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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常編その3
39/65

メイド・イン・クレイジーランド

「メイド服って素晴らしいと思うんだ」

「ローキックってリスクなく敵を無力化出来るから素晴らしいと思うのよね」


 私が大学から帰って来て早々、バカな事を言い出した彼に、私はそんな言葉を返す。

 ローキックはいい。

 ハイキックのように脳を揺らすわけでもなく。ミドルキックのように内臓を破壊する心配がなく。ドロップキックのようなオーバーキル感がなく。回し蹴りのように隙が大きいわけでもない。

 無駄を省いた、制圧の一撃。

 鍛えるのが難しい腿裏にヒットさせれば、どんな男も落とせるのよ。とは母さんの弁。

 私の(ハート)は、腿の痛みと共に貫かれたのだ。ママの魅力の前にな。とは父さんの弁。

 落とすの意味違う! とか、お義父さんそれでいいの? とは彼の弁。

 リスクなくとは言ったけど、当てる場所によっては関節破壊も出来ちゃうのよね。とは私の弁だ。


「メイド服っていいよなぁ……」


 それでもチラチラこっちを見てくる彼は、色々な意味で変態……じゃなくて大物かもしれない。

 部屋のソファーに腰掛け、タブレットに指を這わせる彼。やってる事はネットサーフィンする学生だが、その実ディスプレイを覗けば、二画面でメイドさん情報を集めまくるバカだった。因みに片方がメイド喫茶で、もう片方が通販のメイド衣装だ。


「てかこのタブレット、どうしたの? 持ってなかったじゃない」

「ああ、今日買ってきたんだよ。メリーが使ってるの見て、前々から欲しいなーって思っててさ。バイト代入ったから買っちゃった」


 満面の笑みでタブレットを撫でる彼。……買って早々なに検索してんのよ。とは、言わぬが花だろうか。


「メイド服って……」

「そうね。意外と辰に似合うかもね」

「誰も得しないよ!」


 私の悪ふざけにうがー! と叫ぶ彼。誤魔化せたとは思わない。きっとあの手この手を駆使して私に着せようと言うのだろう。

 七夕で織姫。次はメイド。どうも最近着せ替え人形化が進んでる気がする。そもそも、つい最近和服が似合うって言ってくれたばかりではないか。ちょっと移り気が過ぎやしないだろうか?


