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blanket “if”   作者: 璢音
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もし、月華が一日誰かと入れ替わってしまったら②

こんにちは。久々に続きを投稿してみました。一応前々から出来上がっていたので、投稿しただけなのですが。


将来の為に執筆が出来ないでいる中、執筆がしたくてしょうがないです。

昨日の事件も落ち着き、やっと平穏な日常に戻れると思いながら起床した午前10時。いつもより遅い時間に起きた事に驚きながら、普段と同じように洗面台の鏡を覗きに行く。寝ぼけているせいか、あっちこっちによろよろと進路を変え、やっとの事で洗面台についた。


洗面台の鏡に映るのは、見覚えのある愛らしい顔。ライトブラウンの肩まで伸びた髪。ちょっぴりついている寝癖。目立つペリドットのような透き通った色をした瞳。こ、この顔は……千佳ちゃんだ。間違いない。試しに近くにあったヘアゴムで目のあたりにかかる前髪を結ぶと、いつもの彼女の姿が鏡に映った。


「こ、今度は千佳ちゃんと!!?」


驚きのあまり大声を出すと、どこからか気だるげな自分の声が聞こえてきた。


「ふあ〜ぁ。よく寝たぁ」


のんびりと欠伸や背伸びをしながら、私の姿をした誰かがやってくるのが見える。ただ、私が千佳ちゃんの姿になっているのを考えてみると、相手は千佳ちゃんの可能性が高い。


私は敢えて私が月華であるとは言わずに、千佳ちゃんに話しかける。


「おはよう千佳ちゃん」


「おふぁ…おはよ私…」


寝ぼけているのか独り言だと考えたのかは分からない。ただ千佳ちゃんは鏡に話しかけるように、何の疑いもなく挨拶を返した。…が、すぐに異変に気付きビクリと体を震わせた。


「何でッ!?私が二人いるぅ!!まさかドッペルゲンガー??え、私死んじゃうの??ヤダヤダぁ、まだ紫綺くんといちゃラブ生活してたいのにぃ!」


さっきまで言っていた事が嘘のように現実と記憶と知識を結びつける千佳ちゃんに、私は罪悪感を覚え、即座に経緯を話した。


「…という訳。」


紫綺さんとの件もあり、説明には慣れてしまった。しかも前回と違い、理由がハッキリしている。だからこそ、前回よりかはパニックになっていない。千佳ちゃんは、違うみたいだけれど。


私の髪を驚きの表情で触り、それが自身になってしまっている事を再確認すると、千佳ちゃんはこちらに向き直り少しにやりとして言った。


「アタシってこんな感じなんだね。そっかぁ。これじゃあダメだよなぁ……でさ、物は相談なんだけど、一日この体借りてて大丈夫?」


「るびあさんに飲まされた薬の効果で入れ替わってるみたいだから、一日経てば直るよ。それまでは私達はどうしようもないから、大丈夫もなにも、そうするしかないかな。」


「そっかぁ。じゃ、遠慮なく借りまーす!んっと、この事は皆には内緒で。ね?いいよね月華ちゃん??」


「分かった」


特に異論はないし、前回も楽しかったので快く承諾。すると千佳ちゃんは嬉しそうに微笑んで、台所へ軽やかにスキップしていった。


「でわでわ月華ちゃんに、千佳ちゃん特製の朝食を食べてもらいまーす!」


千佳ちゃんはそう言って、手際よく準備を始める。普段から紫綺さんにお弁当を作ったりしているみたいだし、料理の腕は確かだろう。ただ、紫綺さんがお弁当を食べているのかは謎だけれど。


「月華ちゃんってさ〜、朝食はパン派?ご飯派?」


ソファーに座り、色々考えている私に突然質問が投げかけられる。私は少し考えてから、パン派だと答えた。


「そうなんだ〜。アタシはご飯派かな!」


調理の合間もこうして会話を盛り上げてくれるのが、美容師さんのようだなとクスクス笑ながら、私は出来上がりを待った。その間、今日のスケジュールについて考えていた。千佳ちゃんの姿を借りている以上、下手な真似は出来ない。


「ほーい、千佳ちゃん特製オムライスだよ〜っ。」


暫くしてテーブルに運ばれてきたのは見事な焼き加減の卵の薄焼きが乗った、オムライスだった。テーブルに置かれる前からその匂いと湯気に食欲をそそられる。


「ケチャップはお好みでどーぞ〜。」


ケチャップの容器を差し出して、千佳ちゃんがニコリと笑った。私はありがとうと一言添え、容器を受け取る。一方千佳ちゃんは、ケチャップを掛けずに食べ始めた。


「ケチャップ掛けないの?」


あまりにも不思議な行動に、私は思わず質問を投げかける。すると、返って来たのは驚きの答えだった。


「前はケチャップで絵を描いてたんだけどね、描いたら描いたで絵を崩したくなくて、食べれなくなっちゃってさ。だから今は描かないようにしてるんだ。」


恐らく、千佳ちゃんはケチャップで紫綺さんの似顔絵を描いていたのだろう。しかし、紫綺さんの似顔絵を描いてしまった以上、スプーンで絵を崩す事さえしたくなくなってしまい、オムライスが食べれないと。だから今はつけないで食べている…、なんとも千佳ちゃんらしい理由だ。



流石に私は絵心もあまりなく、また、このオムライス程のスペースにケチャップで何かを描くとすれば、多分単純なマークしか描けないだろう。


私は少しの間悩んでから、いつもと同じように波線を描いた。歪な波線になってしまったからか、千佳ちゃんはクスクスと笑ってこちらを見ている。


「月華ちゃんってば、意外に不器用なんだね。可愛いっ!…そっか〜、だからモテるのかぁ。」


「モテる…?それはないよ。私、今までに彼氏とか出来た事ないもん。」


千佳ちゃんの話に対し、真面目に回答をすると千佳ちゃんは目をまんまるにして驚く。手から滑り落ちたスプーンが食器の上に落ち、カチャリと鳴って、またその力で少しあがり、またカチャリと音がした。段々とその間が速くなり、とうとう食器の上でスプーンが落ち着いた。


「「え?」」


私は千佳ちゃんの驚き様に、千佳ちゃんは私に対しての何かに、疑問を抱いたらしい。

二人揃って「え」という一言を感想とした。


「な、ないの?彼氏作ったこと。」


「そ、そんなに不思議かなぁ…?千佳ちゃんから見て私は彼氏がいるように見えるの?」


「いるように見えるっていうか、その、男の子からの支持が凄いだろうし、月華ちゃんってお人好しだから、付き合ってって言われたら断らなさそうだし。」


後半については確かにそうかもしれないけれど、前半はありえない。今まで告白されたことなんて、一度もないし。


「……今までに告白された事なんて、ないよ?」


「えぇーっ!?」


またもや驚く千佳ちゃん。その顔が私のものなので、変な感じがする。

千佳ちゃんは驚いて大声を出したあと、何やらぶつぶつと独り言を言い始めた。……いや、私が聞いている時点で独り言ではないけれど。


だったら私はどうなる?だとか、ハードルが高いだとか。表情からして何かを心配しているような、そんな雰囲気を醸し出している。その手に持ったスプーンも、オムライスをすくう事なくただすくう動作を見せる。


