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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常は続く
59/65

かくしてバカップルは平常に戻る

 私に出来ることは何だろう?

 そんなことを考えながら、私は旅館のロビーにぼんやりと座っていた。

 今彼は、メリーと最後の話をしている。涙は……きっと、見せただろう。私の傍で、声も立てずに泣いたあの夜みたいに。もしかしたら、声を立てて思いっきり。私が見たことがないような表情で。

 そう考えたら、やっぱり少しだけ。ちょっぴり。爪先ほど……。うん、認めよう。かなりヤキモチだけど、逆を言えば私の前でしっかりした男でありたいという心の現れだから、そこは広い胸で受け止めよう。……メリーの方が物理的に豊かとかいう突っ込みは無しの方向で。


 そんな決意表明をしていた時だ。「竜崎さん」と、不意に後ろから声をかけられた。

 振り向けば、そこにイタコのミクさんが立っている。当然ながら、メリーの雰囲気はそこにない。ああ、終わって。彼女とはもう会えないのだという事実が、私にのしかった。同時に、ミクさんの色々と凄い表情を見てしまったのが私の脳裏に強烈に焼き付いて、結果私は何とも言えない顔になってしまった。


「その節はお見苦しいものをお見せしました。口寄せ、終わりましたよ。辰くんは、お部屋に」


 本人も自覚はあったらしい。苦笑い気味に私を手招きし、廊下の奥を指差しながら、「行ってあげてください」と微笑んだ。


「彼……どうでした?」

「……何も。私にお礼だけ言って、申し訳ないけど竜崎さんを呼んできて欲しい。とだけ。怖いくらい冷静でしたよ」

「そう、ですか……」


 ミクさんがすぐに起きたのかはわからない。取り繕ったのか、痩せ我慢したのか。まだ彼を見ていない私には何とも言えなかった。けど、ミクさんの心配そうな表情が、全てを物語っていた。


「行きます。ミクさん、改めてありがとうございました。……本当に」

「いいえ。辰くんを……お願いしますね。竜崎さんにしか出来ない事ですから。あ、何か当旅館にて不都合などございましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「あ……はい」

「およ? どうしました?」

「い、いえ。な、何でもないです」


 私のそんな曖昧な返答にも、気を悪くしたような素振りをみせず。ミクさんはふわりと花のような笑みを浮かべ、綺麗にお辞儀してから立ち去っていった。

 ……そういえば、彼女仲居さんだったよなぁ。

 強烈な降霊で、正直忘れてました。とは言えなかった。


 ※


 深呼吸して、部屋に入る。

 さて、なんて話しかけようかな。いつもみたいに接するか、彼の話に耳を傾けるか。まぁ、顔を見合わせてから考えよう。

 コンコン。と、ノックすれば、「空いてるよ」と、返事が帰ってくる。戸を引いて、襖を越えて部屋に入る。目に飛び込んできたのは……。


「……えっと、何してるの?」


 テーブルの上に正座し、無駄に綺麗な土下座をしている彼がいた。

 訳もわからず目を白黒させていれば、「この度は本当にご迷惑をおかけしました」なんて事を言い出した。


「……正直、僕は去年の十二月から、君に迷惑やら気やら心労をかけすぎてるから。だから、いつも感謝してるけど、改めて。……ありがとう。僕を……こんな僕を信じてくれて。ありがとう。僕のそばに、寄り添っていてくれて。……ありがとう。僕と、メリーに最後に言葉を交わす機会をくれて」


 そっと顔をあげて、彼は、今までにないくらい晴れやかに微笑んだ。晴れやかにではあったんだけども……成る程。ミクさんが心配する訳だ。


「目……腫れてるわ。鼻声だし」

「まぁ……正直言えば……笑わない?」

「笑うと思う?」

「ありがと。号泣してたよ。僕も、メリーもね。お互い呆れるくらい、酷い顔だった」

「そっか。うん、ちゃんと話せたのね。よかった」


 心の底から安堵する私に、彼は何度も頷いた。


「君を泣かせたら、化けて出て祟るって脅されちゃったよ。だから二度と会うことはないよ。……そう、思いたい」

「それは、私を泣かせないと宣言している。で、OKかしら?」

「無論だよ。君のお父さんにも宣言しちゃったからね」

「……そっか」


 内心舞い上がりたいくらい嬉しいけど、顔には出さない。

 取り敢えず、いつになるかはわからないけど、素敵なプロポーズがあることは期待してもいいだろうか?

