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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
色んな外伝詰め合わせ
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チョコレート味の回想《後編》

 見た目はいいが、中身が虚ろ。それが近しい人達の間での彼の評価だった。

 だから最初、確か千明ちゃん辺りにどこがいいんだ? と聞かれたことがある。

 例えば誰よりも真っ直ぐ私だけを見てくれる。だとか、生真面目ではあるが、実は結構どうしようもないところがあって、そこが可愛い。あと、見も蓋もないが、やっぱりカッコいいから。今だって気を抜くとふとした横顔に見惚れちゃう。

 ……といった具合に、今ならば色々と言えるのだけれども、当時は確か「わからない」と答えた記憶がある。

 気がついたら好きになっていた。彼の深い事情を知らなかったあの時は、そんな理由だったのだ。

 だからこそ、たまにふと弱気な考えてに囚われてしまってもいた。彼が誰かを本気で好きになるなんて有り得ないんじゃないか。本当にある日突然に消えてしまうのでは? そんな漠然とした不安が私の中にあって、ますます目が離せなくなったのだ。

 いやだ。いかないで……!

 彼が趣味(?)の失踪をとげるたびに。誰かが傍に近づいた時でさえ、私の心は何度も悲鳴を上げていた。だからこそ彼が告白されると聞いた時もまた、心がざわついて……。矢も盾もたまらなくなって、私は彼がいるであろう校庭に走りだしていた。

 彼はどう返事をしたのか。……その結末は意外な形で私にもたらされた。早足で進む外へと続く廊下の先に、見知った顔の女の子が泣きながら歩いているのを見つけたのだ。

 件の生徒会長さんだ。


「……竜崎、さん?」


 向こうから、私に声がかけられる。上級生だし、私はあまり話したことないのにどうしてと思ったが、彼に告白するくらいなら、当然私のことも知っているのだろう。私が戸惑い立ち止まるのを見た彼女は、涙に濡れた瞳を細めながら、儚げに笑った。


「なんなのかしらね? 彼?」


 それは、私に問いかけているようにも、自分に言い聞かせているようにも見えた。


「好きです。ずっと好きでしたって言ったらね。滝沢くん、なんて言ったと思う? どうして? ですって。理由がないと、好きになっちゃいけないのかなぁ……」


 あんな、冷えた声で。本気でわからないって顔されて、萎えちゃった。そう言いながら、生徒会長さんはフラつく足で私に近づいてくる。その表情には悲しみと、確かな嫉妬が浮かんでいた。


「あの、えっと……」


 なんと返事をしたらいいのか分からず、私は口ごもり、そのまま改めて生徒会長さんを正面から見つめ直した。

 一つしか違わないのに彼女には匂い立つような色気と凄みがある。故にこんな美人さんをあっさり袖にする彼って、やっぱり変わり者だと実感してしまった。だって普通の男の子だったなら、喜んでOKするに決まっているからだ。……私の立場から言わせてもらうと、その偏屈ぶりのおかげで初恋は実らず。けれども敗北したり奪われたりということがないから複雑なのだけれど。

 すると、そんな私の感情の揺らぎを余裕と受け止めたのだろうか。生徒会長さんはキッと私を睨み付け、悔しげに下唇を噛み締めた。


「ねぇ、竜崎さん。私ね。フラれたからってのを抜きにしても、彼の目が……少し怖いの。何だかまるで別世界でも見てきたみたいで……」


 あんな冷たい男、貴女も早めに手を引いたら? そう言い残して、彼女は離れていった。

 途端にさっきまでの複雑な心境は消えて、私はちょっぴりお冠になる。なんだよそれ。何か彼を悪者にしてないか?

