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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常は続く
55/65

クリスマス前にやって来た変態

「……休みでよかった。本当によかった」

「……全くだわ」

「悪夢も見なかったし。逆にいい夢見れたよ」

「ん、それは良かったわ。……どんな夢?」

「う~ん。ナイショかな。凄いオカルトチックなんだけど……。それでも聞く?」

「……遠慮しとくわ」


 色々とあった翌日、私と彼が起きたのはお昼過ぎだった。

 動くのも億劫で、彼の腕枕でのんびりとだらけきる、自堕落な女子大生がそこにいた。……我ながら酷い。


「それにしても、まさか綾が……綾が……!」

「忘れなさい」

「あんなエロイおねだ……りだだだ痛い痛い痛いっ!」

「わ・す・れ・ろ」


 指圧をやってみた。ただしマッサージにあらず。的確なツボをつけばさながら小指を机の角に連続でぶつけたような痛みが走るという、なかなかにエグい技だ。

 今さら恥ずかしくなってきた私の思考はもっとエグいけど。

 おとなしくなった彼の胸板に顔を埋めて深呼吸。


 うん。……幸せ。


 ノロケ乙? チョロイン過ぎ? 知らん。

 やっといつもの私達に戻れたのだ。いいじゃないか。

 そんな事を思いながら彼の顔を見上げる。彼は目を細めながら私の頭を優しく撫でて……。


「……ん?」


 そこで私は、再び違和感を覚えた。つい昨日、彼が目を醒ましたばかりの時にも感じたそれ。そう……。


「ねぇ、カラーコンタクトでも入れてるの?」

「……へ? いいや。そもそもそんなの持ってないよ?」

「そう、よね?」


 寧ろ、買ったら嬉々として私に入れようとしてきそう。


「あ、綾に赤とか青入れたいな! 何かこう……萌えが見えそう。コンタクトだけに」

「見えなくていいわよ。そっか。気のせい……かな?」


 私が自分でそう納得していると、彼は何が~? と、首を傾げてくる。念のためもう一度確認。……やっぱりいつも通り。普通の瞳だ。


「うん、何かね。貴方の目……何だか一瞬だけ色が違って見えたから」

「……目の、色? 綾が凄い格好したら変わる自信はあるけど……」

「それは嬉しい……じゃなくて! ……うん、きっと光の加減ね。青紫なんて……」


 ん? 青紫? 何だろ。なんか引っかかるような……。

 私がそう感じた瞬間、彼は今度こそ目を見開いた。驚きつつも、考え込む彼。あ、格好いい。……じゃない。違うバカ。私のバカ……。


「まさか……いや。うん。ないな。ありえない」


 ねぇ止めて。オカルトモード(今命名)ホントに止めて。格好いいけど怖い。

 あ、でもメリーはこれをいつも見て、これと対話してたのか。……何それズルい。ふざけんな。やっぱりメリーズルい。鬼、悪魔、痴女、泥棒猫!


 ヤキモチ焼いたのに気づかれたのか、ぎゅっとされてナデナデされて機嫌を治した私は、結局。その話題をそのまま忘却した。


 彼から見たら、それは有り得ないくらい重要事項だと、私は気づかずに。


 そうして、元の鞘に戻った私達は、続く日常を過ごしていく。

 変わった事はそんなにない。ただ、彼はうたた寝が癖になった。日当たりのいいとこで、うつらうつらするのがいいんだとか。……お爺ちゃんかお前は。ついこの間なんて、はっ、と目を醒ますやいなや「そういう事か。やっと見つけたよ」なんて言う始末。とうとう変態からバカにクラスチェンジしたのかと心配になり、頭に軽くチョップした私を誰が責められようか。


 まぁ、それはさておき。世間はクリスマス一色に染まっていく。彼のバカさ加減なんかより、私にはこれが重要だった。今年こそ体調は崩すまい。今度はそれらしいクリスマスを過ごすのだ。

