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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
シュラバーウィーク編
44/65

シュラバーは寝る場所と共に

 結局逃げるようにお風呂場に入った私は、いつもなら結構時間をかける入浴を、わりと大雑把に済ませてしまった。

 人様の家だから。彼が起きて、メリーさんと二人きりだから。とか、その辺も起因している。

 脱衣所に移り、身体の水気を拭っていく。鼻をくすぐるのは、ハチミツの香り。石鹸が凄くいい奴だった。何処で買ったのか切実に聞きたいけど、それを使ったら常にあの香りにやきもきしかねないので、ちょっと内心では複雑だ。


「んっ……」


 フェイスタオルで留めていた髪を解き、バスタオルを一端脱衣かごにかけ、持ってきたマイドライヤーに手を伸ばす。家主の許可は貰ってる。髪は命なので、ここは遠慮なく電気を使わせて貰おう。

 今素っ裸だけど、気にはすまい。ここには私と彼と、メリーさんしかいないのだから。

 電源を入れる前に耳をすます。二人の話し声は聞こえてこなかった。


 ※


 部屋に戻ると、彼が土下座して待っていた。思わず目を白黒させながらも、唖然として彼を見る私を、メリーさんはベッドに腰掛けたまま、苦笑いと共に肩を竦めていた。


「え? 何? どうし……」

「この度はぁ! 大変ご心配をお掛けしましたぁ~! ごめんよ綾ぁ! 出来るならハンドスプリングからのロンダートバック宙返りスライディング土下座したいけど、今僕これだから、踏むだけで勘弁してください!」


 ハンドスプリン……! 何それ見たい。超見たい。きっと格好いいに違いない。勿論最後を除けば。

 しかしまぁ、さっきの弱々しさは何処へ行ったのか。取り敢えず、いつもの調子を取り戻してる彼にホッとした。ここで踏みつけたら多分「ありがとうございますっ!」何てバカな事を言うだろうけど、止めておこう。一応病人だし、人前だし。関係を変な風に曲解されては困るのだ。


「……風邪、大丈夫なの? まだ辛いんじゃ……」

「え? 治ったよ? 綾見たら」

「……いやいやいや」


 そうストレートにそんな事言うな。恥ずかしい。それについさっき死にそうだったじゃないか。誤魔化してるのか。誤魔化して……。


「あ……」


 それに気づいた時、私は何とも惨めな思いに囚われた。

 ああ、心配させまいと。そうしてくれてるのか。

 思えば、彼はいつもそう。私に弱さを見せてくれた事なんて……。



「綾? お~い。どしたの? あ、心配しすぎた? 大丈夫だよ~。綾見る。僕治る。OK?」

「NOよ。寝なさい。寝ろこのバカ。……バカ!」

「あっるぇ~?」


 顔が真っ赤っかで……説得力ないんだよ。

 私が恨みがましい目で彼を睨めば、彼は頬を掻きながら、ちょっとだけ頭を振る。


「君が心配して。こんなとこまですっ飛んできてくれた。それが嬉かったのは本当だよ?」

「……じゃあ嘘つかないでよ。辛いし、寒いし、食欲もない癖に」


 ちょっとだけ滲んできた視界。立ち尽くしながら下を向いてると、彼はいつの間にか立ち上がり、私に近づいていたらしく。ポンポン。と、優しく頭を撫でられる。

 チョロイン乙。これでわたし


「そりゃ、まぁ……男の子の意地?」

「意地はる場所間違えてるわよ。バカ」


 辰がそんなだから、こっちはいつも……!

