表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常は続く
58/65

渡リ烏の黙示録

「イタコさんの多くは、出張でして。シーズン中は恐山に住むんですが、閉山中は基本的に恐山から離れ、各自の地元で生活するんです」

「……何だろう、凄く聞いちゃいけない事を知った気がする」

「年中恐山に住んでるってイメージあったわよね」


 結局、イタコと聞き付けた私の提案で、温泉のロビーにてお茶を頂きつつ。私と彼はミクさんとお話をすることにした。


 恐山のイタコ兼温泉旅館『虹色ロマン』の看板娘(冬季限定)、工藤ミクさん。ほわほわした、癒し系の女の子。因みに十九歳。私達より一個下らしい。


 聞いた話によれば、彼とメリーが「そうだ、恐山に行こう」的なノリで大学をサボり、こちらまで脚を伸ばしたら事件に遭遇。そのままこちらで奔走する際に交流があったらしい。

 ……行く先来る先で事件に巻き込まれるって、何処の探偵漫画だろうか。もう今更驚かないけど。

 ともかく。現代において後継者も少なくなり、イタコの能力も弱体化の一途をたどり、多くが虚構のイタコを語る中で、驚異的なまでの才能を持つ――本物。それが彼女なんだとか。

 因みに、霊媒能力はあれど霊感は小指の先ほどしかない。つまり彼女は知ってはいるけど、ほぼ視れない人。に分類されるらしい。


「てか、辰君、彼女いたんですね。私はてっきり……」

「はい。あ、こちらも自己紹介を。彼の恋人の、竜崎綾といいます」


 恋人。を強調しつつ、一礼。くそう……てっきりって何だよ。てっきりって。私が妹か従姉妹にでも見えるのかっ! それともメリーが彼女だと思ってたってかコンチクショウ!


「僕は……今更だね。まさかこんなところでまた逢うとは思わなかったよ」

「はい。お元気、ではあるようですね。メリーさんは……まさかそんなことになっているだなんて」


 悲しげに目を伏せつつも、ミクさんの表情は気遣わしげに彼を見る。

 彼はというと、少しだけ肩を竦めつつ、「僕はまぁ、何とか大丈夫さ。ダメージは大きいけど」とだけ呟いた。


「で……綾さん。私を捕まえてイタコについて言及するという事は……メリーさんの件も含めれば、そういう事でしょうか?」

「察してくれて助かります」


 穏やかそうな顔から一転。毅然とした真剣な表情で、ミクさんは私と、彼の顔を見る。

 本物のイタコさんなら、メリーを一時的に呼び出して、話をすることも可能な筈だ。頷く私と、「僕からもお願いするよ」という彼の言葉に、ミクさんは目を閉じながら「承知しました」と答えた。


「辰くんは、私の事を知っているから分かるかもしれませんが、メリーさんをこちらに呼び寄せるのは、よっぽどの例外がない限りは今回の一回だけです。よろしいですね?」

「ああ、わかってるさ」


 何処と無く、含みを持たせた言葉に私が首を傾げていると、ミクさんは苦笑いしながら「世の中には色々な方がいますので」と、呟いた。


「私は、魂が砕けていたり、暴走していない限りではありますが、色々な方を呼び出せます。亡くなった方の殆どを。ですので、中にはそれに依存して、何度も降霊を頼もうとする方もいるのです。死者の言葉を伝え、今を生きる人を慰め、背中を押す。それがイタコです。それにそぐわぬ事をするわけには……いきませんので」


 ま、辰くんなら大丈夫でしょうけど。と、付け足した。……何か妙に信頼されてるなぁ私の彼氏。何したんだろう一体? まぁ、隣でメリーが目を光らせていただろうから、そんなに心配はしてないけども。有名な言い回しを改変するならば、昨日の恋敵(てき)は今日の(とも)という奴だ。

 そんな私の微妙な気持ちはさておき。イタコの結構大変な事情と、ミクさんの信条を垣間見た所で、お茶会はお開きに。

 温泉に入る前に、ついにメリーと再会する時がきた。


 ※


「んおうぅうっ! んぐっ! オヴェェエエ!」


 部屋にミクさんを招くこと数分後。私達の目の前で、ミクさんは白目を剥いてのたうち回っていた。


「あぐっ、オオオォオッ、あ"あ"あ"あ"っ……! ひっぎぃ……」


 ……なぁにコレ?


