シュラバーは両手に花と共に
僕にとっての魅力的な女性を挙げよ。
そう言われたら、僕は迷うことなく二人の顔が思い浮かぶ。
一人は今更改めて言うまでもあるまい。
僕の可愛くて可愛くてしょうがない彼女さん。
正直、綾の可愛さで僕の理性やら色んなのが日々崩壊しまくってたりする。ナンバーワンにしてオンリーワン。世界に一つだけの花を軽く凌駕する天使だ。
どれくらい綾が可愛くてヤバイかを紹介しようとしたら、僕は近場の文房具店から原稿用紙を買い占めなければいけなくなる。ので、ここではかいつまん解説……しようとしたら、ハガキでピサの斜塔が出来かねない。ので、彼女のかわゆい一面と、それに伴う具体的なエピソードを一つだけ挙げようと思う。
恥ずかしがり屋?
わりと嫉妬深い?
クールなのにキュート?
僕をしょっちゅう蹴リまくるから攻める側と思いきや、ベットではドM?
どれも素晴らしいが、あえて僕はその中にはないイチオシな部分をお教えしよう。
彼女は……。寂しんぼなのだ。
さぁ、悶えろ。悶えた人、挙手。
仕方ないね。僕の彼女可愛いから。
普段はクールな猫系。けど、甘えるときは全力で萌え落としにくる犬系……に加えて、放置しちゃうと、寂しくてピュイピュイと鳴いちゃう兎系まで網羅しているのである。なんだ最強か。
そんな寂しんぼな綾の悶絶ものなエピソードが一つある。
あれは何を隠そう、僕がお受験の為に一時的に故郷を離れていた時の事だ。
これまた今更だが、僕と綾は幼馴染みだ。所謂家族ぐるみの付き合いで、僕らにとって家族旅行=お互いの一家一緒に出掛けるものだった。
何でも、僕の父さんと綾のお母さんが幼馴染み。何て間柄だったが故に必然的に交流。そうしたら、父親同士、母親同士で意気投合して、結果的に今のようにあり得ないくらい仲がいいお隣さんといった間柄になったらしい。縁って凄いな。なんて、その時は素直に思ったものだ。
さて、結局何が言いたいかといえば、そんな背景もあって、僕と綾は生まれてこの方、殆ど離れた事はない。
たまにフラッとオカルト関連で僕がいなくなることはあれど、基本日帰り。あるいは空けても一日位だった。
だが、あの時は事情が違った。
時は遡ること、一年と大体半年くらい前。
僕も綾も、お受験戦争真っ只中の頃だ。
当時既にお付き合いをしていた僕らは、受験もあって当然ながら遊びもデートにも行かず、ひたすら勉強していた。そうして迎えた一般入試。
ここで試験日程の関係上、僕らは一週間近く会えなくなってしまった時期が出来たである。
具体的には、綾が都会で受験している三日間に僕は地方で受験。で、そこから入れ替わるように僕が都会で。綾は地方で受験というスケジュールとなっていた。受ける学科と学部の違いによる、完全なすれ違いという訳だ。
これに衝撃を受けたのは……。誰もいなくて、案外僕らはケロッとしていた。互いに大事な時期だ。それを弁えていたが故だろう。そもそも。僕もしょっちゅう失踪するし。
ただ、綾が少しだけ寂しそうにもたれ掛かってきて「がんばろ。お互いに」と、言ってくれたっけ。僕はといえば、「うん」だなんて簡単に頷いて、彼女が望むままに頭をナデナデしてあげただけ。
情けない。今の僕ならば綾を抱っこした上でナデナデして、熱いヴェーゼまで送っていただろうに。勿体ない。
あ、試験前なんで押し倒すのは当然なしだ。
そんなこんなで迎えた一般入試。黒髪を靡かせ、クールに風を切りながら新幹線に乗り込む彼女の後ろ姿を見送った翌朝に、僕はそれなりの手応えを感じつつ乗り越えた。
