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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常は続く
52/65

言葉の意味

 魘されていた彼が目を醒ましたのは、私が添い寝を始めてから数十分後位だった。

 仰向けのまま弾かれたかのように身体を震わせ、目をカッと見開いて荒い呼吸をする姿に、普段の飄々とした雰囲気は皆無。それにやっぱり「いつもと全然違う」といった類いの不安を覚えながらも、私は彼の横顔を見つめ続ける。

 彼は、まだ夢と現の境界をさ迷っているらしかった。ぼんやりとしたまま、薄暗い天井を見つめていた彼は、そこでようやく身体を弛緩させ、目を閉じたまま深呼吸。悪夢を見た人のお手本のような仕草だ。なんて、普段なら思うだろう。だけど、私が感じたのは、違和感だった。何だろう……今、確かに……。

 私が脳内で情報を整理していると、そこで彼はようやく、隣にいる私に気がついたらしかった。ゆっくりこっちに顔を向け、そのまま硬直。鳩が豆鉄砲でもくらったような表情。再び開かれた〝目〟に、さっき私が感じた違和感は皆無だった。


「あ……や?」


 掠れた声が、彼の口から漏れる。「見られた」そう顔に書いているようで、私はどんな反応をしたらいいかわからず、意味もなく微笑もうとした。……多分、失敗してる。きっと私はこの時、笑みは笑みはでも、結構シニカルなそれだったと思う。

 事実彼の顔は、何だかバツが悪そうだったから。だから、もう、私もいい意味で開きなおった。私まで変だったら、彼はいつまでたっても戻れない。


 クールで。けどそれは自分がそうあろうとしてるだけなハリボテだ。

 本当は相当に嫉妬深くて。認めがたいが甘えたがりで、寂しがり。

 彼限定ではあるけど、何気ない事でコロッと嬉しくなるチョロい女。

 それが私だ。……自分で言って悲しくなるけど、改めて、自分でもどうかと思うくらいにはベタ惚れなんだなぁと思う。口では言わないが。

 初恋自覚してから実るまで何年もかかった経歴は伊達ではないのだ。……重い女もカテゴリーに追加した方がいいかもしれない。勿論体重ではない。断じてだ。


「ウソつき」

「……へ?」


 口からでたのは、おはよ。でもなく、罵倒。彼は目を白黒させていたが、もう構わなかった。


「寝てるって言ってたわ。確かに寝てるんでしょうね。けど、それだけ魘されてたなら、実際長くは寝付けないでしょう? 昨日は? 一昨日は? いいえ、寧ろ最近の睡眠時間平均を述べよ!」

「え? アッ、ハイ」


 流石に剣幕に押されたのか、彼はうーむと首を捻る。

 三時間位だろうか。かのナポレオンはお昼寝もしてたっていうし……。


「……い、一時間位? あるいは、三十分を小刻みに四回位……かな?」


 ……ナポレオンなんて目じゃなかった。私の彼氏凄ぇ。

 てか、三十分四回って……二時間ではないか。つまり平均一、二時間? ……隈も出来るわけだ。


「それを寝てるというのかしら?」

「えっと……世にはショートスリーパーなる人達が……」

「それでも四時間は寝るわよバカっ!」

「アッ、ハイ」


 肩を竦める彼。それを見つめながら、私は彼から目を逸らさない。こうして見れば、色々と私も溜め込んでいたんだなぁって思う。


「……いつも、寝る度にこうなるの?」

「……えっと、いや……」

「隠さないで!」

「……うん、そうだね」


 観念したように白状する彼。握っていた手が強くなる。それは、自責だった。ここまでなっていたのに、気付けなかったなんて。私が唇を噛み締めたまま項垂れていると、彼の指が伸びてきて、それを咎めるかのように口元をなぞる。……噛んでやろうか。何て一瞬思ったが、止めておいた。

 沈黙が訪れる。先に口を開いたのは、彼の方だった。「見たくないものが見えるんだ」と、震えるような声が吐き出される。


「目を閉じれば、色んなものが、無差別で見えるんだ。僕の嫌なものを自覚して。メリーが生きていて。そう思ったら隣で殺される。僕が壊れかけていく音がして、最後に……君が殺されるか……あるいは……君が、君が……自分、で……」