「あんっ! あひっ……んっ……ゲェエエェ!」

「ねぇ、何かミクさん凄いんだけど。霊呼び出す前にミクさんが召されそうなんだけど」

「トランス状態ってのがあってね。ミクちゃんのは人一倍物凄いらしい」


 物凄いって……。いや、でも。


「んほぉ! あへぇ……しゅ、しゅごいぃ……しゅごい、のぉぉおっふぅ!?」

「何か、うら若き乙女が絶対にしちゃいけない顔してるんだけど?」

「古今東西どこを探しても、アへ顔ダブルピースしながら降霊する霊媒体質者なんて、ミクちゃんだけだろうね。巫女さんじゃなくてホント良かった」

「巫女さんじゃなくても問題よあれ!」


 とっさに彼の目を潰す……じゃなくて塞ぐ。彼女が動き回るものだから、和服がはだけて……。あ、下着は付けてるんだ。パステルブルーの水玉。うーむ。あざとい。てか、デカイ。私より年下で背も低いのにデカイ。あ、涎がおっぱいに垂れた。……何というか……エロい。


「あばばばば……ピェ、ピョ……キエェエエェイ! ダメぇ! 入るぅ! 入ってくりゅうぅ! れ、霊媒にィ……霊媒に、なっひゃうぅ……! んあっ!」


 これは酷い。

 さんざんエキセントリックな悲鳴? 嬌声? を上げた末に、一際大きく、ビクン! と痙攣した後、ミクさんはへにゃりとと床に崩れ落ちて動かなくなった。


 十秒。二十秒は経っただろうか。不意に部屋の空気が変わり。ゆっくりと、服を整えながら、ミクさんが起き上がった。


 その瞬間、私は悟った。もう、ここにいるのはミクさんじゃない。

 あんな謎めいた。胡散臭い空気を持ち合わせた女性など、私は他に知らないのだから。

「メリー?」と、呼び掛けようとして私は口をつぐんだ。そっと、隣の彼を伺えば、何故か目を閉じて、静かに深呼吸して。


「〝君が一番影響を受けた本はなんだい?〟」

「〝銀行の預金通帳よ〟……バーナード・ショーって、中々にユーモアがある人よね」

「真面目に考えれば、預金通帳は本にカテゴライズはされないと思うんだけどね」

「ユーモアって言ったじゃない。そもそも貴方はいつかにこう返したわ。バーナドによれば〝ドンキホーテは読書によって紳士になった。そして読んだ内容を信じたために狂人となった〟とも言っている。そこで影響を受けた本なんて言ってたら、自分を狂人だと言うようなものだ」

「……よく覚えてるね」

「忘れないわよ。貴方と……交わした言葉だもの」


 不思議な感じがした。しゃべっている身体はミクさんなのに、この声は紛れもなくメリーだったから。

 ミクさん。いや、メリーは、静かに周りを見渡す。「温泉旅館かしら?」と言いながら、楽しそうに私の方を見て。


「……綾、サービスが足りないわ。何で貴女浴衣じゃないのよ」

「……ああ、間違いなく貴女ね。メリー」


 全く。と、私が頬を膨らませれば、メリーはクスクスと笑う。

 ああ、こんな変な状況でも、メリーはメリーで。私はそれが、何故だか嬉しかった。


「死んじゃったわ~。とでも言う?」

「……私は正直ビックリしてるわ。てか、メリーならお化けになってでも会いに来る気がしてた」

「化けて出たら綾が怖くて泣いちゃうじゃない」

「そりゃ、ね」


 でも、彼は喜び……は、しないけど、あそこまで酷いことにはならなかった気もする。にもかかわらず彼女が出てこなかったのは、何か理由があるのだろうか。


 「真面目に話せば……私は殺された時点で、成仏させられちゃったのよ。ホントなんなのかしらね、あの私」

「成仏って……そんな力技みたいに」

「出来る人もいるのよ。弱い霊なら昇天させちゃえる、素敵な手指を持ってる人が、貴方の隣とかにね。あの〝私〟がそれを出来たのは少し気がかりだけど……ま、辰の姿を見る限り、もう解決したのかしら?」


