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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常編その3
37/65

小さな物語の詰め合わせ

『マーキング』


 心地よい微睡みから目が覚める。身体を起こして横を見れば、無防備な彼の寝姿が目に飛び込んでくる。睫毛長いなぁとか。何だか子どもみたい。なんて思いながら、暫しの無音の時間を楽しむのが、私の密かなマイブーム。

 頭をそっと撫でてみたり。頬をつついてみたり。こっそり耳に息を吹き掛けて、そのままハムハムしてみたり。もう一度横になって、彼の胸板に顔を埋めてみたり。そして……。


「……起きないでね」


 そっと、埋めた胸元から顔を上げ、鎖骨に口づけする。首筋は目立つから、服を着れば見えるか見えないかの絶妙な位置へ強く。強く。強く。

 ちゅぱ。と音を立ててそこを解放すれば、鮮やかな赤い花が咲いていた。


「……よし」


 満足感が、私を満たす。因みに今日は鎖骨だけど、日によっては背中だったり、二の腕だったり。

 日課という訳ではない。ただ、彼が「明日はちょいと遅くなるよ」と言ってきた時、私は決まってその日の朝にこれをする。

 理由はと聞かれれば、感じろとしか言えない。

 願掛けというか、呪いというか。ようは……。


「……辰は、私のよ」


 ちょっとした独占欲だ。



 ※


『ゴールドフィンガー』


「いや~悪いわね綾ちゃん。付き合って貰っちゃって」

「いいんですよ。私も用意しようと思ってたんで」


 近場のショッピングモールにて、私は牡丹先輩と連れ立って歩いていた。父の日が近いので、そのプレゼント選び。兼、普通にショッピングへと駆り出したのだ。

お洋服の新調やら、靴や鞄を見たり。互いに着せ替え人形みたいになっているのは……まぁ、いつもの事。彼と買い物に来る時とは、また違った楽しみ方が出来るという訳だ。訳なんだけど……。


「こんちは~。今二人~?」

「ちょっと道聞きたいんだ。いいかな?」


 女二人だと、たまにこういう事がある。相手も二人組の男。いかにもな風貌だ。

 道聞きたいなら、今二人って言葉は要らないと思うんだがどうだろう。というか、ショッピングモールで道を聞くっておかしくないだろうか? まぁこういう手合いは……。無視に限る。無言で足を早めれば、男はさっさとあきらめ……。


「あれ? ちょっと? おーい!」

「ちょ、待てよ~。すぐ終わるからさ~!」


 なかった。何とまぁ延々とついてくる。エスカレーターに乗ってもついてくるし、店に入っても親しげに一緒に入る。

 本当に道に迷ってるなら、何てアグレッシブな迷子だろうか。何て私が思っていると……。牡丹先輩が動いた。

 素早く男の一人に肩を寄せ、おもむろに手を……え?


「お姉さんはね。男も女もイケる口だけど……今日は彼女とデート中なのよ」


 白い手でまさぐられていた男は、こっちがうわー。って言いたくなるくらいに鼻の下を伸ばしていた。が、牡丹先輩に何かを囁かれた途端、一瞬で顔面蒼白になり、ガタガタと震えだした。。