千佳ちゃんの時々見せる、こんな表情はいつもの事もあってこれはまたこれで魅力的だ。普段が明るい人が急にしょんぼりしていると、何だか守ってあげたくなってしまう。普段が明るければ明るい程に。


「うーん…今考えても仕方ない、かぁ。」


納得の答えが見出せず、保留にしたようだ。すると何かをパッと切り替えたように、もくもくとオムライスを食べ出す。

私もそれにつられてまたオムライスを食べ出した。


二人がオムライスを食べ終わると、千佳ちゃんがデザートだといってケーキを持って来てくれた。なんでも、千佳ちゃんは大のモンブラン好きのようで、冷蔵庫には常備しているのだという。


「ほら、紫綺くんもケーキ好きでしょ?」


目を輝かせ言う姿は(例え私の体だとしても)紛れもなく乙女で、私はついつい自分について考えさせられてしまう。私も緋威翔さんの事を考えているときは、こんな風になっているのだろうかと。それならばすぐにバレてしまうのも仕方ない。


「そうだね。カフェに行くとたまに見かける。」


「でしょ〜?もうね、紫綺くんがケーキ食べてる瞬間なんか超可愛いの!がっつりいくかと思えば上品で、でも数は多めで。なのに細い体は変わらない……あぁもう素敵!!食べちゃいたい!!」


とろんとした瞳で語る千佳ちゃんの話を暫く聞いたあと、私はおずおずと話を振った。


「ねぇ、今日私はどうしていればいいかな?」


千佳ちゃんになりきれるとは思えないし、かといって何も行動しないのも、折角の機会を台無しにしているようなもの。だから、千佳ちゃんにやるべき事を聞いてみた。


「じゃあ……月華ちゃんなりに、紫綺くんの写真を撮ってきてほしいな!私の、大切なあのカメラ貸してあげるから。」


「そんな!普通のカメラで大丈夫なのに。そんな大切なカメラ、扱えないよ。」


「大丈夫大丈夫!月華になら安心して貸せるよ!それに、このカメラは頑丈だから、ちょっとやそっとの事じゃ、壊れないよ。心配しないで。」


ニコニコしながら部屋に戻り、いつも千佳ちゃんが首から下げているカメラを持ってきたかと思うと、それを私に差し出してくる。私は少し考えてから、千佳ちゃんの大事なカメラを受け取った。


「私……頑張るね」


「月華ちゃん渾身の一枚、期待してるよん。……じゃあ、私は買い物に行く事にするけど、月華ちゃんはどうする?」


「ついていこうかな。」


「あ、その前に!」


ハッと何かを思い出したというように、またパタパタと部屋に戻って行く千佳ちゃん。何事かと思いその場で待っていると、暫くして千佳ちゃんが戻ってきた。


「ごめんごめん!紫綺くんFCの会長やってるもんだから、サイト運営が忙しくてね!会員によると、今日は外出してるみたい。もしかしたら、途中で逢えるかもしれないね!」


嬉々として語る千佳ちゃんを横目に、私はカメラを首にかけ、握りしめた。




それから、千佳ちゃんと二人で街にやってきた。今日は何か……安売りでもしているのだろうか。人が多い。こんな中から紫綺さんを探すのは困難だと思うのだけれど、千佳ちゃんはしきりに紫綺さんを探すそぶりを見せる。


「情報によると、今日は黒のパーカーのオフスタイルらしいから、ちょっと難易度高めかな。いつもならその姿から注目されまくっててすぐ見つけられるんだけどね」


FC会員、恐るべし。

今日の服装まで書き込みされるのかぁ。

まるで探偵みたいだ。


「さてと。人気も多いみたいだし、私も極力月華ちゃんだと思われるよう頑張るね!じゃあ、買い物の指揮…宜しくね。千佳ちゃん。」


わざとらしく微笑み私を千佳ちゃん。と呼んだ千佳ちゃん。なんだか言葉にしてみると不思議な感じがするけれど、現実に起こっているから面白い。


私もなるべく千佳ちゃんに似るように振る舞う事にした。今は声もいれかわっているため、口調と仕草さえ似れば、誰にも気づかれないだろう。まぁ、それは至難の技だけど。


「よぉ〜し、月華ちゃん、行くよ!」


「うん」


そこで気づいたのだけれど、一体何を買おうとしに来たのだろう。事前に聞いていなかったので、そこで言葉に詰まってしまう。けれどそんな時、千佳ちゃんならどうするかを必死に考える。


「どこから行こっか?」


うん、私にしては上出来。


「えっと、洋服を見たいかな。」


こちらもナイスジョブ。私にそっくり。

そこで千佳ちゃんが洋服を買いに来たのだと分かり、即座に洋服屋さんへ向かう。


洋服屋さんでは、わざとらしく自分も服を探したいと言い張り、私の体になっている千佳ちゃんのフォローをする。私より身長が高い千佳ちゃんに、私と同じサイズを着せたら裾が……という事が起きてしまう。特にマキシ丈ワンピなどでのサイズは重要だ。


一通り服を買い終わり、次は何処にいこうかと問うと、クレープを食べたいと言う。ショッピングモール内にクレープの店があるのでそこで食べようという事になった。


いざ、クレープ屋さんへ。


クレープ屋さんへ着くと席は大分賑わっていて、あまり空きが無かった。


「どうする?座れないかもしれないけど。」


「私は大丈夫だよ。千佳ちゃんは?」


「大丈夫だよ!」


席がなければ、外でゆっくり食べるのもアリだと思い、早速注文しに行こうとすると客席の方から何やら聞き覚えのある声がする。


「トッピングに拘るタイプなのだな。」


「そうよ。沙灑はいつも同じのを頼むの。」


「………。」


私達は声のする方を見る前に顔を見合わせた。どうやらこの店の中に、璢夷さん、沙灑さん、美麩さんがいるのは間違いない。


接触するか、否か。ただこのまま声を掛けずにいた場合、気づかれるかは運次第。気づかれたら気づかれたで隠し通せるかどうか……。それに、心配なのは沙灑さんだ。


「気づかなかったって事にしよう?」


千佳ちゃんにそう言われ、頷く。

気を取り直してメニューを覗き、何にしようかと考えていると、急に千佳ちゃんの「ひゃっ!」という声がした。慌ててそっちを見ると、なんと紫綺さんのご登場。

タイミングが………良いのか悪いのか。


どうやら千佳ちゃんの肩を紫綺さんがポンポンと叩いたらしい。それは驚いて当然だ。


「千佳と買い物なんて珍しいね、月華。」


こ、これはどう反応すればいい?

