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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常は続く
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エゴイズム・ウィッシュ

「じゃあ、蹴り飛ばすなり押し倒してみるなりしてみたらどうかしらん?」

「先輩、真面目に相談してるんですけれど」


 私や彼の様子がおかしいのは、この人――、牡丹先輩には伝わっていたらしい。

サークルに顔を出すなり、「辰君と喧嘩でもしたの?」なんて切り出しからはじまり、あれよというまに洗いざらい吐かされた末に出されたアドバイスは、それはそれ酷いものだった。

 話を引き出す牡丹先輩のトーク力もさながら、何をどうやったらそんな結論に至ったのか、私は不思議でならない。が、当の牡丹先輩は肩を竦めながらも「わりと真面目よ~」と、頬を膨らませた。


「綾ちゃん、お姉さんは貴女より二歳程ババァだけど、友達と死別するって経験は、まだしたことがないわ。だからこれに関しては偉そうに口も出せないし、辰君にしてあげられることなんて殆んどない。せいぜい綾ちゃんにつけたいエロ下着について話の花を咲かせるくらいよ」

「え~。友達だからって、女でしょ? 彼女の前でいつまでもウジウジは、男としてどうかと思いま~す」

「黙らっしゃいエリナちゃん! まだお姉さんのターンは終了してないわ!」


 今更ながら今私達がいるのは写真サークルの部室。他のメンバーもいるのだから、各自で自由に過ごしながらも、私と牡丹先輩の会話を聞いている人もいる。それが、最近話題に上がった、殺害された女学生に関する事ならば自然と興味を惹いたのだろう。

 案の定、エリナちゃんが会話に入ってくるが、それは牡丹先輩の一喝で、「ヒョ!?」なんて奇声を上げながら、すごすごと退散した。


「ちょくちょく気になる言動がありますけど、一応……ありがとうございます?」

「いえいえー」


 エロ下着とかはスルーだ。今は羞恥すら湧かないし。私が話の続きを促すと、牡丹先輩はコホン。と、咳払いする。


「まぁ、綾ちゃんもビックリしてるだけだと思うのよ。彼が彼じゃないみたいっ! 私っ……どうしたらいいのっ!? みたいな?」

「……声マネ止めてくれませんかねぇ」

「お姉さん七つある特技その一よ。まぁ、それはおいといて。お姉さんはね。今わりと試練の時期だと思うのよ。綾ちゃん、辰君とお付き合いして、今何年目?」

「えっと……もうすぐ、三年になります」

「……さ、三年でまだあのラブラブっぷりなの? 週五の?」

「さ、流石に今はそんなじゃないですっ!」


 今は三~四くらいだもん。と、心の中で呟いていると、牡丹先輩はコホンと咳払い。


「ともかくね。三年目。まぁ、幼なじみだから色々と知ってることもあるだろうけど、ともかく多くのカップルが、大なり小なり本来ならマンネリを迎える時期よ。そこにこれ……。綾ちゃん、心して。傷心、憔悴、不能と化した辰君をどう扱うかで、今後の貴女達の運命は変わるのよぉ!」

「ふ、不能じゃないですっ!」

「え? ヤッてるの? そんな状況で?」

「……う。た、多分、不能じゃ……ないです」


 実は女の子の日以外では初めての一週間以上のご無沙汰だったりする。……いや、だってそんな空気じゃないの位、私にも分かる。


「……それが徐々に二週間、三週間、一ヶ月と伸び、果てに待つのはセックスレ……」

「言わせねーわ! シャラップよエリナちゃん! お口ミッフィー!」

「ぶー」


 再びちょっかいかけてくるエリナちゃんの脳天に、牡丹先輩から軽いチョップが下される。それを眺めながらも、私は牡丹先輩の言葉を反芻していた。

 そうだ。分かっていた筈だ。今辛いのは……一番辛いのは彼ではないか。私までショボくれてたり。作り笑い止めて。なんて事を言ってどうする。こんな時こそ、支えになるのが恋人な筈だ。


「……私は」


 今すぐ帰って、傍にいたい。そんな思いが渦巻き始める。


 彼のためにコーヒーを淹れようか。私のコーヒーは、元気が出るって言ってくれたから。

 膝枕とかどうだろう。実は彼が数少ないながら私に甘えてくれる時、それを要求してくる事が多い。

 一緒に料理でもいい。最近少しずつ出来るようになってきたから、彼が変な事になったら逆に私が……。そんな思考のループに入っていた時だ。エリナちゃんが横からチョンチョンとつついてきた。


「……綾ちゃん。盛り上がってるとこ悪いんだけどさ。一応一意見として聞いて。寄り添うのもありよ。でもね。たまには一人になる時間も必要かも」


 今までずっと一緒にいたなら、尚更。と付け足した。


「男は変な意地があるからね……。泣く時は一人がよかったりするのよ」


 ま、参考程度にね。とだけ告げて、エリナちゃんはウインクした。……そっか。そんな発想もあるのか。気づかなかった辺り、私も何というか……残念な奴だ。変に熱くなりすぎも考えものだろう。そんな事を考えていると、牡丹先輩はクスクスと楽しそうに笑いながら「辰君は幸せ者ね~」と、呟いた。