 すると、すぐ後ろでついてきた結衣ちゃんと千明ちゃんが鼻を鳴らすのが耳に入った。


「……捨て台詞かよ。マジウケる。悲劇のヒロイン気取りかな?」

「生徒会長さんは優秀だと聞いたが、案外たいした女じゃないんだねぇ。面識ない人に告白されたなら、さすがに理由は聞くだろうにさ」


 気にするな。という二人の後押しもあり、私は先を急ぐ。あの感じなら、多分彼はまだ校庭にいるかもしれない。そう思っていたら、案の定。私達が外に出ると、彼はぼんやりと校庭の土手に腰かけていた。

 私達はここまで。そう千明ちゃんや結衣ちゃんが言う。だが、私は敢えて二人に同行を頼んだ。

 賭けてもいいが、多分彼は……わりと傷ついてるかもしれないから。

 私がそう言えば、二人は顔を見合わせて……。仕方がないなぁという顔で肩を竦めた。


「傷心なら、尚更そこにつけこめばいいのによ」

「言ってやるなよ。千明。まぁそっか。友達が傷ついてるなら、慰めてあげようか」


 三人で辰の傍に寄る。すると途中で私達の接近に気づいた彼は、ちょっと驚いた顔をしてから、ばつが悪そうに苦笑いした。


「美人をフッて黄昏るとは、なかなかいいご身分じゃないか。滝沢」

「酷いなぁ、遠藤さん。こう見えて結構心にもないことを言われてそこそこ傷ついてるんだ。可哀想だとは思わないのかい?」

「なんてこった。本当に綾の言ってたことが当たってたとはね。けど……なんだ。そこそこか。なら僕ら三人がかりじゃなくてもよかったかもね?」


 ウインクしながら私を見る結衣ちゃん。なんだよ。でも心配だったんだから仕方ないだろう。

 そう言って私が頬を膨らますと、辰は状況が読めないのか首を傾げていた。


「途中であの生徒会長に会ってな。お前、別世界見てるみたいでキモいだとよ。さんざんな言われようだなぁオイ」

「で、君が他にも酷いこと言われてるんじゃないかと心配した綾がここに来たって訳さ。あ、ボクらは付き添いね」


 君が凄い落ち込んでたら、慰めの援軍になろうと思ってたけど。と笑う結衣ちゃんに、彼は目を細めながら首を横にふった。


「ありがとう。けど、大丈夫だよ。ほら、ちょっと塩対応過ぎたかなぁって思って反省してただけさ」


 ごもっともなことから理不尽なものまでいっぱい言われたよ。そう言って彼はゆっくりと立ち上がると、そのまま心配そうに私を見た。

 少しドキッとして上擦った声で「な、何?」と聞けば、彼は優しく微笑んだ。


「君は、何か酷いこと言われなかった? あの人……わりと君のこと気にしてたから」


 それを聞いた時、単純ながら私が少しだけ得意になったのは言うまでもない。

 気にされただけで舞い上がりすぎ? 仕方ないだろう。告白されたイベントで私のことを思い浮かべてくれたなんて、そんなのまるで……!


「ほら、僕はいいんだよ。けど可愛い〝妹分〟が酷いこと言われるのは結構容認できな……あ痛ァ!?」


 そっちかーい! と、私が膝から崩れ落ち、千明ちゃんのラリアットと結衣ちゃんの飛び蹴りが彼に炸裂する。ギャグマンガみたいにゴロゴロ土手を転がって行く彼をみていたら、私がさっきまで思い悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってくるようだった。

 なんだよ。私の姿が過って告白を断って……くれる訳はないか。うん。やはりこの妹分ポジションを脱却しないと道はなさそうなのが現状で……。


「綾、やっぱり押し倒せ。絶対それが効くって」


 小声でそう呟く千明ちゃんに私は泣き笑い。結局その後は、この不沈艦男……本当にどうしてくれようか。なんて考えるだけであった。

 この時、彼が何を考えていたかなんて知るよしもなく。


 ※


 次の日、私は空き教室の一角で黄昏ていた。

 正確にはその日私は日直で、所謂学級日誌をまとめている最中に……飽きてしまったのである。

 この地味に面倒くさいもの、廃止になればいいのにな。と思っているのは、クラスどころか学校の生徒の過半数にまでのぼることだろう。

 因みにそんなことを千明ちゃんが先生に話したら、先生は切なそうな顔で「教員はね。雑務が本当に多いんだ……ちょっとでいいから手伝って」と消え入りそうな声で言っていたんだとか。