あくまで私は今千佳としてここにいる。なら……。


「そ、そうかな…?たまに一緒に買い物にく……」


「紫綺くぅうううううん!」


ごめん、これしか出来なかった。


私は色々考えたが決断し、思い切っていつも通りの千佳ちゃんを演じた。

ごめん、千佳ちゃん。でも私、今千佳ちゃんだから……。


普段からこのテンションで疲れないのかな。と何だか感心してしまう。


「ちょ、何すんだよこんな所で」


紫綺さんはいつものように“千佳”を引っぺがすと、“月華”に話を振る。逆になっているとは知らずに。

その間も私は千佳ちゃんを演じ続ける。


「こんなとこで会えるとか運命!?キャーッ!写真とりまくるしかないっ!!」


すかさずカメラで写真を撮ろうとすると、手でレンズを塞がれた。


「やめてよ。ここ店なんだけど。他の人の迷惑になるでしょ。」


そんな事は分かっている。けれど多分千佳ちゃんならこうしたハズ。ちらりと千佳ちゃんの方を見ると、okサインを出しているのが見えた。良かった、怒ってないみたい。


「だってだってだって!紫綺くんが目の前にいるんだよ??撮るのが当たりま…」


「分かった分かった。その話は後で聞くから今は落ち着いて。」


「はぁ〜い」


私は紫綺さんに見えないようグーサインを出すと、千佳ちゃんは微笑んでくれた。


「……で、話戻すけど。よりによって千佳と買い物って何買いに来たの?」


「洋服とか…。丁度千佳ちゃんも洋服欲しいって話をしてたから」


「ふーん、なるほどね。それでその後クレープ食べに来たんだ。何頼むの?千佳も。」


千佳も、と後から言葉を足す紫綺さん。でもしっかりと千佳ちゃんへ話題を振る事も忘れないから流石。


「私はモンブラーナショコラのトッピングバニラアイスと生クリーム20%アップ、チョコスプレー、苺盛り…かな。」


盛り過ぎてない?トッピング…。

そう突っ込みたくなるようなコメントに、紫綺さんは動じない。


「千佳と一緒のメニューか。なるほど。千佳に誘われてここに来たんだね」


っていつもから頼んでるんだ…って何で知ってるの?突っ込まないほうが良いのかな??ちょっと私には理解出来ない話なんだけども…とりあえず話を続けなきゃ。


「そ!私のオススメ!ってね。紫綺くんと会える確率も高いしねっ」


「確かにここは行きつけの店だし、よく千佳と会うけどさ。良かった、今回は普通にクレープの為に来たのか。で?千佳はいつもと一緒の頼むの?」


「うん!」


メニューもトッピングもイマイチ何にしていいのか分からないのでそういう事にした。


紫綺さんは受付まで行くと、

「モンブラーナショコラ、トッピングバニラアイス、生クリーム20%アップ、チョコスプレー、苺盛り二つと、ショコラスペシャルの生クリームとカスタードチェンジでガトーショコラプラス。トッピングバニラアイスと苺盛り。飲み物はオレンジジュースとリンゴジュースとブドウジュースで。」とまるで呪文のように長いメニューを簡単に言い切った。



「注文繰り返します。モンブラーナショコラトッピングバニラアイス、生クリーム20%アッププラスチョコスプレー、苺盛りをお二つと、ショコラスペシャル生クリームカスターチェンジでガトーショコラプラス。トッピングバニラアイス、苺盛り。お飲物はオレンジ、リンゴ、ブドウジュースでよろしいですか?」


「うん」


紫綺さんが会計を終え少し経つと何やら大きなクレープとジュースが運ばれてきた。これがさっき紫綺さんが注文していた呪文クレープらしい。


「クレープと飲み物、自分で持って。」


「え、お金……幾らだったの?」


珍しく戸惑う千佳ちゃん。多分あれは演技じゃない。千佳ちゃんが聞くのもそのはず。店員は金額を言わず、紫綺くんはカードで支払い。値段が全然分からない。

普段から頼んでるクレープだけなら千佳ちゃんは分かるかもしれないが、ジュースまでつけられたとなると話は別だ。


「いいよ気にしなくて。ほら、席探そう。流石にこれは座らないと食べれないよ。ジュースあるし」


「紫綺くんカッコいいーっ!惚れちゃう!……あ、もう惚れてるんだった〜」


冗談を混ぜつつ千佳ちゃんを演じると、紫綺さんは苦笑いをしてから周りを眺めた。

そして案の定、璢夷さん達を見つけてしまう。


「璢夷たちのとこにまぜてもらおう。丁度隣の二人用テーブルも空いてるし。」


そう言って璢夷さん達に近付き挨拶を交わすと、即座に席作りを始めた。あの璢夷さんが断る筈がないのだから、当然といえば当然だけれど何だか複雑な気分だ。バレないように、近付くのを控えようとするもこの状況。賛成するしかないので素直に従い、席に座る。


奥から沙灑さん、美麩さん、私。それぞれの前は順に璢夷さん、紫綺さん、千佳ちゃん。つまり、私と千佳ちゃんが向かい同士で、千佳ちゃんの左隣が紫綺さん。これは良い席順かも。


