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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常編その3
42/65

穴を埋めるべく

 昔々……といっても、二年半位前の話をしよう。

 何をそんないきなりと言われたら、ちょっとあるCMを見て思い出してしまったから。としかいいようがない。

 彼は腹が立つ事に……ではなく、彼は本日はサークル活動に行っている。ので、まぁ淋しい……何てことはないけれども、暇になった私は、リビングでクッションを抱きながらテレビを見ていた。

 時計の針は午後七時を指している。朝に出ていった彼には、「今日は晩ご飯食べてくるよ~」と、言われてたりするので、私はコンビニのお弁当で既に夕食を済ませて……、拗ねていた。


 今頃は外食だろうか? いいなー。いいなー。何て投げ槍気味な刺々しい台詞が口から飛び出す。

 別に、外食に行った事がない訳ではない。彼氏彼女だもん、そりゃあ行く。お洒落なレストランだとか、ちょっと良さげな老舗とかにはデートの後に行ったりもする。もっとも、彼の手料理だって負けないくらい美味しいから、普通に家で夕食のルートも多いけど。

 では何に不貞腐れているのか。答えは……。何だそれはと言われそうなものだけど、メリーさんとの夕食が、私とは明らかに違うことなのだ。


 私の場合。デートの後に基本ちょっと背伸びしたレストラン。たまにガストやらサイゼリアといったファミレス。あと彼の手料理。


 メリーさんの場合。基本ファミレス。たまにサークル活動先で見つけた料理屋さん。あと、メリーさんの手料理。


 彼女なら何が不満だと言われそうなものだ。私に気合い入れてくれて、〝友達〟たるメリーさんとはそこそこ。それはいい。何だか彼からしたらメリーさんの方が気楽なんじゃないかとか思わなくもないが、きっと隣の芝はなんとやらな話な筈だ。けれど……。芝なんて引っこ抜いてみた末に残る問題は、最後だ。


「どーせ私は、料理出来ませんよーだ」


 月に一度位は、メリーさんの部屋で夕食を御馳走になってるらしい。

 招かれたから行っただけで、疚しい事などないんだろうけど、やっぱり恋人としては面白くない。ないったらない。

 けど、「行かないで」なんて言える筈もなく。だってそれでは、本人達は友人として会ってたのに、私が邪魔してるみたいではないか。


 悶々としていたからだろうか。彼が地味に酷い目にあった時の事を懐かしみ、吹き出しそうになったのは。

 せっかくだから、軽く回想してみよう。


 ※


 あれは、彼と付き合い始めホヤホヤな、高校生の頃にあった話だ。昼休みにした友達とのガールズトークで、その……コンドームの話になった。

 何の話をしてるんだと言われそうなものだが、実際のガールズトークなんて大半が下品か下らないものか、エグいものであるので、文句は言わないでほしい。

「綾たんはエロ……じゃなくて、可愛いから、滝沢が暴走したら身を守らなきゃ」

 だとか。

「綾。取り敢えず、ここにバナナがあるから、口で付ける練習をしようか。大丈夫。私が完璧に動画に残してみせよう」

 なんて酷い内容だったのを覚えている。ついでに、「さりげなく薬局に誘え」なんてのまで言われて、私が級友にアイアンクローをしたのは、まぁちょっとしたご愛敬。あと、当時の彼は今ほど変態ではなかったので、「辰が暴走するなんてありえないもん!」的な事も言ったっけ。……当時の私に、今のバカもとい彼を見せてあげたいものだ。切実に。

 だからだろうか。その日彼と一緒に校門を出て、放課後デートにちょっぴりドキドキしていたら、彼が急に「デートに行く前に薬局に寄ってもいいかい?」何て事を言ってきた。

 高鳴る心臓。紅潮する顔。そんな、まだキスもしてないのに、早すぎ……。何て思いながら、私が「何買うの?」なんて目を泳がせながら問うと、彼はとんでもない爆弾を落としてきた。