 そう意気込んでいた矢先の事だ。


 クリスマスの五日前。本当にある日突然。彼が消えた。


 夢か幻であるかのようにフッ……と。私に残されたのはただ一通の手紙のみ。そこにはこう書かれていた。


『やるべき事が出来たから、行ってきます。心配しないで。探さないで。クリスマスまでには必ず戻ります。待ってて』


 あれこれ思うことはあるが、まずは……帰ってきたら蹴ろう。そう決意した瞬間だった。


 ※


 調査報告書。


 対象:渡リ烏倶楽部


 鷹匠大学に存在する、非公認オカルトサークルである。

 メンバーは滝沢辰氏とメリー嬢(本名不明)の二人。サークルとあるが、新メンバーの加入には力を入れていない様子。

 数ある鷹匠大の非公認サークルの中でも異色中の異色。オカルトサークルという事で、一応その手の相談も受け持ちはするらしいが、関わったと思われる関係者が揃って口を閉ざしている為、その実態・活動内容は謎に包まれている。


 我ら探偵部が主催する、非公認サークル交流会にも参加は毎回欠席している。活動の同行を求めた事もあったが、当方にはオカルトのネタなどなかったため、断られてしまった。出来心で黒魔術に興味がある。と、申し出てみても、二人そろって「止めておけ」の一点張りである。

 拠点とする場所も空き教室や大学のラウンジ。近場のカフェなど、ばらつきがある。まさに渡り烏の名が当てはまる神出鬼没さだ。


 噂では二人とも霊感がある。ただ適当にダベっているだけ。実は恋人同士では。など諸説あるが詳細不明。一部では、寧ろ彼と彼女そのものがオカルト・都市伝説の類いなのでは? という冗談のような話すらある。

 こちらの尾行にも目敏く気づく。以前二度警告を受け、三度目に何と本気で通報されたので、操作を断念。


 以上。


 追記。メンバーの一人、メリー嬢は、先日何者かに殺害される。犯人は未だ不明。

 その後、滝沢氏も行方をくらます。非公認サークルの仲間内では、独自に犯人を探しているのではないか。と、もっぱらの噂である。


 ※


「当たってるやら、当たってないやらよね~」


 部屋で作業しながら、私は目を通した資料を折り畳み、一人苦笑いを浮かべた。

 見ていたのは、いつぞやに接触した、大学のマスコミ的な非公認サークルより譲り受けたもの。

 彼が消えた後、私が思い立ったのは、今一度、彼とメリーを知ろうという事だった。以前はサークルの存在と拠点を聞いただけだったけど、今度はしっかりとした形として、彼と彼女の軌跡を知りたかったのだ。

 同じように彼と彼女を知ろうとした輩がいたらしく、その時の調査資料が一番しっかり纏められているから。と、コピーを丸々頂戴したのだが、最近の事件についての事も追記してある辺り、メリーの一件もあのサークルには格好の話の種らしい。まぁ、見ても何の役にも立たなかったのだけど。だってここに書いてあるのは、全部私が知ってること。やっぱり冒険譚は、本人から聞くのが一番だろうか。……あんまり怖くないの限定で。


 シャカシャカ。クイクイと、作業を進める。何をやってるかはナイショ。今夜には完成予定。ちゃんとクリスマスまでには間に合いそうでよかった。よかったんだけど問題は……。


「あのバカ……。いつ戻ってくるのやら」


 彼が消えて、はや三日。行方知れずな上に携帯も繋がらない。まさかとは思うが、本当に犯人探しに行ったのだろうか? 有り得るような有り得ないような。微妙な所だ。

 心配してないと言えば嘘になる。けど、何だろう。身を裂くような不安はない。それは曲がりなりにも信頼の感情に近いだろう。

 だって彼が。あの彼が、私に書き置きを残し、帰ってくる。待ってて。と言ったのだ。「サークル行ってくる~」の一言でフラッといなくなっていたのとは、全然違う。帰ってくる。が付くだけでついてくるこの安心感たるや……。彼が失踪する度に慌てふためいていたおばさんや学校の先生に教えてあげたい。

 ちゃんと根無し草が地に脚を付けるようになりましたよー! と。


「犯人探しじゃないなら……やっぱり、オカルトなのかな?」


 でも、メリーがいないのに追うのだろうか。そりゃあ、オカルト好きなら納得だけど、何だか釈然としない。モヤモヤするというか何と言うか。

 纏まらぬ思考のまま、私は作業を続ける。ついでに、我ながら少しの羞恥が今更ながら競り上がってきた。エリナちゃんも言ってたけど、一人暮らしって独り言が多くなるって本当だった。