そんな事を思いながら座り終わると、早速話に花が咲く。


「奇遇だな、クレープ屋で会うとは。」


「璢夷、紫綺さんもスイーツ大好きなのは知ってるでしょ?」


僅かに微笑みながら璢夷さんに話を振る美麩さんに、紫綺さんが問いかける。


「僕も、って事はこの三人の中にスイーツ大好きな人がいるって事だよね。」


「えぇ、私と沙灑は特に。」


美麩さんがスイーツ好きというのは安易に想像出来るが沙灑さんの方は意外だ。

しかし人目を気にせず嬉しそうにクレープを頬張るのを見ていると甘いものが好きなのだと伝わる。何だか可愛い。


「璢夷も甘いもの好きよね?」


「あぁ。それで今日は二人がクレープを食べたいと言うので一緒に来た訳だ。」


成る程、というように私達は頷いた。


「……ところで、三人はどんな注文したの?」


呪文クレープのオーダーが気になるのか、紫綺さんが楽しそうに聞いた。頬杖をつきながら聞く姿が彼らしい。


紫綺さんの問いに真っ先に反応したのは、意外にも沙灑さんだった。


「カスタベリープリンプラスカラメルオーバークッキーイン」


ズラズラとカタカナ言葉が繋げられていく。

私はポカンと口をあけ、その注文を聞いていた。聞き取れたのは、ベリー、プリン、クッキーだけだった。

何がどうトッピングされて等が全然分からない。


沙灑さんは喋っている間、視線は床に注いでいたが、しっかりと声を出していた。声を聞く機会があまりない私はついつい沙灑さんの方をじっと見つめてしまった。


「へぇ、凝ったの頼むんだね。」


紫綺さんは頷きながら注文を聞いている。


「それだけで、どんなクレープだか分かるの?」


美麩さんが不思議そうに聞くと、それを待っていたかのように嬉しそうなオーラを発しつつ紫綺さんが頷く。ここは私も反応するべきだろうか。


「紫綺くん凄〜い!」


「通ってればそのうち覚えるよ。で、璢夷と美麩はどんなの頼んだ?」


「俺はお任せにしてもらったのだが、確か……ストロベリーデラックス生クリーム20%アップチョコソース掛けフルーツ盛り…とか何とか言っていたな。」


「璢夷一発で店員の言葉覚えたの?しかもストロベリーデラックスなのに生クリーム増し!?山盛りじゃん。よく食べれるね」


「フルーツは程よい酸味があるものが多かったからな、生クリームは苦にならないぞ。」


「私は和風クレープ壱ノ型…。」


二人はクレープを食べるのを一時止め答えると、美麩さんはまたクレープを食べ始め、一方璢夷さんはスプーンを探し始めた。


「壱ノ頼んだんだ。じゃあ、もしかして抹茶とか餡子とか好きなタイプ?」


間をあけずに紫綺さんが美麩さんに問うと、美麩さんはまた食べるのを止め、


「うん。好き。」


と軽く答えた。


「へぇ…」


美麩さんはまたクレープを食べ始めたが、今の言葉が終わった途端、紫綺さんが黙ってしまった為に会話が途切れた。何でって誰もこのクレープ話についていけないからだ。


私達二人は会話を聞いていた為に、クレープをまだ食べていない事に気づくと、アイコンタクトをしてから食べ始めた。


一口食べるとモンブランクリームの味がふわりと広がる。20%アップした生クリームの甘みがそれと同時に溢れ、思わず笑顔になる。

千佳ちゃんは笑顔をしつつもどこか寂しげで、軽い放心状態になっていた。


紫綺さんの隣にいるのに、嬉しそうにしていない千佳ちゃんに異変を感じると同時に、私の心がチクリと痛む。


…何故?


体を交換している状態と言えど、思考・行動は“月華”のままである。私自身は何事もなく……強いていえば、千佳ちゃんが心配になっている事が影響しているかくらい。なのにチクリと心が痛んだ理由は、それではないような気がする。


