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失うものあれど、日々は続く≪前編≫

 報われぬ恋という奴を、私はしたことがない。


 恋らしい恋なんて、実は一度しかしていないし、それは今も続いている。故郷で小さい頃から一緒の幼馴染み。何処に惚れたか、思い出すのは難しい。


 イタズラ好きだけど、優しいところ。

 時折。本当に稀に見せる、凛々しい顔。

 何だかんだ私を気にかけてくれるとこ。


 色々あれど、どれも決め手に欠ける。

 強いていうならば、変な事したりする度に蹴り飛ばしていたら、気がつけば好きになっていた。

 結構酷い理由だが、それをお酒の勢いで話したら「所詮男と女なんてそんなものさ~」なんてのんびりとした答えが返ってきた。

 悔しいけど納得してしまったのは、私だけの秘密だ。

 ついでに。「男は所詮こんな生き物さ~!」と、私に襲い掛かってきた彼に膝蹴りを叩き込んだのは……もはやお約束と言えるだろう。

 未だにそういう事に慣れない私から言わせれば、その時はまだシャワーを浴びてなかったのだ。浴びてたら……。

 いや、ない。床ではない。背中が痛くなるから、出来ればもうごめん被りたい。そうだとも。

 因みに強引な時、彼の目は優しさと、愛しさと。少しの獣性を垣間見せる。普段の飄々とした態度からは想像もつかない、男を感じさせる彼。


 その目で見られると……弱い。

 絶対に口には出せないけど。


 惚れた方が負け。だなんて言葉は、実に的を射ていると思う。女なんてそんなもの。なんて理論は、少し乱暴だろうか?


 さて、何故そんな話になったのかというと、つい最近、先輩が失恋した。ドロドロのグチャグチャな修羅場だったらしく、「所詮私は二番目かー! 男釣る為の餌かー!」何て叫んでいた。どうも彼氏さんがゲイだったらしい。

 見た目麗しい私の先輩は、体よく男を釣り上げるルアーだったようだ。

 結構本気で入れ込んでたらしいが、当の本人が女性に興味がないのでは、振り向かせようがない。叶わぬ恋だった。

 そんな先輩を見ていたら、私は不意にある出来事を思い出してしまった。

 あれはそう、私が大学進学で上京してまもなくの頃。とある自営の喫茶店でのアルバイトが決まり、生活に追われるように忙しく動いていた時。私は〝彼〟と〝彼女〟に出逢った。


 幽霊のような青年と、人並外れて美しい少女だった。


 これは、多分私だけしか知らない、刹那の恋物語。その前日譚だ。

 

 ※


 喫茶店でアルバイトをしていると、常連のお客さんや、時々来るお客さん。初めて来るお客さん等が、ある程度分かるようになってくる。

 そうすると、必然的にそのお客さんの好みやら癖など、色々なものが見えてくる。これを何と言えばよいだろうか。人間模様?

 ともかく、最初の慣れないうちはそういうものが見えなかった私も、働き始めて一月程で、少しは観察というやつが出来るようになっていた。

 カフェ『モチモチの木』。自家製のパンと、品質にこだ わったコーヒー豆をうりとした、私がアルバイトすることになった喫茶店だ 。 落ち着いた内装。流れるジャズミュージック。そしてコ ーヒーの上品な香りと、パンの芳ばしい匂いは、個人的に凄く気に入っている。自営の喫茶店ということで、知る人ぞ知る隠れ家的な場所故か、『モチモチの木』に来るお客さんは、個性的な人が多い。


 例えば、スーツをビシッと着こなした、ダンディな刑事さん。

 よく聞き込みやら仕事帰りに来てくれる常連さんだ。たまに凄く綺麗な女刑事さんと一緒の時もあるが、その時は何だか疲れたような顔をしている。

 見たところ、つきまとわれて辟易しているようだ。あんな美人さんなのに勿体ないですよ。何て言ったら、「冗談じゃない!」と、全力で拒否の意を見せていた。げに、男女の関係は複雑だ。


 例えば、とある夫婦。

 週末に来る二人は、近所に住む結婚したてほやほやの新婚さんだ。

 奥様はイギリス人なブロンド美人。旦那様は、普通の日本人。しがないサラリーマンだそうだ。見ていて恥ずかしくなる位ラブラブなお二人は、モチモチの木では、密かに週末の名物になりつつあることを、二人は知らない。