 将来の夢はバリスタか学校の先生で迷ってたりする私だが、ちょっとだけ現実を知った瞬間であった。


「あ~」


 意味のないうめき声が漏れる。今は放課後。教室にいるのは私だけ。今日は部活はなし。用事もなし。冬だから石油ストーブが焚かれてて。

 ぶっちゃけると、居眠りしたら最高に気持ちがいい条件が整いすぎていた。

 そこに気づいたらもうダメだった。数秒後、私は書きかけの学級日誌を脇にどけると、机に突っ伏して休息の体勢に入る。

 窓からは、オレンジの夕日が射していた。それを見ていたら、つい昨日のことを思い出してしまう。


 なんでそんな他人に興味がない顔が出来るのか。

 冷血人間。本気で人を好きになったことあるの?

 幼なじみは妹分? 可哀想ねその子は。


 あの後に聞きだした、彼が生徒会長に言われたことだ。

 好き放題言いやがってと思う反面、最後にぶつけられたらしい言葉は、グサリと私に突き刺さっている。

 妹分。

 不本意ながら可哀想と称された後にすら、彼は私をそう言った。それってもしかしなくても私には望みがないと突きつけられているかのようで……不意に泣きたくなった。


「……何でよぉ。鈍感。ばか。あんぽんたん。根なし草」


 思い浮かぶ限りの罵倒を並べる。そうしたらますます切なくなった。

 鈍感と罵っても、最後には大好きとつけてしまうのだ。ばかでも。あんぽんたんでも、あんなにも嫌な一面でもある根なし草でさえ、最終的には大好きで終わる。終わってしまう。

 ……ああ、我ながらこれは酷い。

 そう思いながら、私は机に突っ伏したままペンを指に引っかける。そのままもう片方の手をおもむろに机の中へ突っ込んで、私は適当なノートを引っ張り出した。

 開くのは最後のページ。真っ白で何も書かれていない場所へ私は投げ槍にペンを走らせた。それこそ王様の耳について深い穴へむけて叫ぶかのように。

 当時の私がどうしてそんな行動に出たのか、はっきりとは思い出せない。

 ただ、もしかしたら私が告白をしても「どうして?」という言葉が返ってくるのではないか。私もまた、その辺の女の子と変わらないのでは? そんな漠然とした恐怖に苛まれていたのは間違いない。だからこそ……。あんな恥ずかしい言葉を書きつらねていたのだろう。


『辰が好き』


 頬っぺたと机の境界が湿り気を帯びる。シンプルだけど、絶対に誰にも負けない想い。これをどうしても伝えられないのは、変わるのが怖いからだ。届かなかったら? きっと今までみたいにはいられない。それが嫌なのだ。


「辰が、好き」


 誰もいない教室で口に出す。こうして一人でいるときは出来るのに。どうして……。

 眠気がじわじわと侵食して来る。マイナス思考も手伝って、身体が妙に重い。だから少しだけ。リフレッシュもかねて居眠りしてしまおう。

 大丈夫だ。どうせクラスの皆は帰るか部活に行っている。寝顔を見られる心配はない筈だ。

 そう結論付けた私は、ゆっくりと微睡みに身を任せ……。

 ふと、そこで誰かの気配を感じた。

「ん……ぁ?」

 ピキンと身体がこわばる。それはいつの間にか、私が座る席の隣にいた。

 ゆったりと席に腰掛けているのは、どことなく虚ろな雰囲気を醸し出す少年がいた。手には一冊の文庫本を携えていて、細くて長い指が優しくページを捲っている。……ちょっと本になりたいと思ったのは私だけの秘密だ。