 片目を閉じながらメリーが彼を見れば、彼は頷くのみだった。


「……落ち着いて、いるのね? メリー。自分が死んだのに」

「まぁ、予想を越えた予想外が来れば、案外落ち着けるものよ? 強がりが入ってないって言えば、嘘になるけど」

「メリーって意外に図太いわね。って……違うわそうじゃなくて。ね、ねぇ、辰? どうしたの? さっきから何黙って……。メリーも。他に話すことは……」


 あるでしょ? と言おうとして、思わず息が詰まった。

 彼の顔は、まるで迷子になった子どものように、ただ困惑していた。


「……辰?」

「ああ……うん。なんだろね」


 曖昧な返事をしつつ、頬を掻く彼。メリーは、黙って彼を見つめていた。


「困った……。色々と話したいことがあった筈だったんだけど。いざこうなると、浮かばない」

「……そうね。私もよ。いつもなら……沈黙も苦じゃないのに」


 彼とメリーが、同時にため息をつく。

 この不器用コンビ! と、蹴りたくなる衝動と、今は口を開くべきではない。そんな思いがぶつかって。


「……メリー。ご冥福を祈るわ」


 結局出てきたのは、ぶっきらぼうな言葉だった。

 へ? といった顔でこちらを見るメリーに、フン。と鼻を鳴らしながら、私はその場から立ち上がる。


「……悪くなかったわ。メリーとの冷戦。色んな意味で楽しんでたし。全戦私が基本的に勝つし」

「……あら、変な話だけど私が記憶する限りでは私と綾の戦いは私がほぼ全勝。綾が勝ったのなんて一回だけよ?」

「腹立つわ~。このメリーさんのバッタもん腹立つわ~」


 憎まれ口なんて、私達には日常茶飯事だから、今更気にすまい。戦績も……まぁ、メリーが概ね正しい。因みに私が何で一勝したかは、言わずもがな。

 メリーからしたら、喉から手が出る程に。いや、文字どおり世界を跨いででも、欲しい一勝だったのだろうけど。

 まぁ、〝私〟は譲らない。これだけは譲れないのだ。だから他は全敗な私とメリーの最後の勝負は、やっぱり彼女に花を持たせる事になるらしい。


「話すのは話したし、散歩行くわ。今だけ辰を貸して上げる」

「……持って逝っちゃダメ?」

「ダ・メ!」

「ま、分かってるけどね」


 フフ。と笑うメリーに背を向ける。やっぱり涙は出ないらしい。

 薄情だなー。なんて思いながら、私は部屋の出口へ。途中、背後から再び、メリーが話しかけてきた。


「私、メリーさん。……ありがとう、綾。私、貴女も大好きよ。悔しいけど、本当よ」


 だから彼をお願いね。そう聞こえた気がした。

 室内なのに、ぬるい雨が降っていた。湿った頬が煩わしくて、私は返事などせずに部屋を出た。


 ※


 綾が出ていった後に沈黙を破ったのは、メリーだった。曰く、「綾を泣かせたら祟る」との事。

 おじさん、おばさん、父さん、母さん、ララに牡丹先輩。そこにメリーまで加わった。何がって? 言うなれば、綾を泣かしたら貴様を殺す同盟だ。僕の彼女愛され過ぎワロタ。


「……アミュレット、ありがとう。ちゃんと帰ってこれたよ。ホントはこれからも持っていたかったけど」

「……まぁ、もう必要ないでしょう? 貴方、今あり得ないくらい霊感が弱いもの」


 以前と比べたら、天と地の差ね。と、おどけるように言うメリー。僕が「まぁね」と答えれば、彼女はすぐに真剣な顔になった。

 そうなのだ。平行世界に行く。その先でも色々やって、最後にこの世界へ戻ってくる。そんな無茶を、いくらメリーのヴィジョンを持ってしても、ノーリスクで行えた訳がない。

 メリーの力で見つけて。僕の力で干渉する。それに加えて、もう一つ。そのもう一つが、結構曲者だった。

 お陰で僕は今、多少霊感がある人にまでなってしまった。ミクちゃんが覚えた違和感はこれだろう。霊感は少ししかなくとも、彼女は色んな魂に触れてきた。僕の身体の変質を、何となくながら悟ったのだ。