 涙は出ていないのに、泣いているみたいだった。


「完全に壊れた後に、僕のせいだって、誰かが囁くんだ。でも、遠からず当たってはいるかもしれないんだ……。それで、目が覚める……」

「貴方の……せい?」


 どういう事だろう? メリーが殺された事に、彼が一枚噛んでいる? いやまさか。

 否定しつつも、私は心の中で覚悟を決めた。踏み込むなら、今ここだ。

 よりそうと決めた私は、半ば飛び込むようにして彼に抱きついた。


「あ、や……」

「そのまま聞いて」


 私の声色の真剣さに、彼が息を飲むのが聞こえた。

 傷ついたのは、知っていた。

 原因も、知っている。

 見て見ぬふりは出来ない。彼が私に見せまいとしていたのは、果たして自分の弱さか。それとも別の何かか。どちらでもいい。


「ねぇ、メリーが死んで、貴方は悲しんでる。落ち込んでいる。そんなの私にも分かる。だって誰かと話していて、あんなに楽しそうな辰は初めて見たから。こうなるのくらい、私は予想できた」

「……っ」


 彼が息を詰まらせる。


「けどね。それを私に隠す理由が分からないわ。どうして?」

「それ……は……」

「私が、嫉妬すると思った? それとも、私もメリーと仲良くなり始めていたから、私が悲しむと思った? 自分の弱いとこ、私には見せたくなかった? 他にも何かある?」

「……う」


 全部かこの野郎。


「……歯、食いしばって」

「……ん」


 目を閉じる彼。素直なのはよし。けど、平手打ちなんてしてやらない。首の後ろに手を回し、その唇に思いっきり。愛情やら色々込めてキスしてやった。


「んむっ?」

「ん……にゅ……」


 びっくりしてるのに構わず、取り敢えず攻める。いつもやられっぱなしな私だけど、今回ばかりは主導権は握る。

 ……彼、今日はちょっと乾燥してる。潤してやろう。


 唇を合わせて。ただ触れあわせるだけ。いやらしくないやつ。

 今はそんなのがしたかった。

 起きた時。大学行くとき。寝る前。

 当たり前みたいにしていた事。それすら最近なかったんだよ。それを忘れちゃうくらいには、貴方はおかしかったんだよ。と、彼に教えて上げた。

 唇を、そっと離す。彼は、憑き物でも落ちたような顔だった。


「……ああ」

「……わかった? てか。私に隠し事しても無駄よ。……ばか」


 彼氏彼女以前に何年の付き合いだと思っているのか。勿論、彼がその気になり、本気で隠したら私には分からなくなりそうだけど、それ以外ならば大体わかる。メリーが相棒で通じ合うのにだって、負ける気はしないのだ。

 こんな綻びだらけな感情を隠そうなんて、やはりバカはバカだった。


「蹴られたり殴られるより、効くよコレ」

「私が言いたいこと、わかった?」

「……うん」

「じゃ、話して。貴方が抱えるの全部。キャパ越えたのは蹴るから。で……出来るなら、寄り添わせて。貴方が辛い時くらい、支えさせて。私が無条件でそれがしたくなる理由くらい、わかるでしょ?」


 私と彼は喧嘩をそんなにしない。基本私が拗ねるか怒って、彼が折れる。喧嘩にならない。今回もまた、折れたのは彼だった。

 けど、受け止めるのが私。そんな不思議な構図だ。

 でも、不謹慎だけどちょっとだけ嬉しい。私だって彼を支えられる事が出来るのが。三年も付き合ってて、多分初だ。恋人として、彼の苦しさを共有できるなんて。思い返せば、本当に自分の事は話さない人だから。


「……後悔、しない?」

「凄い不吉な前ふりだけど……まぁ、いいわ。ドンと来て」

「……じゃあ、話すよ。ただ、約束して。僕が言うなって話だけど、これから先。君もまた、自分に正直になって欲しい。僕が気持ち悪いと感じたなら、そう言って欲しい」

「……今一脈絡がないけど、わかったわ」


 私が頷くと、彼は枕元からリモコンを取り出し、電気を点ける。明るくなる室内に、少しだけ目を細めていると、彼は私の頭を一撫でしてから、ゆっくり身体を起こした。ついでに私も起こされる。む、何かあれだ。背中の皮を持たれた猫の気分だ。


「……どこから話そうか。いっぱいあるんだよね。君に、隠してたこと。十年以上」

「……ちょっと待って。もう意味わかんない」


 え、そんなにスケールが大きな話なの? 早くも怖くなってきた。

 並んでベッドに座り、彼の横顔を見る。あ、電気つけたのって、表情をしっかり見せるためか。と、今更ながら気づく。

 隠さずという意味では、真摯に向き合ってくれているらしい。

 話は続いてく。


「ここ数日ね、自分と向き合う機会があったから、やっぱり色々考えたんだ。ねぇ、綾。僕とメリーを見てて、君はどう思った?」

「仲良すぎてもはや気持ち悪いレベル。てか彼女いるのに無自覚でイチャつく辺りがタチ悪い。ぶっちゃけメリーにヤキモチ焼き過ぎて。いや、というかメリーが強烈過ぎて最近は他の女が貴方と話しても全く揺らがなくなったわ。今までは、話すだけで私の中でムムム……なんて感情になってたのによ? 当然よね。基本有象無象がメリーには負けるんだもん。結論メリーズルい。鬼、悪魔、痴女」

