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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常は続く
57/65

旦那様はお義父さんと一度は勝負すべし

 たどり着いた場所は、絵に書いたような温泉旅館だった。都会のざわめきとは無縁な場所に位置するそこは、大きめの駅から送迎してもらう形で辿り着く。

 冠雪した瓦屋根の軒下には、素朴な提灯が並べられ、ぼぅとした明かりを放ちながら、和の幻想的な風景を彩るのに一役買っていた。中居さんに導かれるままに建物の中へ。通されたのは楓の間なる部屋だった。

 八畳程の和室に、広縁付き。そこから外を覗けば、渓流を一望できる。窓を開ければ、川のせせらぎも聞こえてくるのだろうけど、なにぶん雪深い場所だから止めておこう。


「おおー。和室だ」

「和室ね」


 酷い会話である。もう少しこう何かあるだろうに。もっとも、二人とも旅館慣れしていないから仕方ないが。


「温泉って、こんなにあるのね」

「あ、家族風呂もあるね。という訳で……」

「入らないわよ」

「……え?」

「え?」


 いや、何を言っている彼氏。家族風呂ってあれだろう。温泉のお湯を引いた個室の風呂。せっかく温泉に来たのにそれに入るなんて……。


「な、何故ぇ!?」

「温泉来たのにいつもと同じでどうするのよ! 温泉楽しみましょうよ!」

「ぐっ……そう言われると反論できないっ……!」

「しなくていいから」

「くそう……これなら混浴のを……いや、だがそれだと他の有象無象が綾の柔肌を……ぐぬぬ」


 本当はカップルで行けるような露天風呂つきの客室とか考えたけど……まだそれに誘う勇気はなかった。……だって露骨だし。

 でも彼のこんな反応を見たらそういうのでもよかったかなぁなんても考えて……。


「あ、でも湯上がり綾とロビーで待ち合わせなんて事が出来る……? ああ、天国はここにあったのか……」


 なくてよかったらしい。何かもう……うん。我が彼氏ながら歪みない。広縁に立ち、外の景色を眺める彼についていき、その隣に立つ。

「ちょこちょこついてくる綾可愛いっ!」なんてアホな事を話す彼の脛にキックをお見舞いし。私はこれからのんびりゆったりと過ごせるであろう、このプチ温泉旅行に想いを馳せる。

 

 当初の予定とは違えど、ゆったりとは出来そうだ。

 ここに来るまで、幾多の苦労があった。……彼が。

 酷い目にもいっぱいあった。……彼が。

 正直、見ている分には楽しかったのは内緒だ。……私が。


 何が起きたのか端的に説明するならば……お父さんにバレた。

 え、何が? とは今更だ。むしろ私のお父さん鈍感過ぎ。

 取り敢えず些細な事で関係は明るみに出て。彼は少しだけ遅めな、血のクリスマスを見たらしい。


 ※


 どうして恐山に? と聞かれたら、理由はそれなりにある。私から彼に何が出来るか。と思った時、ふと昔、お父さんとお母さんが笑いながら話していた事を思い出したのだ。

 イタコの口寄せを体験した時の話を。曰くイタコは死者の魂を呼び寄せて、会話が出来る。そんな感じの事が出来るらしい。

 子どもながら、なんて非現実的な催し物だろうと思った記憶がある。けど、実際にオカルトに片足突っ込んだ上に、平行世界とやらまで行っちゃってた彼氏を見ていると、何だか本当に出来るんじゃないか。そんな気がしてくるんだから不思議だ。

 だから私は、細やかながら賭けてみたかった。出来るなら、メリーにしっかりお別れが言いたくて。あとは……彼ともお話しさせてあげたかったから。


 そりゃあ、誰もが大切な人の死に目に会える訳じゃないのはわかっている。親戚以外で、明確な交流があった知り合いが亡くなったのは、コレが初めてだけど。でも……少しでも可能性があるなら……。そんな想いが、きっかけだった。

