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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
シュラバーウィーク編
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シュラバーは食卓と共に

 私は今、敗北感に打ちひしがれていた。

 何が戦争だ。何が看護合戦だ。私は昨晩の自分が恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい気分になっていた。

 風邪を治す時に必要な事は?

 しっかりとした休養と、栄養だ。前者は彼がやることで、私がやれることは少ない。せいぜい氷枕を替えたり、お着替えさせてあげたり。彼はタフネスが凄まじいので、多分ただ休むだけでもかなり回復出来るだろう。

 事実、一晩寝ただけで、結構顔色が良くなっていた。

 では、後は栄養である。


 ……栄養である。


 ああ、そうだとも。私は料理が出来ない。

 今でこそ大分マシになってはいるが、以前はもうなんかこう……異次元だった。

 ロールキャベツは普通のキャベツを使った筈なのに、紫色になったし。

 卵焼きは苦い上に形はグチャグチャ。

 ハンバーグは生が怖いからと念入りに焼いたら炭になり。

 クリームシチューは、見た目ビーフシチューへと化ける。

 カレーは普通のまろやかルーを入れたのにスープカレー風になり、具も何か不思議な食感に。じゃがいもに芽なんてあったの知らなかった。彼が止めてくれなかったらエライ事になってたかも。

 味噌汁は……酷かった。何回やっても物足りない味になるなぁ。なんて首を傾げていたら、彼は笑いながら一言。「綾。味噌汁ってね。出汁をとらなきゃダメなんだ」……笑わないで欲しい。味噌汁=お湯に味噌を溶かして具材を入れたもの。と思ってた私にとっては、ひたすらに衝撃的で。

 取り敢えず。今はお味噌汁作れます。具は市販の所謂「お味噌汁の具」を入れるだけだけれども。一から切ると、また大ポカをやりかねないから、今は修行中だ。


 もうお分かりいただけただろうか。正直、私では彼に栄養を取らせるどころか、悪夢を見せかねないのである。


 で、でも。お粥なら……。今なら炊飯器でお粥が作れるからそれなら……!

 卵とじは私がやると生卵混ぜになりかねないけど、梅干しをほぐして入れたりとか、鮭フレークを入れたらそれっぽいのに……!

 何て思ってた時期が、私にもありました。


 空気の入れ換えを目的に開けられた窓から、秋の優しい風が入り込む。そんな中で、私達三人はリビングのテーブルを囲んでいた。

 朝食は、メリーさんが作った、卵入りミルクパン粥と、生姜と葱の鶏肉スープ。小さめにカットしたフルーツ各種。


「朝だし、簡単なのにしといたわ。無理なら残して。取り敢えず胃に入れなさいな」


 メリーさんや。パン粥とかいう炊飯器で作れないの錬成するだけで、既に私より数段上手なんですがそれは……。てか……。これ簡単なの? 本当に? 私でも出来る?

 ……きっと黒パン粥になるだろうな。


「ありがと、メリー。残すなんてとんでもない。パン粥とか初めて食べるから楽しみだよ」

「風邪の時、私はこれだったのよ。口に合うか分からないけど。〝少し食べ、少し飲み、そして早くから休むことね〟変な遠慮はしないで、適度なとこで止めといて。まだ貴方は万全じゃないんだから」

「〝それが世界的な万能薬〟と?」

「そゆこと」


 朝からイチャつくのはどうかと思うんです。何? 何ですかその熟年夫婦みたいな息の合いよう。

 別に羨ましくなんかない。羨ましくなんかないったらない。……ズルイ。

 私だって肉体言語なら息が合う筈だ。

 各種キックをはじめとした、打・投・極。全てに彼は完璧な受け身を取り、調子がいいと見切りさえする。……あれ? 彼女って何だっけ?


 まぁ、いい。私が気にするのはそこではない。


「あ、竜崎さん。今更だけどパン粥でよかった? 普通のトーストも出せるけど?」

「……私もパン粥で大丈夫です」


 実は私も初めて食べるパン粥は一口食べれば程よい甘さと、身体を包み込むような暖かさを伝えてきた。食欲がなくても食べられそう。凄く凄く美味しくて。私も白旗を上げるより他はなかった。無血開城された気分だ。彼も心なしか顔が綻んでいる。ぐぬぬ。