 そう思いながらも、私は彼の傍に歩み寄る。目が赤い。ウサギみたい。


「……まだ、苦しいわよね?」

「……そうだね。正直に言えば、燻るようなものはあるよ。でも、今はまだ、この痛みに浸っている位が丁度いいんだ」


 目を閉じて、彼は首にかけた何も付けられていないチェーンを静かに外して。大切そうにジーンズのポケットから取り出した、革製の袋にしまい込んだ。


「……つけないの?」

「うん。でも、大事にしまっておくさ」


 そう言って彼は、それを傍らに置くと、改めて私の方に向き直った。


「……僕は、彼女を忘れない。覚えていたいんだ。だから、どうか許して欲しい。僕の心には、君がいる。今も昔も、それは変わらない。だけどそこの一部に、彼女を……愛しき僕の相棒を住まわせるのを……許して欲しい」


 見つめ合う。

 部屋にはただ、呼吸する音だけが満ちていた。そして……。


「やだ……って、言ったらどうするつもりよ」

「君が一番だからね。やだって言われても仕方ないとは思う。だからその時は……そうだね。どんなに時間がかかっても、忘れ……」


 ほっぺをつねり、言葉を塞ぐ。……我慢できないから、途中でちゅーに変更。

 ちょっとだけ強めのキスに呆気にとられた彼の顔が、少しだけ面白かった。


「……だめ、よ。そんなのダメ。忘れるなんて、私が絶対に許さない」

「……綾」


 息を飲む彼の頬を両手で挟む。

 心が伝わるよう目を見つめながら、私は話を続ける。


「メリーはね。辰、貴方じゃなきゃダメなの。私だって覚えてるわ。彼女と関わった人だってね。けど、覚えていて、心に住まうのは、貴方のとこじゃなきゃ」


 寧ろ彼以外なら余裕で拒否しそうなのはさておき。


「だから、忘れちゃダメよ。人は死んだら……誰かの心でしか生きられないの。だから、寧ろ私の方からお願い。メリーを……メリーを消さないで?」


 懇願するような私の言葉に、彼は静かに。だけど嬉しそうに頷いた。丁度いい。ここらで確かめるのも悪くない。


「……私が、一番でしょ?」

「勿論だ。そこは変わらないし、変えるつもりはないよ」

「……私から、離れない?」

「君が僕に愛想つかさない限りは。勿論、そうさせはしないつもりだよ?」

「ちゃんと、愛してね?」

「それこそ永久(とわ)に。寧ろね、今まで変態だったけど、これから超変態になる自信があるね」


 君への愛しさ、フルスロットルの限界突破だし。と、親指立てた彼には「バカ」という賞賛を贈る。

 ああ、そうだよね。メリーが原因の変態が、メリーが原因で悪化するのか。嬉しいやら、感謝やら。周りに回って私への愛がどんどん膨らんでくれたと言うべきか。

 ……そう思ったら、私は思わず彼の頬をもう一度つねり。


「このリア充が」


 悪戯っぽい笑みになっているのを自覚しながら、そう言ってやった。

 え? え? 何故にいきなり? と、ひきつった顔になる彼。フム、気づいてないのか。なら可哀想だから教えてあげよう。


「リアルで私と同棲。心では私に加えてメリーと同棲なんて両手に花。これをリア充と言わずしてどうなるのよ。爆発……は、嫌だわ。けど一発蹴らせなさい。この女たらし」

「何か色々と理不尽っ! あ、でも訂正させて。たらしはないよ。君以外たらしこむつもりないもん!」

「……メリーは?」

「……いや、流石に」

「その間はなんだぁ!」


 座ったまま脚を跳ね上げ、彼にオーバーヘッドキック。「ふげぇ!?」なんて声をあげてのたうち回る彼に、冷たい視線もプレゼント。……まぁ、わざとらしい間だったから、私に蹴る機会をくれたのだろうけど。