「ちょっと、ボラギノールをね」


「……ふい?」


 多分過去最大の衝撃だった。メリーさんも私に多大なダメージを与えたけど、この時の衝撃には敵うまい。

 因みに、その時の私がした反応は彼が痔になった。なんて心配ではなく……。


「……酷い」

「へ?」


 今思い出しても恥ずかしい。だって……だって……。


「そっちの趣味があったなんて……! 私は遊びだったの!? 酷い! 酷いわ!」

「ちょ……! 綾!? 待って待って待って! 酷いの君! 君の勘違いぃ!」


 正直、頭が真っ白になって、混乱していたのだ。だからこそ、あんな斜め上の解釈をしてしまったのだろう。

 振り返れば振り返る程に、申し訳なく思う。

 何故かと言えば誤解でマジ泣きしかけて、彼を困らせてしまったのもあるけど、一番の問題は校門でそのやりとりをやってしまった事だったりした訳で……。


「滝沢先輩……ウソ……」

「龍崎先輩、可哀想」

「よし! よし! リア充爆発! 爆発しろ! 放課後デートとかマジでふざけんな死ね!」

「……ウホッ」


 結果、大惨事である。

 彼は最後まで、ひきつった顔をしながらも、誤解を何とかせんと必死になっていた。




 ――一時間後。


「近年稀に見るくらい、酷い目にあったよ」

「……何かごめんなさい」


 薬局を抱えたホームセンターに到着した私達。

 風評被害やら、お父さんが「綾! お父さん今日休みだから、バーベキューしようバーベキュー! ララちゃんと……仕方がないから辰君も呼んで!」というラブコールがかかってきたりしたお陰で、大分時間がかかってしまった。

 田舎の高校ゆえに、噂の広まりは早い。後々の話になるが、お陰でしばらくの間、彼は学校で肩身が狭かったのだとか。

 因みに真実は、彼のお父さんが痔になって、そのあまりの痛さに彼にSOSを出したからだったらしい。つまり、単なるおつかいだったのだ。


「バーベキューやるなら……デートはまた今度かな~」

「そうね。てか、普通にデートする気だったの? おじさんからSOS来てたのに」

「……年頃の息子にそんなもん買わせる父親に、ちょっと仕返ししてやろうかと」

「止めてあげて……」

 痔の痛みは分からないけど、やっぱりかわいそうだ。

 一緒に例の箱……ボラギノールを探す。まさか彼氏とこんなのを漁る羽目になろうとは思わなかった。

 というか……。


「綾? 何キョロキョロしてるの?」

「え? ううん、何でも、ない」


 制服で薬局にいる高校生男女二人。変な風に思われないかな。何て思った瞬間、視界の端にとある箱が飛び込んできて……。


「あ……う……」

「……綾? おーい。綾~?」


 顔が赤くなっているのを自覚しながら、目を逸らす。駄目だ。これじゃ私が変態みたいじゃないか。恥ずかしい。

 てか何であんなに種類あるの?

 ゼロゼロスリーとか0.01と0.02とか……何が違うの? 何か明らかに禍々しいのまで……!


「……あー。綾。あのね。僕ら高校生ですし。おすし。そりゃあ君とそうなれたらなぁ何ては思うけど、僕らまだ付き合いたて……」

「ち、違うわ! 何言ってるのよ! み、見てたのは……。そう! 粉ミルク! 粉ミル……ク、よ……」


 盛大に自爆した。

 何だそれは恥ずかしい。すっ飛ばし過ぎだ。

「あ、あうう……」何てアホ丸だしなうなり声を出して項垂れる女子高生がそこにいた。というか……、私だった。

 そんな私を彼は優しく。ぽんぽんと、妹のララちゃんにするみたいに頭を撫でて。


「うん、凄く可愛くて、出来るならここで抱き締めちゃいたいんだけど……。公共の場だからそれは止めとこう。」

「何よそれぇ……」


 今なら顔から火が出せそうだ。十七歳にしてメラガイアーとか放てそう。ボス戦で重宝するに違いない。

 そんな私を、彼は優しい笑顔で見つめたまま。「見つけたし、帰ろ」と言って私の手を引いた。


 私より大きな手。ゴツゴツしてるのに細い。綺麗で色っぽい指が、私を絡めとる。

 この手につつまれたり、髪に触れられるだけで、私がどうにかなっちゃいそうになるのを、彼は知っているのだろうか。

 無意識なら、このタラシとでも叫んでやりたい。蹴ってやりたい。それで……。


「……もしいつかそうなれたらさ。僕、多分今以上に君にメロメロになる気がするよ」

「辰は……分かりづらいわ。たまに遠くに行っちゃいそうで、不安になるの。……てか、度々行方不明になるし」


 少しだけむくれながら、私が抗議の声を上げれば、彼はやれやれというように頬を掻く。


「う~ん。意外と僕一途なんだよ? 君が思ってる以上に君が好きなんだけど?」

「……うん」


 知ってる。でも貴方は鈍感だから。


 お付き合いする前、周りの皆から「付き合うも何も滝沢と龍崎は夫婦みたいなもんだろ」何て言われて、私が内心で悶えてたなんて、貴方は知らないだろう。


 そんな事言われるずうっと昔から貴方が好きで、好きで大変だったこと。貴方は知らないだろう。


 ノートごしの告白。覚えてるだろうか。放課後。誰もいない教室で、自習用ノートに私が何の気なしに書いた、「辰が好き」って言葉。そのまま冬の空気と暖房の魔力に負けて、机でうたた寝してしまい……。起きたら前の席に辰が座っていた。あの時私がどんなに焦ったか。貴方は知らないだろう。