「色んな綾を見たいのは罪だろうか?」

「そこでキリッとした顔を見せられても返答に困るわ」

「ミニスカポリスも素晴らしいと思うんだ」

「……節操がないのね」

「ちょっと逮捕しちゃうぞって……」

「言わないわよバカ」

「綾は顔立ちがクール系だから、そういう路線で攻めれば……」

「意味がわからないから」


 彼の攻撃を撃ち落としまくっていると、シューティングゲームをしている気分になる。変態を撃墜し続けるなんて非生産的な気もするけれど。


「まぁ今はメイドだね。綾はさ。たまに無意識であざとくなるから絶対にメイド服も似合うと思うんだ」

「凄い失礼な事言ってるの気づいてる?」

「大丈夫! それは二人きりの時だけだって僕は知って……」

「死ね」


 いつものやり取りと言えば悲しくなるが、こんな馬鹿馬鹿しい事でコミュニケーションを取るのが私達でもある訳で……。だから仕方がないと諦めるべきだろうか。

 鞄を置き、どうしようかと少し迷いながらも、結局彼の隣に座ることにする。……買いたてホヤホヤのタブレット。私もちょっと興味があるのだ。

 エアコンの風が心地よい。外は暑くて嫌になる。文明の利器万歳だ。


「……メイド服って着る人を選ぶよね。ただ着られてる人ってのもいるから」

「じゃあ尚更私に着せようとしないでよ。恥ずかしいわ、こんな短いスカート」


 しかもフリフリだ。これを着てビラを配れる人とか凄い。私なら絶対立ったまま硬直する自信が……。


「ん? ああ、この短いスカートの奴はいいよ。似合うかもだけど、これじゃあ駄目なんだ」

「……へ?」


 思いもよらぬ発言に私がキョトンとしていると、彼は首を横に振りながら、フーッ。と、息を吐く。


「確かにまぁ、ミニスカートとニーソの組み合わせは最強だよ? それをメイド服でやりたくなるのも分かる。けど……けどね。極端な話をしてしまえば、それは通常の服やら、ポリスにナース。果てはチャイナ服でも出来てしまう……! 違うんだ。駄目なんだよ! メイド服本来の慎ましさ。深き森の奥にある洋館を思わせる、侍女特有のエロティズム。それがなきゃ駄目なんだ!」


 駄目なのはお前の頭だ。と、言いたい。切実に。

 けど、彼は止まる気配がなく……。


「つまりだ。クラシカルなメイド服が最強なんだ。ローキックと同じさ。リボンとかそういった余計なものを廃したこれこそ至高だよ!」


 まさかローキックとメイド服が並び立つ日が来ようとは思わなかったのはさて置き。彼がタブレットを操作して見せたのは、サブカルチャーの街等では逆に見ない。ロングスカートの古風なデザインの服だった。

 ……あ、可愛い。何て素直に感じてしまう。


「……見えないからこそ素晴らしいものがあると思うんだ」

「その理念は分からないけど、確かにまぁ普通に素敵なのは分かったわ。着ないけど」


 少しの沈黙が流れた。


「な、なんでさ!」

「いや、なんでよっ!」


 流れ的に着る感じだったじゃないか! と主張する彼に、私はブンブンと首を横に振る。確かにいいなって思うけど、それとこれは話が別なのだ。が、尚も食い下がる彼。「この格好の綾にコーヒーや紅茶を淹れて欲しいんだっ! ご主人様とか旦那様って言って欲しいんだっ!」何て言う始末で……。だから私は決定的な一言を放つ。


「だってこっちのは、尚更着る人を選ぶじゃない! 私が着ても着られるだけだわ!」

「なんでさっ!」

「いやその反応こそなんでよ! 似合う人なんてそうそういないわよ。そもそもメイドさんなんて元は日本には……」


 そこまで考えて、私の脳裏に電撃が走った。……凄い似合いそうな人が、一人だけいる。


「……ねぇ、思ったんだけど……。こういうのってメリーさんとか似合うんじゃない?」

「……へ?」


 私の発言が意外すぎたのか、彼はポカンとしたまま固まってしまう。それを尻目に、私は試しに想像してみる。


 ……あ、ヤバイ。女の私でも少しクラッとくる。

 亜麻色の髪。青紫の瞳。雪のように白い肌。妬ましい事に巨乳。それに古風なロングスカートのメイド服何て着せたら……。魅力もエロさもマシマシだ。

 そこで何となく彼を見る。すると、彼は目頭を抑えたまま「不覚……」何て言葉を漏らしていた。


「想像してみたら、思った以上に似合い過ぎてヤバイ」


 ………………オイ。

 仮にも彼女の前なんですが? いや、言い出しっぺは私だけれども! けども!

 普段会ってる彼なら、多分もっと鮮明なイメージが浮かぶはずで。……あ、何か蹴りたい。理不尽だけど凄い蹴りたい。

 その瞬間、私は目の前が光に包まれたかのような錯覚に陥り……。


 ※


 ふと、景色が一変する。何故か出てきた古風な書斎。そこにいるのは、安楽椅子に腰掛けたまま、カンテラを光源に読書に耽る彼。その傍へそっと歩み寄り、サイドテーブルに紅茶を提供する、メイド服姿のメリーさんだ。


