シャーペン
優しい人を好きになるとは限らない。
カチ、カチ、カチ。
シャーペンを振ると芯が自然と出てくる。とても便利な機能だと思う。でもそれは、逆に言えば振ってしまえば出ちゃうってこと。本人の意志と反することになっても。それはまるで私のように。
美浜さんは、日野くんが好き。でも、必死すぎ。
美浜、必死。とでも書いておこう。私はいつものメモにそう記していく。ついでに、美浜さんの頑張ってる感じの見た目もメモしていく。
『あなたみたいな子に、日野くんを好きになる権利なんかない』だって。
好きになるのに権利が必要だなんて、初めて知ったよね。どこに申請すれば貰えるんだろう。その権利。少なくとも美浜さんは持っているみたいだし、今度聞いてみようかな。……なんて。
私は本当に日野くんを好きなんだろうか。美浜さんには目をつけられているし、みんな日野くんと進展は? って聞いてくる。何か協力しようか、と声を掛けてくれる子もいる。
日野くんを好き、というのが私のアイデンティティみたいだ。そういう札でもぶら下げているようなマスコット。
日野くんは、嫌いじゃない。イケメンでもないけど、優しくてきっちりしてる人。やっぱり顔がクラスの他のイケメン風に比べれば目立たないから、女子の間で評価は高くないけど。
それでも、気にはなっている。だからこそ、私はこの図書室に来ちゃう。
カチ、カチ、カチ。
シャーペンを振ると黒い芯がちょっとずつ出てくる。ちょっとずつ、ちょっとずつ、必要以上なぶんまで飛び出てきてしまう。
いつかは折れてしまうと分かってる。でも、振ったら出てきちゃうんだから仕方ない。慎重に、押し戻すしか無い。
「……」
誰もいない図書室。図書委員も職務をサボってどこかへ行っちゃって、私だけが図書室を独占している。でも、物凄い静かなんてことはない。
壁の向こうから、聞こえてくるなにか。
その正体は図書準備室にいる動物たちの鳴き声。
「…………」
カチ、カチ、カチ。今日の日付と丸印をメモに残す。ここのところ、毎日が丸印。
図書準備室へ通じる扉は壊れていて、少しだけ隙間がある。その隙間から、二人の姿が見える。図書委員の桜さんと、日野くんの二人。ゆらゆら、ゆれゆれ。二人は激しく動いて、激しく声を上げている。
経験がない私はよく知らないけど、あんなに声を出すもんなんだって、いつもびっくりする。
桜さんは私のことをよく見ている。隙間から私が二人を見るように、桜さんは私を見ている。
そして、桜さんは微笑する。その笑顔の意味は全くつかめない。ただ、女の私でも感じちゃうくらい、すごく扇情的。そういう行為が女の子をそうさせるのか。それとも桜さんが、そういう子なのか。
私は彼女のことをいいなぁ、とかヒドい、とか全く思わない。本当は、そういう感情が出るほうが自然なのだと思う。でも、生まれてこない。
ただ、私もああなれるのかなって。
そういう欲求が生まれてくる。
だからこそ、私は逆に何がしたいのかわからなくなってくる。周りの子にはデートに誘え、手を繋いじゃえ、キスしちゃえ、とか言う。そういうことを、私がしたいのか分からない。
でも、そういうことをしていいなら、桜さんの位置に私がいてもいいんじゃないかって思っちゃう。
……カチ、カチ、カチ。
シャーペンを振ると、黒い芯がどんどん出てくる。私はシャーペンの中に芯をいっぱい詰めて置くタイプだ。ちょっとくらい無駄にしたって、いい。いっぱいあるから。
「……」
私はたぶん、求められたいんだろう。
たぶん。
そんなことを思っていると、ゴタゴタと準備室から音が聞こえてくる。終わったのだろう。いつも、終わりはゴタゴタして、逃げるように日野くんは出てくる。二人は彼氏彼女ではないから、あっさりなのだろう。
今日もほら。
「……あ、え?」
図書準備室から日野くんが飛び出してきて、私の姿を見て驚いている。いつもは私、隠れているから。今日は意地悪く残ってみた。
日野くんは冷静を装いつつ、私の名前を呼んで、どうしているの?と聞いてくる。
「……ちょっと調べ事」
日野くんは必死に笑っている。心配なのが丸わかりだ。でも、私は更に意地悪く。
「ちょっと図書委員さん探してて、そっちの準備室に誰かいた?」
「……いや、俺もこっちで調べ事してたんだけど、こっちは誰も居ないよ」
「ふうん、そっかぁ残念」
うそつき。
最低だ、日野くん。
でも、
「……日野くんありがとう。優しいね」
私は日野くんしか目に入らない。この人に求めて欲しいと思う。
これを恋と呼ぶなら、すごい一途だ。
「そうかぁ? 優しいかなぁ?」
「うん。……もっと、優しくしてもいいよ」
好きな人が何をしていたって。最低だって。なんだっていい。
私は彼に、欲して欲しい。それが、私の恋なのだ。