「ぎゃー!」何てリアルに叫びながらノートを閉じようとした時、私の書いた言葉の隣に、「僕も綾が好きだよ」何て一文を見つけて。私の世界が一瞬にして静寂に包まれた事。貴方は知らないだろう。


 改めて「貴方が好きです」と伝えて、やっと言えた……。と、泣いてしまった私。抱き寄せて、「僕も」と、しっかり言葉にしてくれた日。私がどんなに嬉しかったか。貴方は知らないだろう。


 叫びたくて。蹴りたくて。それで……私だって貴方が思ってる以上に、貴方が大好きなのだ。


「手……繋いで帰りたい」

「了解。〝恋愛が与えうる最大の幸福は、愛する人の手を初めて握ることである〟……間違いだね。初めてじゃなくても、こうして手を繋ぐ度に、僕は最大級に幸福だよ」


 ……時々何を言ってるのか分からなくなるのが、たまに傷だけど。それも含めて彼なのだ。



 こうして私と彼は家に帰る。何の気ない高校時代の一ページだった。

 ……とまぁ、これで終われば話は簡単だったのだけど。


「しばらくは控えなさいね。あと、そっちの穴でヤルにしろ、ゴムはつけなきゃダメよぉ? 全く。最近の若い子は進んでるんだから……」

「……はい?」

「……ふぇ?」


 事件は、会議室ではなく、レジで起きた。

 会計のおばさんの一言で、私達の思考が封鎖され、周りからはヒソヒソとあらぬ誤解を受けた目で見られる。そして……。


 ドサリ。と、重いものが落ちる音がした。私と彼が振り向けば、そこには買い物袋を取り落としたお父さんがいた。

 ……バーベキュー用の炭を買いに来たらしい。だが、そんな事実はどうでもいい。彼の手が、尋常ではなく汗ばんでいた。

 フゥー。と、長い長い深呼吸をするお父さん。あ、ヤバイ。何て思ったけど、これはどう説明したものか。


「ギルティ……。禁忌を冒すレベルに、ギルティ……」

「あ、あの。おじさん、誤解……」

「辰君」

「アッ、ハイ」


 あれ? 説得無理そうだぞコレ。そんな内心での呟きは、お父さんの一歩前進と、彼の一歩後退で確信に変わった。


「バーベキューをやるんだ。君も材料になりたまえ。串も新調したよ?」

「いや、あの……僕、〝アミルスタン羊〟はちょっと……」

「は? アルデバラン執事? 何言ってるの君? 頭のネジでも外れたかい? 君が材料になれと言ってるのさ」


 何だろう? アミルスタン羊。高級な羊肉ってこと? 今度調べてみようか。

 私がそんな事を考えていると、お父さんはその場で準備体操を始めた。すると彼は涙目になりながら、何処か名残惜しそうに私の手を離した。


「あの……。おじさん、バーベキュー全力で準備手伝いますから、話を……」

「それはなるまい。君の命は、流星の如く墜ちるのだ。晩餐など不要だろう。という訳で……」


 無駄に洗練された動作でクラウチングスタートの型を取るお父さん……には脇目もふらず、彼は逃げ出した。直後、お父さんの方から、ダン! と、床を蹴る音がして……。


「串刺しにしてやるぅぁああ!」

「い・や・だぁああぁあああ!」


 何だかもう恒例になりつつある、追いかけっこが始まった。

 ……最近お父さんの愛が重い。そう思い始めたのは、私がお年頃だからだろうか。取り敢えず……。


「あの……これの会計……私がやるの?」


 結局残されたのは、ボラギノールを買う女子高生という、あんまりな絵面だった。

 ちなみに、然り気無く彼のお母さんに事情を話しつつそれを渡したら、後日おじさんに泣いて感謝されたのは、また別のお話だ。

 それを見たララちゃんが物陰からニヤニヤしながらおじさんを見ていたのは……見なかったものとした。

「ララちゃん日記。パパ苦労人だね。かっこ笑い」

 ……笑わないであげて。


 ※


 色々酷いなぁ。なんて、回想しながら思う。

 こうして振り返ると、当時の彼はまだ普通。もとい、影がある男の子だった。

 メッキが剥がれたというか、変態した……じゃなくて、変態になったのはいつからだっただろうか。

 ……確か、受験が終わってからだ。

