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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
シュラバーウィーク編
43/65

シュラバーはジェラシーと共に

 結構前の話だ。私は彼に、「メリーさんって、辰にとって何?」そう問い掛けた事があった。

 その時彼は少しだけ目を見開いて、軈て少しの黙考と共に、「相棒……かな?」と、答えた。

 その答えを聞いた私は取り敢えず彼の両頬をつねり、限界まで引き伸ばした。

 痛い痛いともがく彼に「正・直・に! 包み隠さず!」と、迫ったのだ。

 どうして? と聞かれたら、女の勘としか答えられない。

 だってさっきの間は何だ。さっきの間は! 考えて相棒って在り来たりな答えなんて、認めたくなくて。私はその日、珍しく彼の領域に一歩踏み込んだ。

 知り合いや友人には勿論、あくまで他の人よりは緩いというだけで、私や彼の両親にすら、彼はある種の絶対不干渉な境界を持ち合わせている。踏み込んで嫌われるかな。ともチラリと思った。けど、その境界にメリーさんがいるのが私は何となく嫌で。頑として引かなかった。引けなかった。

 すると彼は観念したかのように肩を竦めながら、「わからないんだよなぁ……」と呟いた。


「最初はね。ただの興味だったんだ。あ~。僕と似たような奴がいるな~的な」


 彼は何処と無く懐かしむように、ポツリポツリと話し始めた。


「サークルを結成して、これが親友か……なんて、思った時期もあったなぁ。最終的に、それだけじゃなかったけど」

 親友だけじゃない。それを聞いた私の中で、友達を示す言葉が浮かぶ。親友。女友達。……それくらいしか浮かばない。私のボキャ貧め。何て思いながらも、私は彼の話の続きを促す。


「で、ごちゃごちゃ考えたんだ。でも答えは出なかった。ただ確かなのは、背中を預け合える関係なんだって事かな」

 身近って意味ね。と、彼は付け足した。私はその時、どんな顔をしていたか覚えていなかった。

「信頼できて、自分の弱さすら見せられる。こう言えば恋人に聞こえるかもしれないけど、勿論違う。名目上は相棒で通しているけど、果たしてそれも正しいのか。そんな名前がつけがたい関係なんだ」

 そう彼は締めくくった。

 その時私は、完全に錯乱していたのだろう。それを聞いた後に、そんな質問をしてしまった。彼は……本心ではどう思ったのだろう。

 傷付いたか。或いは私を傷付けたか、しょんぼりさせてしまったと、内心で沈んでいたのか。はたまた疑う私に少しだけ嫌な気持ちになっただろうか。確かめる術はない。


「……ねぇ、私は……私は辰にとって、何?」

「え? 決まってるだろう? 可愛くてしょーがない、僕の恋人だよ」


 迷いなく。淀みなく。彼はそう答えた。本来の私なら、大喜びする筈の言葉。

 なのに……傲慢にも私は不満だった。認めよう。酷い女だと思う。

 私の方は簡単に恋人。なのにメリーさんの方は具体的かつ複雑なのが不満だった。

 本来ならば、私達の方が確固たる関係だというのに。

 何処か、その関係を慈しみ、大事な宝物のように語る彼が気に入らなくて、不満だった。

 普段これ以上にないくらい愛してくれていると、自覚があるというのに。

 何よりも……。その関係が羨ましい。何て思ってしまった、私の中の矛盾が不満だった。


 彼は鈍感だ。私の気持ちに何年も気づかなかったから。

 酷い鈍感野郎だけど……大好きなんだから仕方ないのだ。

 好きだからこそ、憎らしくて、妬ましかった。


 ※


 駅からタクシーで五分もかからない場所に、目的地はあった。

 体感的に歩けば十分……。いや、もっと短いだろうか。

 辿り着いたその場所は、結構立派なオートロックのマンションだ。そこで指定された番号をプッシュすれば、すぐに応答が返ってきた。


「どうぞ」


 マイク越しにそんな声が響き、私は頭の上から爪先まで緊張しながら、そこに足を踏み入れた。

 階段をのぼる。場所は二階。そこの黒いドアの前に立ち、インターフォンを鳴らせば、ゆっくりと扉が開き、ハチミツみたいな甘い香りと共に知っている顔が出迎えた。

 と、同時に、私は雷にでも打たれたかのように固まってしまった。


 そこにいたのは、当然ながらメリーさんだ。整った顔立ちと、綺麗な亜麻色の髪。宝石みたいな青紫の瞳。シミ一つない柔らかそうな肌は、お風呂上がりなのか、少しだけ上気している。そして……。格好が問題だった。