 するとメリーは、何処と無くあきれたように息を吐いた。


「……そんなに、必死にならなくてもよかったじゃない。平行世界よ? 貴方にはこう言ったらなんだけど、関係ない話なのに」

「うん。でもさ。見ちゃったら、ほっとけなくて。君が……他の世界ででも君が生き延びる未来があるかもって知ったら……止まらなかったよ」


 結局霊感の大半も。幽霊に干渉できる手も。メリーの素敵な脳細胞と視神経も。形見のアミュレットも……。全部なくなっちゃったけど、後悔は無いんだよ。僕がそう言って笑うと、メリーは少しだけポカンとしつつ、やがて察したように柔らかく微笑みながら「どうしてか聞かせて」と、問うてきた。


「だって、僕には綾がいる。君を……別世界とはいえ助けれた。それならこれくらい惜しくない。何より……君がいないのに、オカルトが見れて、追えても意味がない」


 昔と今は違う。メリーとの日々を思えば、たとえ僕の中にメリーの力が残されて。僕一人で自己完結した所で……。欠片も魅力は感じないのだ。だからもう、これでいい。メリーが僕に申し訳なく思うことはないのだ。


「そう、なら。よかったのね」

「そう。……よかったんだ」


 本当に? そんな声を自覚する。

 胸が締め付けられるように痛むと共に、再び沈黙が降りてきた。


 メリーと、目が合う。

 そこに青紫はない。けど、僅かな搾りカスのような僕の霊感でも、彼女だけはしっかりと感じられた。故に……。言葉は。涙は不意に溢れ出た。


「いい訳……ない、だろっ……!」


 その後はもう、思考を纏めるのは止めて。心に従った。


「少しだけ、無理だと分かっても期待したんだ。もしかしたら、別世界で君を救ったら……君は帰って来るんじゃないかって……」

「……バカね。そんな都合よく……いくわけない、じゃない。まぁ、別世界の〝私〟にも、それは……伝えたいけど……」


 案の定罵倒された。けども、メリーの声も震えていた。


「霊感も、オカルトも……もういらないよ。僕は……僕はもっと、もっと君と相棒でいたかった。時に背中を預けて。軽口言いあって……笑って……いたかった……! もっと君と、一緒にいたかったんだよぉ……!」