一応希望は地方の大学ではないのだけど、僕にやたらギルティと言ってくる綾のお父さん曰く、人生本当に何があるかわからない。らしいので、しっかりかつ、真面目に受けた。落ちはしないんじゃないかな。なんて当時はそんな事を考えていたと思う。
そんな具合で三日間。昼は試験。夜は見直ししつつ、綾と少しだけ電話。そんなサイクルを経て、今度は僕が地方を離れた。
……問題はここで起きた。ああ、色々と。
具体的に言うならば、三日間+観光もしたくて一日だけ余分に日にちを入れた、四日間のうちに。
結果、僕の携帯電話が初日に破損。他にも普通じゃないアクシデントやら、ある意味では僕の人生で最重要なファーストコンタクトがあったりしたが、問題は最初になる。
携帯がない。イコール、綾と連絡とれない。そんな四日間になってしまったのである。
全てが終わり、故郷に帰った僕を出迎えたのは……。
涙目な上に今までにないくらい顔を真っ赤にしつつ、「……寂しかったよぉ」と、僕の胸に飛び込んでくる綾の姿だった。その瞬間――。
ふぅ。
受験で抑圧やら、色々とあったりして。綾への愛しさがMAXに達した僕は……壊れた。
その日――僕は初めて、可愛い彼女に「変態っ!」と呼ばれ、わりと久しぶりに「大好き……」なんて、デレッデレな台詞を言われた。普段言葉で愛情表現しない綾がそんなこと言うもんだから、僕はもうフルスロットルのハッスルで……。この辺にしておこう。ナニしたかと聞かれても、答えは濁す。当然だ。
そんな訳で現在進行で身に余る程の幸せな僕である。魅力的な女性ならば、真っ先に綾が頭に浮かぶのは、仕方がない事である。
何だかもう出し尽くした感があるが、もう一人も登場させねばなるまい。
何を隠そう、もう一人とは僕の相棒、メリーだ。かれこれ初めて出逢ってから一年半以上経っている訳だが、僕は今まで、これほど深く関わった人はいない。そう豪語出来る。
綾にだけしか見せない僕もいる。だけど、それとは反対に、メリーにしか見せない……否、見せられない僕もある。今までにない、得難い存在であることは確かだ。故に、綾一筋ではある僕でも、例外的に、彼女は魅力的に写る。
勿論、だからどうこうしよう何て感情は毛頭ないが。仮にどうこうしてしまったら……何だろう、色々と終わる気がする。本当に色々と。
さて、この辺で、どうしてこんなことを考えているのかを、説明せねばなるまい。
秩父から電波を受信し、その場所が釣り場でもある事を知った僕とメリーは、釣りをしながらのんびりと検証兼散策へ駆り出した。遭難とか色々あったりしつつ足滑らせて川に落ちる。なんてベタベタな流れの果てに、僕は風邪をひいた。
風邪を……うん、風邪の筈だ。呪いの類いではないと思う。
で、そのままメリーの部屋で厄介になり。綾も来て、看病で回復し始めたら何故か踵落としされて。今……朝に至る。のだけど……。
「なんだ……この状況は?」
目を覚ましたら、エライ事になっていた。
左を見れば、僕の腕枕で可愛く寝息を立てる綾が。
右を見れば、これまた同じような形で眠るメリーがいた。
両手に花なんて言葉が適切に使える状況は初めてだった。え、何これ? 僕今日死ぬの?
「あ、みゅう……」
「んっ……」
悩ましげに身体をくねらせつつ、密着してくる二人。
綾、そんな猫みたいな声やめてくれ。朝から僕を萌え殺しにする気か。朝の日差しで輝く黒髪が素晴らしい過ぎてヤバイ撫でたいなぁ何て思う。撫でたらまた猫みたいなリアクションしてくれるだろうか?