「おはよう、綾」


 私を安心させる声が耳に届く。幼なじみの滝沢辰は慣れた手つきで本に栞を挟むと、何故か少しだけ困ったように肩を竦めた。


「――起こそうとは、思ったんだけどね」

「え……寝てたの? 私?」

「そりゃあもう、ぐっすりと。でもダメじゃないか。まだ誰か学校に残ってるかもしれないのに」

「…………人が入ってきたなら起きるわよ」


 気配で。とは言わない。女子として持ち合わせる必要がない能力な気もするが、そこからは全力で目を背けることにする。

 ようは無防備過ぎて心配になったのと、熟睡していたので起こすのも忍びなくなった。そんなところか。

 私が目覚めなかったのは、入ってきたのが貴方だったからという点には気づいてはくれないらしい。わかってたけど。

 窓に目を向ける。ほとんど日は落ちていて、空はほとんど暗くなっていた。ああ、そうだ日誌出さなきゃ。


「……ん?」


 だが、そこで私は奇妙な胸騒ぎに襲われた。何かを……致命的なくらい重要なことを忘れているような。

 周りを見渡す。

 私達以外は誰もいない、がらんとした教室には石油ストーブが稼働する音だけがしていた。

 机には日誌。隣には彼。その前にはさっきまで読んでいた本と、何故か開かれたノートが。

 ノ、ノート……が。


「……~っ!?」


 ひぎゃああ! という、声にならない悲鳴が上がる。

 寝入る前の自分の行動を思い返して羞恥がわき上がり、そのノートが何故か彼の前に置かれていたものだから、私は完全にパニックに陥っていた。


「か、返して!」


 涙声になっているのを自覚しながら、私は稲妻のような速さでノートをひったくる。

 頬が。いや、今や全身がバカみたいに熱い。けれどもそれとは裏腹に血が急速に冷えていくのも感じていた。

 見られた。見られてしまった。

 よりにもよって彼に、こんな……。


「………………え?」


 恥ずかしい文字列を確認する。その時、私の中で時間が停止した。

 言い訳のしようがない程にノートのど真ん中へ書かれた私の恋慕は、相変わらずそこにある。それは変わらない。ただ、私の目を釘付けにしたのはその隣だった。

 見慣れた綺麗な文字。間違いなく彼の筆跡で、そこにはこう記されていたのだ。


『僕も、綾が好きだよ』


 ラッキーパンチでリングに沈むボクサーって、こんな気分だろうか? 多分違う。衝撃が凄まじいのは変わらないけど、こんなに胸がドキドキするなんてありえないだろうから。

 何度も何度も、私の書いた文字と、彼の書いた文字を見比べる。夢じゃないし、幻覚でもなかった。

 恐る恐る彼の方を見れば、いつも優しく私を見守ってくれている彼が、今日に限って明後日の方角を向いていた。

 耳が真っ赤な状態で。


「――――っ!」


 多分、今私の顔も大変なことになっているだろう。心臓の拍動はどんどん早くなりらもうどうにも止まらない。

 落ち着つくのは無理でも深呼吸。余計に苦しい。私の心と身体が、泣きたくなるくらい彼を好きだと叫んでいた。


「本当、に?」


 辛うじて絞り出せたのは、そんな問いかけ、それに彼は無言で頷いて、何故かそのまま机に突っ伏して謎の唸り声をあげ始めた。


「し、辰?」

「ダメだ。なんだこれ。凄い恥ずかしい」


 そのまま彼は顔だけこちらに向ける。目が合って、そのまま視線が離せなくなる。ただ、彼は静かに口を動かすのだけが見えて……。


「ま、待って!」


 その瞬間、私は彼の言葉を遮った。何を言おうとしたのかはなんとなくわかって、けど譲ることが出来なかった。

 こういうのって男の子から言いたいのだろうか? けどダメ。

 予感がするし、断言できる。私の方がずっと――!


