女は顔に出さずに株を下げる
手に下げた買い物袋を揺らしながら、私はマンションにたどり着いた。
今日は色々と運がいい。予想していたよりも早く講義が終わったこともあり、夕食の買い出しをゆっくりすることが出来たのだ。
買うのを買っても料理するのは彼という事実は少し悔しいものがあるが、この大学帰りの買い物は嫌いではない。
彼と一緒なら軽い新婚さん気分も楽しめて……。
結構恥ずかしい事を考えている事に気づき、慌て頭を振る。
顔が少し赤いのを自覚しながら、夜は一緒にお酒でも買いにいこうか……。
そんなことを考えながら私は鍵を回し、部屋へと帰宅した。
玄関に、自分と彼の以外の靴が一足。男物の靴だ。友人でも招いているのだろうか。玄関に置いた鏡で、軽く身だしなみをチェックしてから、私はリビングへと足を進める。
「ただい……」
「オレのターン! カードを一枚ドロー! 手札から魔法カード、『集中講義』をプレイ! このカードが場にある限り、オレは四ターンの間、ターンの始めに二単位入る!」
「ならば僕はトラップカードを発動。トラップカード、『教授の病欠』。このカードは魔法一つの単位が得られるという効果を単位を落とすにという効果に書き変え、さらに次に雄一が使う講義系の魔法カードの効果全てを半分にすることが出来る」
「な、なにぃ!?」
「さて君のターンは終わりだね? じゃあ僕のターンだ。カードをドロー。そして『レポートの難航』を使うよ。この効果により、単位を得るまたは、単位を落とす際の数字が二倍になる」
「ぐぬっ……ということは……!!」
「そう。雄一は毎ターン四単位、計四ターンで十六単位落とすことになるね」
「ぐ、クッソォ……!! だが、まだだ! この『受講停止』のカードで『集中講義』を解除すれば……」
「甘いね。魔法カード『両親との確執』と『強制参加の飲み会』を発動。まずは『両親との確執』によって三ターンの間仕送りがストップする。そして『強制参加の飲み会』により雄一と僕のお金は0になる。僕は毎ターン仕送りのお金が入るが、雄一は三ターンの間お金が入らない……これで『受講停止』のコストは払えない!」
「ぐぐ……両親との確執に悩むオレに強制参加の飲み会の金を払えだと? 悪魔かお前は! それでも人間か!」
「いやだなぁ、雄一君。そんな時だからこそ飲むんじゃないか。さて、3ターンもあれば君を置き去りにする算段も付くというものだね……ターンエンド。まずは4単位落としたまえよ」
「ぐぐぐ……親と仲良くしていればぁ……!」
……何だコレは。
それが素直な感想だった。部屋に入るなり飛び込んできた目の前の光景に、私は立ちつくす事しか出来なかった。
部屋に帰ると、彼が友人らしき男の人と、テーブルを挟んでカードゲームを楽しんでいたのだ。
「あっ、おかえり綾」
私の存在に気づいた彼が、ヘラッとした様子で手を振る。飄々とした態度に肩を竦めながら、私はテーブルに散らばるカード群をざっと眺める。
「これ、手作り?」
「そ。『大学王』先に卒業単位を満たして、就職すれば勝ち。因みに、他の特殊勝利条件に、進学、ニート、ヒモ、自分探しの旅が……」
「あ、うん、もういいわ」
それ以上聞きたくなくて、私は強制的に話を中断する。色々と酷いカードゲームなのは、間違いなさそうだ。
「あ、彼は大学の友達で、秋山雄一。このカードゲームのテストプレイに協力して欲しいって言われてね。ゲーム研究会に入ってるんだ」
さらりと紹介され、私もそのまま、秋山君に会釈する。
「あ、はじめまして。竜崎綾といいます。彼の……――」
そこで私は、電撃でも受けたかのように硬直した。
ふとした迷いが、私を追い詰めていた。この後、どう繋ぐべきなのだろう?