そしてメリーよ。何かもう凄いのが僕の胸に当たるんですが。これ綾に見られたら僕は撲殺ならぬ蹴殺確定なんだけど。だがヤメテと言えぬは男の悲しい性か。大きいとはいいものだ。……全力で綾には内緒だけど。
……困った。
動けない。取り敢えず綾が起きたらまずい。ので、ここは先にメリーに起きて頂いて退いてもらうより他あるまい。
僕が腕を抜けばいい? 甘いな。僕はそれなりに空気は読める。ここでそんな行動をしてみろ。
メリーをどかそうとして僕が動く。弾みで綾が起きる。そんな時に限って、僕の手は誤解を受けかねない場所に位置してる。綾は蹴る。僕は死ぬ。第三部完。
そんな未来がありありと想像できる。だからここは、メリーを信じて彼女が起きてくれるのを願うばかりだ。然り気無く腕だけ動かして、メリーの頭をつつく。これならば綾が起きる程動かなくて済む。後は……。
「ん……ぁ?」
ゆっくりと、メリーの瞼が開かれる。
「おはよ、相棒」
「……ん」
寝惚け眼を擦りながらも、メリーは小さく頷いて、もぞもぞと上体を起こし、大きく伸びをする。片腕が解放され、僕もようやく一息がつけた。
「なんか、凄い状態で寝てたのね」
「起きた時に天国と地獄が同時に見えたよ」
「弁明させて頂くなら、私も竜崎さんも普通に寝たわよ」
「僕が寝惚けて二人同時に腕枕とか怖すぎるんですが」
「まだマシでしょう? 寝惚けて竜崎さんとならともかく、私といつもみたいに無意識で抱き合ってたりしたら、辰は風邪が生ぬるくなるくらいの事になってたんじゃない?」
「……そうならなくて、心底ホッとしたよ」
踵落としじゃ済まなくなりそうだ。そう考えていたら、メリーがいたって真面目に此方を見ているのに気がついた。
「身体は? もう平気?」
「ん、何とかね。看病が効いたよ。ありがとう」
素直に礼を言えば、どういたしまして。と、簡単な返事が返ってくる。そのまま、ベットから降りたメリーは「顔洗ってくるわ~」と言い残してスタスタとリビングを後にした。
密かに聞こえる水音を耳にしながらも、僕は空いた右手を開いて閉じる。うん、病み上がりながら好調だ。
御礼に朝御飯でも振る舞おうか。
僕は何の気なしに、恋人の、綾の方を見て……。凍りついた。
「い・つ・も? 抱・き・合・っ・て?」
腕枕したその先に、絶対零度があった。
「あ、綾さん? 起きてタノ? え、いつから?」
「おはよ、相棒から」
「うわーい。最初からだーい」
背中を冷や汗が伝う。どうする。どうすんの僕?
「……病み上がりに、間接技はどう? 適度に汗もかいていいと思うのよ」
あ、ダメだこれ。
「……あの、違うんだ。えっと、毎回気がついたらで。そんな僕から。あるいはメリーから全力で行くなんて……」
「知るかぁああ!」
「アダダダダダダタ! 痛い痛い痛いっ! ちょ、これまず……ギャアア!」
腕とか間接が鳴らしちゃいけない音を立てる。然り気無く綾の美乳が当たるけど、それを楽しむ暇などなく。
「メェエェリィイイィ!」
「あら、おはよ。綾。どうしたの? こんな朝から」
「嘘つき! 嘘つきぃ! 抱きあって寝てたりはしてないって! 背中合わせだって………」
「そうね。ベットに入ったり、寝入るときはそうよ。〝その後〟については話してないわ」
「詐欺よ! メリーの鬼! 悪魔! 痴女!」
「ちじょ……! ひ、酷いのと並べるわね……」
薄れ行く景色の中で僕が最後に見てとったのは、ドタドタと洗面所に特攻をかける綾の後ろ姿と、そこから響く女の子のトークだけだった。
てか、君らいつの間に呼び捨てになるくらい仲良くなったの?