ならば理由は何なのか。


私の目は千佳ちゃんと紫綺さんを交互に見つめており、千佳ちゃんはどこか遠くを見ているように感じる。一方、紫綺さんの目線はーー……


これが、理由か。

私も何かを察しているらしい。


先程からの扱いは、他の人と差があり…もっとも、それがいつもの二人だといってしまえば話はそこで終わってしまうが、今回はそうにもいかない。


慰めるにも、立場が立場なので何ともいかない。


「………ですよね。」


ぼそりと呟く私の姿をした千佳ちゃんを、彼は見ていなかった。


「ん…?どうした月華。そんな寂しそうな顔をして。」


璢夷さんの言葉に反応して、紫綺さんも千佳ちゃんを見つめる。私はその様子を見守っている。

美麩さんや沙灑さんは、心配そうな表情を見せた。


「な、何でもないです。」


何でも無いという言葉は、構ってほしいという風に聞こえた。でも誤魔化す為に、笑顔を見せる。そんな姿を見た私は我慢しきれずに


「大丈夫、なんかじゃないでしょ!?」


と口走ってしまっていた。


戸惑う千佳ちゃんと、驚く紫綺さん・璢夷さん・沙灑さん・美麩さん。

言い終わると同時にやってしまったと後悔したけれど既に遅し。


「ど、どうしたの千佳…?」


「月華ちゃん、行くよ!」


「えっ、ちょ…」


驚き声を掛ける紫綺さんを無視し、クレープをまだ食べ終わっていない千佳ちゃんの手を引っ張ると、逃げ出すようにその場を後にした。


店を出て、付近をうろつきベンチを見つけると千佳ちゃんを先に座らせて私は言う。


「無理しないでよ。分かるんだよ?」


普段の私より強めの口調はきっと千佳ちゃんに影響されての事だろう。

彼女の「身体」も彼女を心配しているのだと思う。


じゃなきゃ、おかしい。何故こんなにも感情が溢れるのか。どうして千佳ちゃんの心が分かるのか。だって、今彼女はーー………


今にも泣き出しそうな顔をしていた。


私はそれを見て、ベンチの前でしゃがみ込み、頭を撫でながら千佳ちゃんを見つめた。

すると何かがフッと切れたように千佳ちゃんは泣き出す。私は千佳ちゃんを宥めながら話を続けた。


「いつも…無理してるでしょ?」


「うん…」


涙を流し声を震わせ、僅かな言葉を発する。千佳ちゃんの……本音。


「いつも……彼の周りには誰かがいて…彼の心の中にはあの子がいて…。分かってるのに諦めきれなくて…諦めたくなくて…。」


痛いほどに伝わるその気持ちに、私まで涙を流しそうになる。


いつも明るくて、一生懸命で、一途な千佳ちゃん。

千佳ちゃんは紫綺さんの目が、心が自分に向いていないと知っている。だけど、千佳ちゃんはそれを自分に向けようと頑張ってた。


諦めたくない、でも彼は……。


そんな風にずっと考えていた。それでも無理に明るく振る舞って、彼には悟られないようにして。千佳ちゃんは、今まで。


「千佳ちゃん………」


どう慰めていいのかわからずに、名前を呼ぶ。するとそれと同時に千佳ちゃんが持つ、私の携帯が鳴った。


「……っ、誰から…?」


千佳ちゃんは鞄から私の携帯を取り出すと、私に見える位置で、誰から何が来たのかを確認し始めた。


画面には着信という文字と共に、“紫綺”と表示されている。


「紫綺さん…から?」

「紫綺くん…から?」


二人で不思議に思っていたら、今度は千佳ちゃんの携帯が鳴り出した。


急いで取り出して見てみると、こちらは“美麩”と表示されている。


「美麩さんからも?」


とりあえず、二人は電話に出る事にした。


「もしもし?」


紫綺さんが何を言っているのかは聞こえない為分からないが、対応している千佳ちゃんが涙目になっていることから、恐らく気遣いを受けているのだろう。


「もしもし?」


「えっと……私は美麩。……千佳さんの番号で間違いはない?」


「うん、合ってるよー。」


精一杯千佳ちゃんを演じながら美麩さんと対話をしていく。


「何があったの?鏡さんに。安西さんは何か知っているように感じたのだけれど。」


確かに、その通りなのだけれどこの事を明かしていいものなのだろうか。

私は暫く考えてから、こちらで解決するから任しておいて欲しい、的な内容を伝えた。

美麩さんは一時納得がいかないような返事だったが、私の押しに負け、認めてくれた。


「皆鏡さんのこと心配しているから、宜しくね。任せっきりで申し訳ないわ。」


「別に、大丈夫だよ!」


そう言って会話を終わらせると、挨拶をして通話を切る。


千佳ちゃんの方はまだ通話しているようだったので、話が終わるまで待った。


「うん…じゃあね。ありがとう…」


千佳ちゃんは会話を終えるとこう洩らした。


「月華ちゃんってやっぱり皆に慕われてるんだね。何だか羨ましいな。」


「えっ?」


「今掛かってきた電話……紫綺くんも美麩さんも、璢夷も、沙灑くんも…皆“月華”ちゃんを心配してるんだもん…。」


見た目だけでは、そういう判断しか出来ないだろう。けれど…当の本人からしてみればそれは悲しい事。バレたくないと思いながらも、気付いてほしいと思ってしまう。


もし、今の私達が緋威翔さんに会ったとして千佳ちゃんに優しくしているのを見てしまったら…もっとも、緋威翔さんは皆に優しいから誰かに特別優しくするという事はないと思うけれど、もしそういう光景を見たら、私もそう思ってしまうだろう。


「誰も…気付いてないよ。私が月華ちゃんじゃないなんてーーー」


千佳ちゃんの声を遮るように鳴り出したのは着信音。千佳ちゃんの電話が鳴っている。さっきから取り出したままになっていたそれは、着信音と共に震えていた。


電話を掛けて来たのは、紫綺さんらしい。


私は千佳ちゃんに聞こえるように、スピーカーのモードにして千佳ちゃんに近づいてから、電話に出た。


「もしもし?」


「………。」


「……紫綺くん、だよね?」


応答がない。


「何で返事をしないの…?」


千佳ちゃんが心配そうに言ったその時だった。


「千佳と一緒か。良かった。」


ようやく紫綺さんの声がした。


「月華ちゃんを一人にしておく訳ないでしょ。」


私がそう返すと、何故か紫綺さんが微かな笑いを洩らす。


「それもそっか。…今どこにいる?」


「店からちょっと歩いた先の……ベンチにいる。」


「分かった。今から行くからそこから移動しないで。×××。」


最後に何て言ったのか分からなかったが、どうやらここに紫綺さんが来るらしい。


「紫綺くんが…来るの?」


「みたい。」


「……。」


紫綺さんが来るという事もあり、期待と不安が入り混じっているような表情の千佳ちゃん。私は千佳ちゃんを支えるように隣に座り、手を握った。


「……やっと見つけた。」


暫くして、紫綺さんがやって来た。

比較的店に近い場所にいたのだが、見つけるのに時間が掛かっている。ベンチの場所を知らなかったのだろうか?


「心配掛けてごめんね……でも、大丈夫だから。」


心配させまいと嘘をつき、大丈夫だと話す千佳ちゃん。私は紫綺さんを見つめる。


「元気出して。ほら、ジュース買ってきたから。」


見ると手には二つジュースが握られている。クレープ屋さんの近くにある、果物を売っている店のフレッシュジュースのようだ。


これを買っていたから時間が掛かったのか。

私達は素直にジュースを受け取る。


「ありがとう…。」


「私まで貰っちゃっていいのかな?」


紫綺さんが頷いた。


「この店のジュース、とっても美味しいから。元気出すのにいいかなって思って。」


私達は、紫綺さんにお礼を言ってジュースを飲み始めた。今日は紫綺さんに色々もらってばかりだ。


「おいしい…。」


一口飲むと、林檎の控えめな甘みが広がる。果実をそのまま食べているような濃厚な味でとても美味しい。

思わず美味しいと大きな声で言ってしまいそうになったが、抑えた。


「…さてと。話を聞かせてもらおうか。」


急に話を振る紫綺さん。私達は戸惑いを隠せなかった。話といえば当然さっき何故店から飛び出したのかという事。あまり紫綺さんに話せる内容ではない。


「えっと…」


私は言葉を濁した。


「……言えないです」


千佳ちゃんが申し訳なさそうに俯き言う。


「そっか、分かった。」


紫綺さんはそう言い、辺りを少し眺めてから千佳ちゃんの右隣に座った。

私が千佳ちゃんの手に自分の手を重ねているのを見て、紫綺さんは膝にあった千佳ちゃんの手をとり、握った。


千佳ちゃんは驚きと焦りと恥ずかしさが混じった表情を見せ、それを紫綺さんに悟られないよう、私の方を見た。

……とても顔が赤い。


「ねぇ。」


紫綺さんがぽつりと言葉を紡いだ。

一瞬風が通り私達の髪をふわりと上げる。

周りにあった木々の葉が舞い、ひらひらと落ちた。


「何ですか…?」


千佳ちゃんが私の方を向いたまま言う。


「千佳。何でそっちを向くの?」


「えっ?」


今紫綺さんが言った事が理解出来なくて、私は思わず聞き返してしまった。

紫綺さんの表情を見ると至って普通で、間違えたというようには感じない。


千佳ちゃんの方をチラリと見ると、驚いたのか涙が一筋頬を伝っていた。


「ねぇ。答えてよ。どうしてこっちを見ないの?…………それに月華。何でもっと早く言わなかったの?」


紫綺さんの頬も、紅く染まっていた。

私は何が何だか分からなくなり、黙ってしまう。

いつから気付いていたのだろう?