「調子、大分戻ったわね」

「おかげさまでね。まだ身体重いけど」

「……彼女にあーん。でもして貰えば?」

「……っ! メリー君天才か? 万能薬通り越して復活の呪文だね。素晴らしいっ! という訳で綾……」

「やらないわよ」


 冷たい? いやいや。私だってそこまで図太くない。

「何故ぇ!?」と、血涙を流さんばかりの彼を横目に、私は生姜と葱のスープも一口。……濃すぎぬ、薄味一歩手前な味付け。彼好みのそれ。ああ、美味しいな。羨ましいな。と、思うと同時にここで乗ってやるものかと思う。


「あーん、はロマンだよ? 男心を擽りまくる定番だよ?」

「知らないわよ。実際スプーン持てないくらい弱るなんて稀なのよ。何が定番よ。あんなの茶番よ」


 ……前風邪で倒れた時に彼からのあーんで歓喜していた私が何を言うといった話だが。

 それに、彼こそ女心を分かれと思うのだ。

 だってこれは、メリーさんが彼の為に作った料理だから。それを私が彼女だからと、メリーさんの前でそれをやるのは……何だか嫌だ。私だってイチャイチャするなら、場所くらい選ぶ。

 同じ女としての矜持という奴で……。


「あら、じゃあ私がやってあげ……」

「でもやっぱり茶番も悪くないと思うわ! うん、いいわ! やってあげる!」


 手のひら返し乙。矜持がなんぼのもんじゃい。

 クソォ……持っていかれた……! 場の流れとか羞恥心ですんだからいいけど、相手がメリーさんなのに油断していた。

 この人は、隙あらば容赦なく攻めてくるって、つい昨晩認識した筈だったのに。彼も持っていきかねないのだ。見れば何かしてやったりな顔。遊ばれてる。遊ばれてるわ私っ……!

 で。


「まぁ、でも、リハビリ大事だよね。ありがと綾。自分で食べれるよ~」


 そこからお前は断るのか彼よ。酷い。二人して私の心を弄んだのね。

 恨みがましい目を彼に向けるが、彼はもう、メリーさんのパン粥に夢中だった。解せぬ。けどまぁ、いいか。とも思えてしまったのは、やはり食卓は楽しく囲むのが一番だと気づいたからかもしれない。

 誰ががしょぼんとした顔になる食事なんて、私は御免被る。それにせっかく美味しい朝食なのだ。台無しにはすまい。

 恋敵と同席してるのに、バカな奴だと笑うなら笑えばいい。あと餌付けされた訳でもない。断じてだ。


 私がそんな事を考えていると、視線を感じた。メリーさんだ。

 彼女は青紫の不思議な色彩をした瞳を細め、楽しげに。だけど、何処と無く眩しげに私を見ていた。

 吸い込まれそう。そう思うと同時に、何だろう。人と違うそれが、失礼だけど私には少しだけ怖かった。


「辰が、貴女を気に入る訳だわ」


 私がそんな事を考えているなんて知らずに、メリーさんは柔らかく微笑んで。


「竜崎さん。貴女、とっても可愛いのね」


 そんな的外れな評価を私に下していた。


 ※


「……まぁ、君が可愛いのは僕が一番知ってるんだけどね!」

「真面目に聞いてよ」


 時は流れて夕方。「ポカリとかお薬買ってくるわ~。お留守番宜しくね~」と、行って部屋を出たメリーさんを見送り、私はベッドに横になった彼の傍に腰掛けて、今朝の事を話していた。少しの罪悪感とかも込めて。すると彼は、そっと手を伸ばし、私の頭を撫で撫でしはじめた。


「つまりあれだろう。私の彼を取らないで! と、焼きもち可愛い綾だけど、メリーが予想外に柔軟に対応するもんだから毒気が抜けると?」

「凄い的確なんだけど、前半が凄くイラッてくるの何でかしら?」

「図星だから? 大丈夫。僕は君一筋さっ! 焼きもちも網のように受け止めてみせるよ!」

「キックポイント追加しとくわ」

「何その恐ろしいポイント制!?」


 当然、元気になった時に使用するのだ。さて、どれくらい貯まるかしら?

 そんな私のジョークに「ひぇ~」なんて言いながらも、私の髪を撫でる手は止めない。このハイテンションも無理してる訳ではあるまいな。と、思ったけど、確かめる術はないし、ある程度元気にはなってるのは何となくわかるので放置した。


「そんなに焼きもちやきだったのはちょっと予想外だったよ」

「……相手がメリーさんじゃなかったら、ここまではならなかったでしょうね」

「えっと……違いがイマイチわからんのですが? 信用度ってこと? メリーがダメで他の女の子ならセーフ? 逆ならわからんでもないけどなぁ」


 コイツの鈍感っぷりは筋金入りどころか、鋼の域にまで達している気がする。

 多分貴方は気づいていないのだ。状況が同じで、一緒にいたのが他の女の子なら、貴方は這ってでも部屋に帰って来ていたに違いない。

 メリーさんだから、ああして倒れられたのだ。

 そして、そんな二人だから私がいつも以上に嫉妬深くなっている事に、彼は気づかないのだ。……ばーか。


 で、彼が気づかないのはもう一つ。

 せっかく二人きりなのに! いつもなら綾分が足りないとかいう謎の理由つけてくるのにっ! 撫で撫でだけか!