 感極まって、彼の胸板に弱めにダイブする。心配したのだ。これくらい許せ。

 触れあってる場所は、凄く熱くて。熱くて……。


「熱い……。熱っい! ちょっと! やっぱりダメじゃない!」

「何言ってるのさー。僕は平気だよ~? あれ? 綾が三人? うわっ天国か。ここが天国かぁ……。これ同時に甘えられたりなんかしたら僕昇天でき……」

「寝ろ! 寝ろ~! この、バカァア!」


 今日は優しい合気道。脳を揺らさぬよう。ダメージを与えぬよう、ふんわり彼をベッドに押し戻す。「綾が三人僕に……ふぅ……」何て台詞が聞こえた気がするが、無視。毛布をかければ、彼は少しだけ困ったような顔になった。


「……あー。うん、寝れば分かるこのダルさよ……」

「あ、夫婦喧嘩おしまい? なら竜崎さんの言う通り寝なさいな。無理して更に熱が上がったら、笑えないわよ」


 限界らしい彼を呆れたように見ながら、メリーさんはため息混じりに冷蔵庫まで歩いていき。冷凍室から氷枕を取り出した。

「女心わかってない奴」何て小さく呟く彼女に、全面的に同意した。こんな格好のつけかたなんて、笑えないのだ。


「新しいのよ。取り替えるから頭上げて」

「……ごめん、メリー。何かもう色々と」


 ヒンヤリとしたそれが気持ちがいいのか、彼は目を細めている。寝かせた私は手持ちぶさた。ただそれを見守るより他はない。何が出来るだろう? それだけを考える。


「着替えましょうか。彼女さん、持ってきてくれたみたいだし。ついでに汗拭くから脱いで」


 そうそう、それ大事。いつぞやのクリスマスに私がやられた時は彼が怖かったけど一応さっぱりして……ん?

 そこで私は、彼とメリーさんを二度見した。

 え? 着替え? 脱ぐ? ナニイッテルノ? コノヒトタチハ。


「流石に自分で拭けるよ」

「……フラフラじゃない。やるから無理しないで」

「……むぅ、じゃあお願いす……」

「ち、ちょっと!」


 たまらず割って入る。ひきつった私の顔に服を脱ぎかけた彼とメリーさんは、少しだけポカンとして……。


「あ……」


 謀らずも同時に納得がいったかのような顔をした。

 おい、気づいてなかったのか貴方達。


 まず辰!

 何ナチュラルに私以外の女の子の前で脱ごうとしてるんだ。

 てか、ご厚意に甘えるのはいいけど……。繰り返すが私の前って忘れてないですかねぇ? 蹴れってか? 蹴れってか?


 で、メリーさん!

 何で貴女は男の半裸を前にしてそんな自然体なんでしょうか? 照れとかそんなの超越して、逆に変な感動を覚えます。

 で、今気付いた。この人結構天然だ! 間違いなく。


 結論……。

 何、無自覚にイチャついてるんですか貴方達はぁ!

 泣くぞ。しまいには泣いちゃうぞ私!


「すんませんでした。だから綾、目のハイライト消すの本当止めて。怖いし、何かこう……来る。何か色々と目覚めそうなんでマジ止めて」


 汗いっぱいかいてる彼。やったね。きっと早く治るよ!

 ……しばらく口きいてやらん。


「……えっと、竜崎さん、お願いしていい? あのね。本当に気づかなかったの。他意はないわ」


 本当に無さそうだからこっちも扱いに困ってるんですけどねぇ?

 てかよかった。来てよかった。いや、悪いのか? 多分二人とも意識なんかしないんだろうから、私が指摘してしまったことで意識して、こう……今後何かあったら……。何それ困る。超困る。


「あ、綾。百面相してるとこ悪いんだけど、その……まずお礼を……。着替え持ってきてくれて、ありがとう」


 おすおずとそう告げる彼に、「ん」と、短い返事をしながら、着替えを手渡す。そのままバトンタッチな感じでメリーさんから濡れタオルを手渡され、ズイッと、彼の前に迫る。


「や、優しくしてネ……」


 あえて無視。


「ごめんなさい、綾さん! 返事してくださぁい! アレ? アレェ? 何か熱が引いてる? メリー! メリーィ! 体温計! 体温計持ってきて! これ治ったよ! 絶対に治ったよ!」

「メリーさんなら、外の景色見てるわ」

「私、メリーさん。今日はいいお天気ね」

「今は深夜だろ相棒ぉ! 助けて! 僕を一人にしないで!」

「……ふーん。私よりメリーさんに助けを求めるのね。この際だわ。聞きたいこと……いっぱいあるの」

「い、いや。君よりメリーを選ぶとか、そういう意味じゃなくて……。あの、何この構図。何でこう、修羅場っぽくなってるの?」


 都合のいい事に、今はシルバーウィーク。時間だけはいっぱいあるのだ。あ、シュラバーウィークとか、語呂よくない?