神秘だな。
※
以上が、シュラバーな九月に起きた顛末だった。
何だかんだその後は、彼が朝食を振る舞ってくれたり。
帰り際にメリーが「クシュン!」何て可愛くくしゃみして、おでこに手を当てたら案の定。今度はメリーが看病される側に回ったり。
狙い済ましたかのように今度は私に移り「風邪のキャッチボールだね」「嫌すぎるキャッチボールね」なんて二人がぼやいたり。
三人全快記念に外食へ行って、結局連休とその後もしばらく一緒にいたね。何て笑いあったり。
何だか普通に人生を歩んでいたら、そうそう得難い経験をした気もするけど、密かに楽しかったのは二人には内緒だ。
この奇妙な縁は、いつまで続くのか。案外ずっとだったりして。なんて事をぼんやりと考えていた。
いつか三人とも大学を卒業して。それからもこうして、メリーを交えてお食事に行くのも悪くないかな。なんて、私にしては随分と寛大というか、余裕ある思考になっていたんだと思う。それが、今回の連休と、実はその後にも何回か行ったメリーと二人だけでの外出などをへた結果、私が至った境地だった。
あと、予想外にメリーと話が弾んだというのもある。勿論、彼に関すること限定で。それ以外はメリーの言葉は遠回しというか、難解すぎて「メリー、なんか……ダメ。イラッとくるわ」なんて言ってやったっけ。ぷくー。と、頬を膨らませたメリーが可愛かった。
親しすぎず、かといって遠すぎず。私達は恋敵な関係としては、絶妙な距離感だった。
穏やかな日々は続いていく。十月、十一月。そうして、早いもので最後の月がやってきて……。
破局は、あっさりと訪れた。
今にして思えば、私が見たのは、俗にいう奇妙体験だったのではないか。そう思う。彼とメリーならば、喜んで飛び付きそうな類いのものだ。
そう、あれは……十二月の半ばに差し掛かろうという時。〝彼女〟は現れた。思い出すだけでもゾッとする。あれは……何だったのだろう?
それは本当に、ある日突然の出来事だった。
マンションの部屋へと続く階段にある踊り場。そこに〝彼女〟はいた。
仄かに香る、ハチミツの匂い。亜麻色の綺麗な髪と、ビクスドールみたいに白い肌。浮世離れした美貌を誇るその人は、短い付き合いながら、決して見せたことのない冷たい表情をしていた。
知っている顔だった。そこそこ親しくなった、メリーの顔。なのに、〝それ〟は全然違う人みたいで。そうして〝彼女〟は……。こう言ったのだ。
「〝初めまして〟私、メリーさん。今、貴女の目の前にいるの。ああ、〝ここ〟もダメなのね……」
憎々しげに私を一別し、彼女はため息をつくと、音もなく私の傍を通り過ぎていった。
「……メリー?」
私が不安げに声をかけるが、彼女は無視。スタスタと行く後ろ姿には、いつもの飄々とした油断ならぬ雰囲気はなく。ピリピリとした何かが漂っていた。まるで何かの強迫観念に囚われているかのような背中。らしくない様子だった。
「……あの日、なのかな?」
遠くに消えた彼女を見て、呑気にも私はそんな一人言を呟いていた。だって、凄く重くて困るって言ってから。
実際には凄く重要な邂逅だったのだけど、それに私は、最後まで気づかなかった。
その冬。私が知らぬ所で何かが起きて、何かが終息した。
私は最後の最後まで当事者にも、何が起きていたのかも分からず仕舞いだったけど、結局最後に、それだけはわかった。
この時私は考えもしなかった。
それが、メリーの姿を見る最後になることも。
私と彼の関係が、致命的なまでに変わることも。
そうして……彼がああなってしまう事も。
~シュラバーウィーク編 完~
To be continued……
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
次回より最終章に入ります。
今年中に完結予定です。楽しみにして頂ければ幸いです。
ではまた……。