 受験で上京した彼。向こうのホテルに三泊くらいして帰って来て。……多分それからだ。

 色んなタガが外れて、何かが解き放たれたのだろう。

 因みに私は学部やら第二希望やらの兼ね合いで、彼とは会場やら日程が違っていたが、結局こうして同じ第一志望の大学に入れたのは幸運だと言うべきか。


 こうして一年過ぎ。二年目に差し掛かると、色々あったなぁと思う。

 何の気ない日常や、夏休み。ハロウィン。クリスマス。お正月。節分。バレンタイン。ひな祭り。ホワイトデー。お花見に、七夕。

 何だかんだいって、いい思い出ばかりだ。


「……なんだろ。ちょっとほっこりしたわ」


 この幸せが、いつまでも続けばいい。そんな事を考えながら私はソファーの上で微睡みに落ちていった。

 こんなところで無防備を晒すのはどうかと思う。帰って来た彼にイタズラされちゃうかも……。少し位なら許してやろう。でもハチミツの香りさせてきたら許さん。慈悲はない。そんな事を考えながら。


 ※


 異変は、私が眠りの世界から帰還した時に起きていた。

 欠伸混じりに時計を見て……。私はすぐに違和感を覚えた。

 夜の十一時半。結構ぐっすり眠ってしまったらしい。何て現実逃避は直ぐ様止めて、私は迷子になった子どものように、辺りを見回す。


「し……辰?」


 部屋はしんと静まり返っている。人の気配はない。

 そっとスマホを確認するも、彼からの連絡はなし。

 帰れないとき。夜十時を過ぎるときは、お互いに連絡する。共同生活を送る上で私達が決めた決まり事の一つだ。今まで破られたことはないそれ。

 彼は結構マメな性格だ。外出先で携帯の充電を切らす。なんて状態にはなった試しはない。

 

「……っ、辰?」


 いないのに、声を出してしまう。本当はもう帰って来ていて、寝てるだけなんじゃ……。有り得ない。彼なら私をソファーに寝かせたままになんて絶対にしない。

 ましてや私は特にバイトやレポートに追われ、疲れていた訳でもない。うたた寝してただけ。尚更彼は起こすなりイタズラしてくるなりする筈なのに。


「……っ」


 言い様のない不安に襲われ、LINEで彼にメッセージを送る。


「今日帰って来ないの?」

「何処にいるの?」

「連絡頂戴」


 十分。十五分待っても、アプリに既読の文字は付かなかった。

 事故に巻き込まれた? スマホが壊れた? ただ電車とかで寝過ごして、遠くにいる? それとも……。


 あらぬ想像が浮かんでは消えて、私の不安を加速させる。

 心にぽっかりと穴が空いたような。そんな気分になりながら、私はスマホの電話帳から、彼の番号にダイヤルする。


 コールが一回、二回。

 反応は無い。


 三回。四回。

 誰も出ない。


 五回。六回。

 視界が歪む。


 七回。八回。

「出てよ……! 辰……!」


 九回。十回。

 不安で押し潰されそうで。でも切ることが出来ずにいたその時だ。受話器の向こうで、微かな音がした。


「し、辰!?」


 ……出てくれた! 安堵の波が押し寄せたその瞬間。


「もしもし?」


 と、高めの知らない声が応対してきた時、私の思考は凍りついた。

 誰? 女の人? そんな感情がぐるぐる交差して……。


「……私、メリーさん。と言えば、貴方にはわかるかしら?」


 その瞬間。氷が溶けるように、私の回路は復活した。


「……これ、辰の。私の彼氏の番号なんですけど」


 自分でもビックリするくらいに、冷ややかな声が出た。

 それに気づいて慌てて咳払いし、私は今一度、「どうしてメリーさんが出るんですか?」と、問い掛けた。


「……どうしてだと思う?」

「……質問に質問で返さないで下さい」

「失敬。そうね。今の彼を簡単に説明するなら……私のベッドで、ノックアウトになってるわ」


 危うくスマホを握り潰しそうになるのを、何とか抑えた。血がこんなにも瞬時に沸騰しかけたのは初めてで。

 絶望の黒が、私を塗り潰していく。

 ベッド? ノックアウト?