「旦那様。御茶をお持ちしました」

「ん、ありがとう。メリー。君も一緒にどうだい?」

「……よろしいのですか?」

「せっかく書斎にいるんだ。君と話がしたいんだよ。命令じゃなくてお願い。ついでに二人きりだから、変に格式張った口調も止めて欲しいな」


 優しく目を細める彼に、メリーさんはクスリと妖艶に微笑んで。「奥様に怒られても知らないわよ?」と呟く。

 互いに理解し合う二人には、何処に座ればいい? 何て会話は必要ない。

 ご主人様とメイドから、男と女になった二人は、束の間の逢瀬の時間を惜しむかのように身を寄せ合う。


「〝女は征服することのみでなく、征服されることを好む〟の。命令してくれてもよかったのに」

「ウィリアム・サッカレーだね。〝人に命令するものは、まず服従することを学ばなければならない〟こういう時に君に命令してしまったら……。もう僕は君に征服されているのかも」

「ドイツ辺りの諺だったかしら? なら……私の脚にでもキスしてみる?」


 彼の膝の上に腰掛け、蠱惑的に笑うメリーさん。それに対して、彼は彼女の白い首筋にそっとキスをする。

 お返しとばかりに彼女は彼の耳に唇を落とす。すると今度は彼は彼女の可愛い咽に優しく吸い付いた。

 彼女が掌、彼が髪。互いの手首から、互いの腕へ。

 ちゅっちゅという音が、薄暗い書斎に響く。

 甘やかに小さく喘ぎながら、メイドさんは頬を上気させる。宝石みたいな青紫の瞳を潤ませて、彼の首に腕を回すと、離さないとでも言うかのように抱き締めた。


「私、メリーさん。今……貴方に征服されるの」


 燃えるような夜が幕を開けて……。


 ※



「綾? おーい。戻ってきてよー」

「ふ、ふぇ?」


 妄想劇場から、現実に引き戻された。

 何だ今の。凄いリアル。ちょっとボタンをかけ間違えたりしたら現実になっちゃいそうな……。制服だけに征服とか。

 てか、何だろう。あの二人がやると、ただのキスが物凄い意味深げに見えたのは気のせいだろうか?

 ……何かムカついてきた。ただの私の妄想なのに。


「……あの、本当に大丈夫? 凄い百面相して……」

「メイド服着るわ」

「……ふぇ?」


 で、気がついたらそんな言葉が口からでていた。

 ……単純と笑うなら笑え。女なんてたまに単純で、たまに複雑なのだ。


「マジで?」

「うん」

「買うよ? 全力で買うよ?」

「メリーさんじゃなくて、残念じゃない?」

「OK。すぐに用意しよう。君だってヤバイくらい似合いすぎて、僕が死ぬってことを証明してみせるよ」

「……可愛いのにしてね」

「その発言が既にヤバイけどねぇ!」


 数秒後。通販で購入し終えた後、やりきった表情で天に向かってガッツポーズをする彼がいたりしたのだが……それは特に詳しく語る必要もないだろう。

 しばらく固まって動かなくなったので、ローキックで正気に戻したのはご愛敬だ。


 取り敢えず旦那様と呼ぶべきか、ご主人様と呼ぶべきか。それを考えておく事にしよう。

 そんな思考へ至る辺り、私の頭も彼に負けず劣らずに、いよいよ駄目らしいという事実には……。全力で蓋をして。


 一週間後。彼がまた色々な意味で暴走し。嬉し涙を流しちゃうことになるのだけど……。それは私の胸の中へ留めておくことにした。

 語るには恥ずかしすぎるし。

キス22箇所


髪:思慕

額:祝福、友情

瞼:憧憬

耳:誘惑

鼻梁:愛玩

頬:親愛、厚意、満足感

唇:愛情

喉:欲求

首筋:執着

背中:確認

胸:所有

腕:恋慕

手首:欲望

手の甲:敬愛

掌:懇願

指先:賞賛

腹:回帰

腰:束縛

腿:支配

脛:服従

足の甲:隷属

爪先:崇拝


……らしいです。

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