 恥もなく、僕は泣いた。想いは叫びになり、部屋にこだましていく。メリーの拳が、ぎゅっと握られていた。

 止まれなかった僕は酸素を求め、短く喘ぐ。

 ふわりと、僕の身体が抱き締められた事に気づいたのは、その時だった。


「貴方が……貴方から抱き締めて欲しかったのに……。我慢できなく、なっちゃった……」


 メリーもまた、泣いていた。ただ抱きあって、僕らは嗚咽を漏らしていた。


「君と……そうしているだけで……!」

「ええ。他には……なぁんにも、いらなかったの……!」


 ただ、傍に、後ろに。いたかったのだ。

 都市伝説のメリーさん。あれもきっと……「貴方の後ろにいるの」で終わっているのは、ただそれだけの事実だったのかも。今ならそう思えた。

 互いに耳元で話していたからだろうか。不意にメリーは甘えるような声で「ねぇ、……顔、見たいの」と、囁いた。


「泣き顔だよ? 酷い顔だ」

「お互い様よ。いいじゃない。全部、見せて」


 ゆっくりと、身体を少し離す。予想通りな有り様だった。


「……凄く凄くキスしたいけど。この身体だし止めとくわ。抱き締めるのだって実は妥協してるのよ?」

「懸命だ。てか、キスといえば僕、寝込み襲われてたなんて知らなかったぞ?」

「綾ね。ちょっとした乙女の悪戯よ。……起きてるときにして欲しかった?」

「そしたら全力で君を止めただろうね」


 流石にね。と言えば、メリーも分かってる。と頷いた。


「そうでしょう? ねぇ、今は? 今ならどう?」

「……一回だけなら。後で綾に焼き土下座するけど」

「嗚呼、酷いわ。何で私の死体持ってきてくれなかったの?」

「無茶を言わないでくれ」


 そんなことしたら、僕のキスが綾とメリー以外に口裂け女とメリー(死体)になってしまうではないか。

 僕がそう言えば、メリーは口を尖らせた。


「結局処女のまま死ぬし。私の身体があったら貴方をこの場で押し倒してたのに」

「怖い。怖いから相棒」

「知らないわよ。多分私達、相性良すぎる位だから……凄いことに、なると思うの」

「止めてよ。何かわからんでもないって思うけど……でもこの状況でボケに走らないでくれ」

「いいじゃない……気持ちが溢れて……狂っちゃいそう、なのよ」

「メ、リー……」


 それは洒落にならない。狂うは、僕には鬼門過ぎる。そう目で訴えれば、「冗談よぉ……ばか」と、涙声混じりにメリーは首を振った。


「貴方が悲しむの、私は耐えられない。だから、他の世界とはいえ、私を殺めるなんてしないわよ……」

「なら、安心した」


 狂うメリーなんて、これで一人もいなくなる。後に残るのは……。僕らの別れだ。


「もう、バイバイしなきゃ。嫌……だけど」

「そう……か」


 思考が少しずつ戻り始めた。


「〝さよならと言えるだけでも、幸せ〟と思うべきなんだ。君とこうして話せただけで。でも、でも……〝またねと言えたら、もっと幸せ。久しぶりねと言えたら、もっともっと幸せ〟だった、のに……」

「島田洋七。『がばいばあちゃん』ね。〝行く手に美しい希望があると、別れもお祭りのようだ〟……ねぇ、辰。貴方には、あるでしょう? 可愛くてヤキモチ焼きで。でも、とっても気高い希望が」

「ゲーテ、だね。ああ。そう……だよ。お祭りだったと、思える日が来るかな?」

「今すぐにでも……よ。まるでそう、恋人と過ごす、クリスマスみたいにね」


 随分と大きく出たね。と、僕が吹き出せば、メリーは涙に濡れた瞳でにっこりと笑う。可愛くて。それでいて、美しかった。


「だって……だって今私、あり得ないくらい幸せだもの。本来なら、もう逢うことも出来ない筈なのに、こうして辰に抱き締めてもらえて……だから、泣かないでよぉ……」


 白い指が、僕の目元を拭う。泣かないで。笑ってさよならしたいの。そう聞こえた。でも、残念ながら僕らに関してはそれは無理そうだ。どうやっても涙は止まらなくて。だからもういいとばかりに僕らはいつもするみたいに指を絡めて手を繋ぐ。


「ねぇ、返事はいらないわ。最期に言わせて。……私、貴方が好きです。愛してます。……これ、ね? 綾にも負けないくらいなんだから」


 その時だ。メリーの気配が、急速に薄れていくのを感じた。

 もう、本当にお別れだ。何か……何か伝えなきゃ。けど、何を言おうか。


「メリー、僕は……僕は――!」


 言葉はメリーの一指し指で封じられた。

 聞かないわ。と、彼女は悪戯っぽくウインクして。


「私、メリーさん。今……いえ。これからずっと……ずうっと、大好きな貴方の後ろにいるの」


 それが最後だった。

 海の泡か。溶けたアイスクリームのように、メリーは今度こそ、この世から消失した。


 パタリと力が抜けたミクちゃんを支える。

 残された僕は……しばらく動けなかった。涙は止めどなく。雪解け水のように僕の頬を伝っていく。

 言葉も何も、今はいらなかった。

 ようやく僕は、真の意味で相棒の死を受け入れられたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