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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常は続く
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覚悟

 あれはそう――。失恋して、私のアルバイト先に偶然現れた、秋山君の言葉だった。


「宝石が二つあるとして。片方は溝に捨てなきゃいけないなら……やっぱり万人は綺麗な方をとるんかな?」


 謎めいた問いは、自分と、かつての恋人と、もう一人を見立てたものなのだろうか。

 私が言葉に窮していると、マスターは静かに口を開いた。


「結局は、人の好みよ。ずっと愛用していたものの愛着を取るか。新たに見つけた、何もかもが自分好みの新しいのを取るか。どちらを選ぶにしろ、覚悟はいるの」

「覚……悟?」

「そう、覚悟」


 マスターは目を伏せたまま、カウンターを指でなぞる。

 

「誰かを選べば、誰かが泣く。当たり前よ。その涙も背負えないなら、愛してるだなんて口にすべきではない」

「……どちらも、選べないって言ったら?」

「両方取る気構えならそうすればいい。二人が許すならね。出来ないなら……自分の心に聞くの。真剣な想いがあるなら、当人には辛い選択になるでしょうよ。それでも。折り合いを付けねばならない。どんな形であれ、覚悟は決めなければならない。想いなんて最後は当人しか知り得ないからね。完全に共有なんて無理だから……恋が実ったり、消えたりする」


 大人になって、誰かと生きていくって、そういう事よ。

 そうマスターは呟いた。

 秋山君の彼女さんが、覚悟を決めた上で秋山君ではない方をとったのか。それはわからない。もしかしたらあっさりと。淡白に好みで決断したのかも。

 彼氏さんの方はどうだろう。相手の彼氏が悲しむ事を分かっていて、それでも譲れなかったのか。それとも、特に何の感慨もなく。ただ自分の心に従ったのか。私が知ることは永遠にない。でも……それでも……。


「ああ……クソッ……チクショウ……!」


 嘆く秋山君を見ると思うのだ。人を好きになるって……こんなにも残酷な事なのだと。

 当時はメリーとの対話やらがあったから、なおのこと。


 故に私は自問する。果たして私は。彼は……。覚悟があるだろうか。

 彼氏彼女なんて、口約束の延長線みたいな関係で何を言う。そう言われるかもしれないけど、思わずにはいられなかった。

 この世に関係は星の数。私達は、どうなのだろう? と。



 ※



 言葉は、絞り出すように紡がれた。彼の出した答えは……。


「メリーは……相棒。だよ」


 変わらず。ただ変わらないとはあくまでも言葉だけ。本質は。


「それで……大切な。君に負けないくらいに、大切な女性(ひと)だよ。間違いなく」


 ようやく聞けた答えは、私が予想していた通りだった。

 私が黙って見つめていると、彼はゆっくり身体を起こす。


「……相棒だったんだ。そう思ってた。けど、ありきたりすぎて笑えるけどね。こうして喪ってみて、初めて気づく事もある。今となっては、感情に名前を付ける事は難しい。ショックをこうして錯覚してるだけかもしれないけど……もしかしたら、僕もメリーも、互いに必死で相棒であろうとしていたのかもしれない」


 吐き出される独白。彼は静かに拳を握りしめる。


「少しでもボタンをかけ間違えたら、間違いなく底無し沼に嵌まる。そう無意識に感じていたのかも。けど、一度。決して他者では埋められない孤独を埋めあった僕らが離れるのは……もう無理だった」


 彼には譲れないものがあった。私だ。得るのを諦めていた理解者をようやく得た時でさえ、彼は私を手放すのを良しとしなかった。日常において、私が彼にとって大切な、大きな存在になっていたから。

 同情だとかそういうのを抜きに、私を愛してくれていたの位わかる。そこまで鈍くない。メリーもそれを壊すのは望まなかった。勿論私の為などでなく、彼の為に。

 結果二人が言った、背中を預け合う関係が生まれた。それが二人の覚悟で、折り合いだった。


「一緒に……オカルトを追えてたなら。それだけでよかったんだ。それだけでよかった。けど、僕は……今自分と向き合って、吐き気がするくらい嫌な気持ちなんだ。果たして本当にそれだけだったのか? って。わからなくなっていくんだ。自分が。もしかしたら……僕は……」


 それ以上は聞きたくなくて。私はそのまま、彼に飛び付いた。

 はからずもこの歪みは、メリーが死んだことによって生まれた。彼が自分の抱える矛盾を自覚する形で。逆に彼女が生きていたら、あの不思議な関係が続いたのかもしれないけど。もはや語る意味もない。

 メリーに対する正直な気持ちが聞けただけで、私はもう充分だった。意外と頭が固いというか、潔癖までは行かずとも、一途なんだなぁと思いながら、私は彼の背中をポンポン叩く。

 メリーは私に負けないくらいに大切な人。結局彼はこんな時ですら、私を一番に選んでくれて。けどしっかりメリーへの気持ちも私に隠さず告げてくれた。正直に言えば、私に嫌われるかもしれない。そんな推測もあったろうに。

 だから、私も気持ちを伝えよう。


「貴方って、やっぱり変態だわ」


 歯に衣着せずに、そう言い放つ。


「変態も変態。ド変態よ。困っちゃうくらいに。あのままメリーが生きてたら、どうなってたやら。下手したら私とメリー両方に刺されてたんじゃない?」

「それは……いや、どうかな。あってもおかしくないのか」

「どう転んでもおかしくないわ。てか、今わかった。貴方、女の子と付き合うのに、致命的に向いてない。多分付き合っても、すぐ向こうが不安になって、捨てられるタイプね」

「……凄いや。返す言葉が全くない」


 肩を竦める彼をますますキツく抱き締める。離れないように。逃げないように。


「だから多分、貴方を支えられるのなんて、私かメリーくらいよ。寧ろ私とメリーだから五体満足でいられるの」

「……うん」

「だからね。もういいわ。泣きたいなら泣いてもいいし。踏んでほしいなら踏んであげる。彼氏が多少変態でも構わないわ。貴方が私を最後にしっかり見てくれるなら……。今まで通り私を一番に思っていてくれるなら……もうそれだけで幸せ」