「あ……綾……!」

「……なぁに?」


 そんなコミカルな事を私が考えていると、彼はヒクヒクと、顔をひきつらせている。ふむ。熱の影響もあるんだろうけど、こんなに動揺した彼も珍しい。……まさか、本当に疚しいことがあるのではあるまいな。なら殺……許さん。

 一瞬芽生えかけた物騒な思考に蓋をすると、彼は笑顔で。


「え、えっと……せ、世界最大の生き物って、キノコなんだ!」

「うん、……それで?」


 沈黙。痛々しい程の沈黙。

 多分彼なりに和ませようとしたんだろう。けどごめん。


「遺言はそれでいい?」

「僕死ぬの? 汗拭いただけで!? どうやって!?」

「……摩擦?」

「そんな消ゴムみたいな終焉はイヤだぁあ!」


 首を横に振る彼をむんずと捕まえる。プルプル震える彼に、笑顔を見せる。

 ふだんさんざんベッドで私を泣かすのだ。こんな時があってもたまにいいだろう。てか、ちょっと私も楽しくなってる。そっか。クリスマスの時の彼は、こんな気分だったのかぁ……。


「……貴方が泣いても、汗を拭くのを止めないっ……!」

「せ、せめて泣いたら涙拭いてくださいっ……!」

「〝ジョジョ〟かしら? 面白い台詞多いわよね」


 取り敢えず。ちょっとした八つ当たりとパロディも入った汗拭きは、滞りなく終了した。

 余裕ないなぁ、とか、笑わないで欲しい。彼とメリーさんの無自覚な距離感には、ちょっと物申したい位なのだ。切実に。

 それと……。


 もがく彼を抑えながら、チラリとメリーさんを見てしまった時の衝撃が、今でも忘れられない。


 私の視線を感じたのか、すぐにポーカーフェイスに戻ったけど、見逃しはしなかった。

 少しの諦感を含ませた、哀しげで寂しげな。見ようによっては泣いているようにも思えた、あの切なそうな彼女の表情を。

 私達を見る視線に、一体どれ程の感情が詰まっていたのか、その時の私には推し量る事は出来なかった。


 後にその想いが、私と彼の運命に大きく関わる事となるのだけど。それは今語るべきではないだろう。

 ただ、私に分かることは……。



 ※


「恋人といる時の辰。初めて見たわ。案外愉快な奴になるのね」

「愉快ですまない場合もありますけどね」


 それから三十分もしないうちに彼は眠りにつき。私とメリーさんもまた、歯磨きやら済ませてから床についていた。部屋は豆電球だけを点け、薄ぼんやりとした世界に変わっている。そこに響くのは彼の寝息と、私達の小声な話し声だけだった。


「逆に、私、メリーさんといる時の彼……あまり知らないんです。多分それが本来の素なのは何となく分かりますけど」


 私の声色に滲ませた寂しさや少しの嫉妬を察したのか、メリーさんはクスクスと忍び笑いを漏らしながら、多分、どっちも素だと思うわ。と、言い切った。


「どっちも辰。おかしくなっちゃうくらい貴女を……愛しているのは、当然本物よ。……初めて見る分には結構ビックリしちゃったけど、〝男と女の付き合いには幾分かの狂気が混じるものよ〟同時にオカルトを追う本来の彼も嘘じゃない」

「狂気とは……言ってくれますね。まるで私達がバカップルみたいじゃないですか」

「いやいやいや。アレだけ見せつけておいて……ねぇ?」

 ため息混じりに。ちょっとだけ口を尖らせながら、「こいつめ。こいつめ」と、彼の頬をつつくメリーさん。……深呼吸一回。うん。大丈夫。あまり小うるさいのも考え物だ。だから、こういう重箱の隅をつつくような尋問は、今からするので最後にしよう。