 え? ナニしてるの貴方達。人がこんなにも心配してたのに。

 というか、こんなのまるで……。


「取り敢えず、今夜はうちに泊めようかと思うんだけど」

「代わってください」

「え?」

「彼に代わってください」

「……えっとね。あの。だから辰は、今……」

「じゃあメリーさんが説明してください。当て付けですか? 奪ってやったぞって。そう宣言したいと? ……流石に、酷く……ないですか?」


 視界の滲みが、凄いことになっていく。信じてたのに。信じてたのに。

 こんな……幸せを感じて目が覚めたら……まるで魔法が解けちゃったみたいに……。


「……洒落にならなそうな勘違いしているみたいだから、弁明させてもらうけど、文字通りノックアウト状態なのよ。電話に出る気力もないくらいに」

「……そんな……に……! なるくらい……!」

「熱が39度。風邪だとは思うけど、凄く苦しそうなの。だから無茶はさせないであげて」

「さぞかしお楽しみでしたんでしょう………………ふぇ?」


 ん? メリーさん、今何とおっしゃいました?

 39度?

 風邪?

 ……それって。


「えっと……」

「多分。仮に、万が一、彼とベッドインなんてしてたら……嬉しくて私もノックアウトされちゃうわ。電話なんて出れないと思うの」


 何か凄い聞き捨てならない事を言われた気がするけど、今私はそんなの気にするより、羞恥が勝った。


「というか、その、流石にそこまで神経太くないし」

「アッ、ハイ」

「ついでに誤解しないように言わせて貰うと、私、処女よ。彼とセックスは……したことないわ」

「……あの」

「なにかしら?」

「…………ゴメンナサイ」


 また勘違いしてました。はい。

 恥ずかしすぎて、穴があったら入って埋まりたいです。

 そんな私に、メリーさんは受話器の向こうでクスクス笑いながら、「いいわよ。私も言い方悪かったと思うし」と、言ってくれた。面目ない。

 取り敢えず。聞いた情報を整理すると。

 二人が秩父の山中にて迷子になっていた所で、運悪く彼だけが川に落ちたらしい。で、そんな状態にもめげずに何とか山より帰還したものの。適当に服を買って着替えても時既に遅し。

 熱を出し、フラフラな彼を見かねたメリーさんは、帰りの電車からは自分の部屋の方が近いという事で、そのままお持ち帰り……ではなく、保護。看病してたら今に至るとの事らしい。


「何で秩父の山でオカルト研究サークルが遭難するんですか」

「色々あったのよ。……色々」


 聞くのが怖いので止めておいた。

 ともかく、彼が動けるようになるまでは部屋においてはどうか。そんな提案が提示される。それを聞いた私は……。


「……なら、今から伺いますけど、宜しいですか?」


 迷わず行動方針を決めた。

 理由など聞かれるまでもない。彼が心配だから。それだけ。


「終電間際よ? 女の子が一人で歩くには……」

「私は強いので。最寄り駅って……確か路線一本でうちから四駅くらい離れてるんでしたっけ?」

「彼から聞いたの? そうね。その通りよ。場所は……」

「住所教えて下さい。タクシー使います」

「……アグレッシブねぇ。じゃあ言うわ。メモの用意はいいかしら?」


 聞き出した住所を手帳に挟み、また後でと電話を切る。

 一応彼と私の着替えを持つ。取り敢えず一日分。いや、もっと? そう思いながら、携帯の時間を確認する。……急がなきゃ。と、思いつつも、何て偶然かと苦笑いが漏れた。


 彼が風邪で、その友人宅から動けない。そこに私は突撃せんとしている。普段ならば、大学とか色々あって、そこまで思いきった行動は出来ない。

 けど今は。

 今この次期だけは、そんな大胆な事も可能になる。

 九月にある、大型連休。


 今は……シルバーウィークなのだ。


「……まぁ、そうよね。いい機会かも」


 少しの緊張を孕みつつ、私はペチンと両頬を叩く。メリーさんとは、一度しっかり話してみたかったのだ。

 というか、然り気無く弱った彼の看病を主張する辺り、やっぱりあの人は油断ならないではないか。ちくしょうめ。



 こうして、大型連休に起きた、異色のお泊まり会の火蓋は切って落とされた。

 シルバーウィークならぬ、シュラバーウィークがやってきたのだ。

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