 何かもっとこう……。今なら病人だからお膝枕位してあげるのに。抱き枕にだってなるし、き……キスまでなら……!


「いやぁ、流石にメリーの部屋だし。綾に風邪移すのはちょっとね」


 ……そして当たり前のように読まれる私の心。……そんなに分かりやすいのだろうか? 何だかこれ放置しちゃいけない気がしてくる。


 でも……。


「……何だか、色々と気づくわ。辰といると」

「ふぃ? あ、綾。確かに僕は君を色んな意味で開発してるかもしれないけど、こんな真っ昼間から……」

「そっちじゃないわよバカァ!」


 変態め。真っ昼間からそんな事言うなんて信じられん。

 人が真面目に考えてるとすぐこれだ。


「……私は、子どもなんだわ」


 小さく。彼に聞こえないように独白する。

 それは、何となくメリーさんとついでに彼に振り回されて、ひしひしと感じた事。

 それが少しだけ悔しくて。

 撫で撫でされたまま、このままじゃダメだ。何て感じたから。


「綾?」

「……何?」


 彼は私をただ見つめ、そのままフッ……。とちょっとだけ笑い。「な~んでもないよ」と呟いた。

 ……気づきはしないだろう。精々気づいたとしても、私が子どもだ。と、自己評価したもの位だと思う。

 だってこれは、私しか知らない事。


 初めて会った、バレンタインの日。メリーさんは、確かに私に言ったのだ。


「だからさ。貴女も〝私も〟叶わぬ恋って訳」


 と。これは……これだけはしっかり確めて起きたいのだ。

 あの時私達は、お互いに叶わぬ恋した女の子。そんな認識だった。

 けど、真実は違っていて。だからこそ……。


 ※


 夕食も美味しかった。

 メリーさん特製、ラッサムスープカレー。

 インドの薬膳スープとターメリックライスのコラボらしい。


「赤唐辛子で食欲と免疫力アップ。クミンは胃腸強壮。ブラックペッパーには解熱。ターメリックは抗酸化。生姜ににんにくはもう風邪の時のピンチヒッターね。他にも色々よ」


 香辛料(スパイス)って凄い。改めてそう思った。

 朝は食欲なくても食べれるの。夜は食欲そそるもの。ああ、胃袋掴めるわこれ。男の子のお腹にボディーブローからアイアンクローに切り替えるまでもなく掴めるわ。

 女子力(物理)はともかく、女子力(料理)はどうやっても勝てないのがよく分かった。チクショウ。

 でも、私は引かない。引くわけにはいかないのだ。


 夕食後、薬を飲んでうつらうつらと船を漕ぎ始め、いつしか眠ってしまった彼を横目に。私はメリーさんとリビングのテーブルをはさみ、何の気なしにテレビをみながら、静かに話を切り出した。


「メリーさん。あの……話したいことがあるんです」


 出来れば彼が寝ている今のうちに。そう暗に告げる。

 テレビで「ダンソン!」何て騒いでいる芸人にクスリとも笑いを漏らさずに、メリーさんは私を黙って見つめる。


 そう。確かめたい。彼女の想いを。

 その上で、はっきりと宣戦布告がくるなら受けて立つし。

 何より……私は彼女と単純にお話がしたかった。

 だって……。彼が唯一。私以外で心を許していて。

 私の推測が正しければ、私と同じく、彼を愛してるだろうから。

 そこには子どもっぽいとか大人っぽいは関係ない筈だし。もしそうだとしたら、悔しくて、油断はできないけれど、話自体は合うんじゃないか。そう思うから。


 交差する私達の視線。先に口を開いたのはメリーさんの方だった。「ま、そうよね。対話は大事だわ」そう呟いて。


「いいわ。じゃあせっかく女の子同士だし……。一緒にお風呂はいらない?」


 とても妖艶に微笑みながら、メリーさんはそう提案した。

 ……あれ? これ、女子力 (おっぱい)でも負けるフラグでは? なんて思ってしまったのは……内緒だ。

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