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失うものあれど、日々は続く≪後編≫

 きっかけは、なんてことない。

 気がつけば目で追っていて、気がつけば好きになっていた。

 シンパシーか、それとも何か別のものか。ともかく、何処と無く自分と同じような孤独を有した瞳に、どうしようもなく惹かれたのだ。

 そう儚げに微笑みながら、美しい少女は苦いコーヒーを飲み干した。


 幽霊の青年に、恋人が出来たらしい。


 シンプルながら、残酷な結末を、私は……黙って聞いていることしか出来なかった。


「どうすればいいか、分からないんです」


 涙に瞳を濡らした彼女は、そう言って俯いていた。


 ※


「失恋って、したことある?」

「生憎僕は、生まれたその瞬間から君一筋なんだ」

「真面目に聞いて」


 おどける彼にデコピンを食らわせながら、その日私は事の次第を打ち明けた。

 彼はソファーに寝転んだまま、静かに目を閉じる。


「彼は、拠り所を見つけて、彼女はそれを逃した。それだけのことなのかもね」

「……冷たいわね」

「だって僕は、彼も彼女もよく知らないからね。だから言葉が見つからない。可哀想だなんて畏れ多いし、かといって、彼女の為に何かが出来る訳でもない」


 寄り添って話を聞くのも、見ず知らずの他人じゃあね。何て事を言いながら、彼は肩を竦めた。


「失恋は、自然界じゃ珍しい事じゃない。基本頑張るのは雄の方だけど、雌が積極的に恋敵を蹴落としたり出し抜いたりするのもいるんだ」

 タガメとかね。と、補足をふまえつつ、彼は私の手首をおもむろに掴むと、あれよという間に引き寄せる。

 ソファーに仰向けになる彼に、私が丁度覆い被さる形。思わず抗議の声をあげようとした所で、彼は私をキツく抱き締めた。

「……痛みは、当人にしか分からない。それを共有せんとする君は気高いけど……裏を返せば偽善にもなるし、自身を傷付ける事にもなりかねない」

「これ以上踏み込むなって言いたいの?」

 少しだけ口を尖らせる私に、彼は笑いながら違う違うと述べる。

「今は干渉するよりも、寄り添ってあげるべきだよって言ったんだ。それにその子、君に少しは打ち明けたんでしょう? 普通の人よりは、心を開いてるんじゃないの?」

「そう……なのかな?」

 自信無さげな私に、彼はそうそう、と頷きながら、私のブラウスのボタンに手をかけた。

「それに、その子諦める。とかじゃなくて、どうすればいいか分からない。って言ったんでしょ? じゃあ、反撃のチャンスは残ってるかもね」

 そう言って、彼は顔を綻ばせる。まるで悪戯を思い付いたかのような子どものそれ。私の服にオイタしそうな手をペチンと払えども、彼は変わらず、無駄に楽しげで平和な雰囲気を醸し出している。


「蜘蛛ってね。交尾の時、雄を食べちゃう種もいるんだって。好きすぎて食べちゃうのか、単に餌として食べちゃうのか。そのミステリアスさは、女性の神秘に通じるものがあるよね」

「……何が言いたいの?」

「……別に。ただ、追い詰められた女の子は怖いって言いたいだけさ」

 最後のは、僕の後輩の受け売りだけどね。と、付け加えながら、彼はそっと私を撫でる。これだけで安心してしまう私もどうかとは思うが、スカートに伸びてきた手は油断なく払う。

「お、追い詰められた男の子も……」

「喰い千切るわよ?」

 ナニをとは言わない。蜘蛛みたいな女にはなりたくないが、今この場においては効果覿面だったらしい。

 大方、私がしおらしいから新鮮で。何て言うのだろうが、生憎、私だって人間だ。要望には出来るだけ答えてあげたいが、どうしても無理な時だってある。

 それが伝わったのだろうか。彼は降参するように両手を上げ、少しお昼寝しようか。何て提案してくる。

「起きたら、外食に行こう。何がいい?」

「……パスタ」

 イタリアン。何て言った方が様になるかもしれないが、気取るのは好きじゃない。そのまま、彼の胸に身を委ね、私は早くもウトウトし始める。

 彼女の話を聞いてモヤモヤしていた気持ちは、少しだけ楽になっていた。

「僕は、君を見るだけで精一杯だよ」

 他の子の恋愛模様は見てる暇などない。と言いたいのだろうか?「僕は弱いから」が、昔の彼の口癖だった。

「何言ってるのよ」

 そう言いながら私は彼の頬をつねる。グリンと回してやらないのは良心だ。

「私だって――」

 貴方一人でいっぱいいっぱいだ。

 何て悪態をつこうとして、すぐ止める。せっかく彼はお預け状態だ。ここはさっきの仕返しも兼ねて……。


「私だって見てるし、貴方が見てくれてるの、知ってるわ。知ってるから、こんなに強いのよ」


 殺し文句になるかは知らないが、彼がのたうち回っていたから、効果はあったらしい。


 ※


 一つの恋は、終結した。以上が私の遭遇した失恋模様。だが、これにはもう少しだけ続きがある。

 というか、つい最近続きが出来た。

 以来、長い間姿を見せなかった少女。彼の言うように、傍で話を聞くなんて当然できなくて、あわや記憶からも薄れつつあった時、私は意外な形で再会する事になる。

 ある朝。大学の仕度をしていた時、私は何気なくつけたテレビで、その少女を見た。


『……、行方不明となっておりました、雁ノ坂市在住の白鷺女学院二年生。米原(まいばら)侑子(ゆうこ)さん十七歳が、昨夜遺体で発見されました』


 ハンマーで殴られたかのような衝撃が私を襲う。

 親しかった訳ではない。

 ちょっとした縁という言葉が相応しい。

 だからこそ、この結末は私に例えようのない虚しさをもたらした。


 彼女は、何を思い死んだのか。

 あれから、報われたのか、それとも寂しげに過ごしていたのかも分からない。


『だって僕は、彼も彼女もよく知らないからね。だから言葉が見つからない。可哀想だなんて畏れ多いし、かといって、彼女の為に何かが出来る訳でもない』


 彼の言葉が甦る。

 少しだけ意味が分かった気がした。私と彼女は、縁は繋がっているけど、それぞれの物語は別物だ。

 だからきっと、今この胸の痛みも、いずれ風化していくのだろう。


「お~い! 綾? 大学遅れるよ?」


 彼の声に応えながら、私はもう一度テレビを見る。既に次のニュースに塗りつぶされ、彼女の姿は何処にもない。


「せめて、生まれ変わったら……」


 幸せに。何て言おうとして、どうしてもその言葉が出なかった。

 それが私の人間らしさだと思う事にする。そうでもしなければ、偽善で塗り固められた、〝名前のない怪物〟に、私の心が喰い殺されてしまいそうだった。


 日常は続いていく。

 恋を失えど。

 一人の命が消えようと。

 彼氏が変態であろうと。


 どうしようもなく無常に、滞りもなく続いていくのだ。



 叶わぬ恋を、私はしたことがない。失恋もしたことがない。

 だから私は、今でも覚えてる。

 儚げに佇み、愛しい人を見つめ続ける、あの美しい少女の姿を。




「セーラー服っていいよなぁ。特に黒」

「死ね」


 そんな日常にて。私の彼氏は、今日もバカで変態で、愛しかった。

今更ながら、前編・後編共に他作品とほんのりクロス

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