 彼女が身に纏うのは、レースつきの白いネグリジェ。イヤらしくスケスケな訳でなく、しっかりとした材質の、露出の少ないクラシカルなもの。……彼が、好きそう。

 正直に言うならば、悔しいけど私は見とれていた。

 だって本当に、お人形さんみたいに綺麗だったから。


「いらっしゃい。竜崎……綾さん、よね。私の事覚えて……どうしたの?」

「い、いえ。何でも……ないです」


 固まる私に、怪訝そうな顔を見せるメリーさん。慌て首を振れば、メリーさんは私に中へ入るよう促してくれた。

 玄関から入り、右手にはお風呂場と洗面所。左手には恐らく御手洗い。そこから中に入れば、リビングとカウンターキッチンが融合した、一般より少し広めの部屋が私の視界に飛び込んできた。

 テーブルをはじめとした家具は皆、モノトーンを基調とした女性にしてはシックな部屋。大きめと小さめな二種類の本棚にはぎっしりと本が詰められて。その斜め横にテレビがある。


 そして……。


 そことは対極に位置する窓側。薄紫のカーテンの下に、独り暮らしのわりにはいささか大きすぎるベッドの上で、彼は熱冷まシートを額に当てて静かに寝息を立てていた。


「生憎、竜崎さんから電話が来た時には、既に眠っていたの。夜中だし、朝まで寝た方がいいだろうから、起こさないであげてね」


 口元に指を添えて、「シィー」というジェスチャーをしながら、悪戯っぽく微笑んだ。

 小さく頷き、手持ち無沙汰になった私は、メリーさんに再び促される形で、その場に腰かける。

 メリーさんもまた、白いテーブルを挟んで、私と対面になる形で腰かけた。そして……。


「…………」

「…………」


 沈黙! 圧倒的沈黙! 気まずいってレベルじゃない。寧ろ押し掛けてきてこんなこと言うのもあれだけど、私来ない方がよかったんじゃ……。いや、でもそれだと彼とメリーさんが一夜……。うう。


「お風呂は?」

「ふぇ!? あ、まだ……です」

「……同い年よね? 敬語なんて使わなくてもいいのに」

「い、いえ、そういう訳には……」

「そうなの? まぁ、いいわ。よかったら入ってきたら? 服は貸すわよ?」

「あ、着替えは一応あります。彼のも」


 テンパる私に話題を振ってくれたメリーさん。けど、私はまだ混乱していて、当たり障りのないことしか話せなかった。


「てか、彼、服は……」

「ああ、私のネグリジェ着せるわけにもいかないし、ジャージとTシャツをね」

「ジャージ、持ってるんですね」

「私を何だと思ってるのよぉ……そりゃスポーツの類いは苦手だけど」


 走るのは自信あるのになぁ……と、苦笑いするメリーさん。それがおかしくて、私も思わず顔が綻ぶ。そんなとこまで、彼と同じなんだ。

 そう思いつつ、私は気を取り直して、「もう寝ますよね。メリーさんも」と聞けば、「うん。遠慮しないで、お風呂どうぞ」と言ってくれたので、お言葉に甘えて私は立ち上がる。

 リビングを出て、脱衣室のドアに手をかける。うーむ。そういえば自宅以外の部屋でお風呂とか久しぶりな気がする。


「……あら、起きたの?」


 何て考えていたら、メリーさんのそんな声が耳に飛び込んできて、私は思わずぎょっとする。起きたって……彼が!?

 思わずその場で身体を翻えし……。少しだけ考える。

 彼はまだ、私が来てることを知らない。メリーさんも、私がお風呂に入ったと思っているだろう。なら……。


 それは、邪な想いだった。

 そっとリビングまで引き返し、こっそり覗きこむ。私の目に入ってきたのは……。


「平気……ではないわよね。喉とか……乾いてない? お腹すいてる? 寒い? 熱い?」

「そう、だね……わりかし辛い。喉は乾いたけど……食欲はないかな。で……寒い」


 そこにいたのは、見たこともないくらい憔悴しきった彼と、その傍で心配そうに寄り添うメリーさん。

 私が見たのはそれだけ。だけど……今までに無いくらい、胸が締め付けられた。

 背中を預け合える関係。その単語がリフレインする。


「あ……」


 二人に聞こえないよう、声を押し殺す。

 何でだろ。どうしてだろ。あの二人は、ただ近くで会話してるだけ。それだけなのに……。


 どうしてこんなにも、胸が苦しいんだろう?

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