「どうする? ボウヤ?」

「し……失礼しましたっ!」

「え? お、おい! 大ちゃん!?」


 まさに電光石火。逃げるは男。追うのも男。急展開に私が目を白黒させながら牡丹先輩を見れば、ウェットティッシュで手を拭っていた。


「……あの、先輩。何を言ったんですか?」

「ん~? ああ、簡単よ。私、片手で貴方のズボンを下ろすのに、も、手を入れるのにも。五秒も掛からないわって伝えた後……」


 それはそれは黒い笑みを浮かべて、麗しい先輩は、くしゅ。と、何かを潰す仕草をして……。


「公衆の面前で賢者になるのと、全タマ摘出。どっちがいい? って聞いてみたの。残念ね。もう二度と女に近づけなくしてやろうと思ったのに」


 ……先輩って怖い。改めてそう思った。



 ※


『セクシーなの? キュートなの?』


「ねぇ、セクシーとキュート。どっちが好き?」

「……綾は両方兼ね備えてるんだよね。つまり正義だよね。可愛いもセクシーも、僕の彼女にありってね」


 試しに聞いたらこの反応。違うのだ。ちゃんと真面目に聞いてほしい。

 ニヘラとしちゃいそうなのは置いといて。


「真面目に答えてよ」

「僕はいたって真面目だが? でもまぁ、そうだね。タイプで聞くなら……う~ん」


 首を傾げる彼。どこからか、ポクポクポク何て、木魚を叩くような音がして……。


「あ、オカルティックとか新しくないかい?」


 取り敢えず、十八番なハイキックでぶっ飛ばしておいた。チーン。何て間抜けな音が響いた気がした。

 そんなのどうしろっていうんだ。私が井戸からズルズル出てくればいいって言うのか! ……想像したらゾワッとなった。

 すると、早くもリカバーした彼は、のそのそと起き上がり苦笑い。相変わらずタフな奴だ。


「ごめんごめん。タイプとか考えたらさ。僕ってほら。初恋は幽霊だし」

「……え?」

「ウ・ソ」


 今度はミドルキックに少し回転をかけてみた。綺麗に弧を描いて飛んでいき、床に不時着する彼。最期のいい笑顔が物凄いムカついた。


「い、いや、最期って殺さないでよ。冗談だよ?」

「分かってても脚が反応したのよ。全くタチが悪い……」

「ハハッ、ごめんごめん。……冗談だよ」


 何だろう? 一瞬だけ背筋が寒くなったような……。


「おっ、今日は水色ですな。眼福。眼福~」

「死ねぇええ!」

「ギャフン!」


 取り敢えず、踏んづけておく。

 何か誤魔化された気もするのがこれまたムカツク。何でこう、(コイツ)は私の一枚も二枚も上を行くのか。

 いつかギャフンと言わせてやりたい。……物理以外で。



 ※


『夏の渡リ烏』


 渡リ烏倶楽部の拠点の一つ。駅近くのカフェテラスにて、僕とメリーはサークル活動前に涼を取っていた。アイスココアと、アイスレモネード。もはや真夏と同等に暑くなるこの時期には、実に嬉しい飲み物だ。


「オカルトの気配がビンビンになる季節が来るわ」

「この時期は僕もメリーも色々と大変だからね」


 主に霊感的な意味で。夏の風物詩に怪談や肝試しが挙げられることもあるからか、六月の半ばから八月の末は、そういったものとの遭遇率もマシマシになると同時に、タチの悪さもマシマシになる。

 そして僕らの活動もマシマシになる。今日も今日とて、メリーがオカルトの存在を探知したからという理由で集まっている。

 もっとも、何を追うかというのは今は置いておいて。休息がてら僕らが今話しているのは、ちょっとした計画についてだ。


「夏休み……どうしようか?」

「基本私の受信次第なのよね。こっちで行く場所決めても、いつぞやみたいに観光して帰って来る。何てことになりかねないわ」


 それはそれで面白かったけど。と、付け足すメリー。

 まぁ、オカルト旅行と言えばサークル活動っぽいけど、ある意味観光とも言えるかもしれない。例えば別府で地獄巡りに行けば、何らかの怪異に遭遇するだろう。そう思って実際に行ってみたら見事に空振りした。何てこともある。……意外と行き当たりばったりだなぁ僕ら。


「〝どこまで行けるかを知る方法はただ一つ、出発して歩き始めることだ〟意外と旅先で見つかるかもしれない。取り敢えずお互いに興味あるとこをピックアップしてみよう。いつかの夢の国の時みたいにさ」