 今日もパフェを食べさせ合っていた。熱すぎて夏が早く来そうだ。


 例えば、変な高校生。

 いつも妙な怪獣の……いや、あれはドラゴンと言うべきか。そのフィギュアをテーブルに置いて、それを景色に見立ててレモンティーを飲む。たまにニヤニヤする。中々に見ていて面白いのは、私だけの秘密だ。

 因みに、フィギュアは手作りなのだとか。最近の高校生は手先が器用らしい。


 他にも通称『蒼い目の女』と呼ばれる、ちょっと不気味な女性だったり。いたって普通な女子大生やら、大学生。会社員やご老人など、色々な人がここへ足を運ぶ。


 そんな中で、私はふと、奇妙な二人組を見つけた。

 いや、二人組というのには、語弊があるかもしれない。何故ならその二人は、いつも違う席に座っている。だが、片方がいれば、必ずもう一人がいる。そんな法則性に気づいたのは、いつの日だったか。


 一人は、若い青年。恐らく大学生だろう。

 丈が膝裏まであろうかという、薄手なカーキ色のフード付きジャケット。その下には、白いTシャツを着こみ、黒いジーンズを穿いている。 こうして見ると、当たり障りのない格好ではあるが、よくよく見ると、ジャケットやジーンズの裾はボロボロにほつれていた。みっともないと思いそうなものだが、青年がそれを着ると、何故だか様になっている。ダメージジーンズと同じ理屈だろうか。

 顔立ちはそこそこ。悪く言えば特徴がない。それでいて、どこか暗い瞳だけが、唯一目を引く要素だった。

 幽霊。そんな言葉がしっくりきた。


 もう片方は、女子高生。

 腰ほどまで伸びた、艶やかな濡れ羽色の髪。前髪は切り揃えられ、整った顔立ちも相まって、まるで日本人形のようだ。黒いセーラー服に黒いストッキング。そんなことごとく黒を強調した格好とは対照的に、その肌は病的なまでに白い。

 凍り付くような美貌。そんな言葉がピッタリな女の子だった。女である私から見ても、それほどまでに、その少女は美しかったのだ。


 普通にしていれば、交わることのなさそうな二人だ。だが、そんな二人は今日も同じ空間にいる。

 幽霊の青年は、普段から頻繁に来る常連さん。そうして、女子高生もまた、常連さんになりつつある。見ていれば分かる。彼女は、彼をこっそりつけているのだ。


「すいません、キリマンジャロ一つ」

 幽霊の青年が、注文する。それに答えながらチラリと少女の方を見ると、少女はメニューで顔を隠しながらも、こっちを伺っている。いつだって彼女は彼の死角にいる。決して気づいては貰えぬ場所で、彼女はひっそりと、青年を見つめている。


「彼と……同じものでいいですか?」


 注文を取った後、私は少女の方にこっそり近づくと、青年に聞こえないように、少女に問う。

 少女はビックリしたように目を見開いていたが、軈て顔を赤らめながらも小さく頷いた。


 それが、あらまし。

 誰にも悟られぬであろう、密かな恋。それを私は、傍観者という立場で見守る事になった。

 時にじれったく、やきもきしながらも、私は彼と彼女に、同じ飲み物を渡す。

 話したいのに、話しかけられない。そのジレンマは、凄くよく分かった。一時期、幼馴染みという立場が互いに気恥ずかしくなり、私の〝彼〟とギスギスした時期があった。

 燻る今の少女を見ていると、何だか他人事とは思えなくて。けど、馬に蹴られるのも避けたいので、私はだだ、少女に心の中でエールを送る。


 この調子では実りの日は遠いかもしれないが、どうかいつか……と。


 そんな日が、一月半程続いただろうか。終わりは唐突に訪れた。

 ある日突然、少女が〝一人〟で喫茶店を訪れたのだ。


「……コロンビアで」


 透き通るような綺麗な声で、幽霊の青年がよく飲む、日替わりコーヒーが注文される。

 ぼんやりと、席に座りながら、少女はあくせくと働く私を見ていた。……視線が分かるくらい、少女は私を見ていたのだ。


「コロンビアと……サービスのメイプルワッフルです」


 確か彼女が好きなサイドメニュー。それを提供すると、彼女はおずおずと、何処か申し訳なさげに会釈して――。


「……失恋、しちゃいました」


 ポツリと、そう呟いた。

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