 だからもう……変に混乱しなくていい。

 心にメリーのスペースを作るのくらい許してあげる。

 だから……。

 しがみついたまま、私は口をへの字に曲げる。彼はまだ、床に手をついているのだ。


「……ね。私はね。今も昔も辰が大好きなんだよ? 抱き締めてくれただけで何もかもどうでもよくなっちゃうくらいに」


 チョロイン? 上等だ。誰か限定のチョロインほど可愛いものはないって牡丹先輩も言ってたもん。


「抱っこ。して? てかもうね。無理。限界よ。いつまで辛気臭い顔してるのよ。こちとらそろそろ……ラブラブしたいのよ」


 震えるように彼の腕が私の身体に回される。暖かさが広がっていく。同時に、彼は静かに息を吐いて。


「君は……いつだって僕を僕にしてくれるんだね」


 ……ありがとう。言葉にしなくてもそんな声が聞こえた気がした。


 そこから暫く。私達は無言で抱き締めあっていた。

 思い出を語るわけでも。想いを口にし合うわけでもなく、ただ寄り添っていた。


 ずいぶんと久しぶりに感じる彼の腕の中はやっぱり極上で。嬉しくて。他にも色んな感情が渦巻いて、私は声を上げずに泣いてしまった。彼の肩が涙とかで湿っていく。けど、構いはしなかった。だってほら、私の肩も何か冷たいし。

 そこはお互い様だ。


 今日は本当に、初めてが多い日だなぁなんて思った。

 男の子の涙が綺麗。って思ったのは……後にも先にももう無いだろうから。



 ※


 ……と、それで終わればどんなによかっただろう。

 一頻り時間が経ち。お風呂に入ってお着替えして。

 二人そろってベッドに入った時だ。


「……な、何か……凄いんだけど」

「うん、僕も予想外だなぁ……」


 ひきつった顔で互いに苦笑い。ナニが凄いかは言わないが、くっついて寝てたら自己主張が激しいこと。


「吐くもの吐いて。綾が変わらず綾でいてくれて。ホッとしたのもあるのかも」


 何だかんだで、色々とキツかったしなぁ。と、彼は肩を竦めた。一方、私はといえば……。

 心臓がとんでもないことになっていた。理由は言わずもがな。考えてみたら……凄い久しぶりにキスもして。キツく抱き締めあって。色々と言い合って。恋人としては、充足感が半端じゃなかった。

 だからだろうか。出来上がってたのは、彼だけではなかった。


「…………ねぇ」

「……ん~?」

「……襲っていい?」

「うん。…………ファ!?」


 驚いた顔の彼。大胆な事を今から言う自覚はあるので、自然と頬が熱くなって……。


「あ、綾さんや。聞き間違いかな? 今……」

「聞き間違いじゃない……わ」


 答えたら、彼は顔をひきつらせている。私はそれを見つめたまま、ゆっくりと彼のパジャマに手をかけた。


「あ、あの。綾? 何か……目が……!」

「……ごめん。何か。いつもは辰に火をつけられるんだけど……何か今日……ダメ」


 止まらなかった。

 何か頭の中がピンク色。彼が私にムラムラくるとかよく言うけど、今の私がまさにそれだった。


「ずっと……不安で、心配だったの。辰がどこか行っちゃうんじゃないかって。もしかしたらメリーの後追いかもって。このままキスも何もしてくれなくなったらどうしようって……」

「い、いや。まぁそう言われたら僕も何も言えな……ちょ、引っ張らないで! ちぎれる! ボタン取れ……あ」


 もどかしくて、一気にパジャマのボタンを引きちぎり、服をはだけさせる。

 そのまま彼の胸を舐めて。吸い付いて。マーキング。くすぐったそうに身をよじる彼を捕まえて。そのまま首に。頬に。唇にキスの雨を降らせる。

 手を強引に掴んで、そのまま胸元に。ふにゅりとそこに触れたれただけで身体に電流が走って、目の前がチカチカする。

 ……メリー、痴女って言ってごめん。今この場限りでは人の事言えなそう。


「あ、綾! ちょ、落ち着い……」

「触って……! 上も。し、下も……!」

「綾さぁん!? 待って待って待っ……!」


 直後、部屋にぎゃー。という悲鳴が轟いた。


 今までにないくらい燃え上がって。

 今までにないくらい凄い声が出て。

 今までにないくらい蕩けきって。

 今までにないくらい彼を求めて。

 今までにないくらい気持ちを乗せて。


 取り敢えず。美味しく頂いて。頂かれました。

 途中から彼も理性が飛んだのかもう訳がわからなくなってしまったけど、深く考えるのは止めにしよう。

 思いっきりイチャイチャした結果、翌日は二人そろって足腰が立たなくなったのはご愛嬌。

 でも仕方がない。私が昨夜あんなにエッチになったのは……どう考えても彼が悪いのだ。

 それに……もう離さないからそのつもりで。

 どんなことがあっても彼を信じて愛す。それが私の覚悟なのだ。繰り返しになるが、重い女ナメんな。という訳なのである。

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