「辰、好き。ずっと好きだったの」


 たどたどしい告白をする。視界がにじみ出し、そのまま迷子が母親を求めるかのように繰り返し「好き」という言葉と想いが溢れだし。気がつけば私の身体はフワリと彼に抱きしめられていた。


「泣かないで、綾」


 思えば小さい頃に喧嘩しても大抵折れるのは彼だった。私が泣いてしまうと、彼はその何倍も辛そうな顔で私を慰める。その時に出す困ったような声だった。

 正直、今は逆効果だ。声を聞くだけでどうにかなりそうなのに。

 抱きしめまでしたらもうダメになるに決まってる。加えて……。


「やっと……やっと言えた……」


 歓喜と幸福感が私を満たす。それはためにためた初恋がようやく形になったことを意味していて。

 私は止めどなく流れる涙で彼の制服をグシャグシャにしながら、力いっぱい彼にしがみつく。


「あの、僕もそろそろ君に……」

「ダ、ダメっ!」

「え? 何故に?」

「今はダメ。これ以上キュンキュンさせないで。気絶するわよ? 絶対に私、気を失うわよ? いいの?」


 わりと本気でそうなりそうだったので、私は必死に彼を押し止める。

 酷い脅しだぁ……と、彼は苦笑いしていたけど、結局そのまま、まるで自分のものと主張するように(とても重要)私をより強く抱きしめた。


「じゃあ、帰ってから……かな?」

「ねぇ待って。もっとダメ。予感がするわ。もっとダメになりそう」


 誰もいない教室で、私は彼に包まれたまま少しだけ息を止める。

 今、世界中できっと私が一番幸せに違いない。そんなベターなことを考えながら、私はいつまでも全身で感じる彼に酔いしれていた。

 ……結局、その後に伝えて伝えられて。気絶しそうになったり。なんかファーストキス経験して、そのままセカンド、サード……以下沢山。

 石油ストーブの灯油が無くなって完全に冷えた後ですら、私達はその場で色んな意味で燃え続けていた。

 最終的に日誌が提出されないことを不審に思った先生が教室に様子を見に来て、私はまたしても羞恥の悲鳴を上げることになるのだが……。それはまた別のお話だ。

 


 ※


「そんなこともあったなぁ……懐かしい」


 リビングのテーブルにて、彼は〝茶色い〟シチューを普口に運びながら目を細める。一方、私はというと対面の位置でクッションに正座していた。

 何故か? 察しろ。


「……まぁ、多分昔を思い出してたから行程を間違えたって話じゃないよね。このクリームシチュー」

「そこは昔みたいにビーフシチューと間違えてよぉ……」


 ちくしょうめ。何でだ。最近ちょっといい感じだったと思っていたらコレである。

 新婚さん特有の三択なんて夢のまた夢。

 ご飯……ごめん。と私が言った時の「あっ……」といった彼の表情が忘れられない。 


「でもホラ、ちょっとアレだけど……前みたいに色々ヤバいわけじゃないから」

「……美味しい?」

「ユ、ユニークな味だ」

「……ふぐぅ」


 あの日の教室みたいに机にベタんと撃沈する。そうしていると、さっき思い返していたのもあいまって、あの時は聞かなかった疑問が浮かび上がってきた。


「……ねぇ」

「んー?」

「前に言ってたよね? 私に告白される本当に直前まで、気持ちに気づかなかったって」

「ああ、そうだね」


 我ながら酷いやつだ。と呟きながら彼は苦笑いしている。実はそれを知ったのも最近だったりしたのだが、当時の私は舞い上がりに舞い上がっていて、結局それを聞くことはなかった。今にして思えば無意識に恐怖していたのかもしれない。