彼が、いつもお世話になっております。
……何だそれは。妻気取りか。それは恥ずかしい。
彼女です。
……ストレート過ぎる。恥ずかしい。
彼とはただならぬ関係です。
……ダメだ。何かダメだ。恥ずかしい。私の頭の中が。
彼の同居人です。
……無難だ。コレにしよう。
「――彼の……」
「ちょ、ちょっと待てぇええ!」
ようやくついた決心は、秋山君の言葉で遮られた。
ビックリして秋山君を見ると、ワナワナと唇を震わせながら、私と彼を交互に見ていた。
「辰、お前……彼女いたのかよ!」
「アレ? 言ってなかった?」
あっさりと彼女宣言されてしまう。私の一瞬の悩みとはなんだったのか。でも、それに嬉しく思う私も大概だ。恥ずかしいとはなんだったのか。
そんな私の内心での複雑な心情変化をよそに、男二人は白熱していく。
「てか……待て。さっきただいまって……まさか」
「うん、一緒に住んでる」
「キッサマァアア!」
バンバンバンと、テーブルを叩きながら、秋山君は百面相する。裏切り者! だの、童貞仲間だと思ってたのに! といった叫びがこだました。
「俺らまだ大学一年だぞ!? まだ六月! 入学して二ヶ月ちょいだ! 展開早すぎるだろ!」
「ああ、彼女とは、田舎から一緒に上京して来たんだ。双方両親からは許可とってるよ」
「親公認……幼馴染み……だと!?」
色々と暴露されている気がするのは気のせいだろうか? だが、こうなった以上なるようになれだ。変な事を言い出したら、訂正すればいいだろう。
半ば諦めの感情を抱きながら、私は取り敢えずクッションを引っ張りだし、適当な所に腰かける。
「……お前、まさか……毎晩か! 毎晩なのかこの野郎!」
私の中で秋山君の株が下がる。本人前にしてそれはない。いや、OKな女の子いるかもしれないけど、私は――。
「ふざけるな! そんなにやったら、綾の身体がもたないだろ! 最近は週五くらいに抑えてるよ!」
おい、待て彼氏よ。下げられたいのか? 物理的にマンションの地下までめり込まされたいのだろうか?
「マンネリしちまえ!」
「悪いね。それとは無縁なもので。こないだなんか裸エプロ……」
気が付けば、私の踵が彼の頭に急降下していた。
「な、何か凄い音が……」
「秋山君」
顔をひきつらせながら秋山君は口をパクパクさせる。完全に沈黙した彼を膝に乗せながら、私は極力にこやかに口を開く。
「今日聞いたことは忘れてくださいね」
頭を撫でると、彼にたんこぶが出来ていた。少しやり過ぎた事に反省しながら、私は再び、秋山君に微笑みかける。
秋山君は、ただただ頭を上下に振った後、「あ、お邪魔虫退散しまーす!」とだけ告げ。一目散に逃げ出した。
残された私と彼。そして――。
「起きてるんでしょう? 何か言うことは?」
ビクリと、彼の肩が跳ね上がる。油の切れたロボットのように、彼の顔がゆっくりとこちらへ向く。
「え、えっと……彼女の紹介って、つい舞い上がるよね?」
女の私に同意を求められても困る。だから私は、悪戯をするように彼の頬を指でつつく。恥ずかしいのを我慢して、あまり話さぬ本心を述べる。
舞い上がってくれるのは嬉しい。
愛してくれているのも知っている。
けど……。
「……その、恥ずかしいから、ああいう事は他の人に言わないで。……貴方だけ知ってて欲しいのに」
五回とか。そういうの。勿論受け入れる私も私だけど。
少し涙目だったのが、効果覿面だったのだろうか。
数秒後、彼は稲妻に打たれたかのような顔をして、今までにないくらい綺麗な土下座を披露した。
久しぶりに、彼に勝てた気がして、少しだけほくそ笑んでしまったのは……内緒だ。
ついでに、その後ベッドでさんざん負かされたのは……忘れる事にしようと思う。