「だって、こんなに想ってくれる彼女さんがいるんだもの。……うん、よし。ならお姉さんが、とっておきの案を提示しようかしら?」


 ……正面からそんな恥ずかしい事を言われて、少しだけ照れたのは、内緒だ。


 ※


 サークルが終わり、各々の帰路につく仲間を見送りながら、私はそっと、駅のホームへ消える後輩の背中を見送った。

 いい方に向かえばいいな。と、願いを込めて。


「……心配ですかぁ? 牡丹先輩」

「うん、まぁあの二人だから……そこそこなレベルだけどね」


 どっちも可愛い後輩だから。といいつつ、私は背後から話しかけてきた、同じく可愛い後輩なエリナちゃんに微笑みかけた。


「……辰君、嫌い?」

「……ええ」


 薄々感じていた事を口にすれば、彼女は少しだけ目を見開きつつも、静かに肯定した。


「凄いですね。いつです?」

「まぁ、確信は今日。エリナちゃんは意外と真面目だから、辰君みたいな妙に飄々としたタイプは合わないかなー。とは思ってたわ」

「意外とは余計です。まぁ、と言っても絡みも話したこともない。いつかのストーカーごっこで遠目で見た程度ですけどね。それでも、思うんです。綾ちゃんにあれは……。なんだかなー。って」


 だから冷却が必要かと思って最後にあんなこと言いました。と口にして、エリナちゃんはため息をついた。


「前に言いましたけど、私は男女間の友情は信じてません。必ずどちらかに下心がある。同性の友人なら、まぁ、あそこまで落ち込むのはわかります。けど、異性の友人で彼女の前で一週間も落ち込むなり、様子がおかしくなるなんて……どうかと」

「……厳しいわねぇ」

「あの男は、一人の時間の中で、自分を省みるべきです。それで気づくといいんですよ。綾ちゃんに酷いことし続けてきた事を。綾ちゃんも綾ちゃんです。今までそんな二人を放置なんて、私なら……!」

「ほいストップストップ。人間関係はそれこそ星の数よ?」


 熱くなってきた後輩の頭を撫でながら、私はエリナちゃんを宥めた。

 ぷくりと頬を膨らませる後輩もまた、色々と経験してきたと聞く。男の子に何度も裏切られたらしい彼女には、ああいった関係は許しがたいのだろう。

 そこで私は自分を省みる。私なら……。


 答えは出なかった。だから言えることはただ一つだ。


「ま、ならエリナちゃんは、綾ちゃんの味方ではいてあげて。どう転がるにしろ、そこは変わらないでしょう?」


 勿論です。と、断言する後輩は、やはり可愛かった。

 結局、私達は見守る側。アドバイスという名のただの個人の考えやら意見だけを送り。あとは祈るのみだった。


 願わくば……傷付く人などいませんように。という、そんなエゴに満ち溢れた祈りを。



 ※


「友達とご飯食べてきます」


 決意したと同時に、前もって連絡を入れていたから、今日は帰りが遅め。牡丹先輩とエリナちゃんの入れ知恵を両方採用し、ちょっとした買い物を済ませて部屋に着いたのはもうすぐ夜の十時を回ろうかという所だった。

 流石に遅くなりすぎたかな? とも思ったけど、ここはエリナちゃんの言葉も信じて。後は、私なりに考えたやり方で、今の彼と向き合えたらと思う。

 部屋に入る前にぐっと両手を握って気合い一閃。「ただいまっ!」と帰宅した私の目に入ったのは……。


「あら?」


 ソファーでスヤスヤと眠る彼の姿だった。


「……流石に限界が来たのかな?」


 最近はロクに寝てなかっただろうから。けどまぁ、ソファーで寝るのは身体に悪いだろうに。

 取り敢えず、彼の首後ろと膝裏に手を入れて、逆お姫様抱っこ。……される方が好きだけど、一応やるのも可能ではある。自分で言ってて悲しくなるけど。


 幸いにして寝室のドアは開いていたので、そのまま彼をベッドに寝かせ、毛布をかける。添い寝したいけど、まずは買ってきたものを隠さなきゃ意味がない。

 その後シャワー浴びて……。


「……だ。……リ……」


 思考はそこまでだった。不意にすぐ傍で呻くような声がする。

 獣の慟哭にも似たそれは、私が聞きなれた彼の声。

 ハッとして彼に視線を向ければ、彼は目元に皺を寄せ、再びうわ言のように口を動かした。聞いてはいけない。そう知りながら、私の足はその場に縫い付けられたように動けなくて。


「メリー……嫌だ。……行かないでくれ……」


 それは……多分私が初めて聞く。彼の嘆きだった。


「ごめん……ごめん……。僕は……もう……ああ、なんて……」


 無様。


 それだけ言って、彼は苦し気に歯軋りする。

 私はただそれを見てるだけ……は、嫌だった。

 静かに彼の枕元に腰掛ける。汗ばんだ手を包むように握り。そっと胸元に持っていく。

 今出来るのはそれだけ。

 でも、彼が目を醒ましたなら……。その嘆きの受け皿位には、なれるだろうか?


 薄暗い部屋の中で、呻きは止むことがなく。私は今まさに、彼が私の傍で寝ようとしなかった理由を思い知った。


「全部、聞くよ? どんなことだって受け止めて。出来るなら一緒に泣いて。それから……それから……」


 頼ってよって、膨れたい。

 思いっきり抱き締めたい。

 だって私は……。


「変態な貴方の彼女だもの。造作もないのよ? そんな事」


 時を待つ事にした。

 その場を離れるという選択を消して。

 エリナちゃんに謝罪する。やっぱり私は、彼を一人になんて、出来ないらしい。


 肩を竦めながらも、私は静かに彼に寄り添うように横になる。

 彼の悪夢に早く終わりが来るようにと、願いながら。 

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