって、好きに書いた作品です。
よろしくお願いします。
灰色に濁った大地に、灰のような砂が吹きすさぶ。灰色の厚い雲に遮られ、日差しはほとんど入り込まない。鉄錆の匂いが立ちこめるこの場所に、生物の気配はとても希薄だ。
ここは穢れの大地。人を蝕む穢れで満ちた、悪魔の領域。
そこに、二つの人影があった。薄茶色の外套を全身に纏わせ、フードで頭部も隠している。祓穢外套と呼ばれるそれは、砂埃だけでなく穢れをも軽減する特殊な衣装だ。
歩き並ぶ二人のうち、片方は背が高かった。フードから見え隠れする緋眼は鋭い。少しだけ見える前髪は白銀であるが、見える肌の張りから若者だとわかる。その身の高さから、男だというのが妥当であろう。
対称的に、もう一つの影は小さい。フードから見える髪は黒く、少し吊った大きな目は黒瞳。体格から子供のようにも感じられた。
突然、背の高いほうが立ち止まる。そしてすぐにマントの内側から、長剣を取り出す。柄頭にはガラス様の透明な半球体――鉱素抽出器が取り付けてあった。
「どうしたの、ヴァン?」
背の小さい方が、背の高い方に声をかける。砂糖菓子のような甘い声の持ち主だった。
「…………」
ヴァンと呼ばれた男は、剣を左手で無造作に持ったまま、虚空を睨んでいた。
しばらく経ち、
「……あれか」
響く低音で呟くと同時、右手を腰のポーチに入れてある、ごつごつした黒色の塊を取り出した。黒色魔鉱と呼ばれるそれを、剣の半球体に押し込む。何の抵抗もなく入ったその鉱物は、内部で分解される。
幾ばくもせぬうちに、半球体が淡く輝き始めた。
同時、背嚢を放置し、ヴァンが駆け出す。砂塵を巻き上げ、風を追い越す速度で走り抜ける。
そして、
「あいつか」
茶色い熊らしき生き物を見つけた。背を向けたそれの周囲には、男ばかり数人が倒れていた。
ヴァンは少しだけ離れて立ち止まった。
「グルルルル……」
ヴァンの存在を感じたのか、その生き物が唸りながら振り返った。
手が六つ、目が四つもある。更に牙が異常に発達しており、胸のあたりまであった。そして口には、ねっとりと赤い血が付着していた。
穢れを糧とし、人を襲う異形の怪物――人はそれを、悪魔と呼ぶ。
その悪魔が持っていたのは、人間の、女だったもの。
既に頭はない。
食らうために邪魔だったのか、服は剥ぎ取られていた。また右半分が食い千切られ、腕も乳房もなくなっていた。食い千切られた部分からはピンク色の腸がはみ出し、赤黒い血が滴り落ちていた。
「グルル……」
悪魔の唸り声を合図にするかのように、ヴァンが剣先を悪魔の眉間に向けた。
同時、剣先から炎が生まれ、螺旋を描きながら悪魔へと迫り、直撃する。
「グオオオオオオオオオオオオッ!!」
痛みから悪魔は食べていた人間を放り投げ、一対の手で額を抑えて暴れ出した。
「弱いな」
吐き捨てたヴァンは、そのまま前方上空へと跳躍する。空中で体を捻りながら、刃に炎を蓄える。そして燃え盛る裂刃を悪魔めがけ、一閃。
真っ二つに切り裂いた。
男は着地の衝撃を膝で吸収しつつ、その勢いを使って後方への跳躍する。それと共に、外套が外れた。
直毛の銀髪に、燃えるような緋色の瞳。吊り上がった目から放たれるのは、触れば切れそうなほどに鋭い眼差し。鼻筋の通った端正な顔立ちだが、目つきの悪さが彼の容姿を悪くする。漆黒の鎧を装備し、腰に革製のポーチを付けてある彼は、剣を無造作に持ったまま、悪魔を見据えていた。
真っ二つに切り裂かれた悪魔は、その割れた体躯が炎で包まれ、絶命した。
炭になった残骸を横目にみつつ、彼は犠牲者の下へと歩く。
食われていた女性以外に、五人いた。誰一人として武装していない。少し離れた場所に、破損して動けなくなったらしい馬車があった。血臭酷い中、ヴァンは一人の男の首元に、屈んで手を当てた。
「こいつはもう駄目か。こいつは……ギリギリ大丈夫か」
他の男の首筋に触れ、呟いた。
まだ若い、二十歳前後の男だった。身なりはそう悪くないため、日雇いの人間ではないだろう。顔は土気色で、生気は薄かった。
首元から手を退け、腰に吊るしていた袋を開き、その中から薄紫色の花弁を取り出す。そしてそれを、彼の口の中に無理やり押し込んだ。両手を使って顎を動かし、咀嚼させる。
数回それを繰り返した。
「こんなものか」
手を離す。倒れた男は、先ほどよりも血色が良くなっているようだ。
辺りのほかの人間の脈も確かめて行ったが、他は全滅だった。
「酷いわね」
「……ユノンか」
ヴァンが振り返ると、そこに先ほどヴァンと一緒にいた、マント姿の女がいた。ユノンと呼ばれたその女は、ヴァンが置き去りにした荷物を背負い、ヴァンを追いかけてきていた。
「こいつらも馬鹿ね。穢れの大地を渡るのなら、鉱術師を雇うのは当然なのに」
「雇った奴らが逃げたのかもしれんぞ?」
「どちらにせよ馬鹿よ。低級な獣の悪魔ごときで逃げ出すような、雑魚を雇うなんて」
彼女は近くまで来ると、その荷物を無造作に地面に置き、外套の中から杖を取り出した。杖頭には、ヴァンの持つ剣の鉱素抽出器と良く似た、ただし球形のものがついていた。
「人だからといって、弔いは不要だ。燃やさなくていい。魔鉱が勿体ない」
「……それもそうね」
ユノンが杖をしまったのを確認して、ヴァンが立ち上がり、自分のマントを拾う。それで倒れた男を包み、そのまま背負った。
「ユノン、目的地を変える」
「どこに?」
「ここから一番近い、ルーヴェという小さな町だ。目的地のハーペンスは遠いし、一番近い大都市でもダルグベルンだ。あそこまで、この男を背負いたくはないからな」
「……ったく。中途半端にお人よしなんだから」
ユノンは溜息混じりに、置いてあった荷物をかついで歩き出した。
「すまん」
「気にしないでいいわよ。いつものことじゃない」
背を向けたまま、無造作に手を振ってユノンが応えた。
今日は4話更新します。