「ところで、メリーさん」

「なにかしら?」

「あまりにも自然にこうなって、なってから、アレ? おかしくない? って思った事があるんで、言及してもいいですか?」

「……えっと。ええ。あら? 私また何かやっちゃったかしら?」


 メリーさんが、苦笑いしている。……したいのはこっちの方なんだけど。気づいてない。

 そう、私達は床についた。

 メリーさんの部屋にはソファーがなくて。ついでに、来客用のふとんもない。

 あるのはやたらデカいベッドだけ。

 ここで、寝相が悪いらしいので、ベッドの壁端にメリーさんが行き。真ん中に彼。で、隣に私。

 つまり三人川の字で寝てるわけだが……。さぁ、誰か物申したい方はいますでしょうか? ダメです。私が先です。

 因みに最初から川だったわけじゃない。最初は私と彼の二人だったのだ。

 以下回想。


 ごめんね。ベッドしか寝るとこないから、彼に添い寝してあげて。何て言ってきたので、私は内心で歓喜しながらも、「やむを得ませんね」と、クールを装い、彼の隣に潜り込んだ。

 潜り込んでから、「あれ? じゃあメリーさんは?」と、私は至極全うな疑問にぶち当たり、一度上体を起こした。家主はどうするのか。流石に悪いから、貴女が床で寝るなら。私も床で……。そう、私が思っていた、矢先の出来事だった。

 なんとまぁメリーさん、私とは反対側。つまりは彼の隣にごくごく自然に陣取ったのだ。

「……ふぇ?」

「じゃ、電気消すわよ~。一応、辰に何かあった時の為に、豆電球は点けておくから」

「アッ、ハイ」

 こうして、晴れて(?)川の字は完成し、さっきのやり取りへ至る。


 回想終了。

 ……訳が、わからないよ。え? 私がおかしいの? 気にしすぎなの?


「あの……。凄いナチュラルに同じベッドに入ったんで……。いや、家主さんですし。そこは……まぁ、アレなんですけど……何か、気のせいですか? 慣れてません?」


 メリーさんの顔が、「あ~」といったものになる。

 彼の身体が、ちょっと強張る。……ん?


「………………辰? 起きてるの?」

「………………ネ、ネテルヨー」


 そっか。そうだよね。因みに狸寝入りって、少し集中すれば見破れるんだけど、私はそれを怠ってしまった。修行が足りないな。もっと強くならねば。具体的には彼氏を眠らせ(物理)れる位には。


「ね。これは独り言よ。メリーさんと一緒に寝たことあるの?」

「………………ナ、ナイヨー」

「……私の目を見て話せる? 今の私のトレンドは、抜き手で鳩尾をブスリと……」

「ネ、ネカフェとかで疚しいことなく一夜明かした事はあります! Sir! 旅先でも布団は分かれてればちゃんと……」


 取り敢えず、耳をつねってあげた。分かれてればって、なんだ。てか、ここに泊まったりしたら必然的に……!


 ジトりとした目になるのは仕方ないと思う。メリーさんを見れば、困ったように笑ってて。


「流石にやむを得ないときは、背中合わせよ。恋人みたいに抱き締め合ってベッドに入った事はないわ。そこは、安心して」


 …………彼を見る。コクコクコク。と、涙目で頷いていた。

 私は本日最大級のため息を吐くより他なかった。だってそうだろう? これじゃあ、何処ぞのゲイに愛人認定されてても不思議ではないわけだ。


「風邪、早く治してね。……ね?」

「ハ、ハイ……」


 後で言及するわ。と、暗に告げながら、私はメリーさんを再び睨む。渡しませんよ? という気配を察したのだろうか。うん、察してるだけだろう。今後もこのスタイルは変わらないに違いない。

 そう、ただ、私に分かることは……一つ。


「……やっぱり、貴女は油断できませんね。メリーさん」


 よろしい。ならば戦争だ。看病合戦だ。見せつけてやる。

 変なスイッチが入った事を自覚しつつ、シュラバーウィークの初日の夜はふけていった。




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