そう考えたが、答えは浮かばなかった。


「最初、全然気付かなくて……月華も月華であんなに千佳になりきらなくても……さぁ。今更恥ずかしくなってきたんだけど…」


そう言われて気付く。

千佳ちゃんになりきっている間にした行動・発言を。今思えば確かに恥ずかしい。

紫綺さんに……あの時抱きついていたのだから。


「あっ、えっと、それはその…」


千佳ちゃんの容姿・声で私は言う。


「だって……」


私の容姿・声で千佳ちゃんが言う。


「「バレたくなかったんだもん…」」


「あー、まぁ、分からなくもないけどさぁ………ねぇ?」


何か言いたげな目をしているが、どういう意味なのかは分からない。


「まぁ、いいや。気付けたし。」


「何処で気付いたんですか?」


「………内緒。」


「紫綺くんずるぅーい」


いつもの調子に戻った千佳ちゃんが、私から手を離し紫綺さんの手を掴んで、紫綺さんを見つめながら言った。


「……あ、良かった。いつもの千佳に戻った。」


その頬に涙がつたっていても、私の姿をしていても、紛れもなくいつもの千佳ちゃんだ。


「紫綺くーん、教えてよ〜」


「……まぁ、千佳が俺の事色々知ってるみたいにある程度は俺も千佳の事を知ってるって事だよ。」


クスクスと笑いながら紫綺さんは答えた。いつものように千佳ちゃんがべったりくっついているが、紫綺さんはそれを指摘する事もせずに笑っている。


千佳ちゃんは今の紫綺さんの言葉にノックダウンされたのか、真っ赤な顔のまま黙って硬直してしまった。


「ん?あれ?千佳?」


「千佳ちゃん…?」


「あっ、何でもっ……なくないっ!!しっ、紫綺くんにあんな事言われたら……うわぁあああぁああっ!!?」


混乱状態の千佳ちゃん。恥ずかしいのか首を激しく横に振っている。


「何この反応。面白いんだけど。」


笑いながら紫綺さんが言った。

……紫綺さんはSか。


「だって紫綺くんに……紫綺くんにうわぁああぁあああぁあっ!」


「何かこう、新しいリアクションとられると面白いね。ちょっと煩いけど、面白いからいいや。」


私はとりあえず、二人っきりにしてあげる事にした。二人がワイワイやっている間に紫綺さんに気付かれないように、そっと抜け出す。


抜け出した直後に、千佳ちゃんから借りていたカメラで写真を撮った。何とも嬉しそうな表情の千佳ちゃんと、そっぽを向きながらも楽しそうな紫綺さんがカメラに映る。

姿はお互い既に元に戻っていた。

今日が終わるまでは変わったままだと思っていたけど、効果が切れるのか早かったらしい。


今二人がどうしているかは分からないけれど、千佳ちゃんが幸せそうで……良かった。


後でこのカメラを返す時に、千佳ちゃんが喜んでくれるといいな。


【月華side 完 】






【おまけ 千佳side 】



「紫綺くん……紫綺くんが…デレた…っ!」


衝撃的な事実と目の前の光景を見て、どうしても夢なんじゃないかって思ってしまう。いつも目で追いネットで追いカメラで追ってきた紫綺くん。いつも避けられてばかりだったけれど、今はこうして目の前にいて、笑ってくれてる。

カメラは月華ちゃんに貸しちゃったから持っていないけど、目に映った光景は絶対に忘れない。


「あれ?月華が居なくなってる。」


紫綺くんがその事に気づいた。

私はこの場を去って行く月華ちゃんを見ている。

月華ちゃんの事を天使と言っても過言じゃない。あの容姿、性格、声…… まさに天使。皆から好かれるのにも納得がいく。

この場を去ったのも、私の気持ちを汲み取ってくれたからだろう。


「ねぇ。紫綺くん。」


「何?」


珍しくちゃんと会話してくれてる。


「教えてほしいの。」


「何を?」


「紫綺くんは、どんな女の子が好き?」


聞かなくても気付いてる。

だけど聞きたいの。

紫綺くんの口からちゃんと。

じゃなきゃ、対応のしようがない。


「……千佳は分かってるんじゃない?」


紫綺くんの出す問題は難しい。

なかなか答えをくれないから。

ヒントはくれるけど、やっぱり分からない。


「……あの子?」


「……多分、そうなんだろうね。だけど不思議だな、千佳と居る時の方が楽しいよ。」


「紫綺くんってば……」


冗談なんて言わないでよ、本気にしちゃうじゃない。


「千佳は、どんな人が好きか言えるの?」


「言えるよ?」


「どんな人?」


「紫綺くん。」


「………えっ」


「紫綺くん以外は好きにならない。」


「………はぁ、もっと広い目を持ちなよ。俺よりかっこいい人だって、優しい人だって、沢山いるじゃん。」


「紫綺くん以外には魅力を、感じないの。」


「………。」


「紫綺くんが例えあの子を好きでも、私は諦めないよ?」


「……何で?」


「…好きだから。」


「難しいなぁ。……でも、ありがとう。こんな俺を好きだとか言ってくれて。」


温かい紫綺くんの手が私の手を離れる。名残惜しいという想いを私は押し殺した。それでもやっぱり表情に少しは出ちゃうみたいで、紫綺くんが顔を傾げるのが見える。

見られないようにと少し下を向いていると、フッと力が抜ける感覚がした。

次に気が付いた瞬間には温かい何かに包まれていて、あぁ、やっぱりこれは夢なんだって目を開ける前に思った。

目を開いたら、きっと目の前は天井か布団だって。


目をゆっくりとあける。


黒と白の布地が目に入った。

ふんわりといい香りもする。

やっぱり、布団……そう思ってまた目を閉じた瞬間だった。


「千佳、いきなりどうしたの?」


優しい、大好きなあの人の声が聞こえた。


「千佳?千佳??」


軽く身体を揺さぶられる。

返事をしたいけど、何故か声が出ない。


「千佳…!?」


自分の名を呼ぶ紫綺くんに焦りを感じた。

私の身に、何が起こっているんだろう。


「千佳っ!千佳!?」


必死に名前を呼んでくれてるのに、心配しているって分かってるのに、何も出来ない。

どうすれば良いんだろう?身体も動かないし……。


温かく包んでくれていた何かは一時離れ、私はふわっと宙に浮いた。持ち上げられたのかな?


「医者……よりもるびあを探した方が早いか…」


そう呟く紫綺くんは、私を背中に背負っているようだった。声が近い。


それから、紫綺くんはゆっくり歩き出してどこかへ向かった。

紫綺くんが歩いている間に砂利の音とかがした。紫綺くんが歩くと、私の身体が少し揺れる。不思議な感覚だった。


暫くして、急に身体が激しく揺さぶられた。

ドンッという音と共に揺れているのが分かった。


「なぁに〜?こんな時間にどなた様ぁ?」


眠そうな、女性の声。誰なんだろう?