「お、おう」


 苦笑いする彼。それを、キッと睨みながら、私は言葉を続ける。


「で……一番悪いのは貴方。私がヤキモチ焼くのも知っていた。けど、離れなかった。それくらい大切なんだってのは、悔しいけどわかったから。釈然とはしなかったけど、意地もあったのよね。ここで貴方とメリーを引き離したら……。何だか負けた気がして。それと……信じてたの。根拠もないけど、貴方は裏切らないって。どんなになっても、一線は守るって。結論。辰もズルい。鬼、悪魔、変態、女泣かせのスケこまし」

「最後はともかく、他は否定できないな……」


 最後も否定できないわよ。と、心でぶうたれる。本気でこまされて、心の中で泣いていた女が少なくともここに一人。あの世に一人。二人で被害者の会でも開いたろか。


「でも、うん、やっぱり君を泣かせていたって意味では、当てはまるのか。ねぇ、綾。言ったよね? メリーは得難い存在だって。僕も自覚はなかったけど、仲良すぎたのにも……それなりに理由がある」

「共通の趣味?」

「ハハッ、それだけなら、自分の事ながらあんなに距離が近いのはおかしいよ。違うんだ。共通の趣味もあるけど、もっとこう……根元的な部分だよ」


 距離が近い。に、皮肉めいた自嘲が見られたのは、自覚したからだろうか? うん、だっておかしい。端から見たら恋人だった。彼女私なのに。蹴りたいけど我慢していたら、彼は何故か深呼吸して、ゆっくりと、私に目を向けた。


「隠していたことがある」

「……聞かせて」


 まぁ、色々と推測はある。メリーと話したことと、あと、女の勘。それもあって、私に向きなおった理由を考えて、私も彼の方へ身体を向ける。

 受け止める。だから、全部聞かせて。私は貴方が思ってるほど、柔な女ではないのだ。飲み込んだ上で、その上で貴方を愛してみせよう。重い女ナメんな。重いイコール愛情も深いのだ。

 例えどんな事実が明るみになったって……。



「僕はね。幽霊が視えるんだ」

「そう。…………………………ふぇ?」



 ん?

 んんっ?


「ははっ、荒唐無稽な話に聞こえるよね。でも、さ。小さい頃からそうだった」


 ま、待って。待ってよ。

 私が混乱しているのを余所に、彼は話し続ける。

 す、ストップ。タンマ。タイムアウト! 時計止めて!

 だって……だって……。


「お葬式では、御本人が見えて。墓場ではよく幽霊に挨拶されて。事故現場では、恨みや未練を残した霊を目撃する。世間でいう妖怪と思われるものにも会った事もあるし、極めつけは、初恋が近所にいた幽霊のお姉さんでさ。あやうく一緒に連れて逝かれそうになった時もあったよ」


 こんなの、こんなの斜め上過ぎるっ!

 てか、いつかにした初恋の話……あれ、リアルだったの!? いや、違う。問題はそうじゃなくて……。


「僕にとって救いだったのは……って、綾?」


 どしたの? って顔になる彼に、取り敢えず両手をかざし、話を遮る。

 お、落ち着け。落ちつくのよ私。素数を数えて、次は羊を蹴ろう。よく眠れる……。違う。違う違うそうじゃなくて。



「タ、タイム。少し頭の整理がしたいの。コーヒー。コーヒー淹れるわ」

「あ、うん。そうだね。そうしようか」


 取り敢えず、今私に必要なのはインターバルだった。

 負けるな私と自分を鼓舞しながら、私は立ち上がる。


「夜だけど……大丈夫?」

「長い話なんでしょう? なら、夜更かしにコーヒーよ」


 そう私が答えると、彼は少しだけ目をしばたかせてから、やがて静かに。儚く笑った。


「そう。だね。じゃあ、長い――、永い話になるけど、コーヒーブレイクでもしながら語ってみようか。もはや後日談になった話ばかりだけど……」


 聞いて欲しい。


 彼は真剣な顔でそう言った。

 その夜の事は今でも覚えている。ある意味で、分岐点だったのだ。

 あえて名前を付けるなら、私の日常が少しだけズレてから、戻った日。

 そんな所だろう。


 私はその日、知ることになる。彼氏は変態だった。間違いなく。色んな意味で〝変態〟だった。


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