「アンリ・ベルクソンね。まぁ、それは賛成。でもディズニーでの事は出来すぎよ。あれほど奇妙な事が起きるのは、なかなかないわ」

「まぁ、外して徒労になったら、その時はその時さ」


 某ネズミの国で起きた一騒動を思い出したのか、メリーはクスクス笑いながらも、レモネードを一口飲みつつ、タブレットに指を滑らせていく。む、最新式だ。ちょっと羨ましい。

 物欲しげな顔を悟られたのだろうか。メリーは肩を竦めながらも、「さっきの貴方に物申すわ」と口を尖らせた。


「〝真実の山では、登って無駄に終わることは決してない〟だからきっと今回の事だって何らかの意味に繋がるかも。私と貴方の行く道を、徒労って言葉にしてほしくないのだけど」

「ニーチェだね。まぁ、徒労といってもそれが無価値な訳じゃないさ。無駄が世界を面白くすることもある。特に、僕とメリーの場合はね」


 そうだろう? という僕の答えに、メリーは目をパチパチさせ、やがて満足そうに頷いた。


「そうね。私、メリーさん。それならせっかくだし、今から回り道してみたいの」


 タブレットに映るのは、オカルトなんざ欠片も関係ない、近場の焼肉特集。思わず吹き出しそうになりながらも、「いいねぇ」と、今日の活動へ賛同する。

 渡リ烏は自由に飛ぶ。本日の標的は、先日食べ損ねた焼き肉となった。



 ※


『とある妹の観察日記~彼と彼女の高校時代~』


 春のララちゃん日記。お兄ちゃんがゲロを吐きました。綾お姉ちゃんが作ったロールキャベツが原因らしいです。ロールキャベツなのに紫色でした。何をいれたんだろ? 取り敢えず、涙目の綾お姉ちゃんが、必死でお兄ちゃんを看病してました。お兄ちゃんは苦しげなのに幸せそうでした。お兄ちゃんドMだったんだ……。ドン引きです……まる。


 夏のララちゃん日記。衣替えというやつらしいです。お兄ちゃんも綾お姉ちゃんも夏服になっていました。お兄ちゃんが綾お姉ちゃんをガン見してます。透ける下着とか、半袖の裾のチラリズムを堪能してるみたいです。ララちゃんも一緒に見ました。今日の綾お姉ちゃんは黒でした。ひゅ~! せくすぃ~……まる。


 秋のララちゃん日記。お兄ちゃんが綾お姉ちゃんを怒らせて、蹴っ飛ばされてました。でもララちゃん知ってます。綾お姉ちゃんって実はお兄ちゃんを蹴ってから、実は凄い後悔してるんです。お付き合いする前なんて、「嫌われちゃうよ……」何て言って、ひっそり半泣きしてました。どーせすぐ仲直りしてイチャイチャするに決まって……。あ、チューしてる。取り敢えず一生やってろ……まる。



 冬のララちゃん日記。お兄ちゃんと綾お姉ちゃんが、テスト勉強をしていました。炬燵で向かい合ってやればいいのに、何でか隣同士でくっついてやってました。……狭くないのかな? 暑くないのかな? かっぷるってわからないです。取り敢えず、私が間に入って両方に甘えてやろうと思います……まる。



 ※



『ゴットファーザー』


 時は休日。

 例によって、彼とお部屋でのんびりグダグダしていた頃。テレビの特集で、父の日が取り上げられていた。


「父の日ね」

「父の日だねぇ。綾はもう送った?」


 ソファーに座る私のお膝に頭を乗せたまま。仰向けに寝転ぶ彼が、のんびりとしたトーンで問うてくる。綺麗な手指が私の髪を絡めては弄び、優しく梳いていく。凄く楽しそうというか、幸せそうな彼を見ていると、私も頬が緩んでしまう。