ガチャっていう音がするや否や、紫綺くんの声がした。


「千佳が急に倒れたんだ。お前が投与した薬の影響じゃないの!?」


「えっ?本当?それはマズイわね…とりあえず中に入りなさい。」


砂利の音が聞こえなくなりドアの閉まる?音がして、それからは小さな音しか聞こえなかった。

歩くのをやめたらしき紫綺くんは、私を背中から下ろし、ふわふわとした何かの上に寝かせた。


「ソファーでごめんね」


どうやらソファーらしい。


るびあさんと呼ばれた人は、ここから離れた場所にいるらしい。ただ、棚の中身を弄るようなガチャガチャという音がする。

それと共にビンのようなガラスが当たる音もした。


「これとこれと……これね!」


「この症状って薬によるものなの?」


何かを運んできたらしいるびあさんに紫綺くんが聞いた。


「そうね…副作用…いえ、アレルギー反応かしら?同じ薬を飲んでるはずの月華ちゃんにはこんな反応見られなかったし…。」


「あと…それ、何?」


「えっ…?」


目を開ける事が出来ない私には、紫綺くんが何について聞いているのか分からない。


「ま、まぁ…気にしないのっ。」


「分かった、じゃあそれについては聞かないから早く千佳を…」


「はいはい。」


私の身体が支えられる感覚がした。

それと同時にチャプ…という僅かな液体の音がする。


「どうやって飲ませようかしらねぇ…?」


「普通に飲ませられないの?」


「そうね、こういう時は……口移しよ!!」


「!?」


「…冗談よ。千佳ちゃんは良い子だから、簡単に口を開けてくれるわ。ね?」


明らかに脳内で動揺する私。

口移しで何かを飲ませられるなんて…考えられない。色んな意味で。


ゆっくりと口を開かれた。

少しの隙間から液体が注ぎ込まれる。

軽く顎を引かれると、身体が反応しごくりと液体を飲んだ。


「そ、そういう風にすると飲むんだ…。」


それを数回繰り返した後、身体がまた寝かされた。


「これで少し経てば普通に身体が動くハズよ。」


「そっか…良かった。」


「それにしても紫綺クンってば無防備ね?魔女の家に護衛も付けず、丸腰で、更に大事な人を抱えて現れるなんて。なめられてるのかしら、私。」


「頼る人というか、そもそも元凶がるびあなんだから、そこら辺の医者に治せる訳ないだろ。それに、急な出来事だったし武器なんか持ってこないに決まってる。っていうか護衛って……俺はそんな偉い人じゃないんだけど。」


「そう?それで?報酬は何をいただけるのかしら?」


「は?」


「千佳ちゃんを治してあげたのだから、何かお礼をいただかないと。二人に薬を投与したのは私の勝手でやった事だから無償だけど。」


「は?」


一度目と二度目で声のトーンが違うのが分かる紫綺くんが動揺している。


「丸腰で来ているなら私の方が断然有利よねぇ?うふふ、どうしようかしら。とりあえず、コレを飲んでもらって…っと。」


「ちょ、ちょっと待ってって。報酬って何?」


紫綺くんの声に徐々に焦りが増していく。

助けたいと思いつつも、身体はまだ動かない。


「え?何って言われても……そうねぇ、愛とか恋とかが欲しいわねぇ。」


「冗談言わないでよ」


「冗談なんかじゃないわよぉ?私だって恋したいわ。あとはそうね…生贄、とか。」


「生贄…!?」


「私は蛇の魔女よ?貴方を丸ごと飲むくらい簡単だわ。それとも何?この姿のままで愛でられたいかしら?」


「話が明らかにズレてってるって…」


「新作の薬を飲んでもらうのもいいわね。」


「………嫌だ。嫌な予感しかしないし」


「じゃあ、私のお人形さんになってくれる?」


「嫌だ。」


「なら…………身体でもくれる?」


「嫌だ。」


「もぉ、我儘ねぇ。でもそんな紫綺クンも嫌いじゃないわよ?」


「何なのそのテンション。今日のるびあおかしいよ。」


「お酒呑んだ後だからかしらね?ウフフ。」


「ちょっ……近付かないでよ。」


「あらぁ?恥ずかしいのぉ?」


「だんだん人型じゃなくなってきてるし」


「私は蛇の魔女だから。」


「えっ待っておかしいって何で俺蛇に絡まれてんの?えっ?」


「動きを封じる為に決まってるじゃない。」


「えっ、ちょっ、助け…痛っ」


「壁にぶつかったのね?ウフフ。紫綺クンつーかまえたっ!」


「〜〜〜ッ」


ただならぬ状況というのは理解出来るけどどうすればいいの?何これ。紫綺クンが囚われの王子で私が勇者?ラスボスは蛇魔女?

随分突然な……流石夢。


ん?少し身体が動くようになった…?

まだ動かせるのは腕くらいだけど。

だんだんと動かせる範囲が広がってるみたい。


「さぁてと!お薬のお時間ですよぉ〜?」


「〜〜〜ッ!!×××!!」


紫綺くんが抵抗しているらしく、壁を叩いているような音がする。


「あまり抵抗するなら口移しするわよ?」


ピタっと音が止んだ。


「そう!いいコね。」


小瓶から栓を抜くような音が聞こえた瞬間、私の身体がちゃんと動く事に気づく。

私は飛び起きて周りを確認した。

部屋の奥に二人が居るのが見える。


るびあさんは下半身を蛇、上半身は人間という姿になっていて、紫綺くんはその下半身…蛇の部分に絡まれ身動きがとれなくなっていた。腕の部分はるびあさんの子分であろう蛇達が手錠のように巻きついている。


「やっと動けるようになったのね!記憶障害とか起きてない?大丈夫?」


「大丈夫…です。というか、紫綺くんを返してください!」


「いやぁねぇ。紫綺クンはたった今貴方を助けた為にこうなってるのよ?」


「うっ…。で、でもっ!生贄とかなら私がッ!」


「…………。」


紫綺くんの方を見ると、気絶しているのかややぐったりとしていた。るびあさんの蛇の部分によって支えられているようだ。

るびあさんの手には、空になった小瓶が握られている。


「紫綺くんに…何を飲ませたの?」


「ナ・イ・シ・ョ」


カメラを月華ちゃんに預けているため、私も今は生身の状態。まともに戦っても、勝ち目はない。


「………。」


さっきからるびあさんにジロジロ見られているのが気になる。何を考えているんだろう?


「千佳ちゃん。」


「はっ、はい?」


「私は貴女が羨ましいわ。」


「えっ?」


急に名前を呼ばれただけでなく、羨ましいと言われた。わけが分からない。


「私も普通の人間でいたかった。そうしたら、もっとまともな方法で………」


「……。」


「紫綺クンは眠ってるだけだから、気にしないで頂戴。さっきの薬は睡眠薬よ。」


さっきまで私が寝ていたベッドに、るびあさんは紫綺くんを寝かせた。


「本当に…魅力的な子ね。紫綺クンは。食べちゃいたいくらい。」


るびあさんの場合、本当に食べてしまいそうで怖い。そんな事を思いながら私は紫綺くんに駆け寄る。


紫綺くんは寝ているようで、すーすーと寝息をたてている。その寝顔が可愛くて、ついついるびあさんをそっちのけにして魅入ってしまった。


「ちょっと、話を聞きなさいよね!」


慌ててるびあさんの方に向き直ると、るびあさんは話を続ける。


「私は、片想いをしている子をついつい応援してしまうの。だって、私も運命の人を探しているから。

紫綺くんは暫くこのまま寝ているから、その間どうするかは貴女にお任せするわ。じゃ、私は出かけるわね。」


「えっ……るびあさん?」


「なぁに?」


「酔ってるんじゃなかったんですか?」


「あぁ、酔ってなんかいないわよ。ただ、Sなだけ。ツンデレ属性持ちって最高よねぇ。ついつい攻め……じゃなかった、いじめたくなっちゃう。」


「は、はぁ……」


「あ、紫綺クンが起きたら私の事を貴女が撃退したって話をしていいわよ。」


いい人なのか、悪い人なのか全然分からない。けど、私には優しい…のかな。


「あ、はい…」


るびあさんは一度ニコリと笑顔を見せると、あっという間に魔女の姿に戻り家を出て行った。


紫綺くんと二人きりになった私は、暫くどうしようか迷った。とりあえず紫綺くんの近くに行き、様子を伺う。悪い夢を見ていないか心配。掛け布団を掛けたり、寝顔を眺めたりしながら時間を過ごした。