「きっかけって……あの先輩よね?」

「そうだねぇ」

「……でも、ちょっとわからないの。失礼だけど、そんなに貴方が恋だとかに興味があるなんて思えなくて」

「どうして君の告白を受け入れたのかって?」


 今ならすっごい愛してくれてるのが分かる。けど当時の彼は現在ほど分かりやすくなかったから。ちょっと気になると言えば気になるのだ。


「…………言わなきゃダメかい?」


 あら珍しい恥じらい顔。それが少しおかしくて愛しくて、私はそのまま冷蔵庫に飛んでいく。

 取り出したるはちゃんと上手くできた彼への贈り物だ。


「ここにバレンタインのチョコレートがあります」

「手作り……しかも成功、だと?」

「ねぇ最後。最後驚くとこなの?」


 いや、あのシチュー見たらそんな反応になるのだろうけど。


「正直に話してくれたら、なんでも好きな方法で……」

「あれはそう、先輩の一言がきっかけだったんだ」


 反応はえーよ。

 そんな私の突っ込みもなんのその。彼は懐かしむような。それでいて照れくさそうに私を見た。


「誰かを好きになったことないでしょう? あの可愛い幼なじみさんだって、たまたま近くにいるから優しくしてるんでしょう? って言われたのは知ってるだろう? それで……多分生まれて初めて、僕は君をそういう対象として、自分に当てはめてみた」

「わかってはいたけど、本当に妹的な存在でしか見てなかったのね……」

「うん。こればかりは嘘ついても仕方ない」


 ごめんよ。泣かないで。といった具合に、私をおちょくってから、彼はそっと私の頬に手を伸ばす。

 親友曰く超色っぽい指が私を弄び、目尻にそっと添えられる。

 やめろ。ドキドキするからやめろ。なんて思っていると、彼の口からとんでもない爆弾が落とされた。


「想像したんだ。君が彼女。隣にいる……そうしたら、うん。とてつもなく、その……今までにないくらい、独占欲みたいなのが生まれたんだ」


 ……チョコ、どんな風に食べられちゃうんだろ。

 その時私はそんなことを考えた。だって彼の口から独占欲なんて出るとは思わなかったから。熱をそらすともいう。


「誰にも取られたくないな。とか、思って。色々考えたんだ。これは恋なのか。それとも僕が妹離れ出来ないだけなのか。取り敢えずゆっくり向き合ってみようとしたら……あのノートだ」


 アレで愛しさが大爆発した。

 そう言って彼は私のそばにいつの間にか寄り添って。おもむろに私の手にあったチョコのラッピングを剥がす。この間私の身体は片腕で抱きしめられていた。


「君は昔から力業で僕をねじ伏せたり、救ってくれたりしたけどさ。恋も一緒だよ。ノックアウトされたんだ。ああ、きっと君なら僕も……恋が出来るってね」


 トリュフチョコレートが一つ彼の口に消えていく。美味しいと味わった彼は、そのまま私の口にもう一つ咥えさせて、二人の距離をゼロにした。


 ファーストキスの味はレモン味。とは少し古い。そもそもあのときは幸せ過ぎて全然覚えていないけど。

 多分今夜はバレンタインだから……とびっきり甘いチョコレート味だ。


「ところで……綾、さっき〝なんでも〟って言ったよね?」


 今さら訂正するつもりはない。チョコレートはあと六個。ならばもう。答えは決まっているのだ。仕方ないよね。せっかくのバレンタインなのだ。甘い時間にして何が悪いというのか。


「言ったわ。だから……お好きな形で、召し上がれ?」


 かくして、チョコレートみたいにトロトロにされ、私は美味しく頂かれちゃいました。とだけ追記しておこう。ある意味で予定調和なバレンタインでしたとさ。

 ちなみに、うっかりホワイトデーに三倍返しね。と言ってしまったけど他意はない。狙ってもいない。…………そういうことにして欲しい。

 

 

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