男のロマン
例えば、彼が変態だとして。
それはもう、生まれもったものだと思うから、私がどうこうできないのは明白で。
だから……。
「綾! おっぱい枕を要求する!」
こんな謎過ぎるおねだりが来たら、もう私には彼を蹴るくらいしか思い付かなくて……。
「おぶぅ! ……ぐ、まだまだぁ!」
向こうの壁まで飛んでった彼氏は、いつものように受け身をとって立ち上がる。
「……今日は復活が早いわね」
「ハイキックは君の十八番だからね。必然的にハイキック受け身が僕の十八番になるのさ」
なんだその謎理論は? と、言いたくなったが、突っ込む気も暇もない私は、あっさり彼をスルーして作業に戻る。レポートの提出が迫っているのだ。
因みに、今いるのは私の部屋。パソコンをカタカタ弄る私の後ろで、彼はまじまじと画面を覗き込む。
「あ、セイウチ教授の課題?」
「その呼び名は止めてあげなさいな」
顔と体形が、確かに似てる! と思ってしまった私も同罪だけど。
暫しの沈黙。
スプリングの音がして、彼が私のベットに寝転んだというのだけが分かった。
カタカタという打鍵音が部屋に響き……。
「おっぱいは世界を救うと思うんだ」
「……その心は?」
「いや、だってみんな大好きでしょ? 男の子も女の子も」
「いや、最後はおかしいわ」
バカな話に付き合うあたり、私も毒されてきていると思う。いや本当に。
「でもね。ただのおっぱいじゃあ、世界は救えても、僕は救えないんだ」
「へぇ~。そう」
読めた。もう読めた。このパターンは……。
「綾のおっぱいじゃなきゃ、僕は救われないんだ」
だからそう一直線ばかりでなくたまには変化球も使って欲しい。私の心臓が持たないから。
「レポート書かせて」
「うん、だから待機なう」
どうしよう。彼氏が気持ち悪い。
横になり、ぐぐーっと身体を伸ばす彼。Tシャツにジーンズという、ラフな格好。背伸びの拍子に裾がめくれて、お腹が少し覗いている。
ほどよく鍛えられた腹筋が見える。ちょっとだけドキッとしたのは内緒だ。
「おっぱい枕はね。巨乳な子。貧乳な子。どちらでも需要があるんだ」
自分の胸元に、こっそり目をやる。大学の友達曰く、私のは美乳なるものらしい。……よく分からないけど。
「重要なのは女の子に身を委ね、その柔らかさを隅々まで堪能することで……」
「黙らないとやってあげないわよ?」
「……」
素直な奴だ。欲望に。
ともかくこれでレポートに集中できる。といっても、考察やらは殆ど書けてるし、後は結びの部分だけ。
終わったら……まぁ、やってあげよう。恥ずかしいけど。てか、私のサイズで大丈夫かな?
そうして数十分後。ようやっとレポートを仕上げた私は、少し羞恥と共に後ろを振り返った訳だが……。
「……あれま」
彼は、静かに寝息を立てていた。考えてみれば、時刻は夜八時ちょっと前。今日は確かアルバイトだった筈の彼が眠くなるのは……まぁ、必然と言えば必然かもしれないけど。あれだけ鼻息荒く解説していたのに、当の本人がこれである。少し拍子抜けだ。
「……終わったわよ?」
無反応。
「……し、してあげてもいい……けど」
熟睡している。
「……いらないの?」
何というか……悔しいのは何故だろう。
いや、断じてやりたかったとかそういうものではない。なのに……。
その時の私は、血迷ったという言葉が一番しっくりくる状態だったと思う。
そっと、彼を起こさぬようベットに上る。シングルサイズ故に、必然的に私と彼は密着する事になり……。
「……あ、ちょっとヤバイかも」
くっついて、そっと彼の胸板や腕を弄る。そのまま、いつも彼が私にやるみたいに、首筋に顔を埋めてみた。
彼の匂いに混じって、微かに香る紙の本特有のインクの匂いがする。彼のバイト先は、古本屋なのだ。
触れ合う部分が、妙に熱い。きっと、夏のせいだ。
ムカついたから、鎖骨にキスを落としてやる。ちょっと強めに。痕が残るように。
私だって、人並みな独占欲位は……。
「あ、じゃあ僕は是非とも君のおっぱいにキスマークを付けたいわけなんだけどどうだろうか?」
……おい、狸寝入りか。私を罠に掛けたのかこの野郎。
すぐ上からの彼の声に少しの硬直した後、私は慌てて離れようとする。が、もう遅い。あっという間に私の身体は抱きすくめられ、仄かに香る程度だった彼の匂いが、いきなり全身を包み込む。
「うん、ヤバイね。いい匂いするわ、抱き心地いいわで。疲れも吹き飛ぶよ」
物理的に吹き飛ばしてやりたいが、生憎私は動けない訳で。何て思っていると、「ではさっそく……」等とほざきながら、彼は私の胸に顔を埋め始める。
「こ、こら!」
私の制止もなんのその。彼はもう色々と恥ずかしい事をしてくるものだから……。
「んっ、……ちょっと! くすぐったいってば!」
ちなみに、今の状況。横向きに寝る私に、同じく横になった彼が、私の胸に顔を突っ込んでいる。……これ、私が思いっきり抱き締めたら、窒息させられる気がする。
「死因、おっぱいになるね」
「本気で窒息させてやろうかしら」
何ていいながら、私は行き場のない手を彼の頭に。今更ながら、この体制は頭を撫でやすい事に気づく。
「少しさ、疲れたから寝るよ。今度こそ本当に」
「……はいはい」
何故だか今日は甘えん坊さんな彼に返事をしながら、私は悟られぬよう笑う。
可愛い。何て言ったら怒るだろうか。喜んでくれたから、まぁ嬉しい。けど……。
「腕枕……」
実はいつもしてもらってるそれ。眠っている彼を見ていたら無性に恋しくなってしまったのは……私の胸の中にしまっておこう。恥ずかしいし。
そうして、私も微睡みに落ちる。レポートの疲れが出ていたのだろう。因みに、起きたら私の方にまでキスマークが付けられていたのは、また別のお話。彼が綺麗に弧を描いて吹き飛ばされたのは……後日談ということにしておこう。