外をみれば、もう夕焼けが見える時刻になっているのが分かった。それにお腹も空いてきている。

るびあさんにはまた今度食材を返すとして、少し家にあった食材を拝借した。よく分からない素材が多い中確認出来たのはスーパーで買ってきたであろう鳥肉と、卵、それからケチャップとお米。即座にピンときた。紫綺くんにオムライスを作ってあげようと。


早速オムライスを作り始める。

そういえば朝、月華ちゃんに作ってあげたっけ。


一日を振り返りながらオムライスを完成させ、テーブルに運ぶとベッドの方から音がした。どうやら紫綺くんが起きたらしい。私はベッドに向かった。


「あ、良かったぁ〜紫綺くん起きた〜」


「……ん…。あれ、るびあは?」


「私が撃退したの。」


「えっ…凄っ」


「ふふふ、凄いでしょ〜褒めて褒めて〜?」


ここぞとばかりに紫綺くんに近寄り、ベッドの前で正座すると、紫綺くんが頭を撫でてくれた。


「が、頑張ったね…。ところで俺、変な薬飲まされなかった?」


「解毒してあるから大丈夫だよ!」


とりあえず適当な事を言ってみた。


「そっか。ありがと。」


「どういたしまして!」


紫綺くんは辺りをきょろきょろと見回してから、匂いを確認する。


「何かいい匂いするんだけど、何の匂い?」


「オムライスだよ!お腹すいたでしょ?」


「そんな事まで…。」


「ふふっ、紫綺くんの為なら頑張っちゃうのです!オムライスはテーブルの上に置いてあるから、一緒に食べよう?」


「あ…うん。」


紫綺くんがベッドから降り、テーブルに近付く。先に椅子に座ったのを確認してから私も席についた。


「ケチャップってどこにある?」


オムライスを一目見て紫綺くんが言う。


「あっ、ちょっと待ってね!」


ケチャップはキッチンに置いていたので、それを取って渡そうとする。だけど、いちいち渡してケチャップを掛けるよりも私が掛けた方が早いと思い、蓋を開けた。

紫綺くんとは対面状態にあるため、マークを描くなら逆さまに描かなくてはならない。

何を描くか考えても、あまり浮かばなかったので、ハートを描く事にした。


ケチャップの容器をおすと、ケチャップがゆっくりと出てきた。そこからハート型を描いていく。

上手くいったのかは分からないが、最後に二つの線がピッタリと重なったので、下手ではないと思う。

紫綺くんの分を描き終えると、私はケチャップの蓋を閉め、テーブルの端に置いた。すると紫綺くんが首を傾げて問う。


「千佳はケチャップ掛けないの?」


「あ……それには理由があってね。」


「ケチャップ嫌いなの?……それはないか。」


「ケチャップが嫌いな訳じゃないの。ただ、上手く描く事が出来ないから。」


「そうかな?別に下手ではないと思うけど。」


「あ!折角だから、紫綺くんが何か描いてよ!」


「いいよ。何か助けてもらったみたいだし、それくらいなら。」


紫綺くんは微かに微笑んで、ケチャップに手を伸ばす。すかさず私はケチャップを取り紫綺くんに渡した。

それから、オムライスも差し出す。


「何を描くか迷うね。…何か案ない?」


「ハートが良いな。」


「ハート?……あぁ、もう。分かったよ。」


紫綺くんがオムライスにハートを描いていくのをじっと見つめる私。まさかこんな時間を過ごす日がくるなんて、思ってなかった。

……幸せ。


「はい、出来た。」


オムライスの真ん中に丁度いい大きさのハートが一つ。私が紫綺くんのに描いたのより少し小さいサイズだった。


「ありがとう!」


オムライスを受け取り、食べ始める。


こうして二人きりで食事なんて事があまりなくて、何を話していいのか分からない。私にしては珍しく黙ってオムライスを食べていた。紫綺くんも特に何も喋らず、沈黙が続く。


「ご馳走様でした」


次に紫綺くんが喋った言葉はこれだった。


食器を洗いふきんで拭き、もとあった場所に戻すと私達はまた椅子に座る。


「千佳ってさ。」


急に紫綺くんが話をきりだした。


「何?」


「俺以外の事にも詳しかったりするの?」


「女子のことなら。男子は紫綺くんだけ。」


「へぇ。じゃあ何か聞かせて欲しいな。」


「ふぇ?」


所謂情報交換ってやつなのかな?


「じゃあ、代わりに紫綺くんの事を聞かせて。」


「いいよ。」


「紫綺くんは、何が聞きたいの?」


「そうだなぁ。聞きたかった事はまた今度にするとして…千佳。次、いつ予定空いてる?」


「いつでも!」


ついつい反射的に答えてしまう。

紫綺くんはそれを察していたようで、笑顔を見せてくれた。


「じゃ、今度暇な時何か作ってあげるよ。何がいいかな…あ。モンブランにしようか。」


「うんっ!」


大好きなモンブランを、大好きな紫綺くんに作ってもらう。そんな素敵な予定が出来たのは、月華ちゃんや、るびあさんのおかげだな。


今日一日はまるで魔法を掛けられたように甘美で。二度とない時間。私はこれからも二度とない“今”を大切にするから。

そして出来るだけ、貴方と過ごせるように。そんな願いをこめて言う。


「紫綺くん、大好き!」


それはいつもと同じ言葉だけど、違う言葉。

きっと紫綺くんに届いてる。

だってその後に紫綺くんが「知ってる」と言い微笑んでくれたから。


【おまけ 千佳side 完 】






月華が誰かと入れ替わったシリーズ二話目。如何でしたか?今回はちょい艶美な感じの話を織り込んでみました。


たじたじ紫綺くんも面白いものです。

純粋乙女な千佳ちゃんも良いものです。

天使な月華ちゃん。いつも通りです。

るびあさん。お気に入りです。

ifの中で大活躍しそうな予感。


次回の話は決まっていません。

何かリクエストがあればお気軽にどうぞ。

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