 片手でリモコンを操り、テレビを点ける。時刻は夜7時。適当にチャンネルを回せば、どこもかしこもやっぱりクリスマス。

 明日はイヴだから、当然と言えば当然だ。

 ……クリスマス迄に戻るって、イヴからだよね? まさかのイヴを一人過ごすとか……私にさせないよね? 泣くぞ? 気丈に旦那様の帰りを待ってたけどやっぱり寂しくなっちゃった妻のごとく泣いちゃうぞ? ……妻とか何言ってんだろね。恥ずかしい。

 頭をブンブン振って雑念を払い、私はテレビに視線を戻す。丁度レポーターが街の人にインタビューをしている所だった。


『クリスマスはどう過ごします?』

『家族と過ごしま~す』

『友達と』

『彼と』

『彼女と』

『告白……します』

『プロポーズ。勝負に出ようかと』

『泣く』

『サンタ狩ろうかな』

『正拳一万回』

『え? 仕事だよ?』


 ……色んな過ごし方があるんだな~。なんて思いながら、私は窓の外を見る。ホワイトクリスマスにはなるのかな? なったら少しロマンチックだ。


「……よし。出来た」


 そんなこんなしてるうちに、作業は終了した。後はラッピング。彼、喜んでくれるだろうか?

 出来たものを袋に入れ、一旦リビングを離れて私の部屋へ。机の中へそれを忍ばせる。

 包むのは……何となく日付が変わって、イヴになったらにしよう。で、クリスマスに渡す。完璧だ。

 再びリビングに戻り、ソファーで横になる。彼がいないと、暇だ。テレビ見るか、読書するくらいしかやることがない。

 レポーターはまだインタビューしてるらしい。カップルか、若夫婦と思われる二人が応対していた。


『そうですね。旅行にでも行こうかと』

『冬だけど、温泉もいいですよね~』


 温泉。かぁ……。何となく頭に残り、私はぼんやりと考える。旅行。学生のうちに行っておけ。と、お父さんは言ってたっけ。考えてみたら、彼と旅行って、そんなに行ったことない。デートは近場で済ませたり、遠出しても日帰りが殆どだ。……旅行いいな。

 スマホを弄り、簡単に検索する。温泉もいいし、雪まつりとかもいい。スキーやスノボも悪くない。帰って来たら誘ってみようかな。

 色んな情報がたくさん出てきて、いまいち絞り込めない。こういう計画は、彼に任せた方がいいんだろうけど。生憎今は留守。まぁ、多少はね。私が頑張ってもいいだろう。

 情報吟味する事一時間。二時間。少しだけ目が疲れてきて、ウトウトしてくる。テレビがついてるとはいえ、会話なき空間とは、どうしてこんなに眠気を誘うのか。


「……ちょっと寝よ」


 まぁ、大体方針は決まった。そこを見つけたのは偶然だけど、同時にちょっとした考えも浮かんだ。後は彼次第だ。さてさてどんな顔をするかしら。


「……サンタって、慌てたらクリスマス前に来るんだっけ」


 じゃあ、彼を届けてくれないかしら? そんな乙女チックな事を考えつつも、私はゆっくりと眠りに落ちていった。



 ※


 どれくらい時間がたっただろうか。不思議な違和感で、私は微睡みから現実に引き戻された。

 くすぐったいような。ちょっと痺れるような、奇妙な間隔。……何だろう? と、目を開けたら……。


「マジでヤバイ。どれくらいヤバイって……マジヤバイ」

 

 寝ている私のすぐそばに彼がいて……何故かわからないけど、私のおっぱいを人差し指によって連続プッシュしていた。


「メリーのおっぱいは、そりゃあもう凄まじかったけどさ。綾のもまた絶妙だよね。やっぱりおっぱいは世界を救うんだね。……よ、よし。ウォーミングアップはこの辺にして、そろそろタッチから揉み揉みにいこう……か、な……」