 まぁ、結末は冬で閉山だったの忘れてた。なんて、滑稽きわまりないものだったけれども。


 ララちゃんとのお買い物を終えて、実家に戻った私達は、両方の両親に大爆笑された。「二人揃って何をしているのか」「てか年末に温泉宿など取れん。年明けてからにしなさい」なんてありがたいお言葉を頂き、晴れて旅行は年明け後になった。イタコ云々はまた後日。まぁ、どっかの休みを使えば行けるだろう。大学生万歳だ。

 そんなほのぼのとした家族団欒の中で……事件は起きた。


「もう、このバカップルは……あ、意味は違うかしらね」

「どうかしらね~? この二人だもん。わからないわよ~」

「ララちゃん日記。知ってるかい? お兄ちゃんのマフラー、綾お姉ちゃんの手編みだよ。このカップル爆発しろ……まる」


 それは、お母さん、おばさん、ララちゃんの三連爆弾というに相応しかった。落とされたそれが炸裂したのは、お父さんとおじさんに。

 二人とも、飲んでいたビール缶を握ったまま、固まっていた。


「……母さんや。俺知らなかった」

「高校からよ? てか、気づかないのおかしいでしょ」

「い、いや、我が息子ながら枯れ果ててるのではという淡白さで心配してたんだが?」

「パパ、ララちゃん日記を見返せば、砂糖吐けるレベルのバカップルですぜ。前ララが向こうに突撃した時に至っては、ララちゃんが寝てるのをいい事にそれはそれは熱い……」

「わ、わー! わー! ストップ! ストップ! ララちゃんストップ!」


 私が慌てて止めるも後の祭り。おじさんはポカンとしつつも、彼に向けて親指を立てている。「グッジョブ。よくぞ射止めた」……ゲットしたの私なんだけどなぁ……。それはさておき。

 問題は、さっきからビール缶を潰しかねない勢いで握り締める人……もとい、お父さんだった。


「あ、あの。おじさん……」


 彼が震えながら声を出せば、お父さんは「フゥ~」と、長い長いため息をつき、「スリーピングイヤーにウォーターだ」と、バカ丸出しな事を言い出した。


「いや、ね。仲良いのは知ってたよ? 私は君を追っかけたり、四の字固めかけたり。ラリアットしたり。お寿司のワサビ増し増しにしたりとしていたが、いざ何かあった時に綾を頼むなら? そう言われたら、私は迷わず君を選ぶだろう。それくらいには……君を買っていた」

「……お、おじさん」

「そう、綾ちゃんを想うならば、祝福すべきなのだ。知っていたとも。綾ちゃんは昔から君が大好きだったからな。だが……!」


 一度大きなため息をつきながら、お父さんはビール缶を置く。

 そして……。


「ギルティ……。一人の父親的な心情により……ギルティ……」

「さ、さすがに横暴……いえ、何でもないです」


 ゆらりと立ち上がるお父さん。それを見て、彼もまた、ゆっくりと立ち上がった。


「言い残すことはあるかい?」

「ははっ、台詞が綾と一緒ですね。……改めて。綾さんと、お付き合いさせてもらってます。滝沢辰です」

「それだけか?」

「今すぐ受け入れろとはいいませんが……」

「認める」

「ふぃ?」

「認めるよ。当然だ」

「あ、あの……あれ?」


 予想外とばかりに目を白黒させる彼。何だろう。私も混乱してきた。


「え、いや、だってさっき……言い残す事はって……」

「ああ、うん。殺さないよ? 死なない程度には」

「……あっ」


 察し。と、聞こえた気がした。


「あの、半殺しも勘弁して欲しいんです。ハイ」

「勘弁? それはなるまい……君の命は、年明け前に生死の境をさ迷うのだ。日の出と共に目覚めるがいい。綾ちゃんと付き合う? 認めよう。福がいっぱい来そうな綾の幸せスマイルに免じて認めよう。だが、その前に……」


 居間でクラウチングスタートの構えを取るお父さん。いそいそとちゃぶ台を片付けるお母さんとおばさん。ポン。と、彼の肩を叩くおじさんと、黙って絆創膏を手渡すララちゃん。