「ええ。ハンドタオルとお酒をね。もう届いてるんじゃないかしら?」

「今ごろおじさんが泣いて喜んでるのが目に浮かぶなぁ」


 クククと笑う彼につられて、私も吹き出してしまう。確かに我が父親ながら、ちょっとリアクション過多だけど、泣いて喜ぶは流石にやりすぎというものだ。

 そんな事を思っていた時だ。不意に私のスマートフォンが鳴動する。


「ねぇ、悪いんだけど……」

「ん……。はい、どーぞ」


 横になっていた彼が、テーブルの上に手を伸ばし、ひょいと私のスマホを拾い上げる。ディスプレイを見ないよう裏返して手渡してくれた気遣いに、ちょっとだけ嬉しくなる。と共に、私だったらチラッと見ちゃうかも。何てどうでもいい事を考えながら、そっと輝く画面を覗き込む。

 お父さんからだ。それもテレビ通話。軽く手櫛で髪を整えてから、流れるように指を滑らして……。


「もしも……」

「綾ぁあああ! ありがとう! ありがとうよぉお!」


 次の瞬間。涙と鼻水にまみれた父の顔が、画面に大写しになった。

 わーお。本当に泣いてたよこの人。

 大袈裟だなぁ何て思いながらも、マシンガンもかくやに私を褒めちぎるお父さんに相槌をうつ。

 そんな中、彼はというと膝の上で微笑ましげに私を見た後、ごゆっくり。と口パクで伝えて、静かに目を閉じた。

 あ、何か今の無言のやりとりいいかも。以心伝心っていうか、何か夫婦みたいで……何て、呑気な事を思っていた時。


「ところで、辰君はそこにいるかい?」

「え? うん」


 不意に父が涙をふきつつ、私に問う。「変わって……いや、この場合写してくれるかい? かな?」と、言ってきたので、何だろ? と思いながらも、私は言われるままに彼の方へ画面を向ける。


「ちょ! 綾! 待っ……!」


 するとどうだろう。今まで私のお膝の上で幸せそうに目を閉じた彼が目に見えて慌て始め……。同時に、ディスプレイの向こうで、「フゥウウゥ……」何て、珍妙な深呼吸が聞こえてきた。

 ……何だ?


「辰君。弁解はあるかい? 君は今、どこで寝ている? 何を枕にしている?」

「えっと……。ソファーにて。綾さんのお膝枕です。ハイ」


 ……あ。しまった。と感じた時には既に遅く。お父さんは物凄い低い声で、「ギルティ……圧倒的にギルティ……!」何て言っちゃってる。対する彼は、ひきつった顔。珍しくも、本気で困っている時の顔だ。


「感想を聞こう。正直に答えたまえ」

「えっと……やわっこくて幸せです。ハイ」

「だろうね。何か言い残す事は?」

「……いやいやいや。死ぬ予定ないので」

「それはなるまい。君の命は、日没と共に沈むのだ。私の手でな。全力で逃げたまえ。元探偵のこの私。何処へ隠れようとも見つけてくれよう。……と、いう訳で綾ぁ! 今からダディがそっちへ行くよ~ん!」


 通話が切れる。と同時に彼は素早く立ち上がると、自分のスマホを取り出した。


「あ、もしもし? 雄一? ちょっと匿って欲しいんだ。で、そのままやって欲しい事があってさ……うん悪いね。じゃ」

「……あの、辰?」


 おずおずと私が声をかけると、彼はにっこり笑いながら、軽く私に口づけする。


「夜が明けたら戻るよ。帰って来たら……また会えたら……。君の胸の中で眠らせて欲しい」


 翌日。ツイッター上で建物から建物へと飛び回る、若い青年とオッサンの追いかけっこ動画が物凄い話題になっていたという事を追記しておく。

 父の日故に全国のお父さんが幸福を噛み締めているであろう頃。私の彼はというと、お義父さん(限りなくその予定)と交流を深めていたのである。


 

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