 しかし、メリーとも一緒に棲む……ね。自分で言っておいてあれだけど、結構なカオスになりそうだ。

 ……ちょっと楽しそうって思ったのはさておき。

 あれ、でも待て。そうなったら、私が彼とイチャイチャ出来なくない? 毎回メリーの邪魔が入りそうな。むぅ。それはダメ。

 てか、そんな生活したらいつか丸め込まれそう。メリーだし。鬼、悪魔、痴女、泥棒猫だし。そうなったら……!


「綾? おーい、綾? 戻っておいでー」


 どうしよう? そのうち私が愛人ポジに落とされて……いやいや。彼ならそんなことしないもん。

 け、けど、たまに二人がオカルト探すときは私おいてけぼり? なんだそれ酷い。

 よ、夜は? そ、そんな、いやしかし……。


 恥ずかしながら、暴走していた。だからだろう。彼の手が私の頬っぺたをツンツンするのに気づいた時、私は思わず「ぴゃあ!?」なんて酷い声をあげていた。


「だ、だめよ! 三人でなんて! あぅ、でもメリーとだけは……何だろ? 勝てる気が……」

「妄想爆走ガールになっても、可愛いだけだからね? 僕が得するだけだからね? ……あれ、綾さん? なんでキックボクシングスタイルに? あれ~?」


 理不尽? 知らん。恥ずかしいし、今は何かダメだ。蹴らなきゃダメだもう一回。


「ちょっとハイキックさせて?」

「……見てくれよ。この可愛い生き物、僕の彼女なんだぜ?」


 次の瞬間、畳に転がる彼が一丁あがり。……うん、ごめん。


「あ~。効く。なんだろね。Mじゃないけど、この君のキックに込められた実家のような安心感よ」

「……うるさいバカ」


 うつむく私の頭に、ポンポンと、彼の手が乗せられる。いつもながらにリカバリーは速かった。


「さて、いい感じにいつもの僕らになったところで、温泉行こうか」

「……ぐぅ」


 悔しくも頷くのが私だった。まぁ、当初の予定はそっちだけどさぁ。切り替え早いよ。さっきのしおらしい彼もちょっとよかったなんて言ったらバカだろうか?

 私がそんなことを言えば、彼はしばらく目をパチパチさせた後、とても楽しそうに笑った。


「そりゃあ、ね。温泉だもん。浴衣着た君を見たいんだ。心にいる、メリーと一緒にね。大丈夫。似合うよ。反則級に可愛いに決まってるさ」


 ……反則なのは貴方だと思います。メリーがほくそ笑んでいるのまで、何故だか見えような気がした。

 今更ながらだけど、相棒な二人がこうして組んだら、色んな意味で最強なんだなぁ。みつお。


 やれやれと肩を落としつつ、部屋の窓越しに月を見る。

 綺麗な三日月だった。


 ねぇ、メリー。見てるよね。貴方はちゃんと生きてるよ。彼と私の心の中に。

 貴女なら、いいえ、私はいつだって、貴方達の後ろにいるの。くらいは言うのかな。それならそれでいい。

 ちゃんと、見ててね?


「温泉、ね。浴衣もそりゃあ着るけどさ」


 彼と手を繋ぎながら、部屋を出る。楽しみだし、心が踊る。だって。


「……見るだけで、いいの?」


 だって二人きりの、初めての温泉旅行。今日くらいは、渾身のデレを食らわせてもいいと思うのだ。

 相棒な彼女に押され気味だけど。彼はもしかしたら、今日はメリーを悼みしっとりと過ごしたいかもしれない。けど、私だって……!

 きゅ。と、腕を引き寄せて、当ててみた。彼はというと、電撃でも受けたみたいに固まっている。


 ちょっと面白かった。 



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