 そうして、妙に息のあった一連のやり取りの後に、彼は私の手を取った。


「綾、帰ってきたら温泉旅行の計画を立てよう……多分年明けてから……かな?」

「あ、うん」

「二人きりで、のんびり。あと、浴衣着て欲しい。夏祭りの時とは別で、温泉旅館の浴衣。もう僕はそれを想うだけで、三途の川を一往復出来るだろう」

「う、うん。着て……あげる」


 恥ずかしいけど。てか、一往復って、お前一回渡る気か。


「ありがとう、待ってて。必ず戻るよ」


 平行世界行っちゃった時よりも、不安しか残らないのは何故だろうか。その瞬間、彼は家の窓へと走り込んだ。直後、お父さんも飛んだ。


「私の八つ当たりに付き合えぇ!」

「い・や・だぁあああ!」


 追いかけっこは始まった。

 彼曰く、隣町まで全力で逃げて。百八まである波動球的な蹴りを全て受け身しきった末に、成仏パンチ――娘さんを僕にくださいverにて決着がついたとの事。

 ちょっと何を言ってるのかも何が起きたのかもわからないけど。そもそも成仏パンチってなんぞやとも思ったけれども。


 ……やっとそのセリフ言ってくれたんだ。と、嬉しくなったのは私だけの秘密。

 因みに、温泉旅行もその時許してもらったらしい。

 めでたしめでたし……。


 ※


「苦しい戦いだったよ……君の素敵なダディとの攻防は。いや、九割位は僕が蹴られ吹き飛ばされのキリキリ舞いだったけどさ」

「一周回って実は貴方とお父さんって仲良いんじゃないの? ってあの時は思ったわ。互いにズタボロなのに肩組んで帰って来たのは眩暈がしたもの」


 温泉行こう。せっかく来たし。

 そんなノリで部屋から出た私達は、旅館の廊下をずんずん進みながらここへ来る前に起きた事を回想していた。今思い出しても、呆れるような破天荒な話だ。雪降る田舎で彼もお父さんも何をやってるのやら。


「まぁ、男は嫁さんの父親とは一回は戦わなきゃいけないからね」

「……意味わかんないわよ。ばか」


 嫁さんって響きに感動した訳じゃない。ないったらない。

 でもまぁ、こうして本格的に同棲が認められたのは喜ぶべきだろう。心置きなくイチャイチャ出来るってものだ。

 そう、何っていったって今は二人きりの温泉旅行……。


「……辰くん?」


 二人きり……の……。

 不意に背後から響いた、鈴を鳴らしたかのような、可愛らしい女の子の声。聞きなれないそれに私の身体は強張り。ぎぎぎ。と、軋みを上げる。


「やっぱり。この気配、辰くんですよね」


 そこにいたのは、服装からして、旅館の中居さんだった。ただ、随分と若い。私達と同じくらいか。年下なのは間違いない。で……。


「ああ、お久しぶりです。……ちょっと。いいえ、だいぶ纏う雰囲気がお変わりになりましたね? 最初確信が持てなくて。……あら? お隣の方は? メリーさんは一緒ではないのですか?」


 そこにいたのは、それはそれは可愛らしい女の子。漆黒のおかっぱショートボブ。同じく瞳も黒。穏やかそうなたれ目と、目元の泣き黒子が印象的だった。

 気がつけば、無意識に彼の耳をツイストしながら引っ張っていた。


「イダダダダ痛い痛い痛いっ! 取れるぅ! 耳取れるぅ!」

「……誰? 知り合い? だ・れ?」


 何でだ。何で二人きりにワクワクしてたのにこうやって……。オノレ。


「し、知り合いだよ! メリーとの旅先で少し縁があって……。ホントそれだけですっ! あ、久しぶり。ミクちゃん……てか、何故に中居さんに? 本業は?」

「ああ、今は閉山ですので、イタコのお仕事はお休みで、こちらに。えっと、捻り過ぎでは? 辰くん、琵琶法師になってしまいますよ?」

「目は見えてるから大丈夫です。……イタコ?」


 おずおずと。何処か探るように私を見る女の子は、私の怪訝そうな顔に「はい!」と、元気よく返事した。


「申し遅れました。私、恐山にてイタコを。この旅館にては中居を勤めさせて頂いております。工藤(くどう)未来(みく)と申します。辰くんには以前色々とお世話になりまして」


 以後お見知りおきを。そう言って、イタコのミクさんは上品に微笑んだ。

 

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