 バッチリと、目と目が合う。その瞬間。好きだと気づいた。……彼を蹴るのが。


「言い残す事はあるかしら?」

「え、えっと……いつから?」

「メリーのおっぱいって、凄まじいんだぁ。そうよねー。あんなおっきいのに形綺麗だし。あ、生で見たことあったんだって? その辺も詳しく教えて欲しいわ」

「い、いや……生は……あの、あるけど、決して疚しいことは」


 目を白黒させながら、彼は一瞬にして汗だくになる。私はそれを無表情に見つめながら、ゆっくりとソファーから身を起こす。


「はーい。しつも~ん。正直に答えろ」

「アッハイ」

「メリーのおっぱい、触った事は?」

「い、いや……何を……」

「正直に答えろ」

「あります! ハイッ! でも事故ですっ! 僕からは無いですっ!」

 

 背筋を伸ばし、答える彼。あるんかい。事故でもあるんかい。てかどんな事故だ。


「キックポイント100~。おっぱい枕は?」

「え、えっと……」

「隠したら殺す」

「あります! 閣下!」


 ……まぁ、腕枕あったらしいし? あ、ヤバイ。ムカついてきた。


「500~。おっぱいにチューは?」

「あ、それは流石にない」

「もし出来たとしたら?」

「……いや、やらないよ!?」

「……1200~」

「何でぇ!?」


 うるさい。さっきの間は何だ。さっきの間は。


「そういえば、裸のお突き合い……じゃなくて、お付き合いしたことあるんですってね。ポイント2000」

「あ、綾さん? 目。目が怖いっ! いや、あれも事故……」

「どんな事故? 状況は?」

「あ、あの……温泉でして。まさかの混浴で貸し切り状態で……」

「ふーん。……ふーん。9000」

「増加が酷いっ!?」


 てか、彼女(わたし)とも温泉行ってないのにお前……許さん。オカルト目当てっぽくても許さん。


「感想は?」

「あ、綾ぁ、僕帰って来たよ~? ち、ちょっとスキンシップしたいなぁーって……」

「感・想・は?」

「女神かと思うくらい綺麗でした! ハイッ! 因みに綾は僕の天使ですハイッ!」

「一億~」

「oh……」


 少し距離を取る。助走大事。今宵の私の脚は血に飢えてるみたい。ハイキック。ローキック。ミドルキックに上中下段の回し蹴り。サマールトキックにドロップキック。カポエラキックにテコンドー。前蹴り。馬蹴り。カンガルーキック。どれにしようかな神様の言うとおり……全部だ。


「キスしたことある?」

「無いですっ! 無いっ! ホ、ホントダヨ?」

「ここでとっておきの情報で~す。メリーね。貴方が寝てるときに、こっそりしてたみたいよ? 何回かは知りませんけど」

「……は、初耳だぜベイベー」

「今のお気持ちは?」

「じゃあメリーの初めてって僕……じゃなくてぇ! お願いします許してくださいっ! てか、キスは僕悪くないっ!」

「フフッ……イ・ヤ。絶対に許さないわ。寝てる時にキスしたいな~って思わせた時点でギルティよ。キックポイント三億。いっぺん、死んでみましょ?」

「……オーマイガッ」


 直後。バギベギ、ボゴバゴ、ドスッ、ブチュ、グチャ。という、それはそれは酷い暴力の音が、部屋に木霊した。

 三日ぶりだから、ハッスルしてしまった。照れ隠し(物理)も少し混じってたのは否めないけど。


 まぁ、そこは許せ彼氏よ。私も色々と受け入れたんだ。だから貴方も私のすべて、受け止めて欲しい。……てのは、少し我が儘だろうか? 何はともあれ。


「……おかえりなさい。辰」

「た、ただいま……綾」


 床でのびてる彼に三日ぶりのキスとハグをくれてやろう。思いっきり甘えるから、覚悟しろ。

 そうした後は……失踪した言い訳を聞きながら、温泉旅行を提案しようと思う。


 サンタがくれた、クリスマス前のプレゼント。

 変態彼氏がちゃんと帰ってきてくれた。私にとって、充分すぎる贈り物だった。



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