渡リ烏倶楽部《表》
前二話。どこまでが束縛かの辰君側の話。いつもと毛色が違うお話です。
一応こちらも表と裏の二話の予定。
諸君、僕は変態だ。
まごうことなき変態だ。
変態と言う名の紳士とは、何て名言なんだろうと思える位には変態だ。
彼女を前にすると、僕は色々とままならなくなる。可愛すぎるのがいけない。可愛くてセクシーとかもう反則だ。故にベビードールを着せちゃう僕を誰が笑えるだろう。ガーターベルトとか、全力で僕を殺しに来ている。
Yシャツ一枚とかいう男の妄想を実行しちゃう位には変態だ。
胸空きチャイナドレスなんてマニアックなものを着せちゃった時、僕は神にただ感謝した。ありがとう。そして、ありがとう! と。
料理ヘタなとこも可愛い。それでも頑張るとことかもっと可愛い。エプロンつけて、普段は下ろしてる髪をポニーテールにした時とか、もう僕は何も怖くない。裸エプロンなんて悩殺の具現が来た時なんて……。取り敢えず美味しく頂きました。
部屋が暗くなると甘えてくるのが可愛い。キスしただけで身体がビクンッ! ってなっちゃうのが可愛い。恥ずかしがり屋さんなとことか、あざとすぎだぁ! 何て叫びそうになる。
個人的に物凄く変態扱いされたのはダテ眼鏡事件だろう。
僕はふと、天啓があった。綾に眼鏡とか最強じゃないだろうか?
という訳でやってみた。
ただ問題は、それを実行したのがベットでプライベートな一時を過ごしていた時の、クライマックスに彼女に装着してしまった事。
「んやっ! ……ま、待って! 待ってなにそれ意味わかんないっ!」
何て顔を真っ赤にして恥じらいながらも、色々な要因で身体がもう殆ど動けない彼女は僕のなすがまま……。取り敢えず、天使がいたとだけ言っておこう。いや、ある意味で堕天使かもしれない。足腰立たなくて、眼鏡をつけたまま涙目でピクピクする様は、さながら翼をもがれた……。暴走しそうだから自粛しよう。
相討ちKOの翌日、激おこな綾に関節を外されて、放置されたのはご愛敬だ。ふぅ……。
……さて、この流れなら言えるだろうか。繰り返しになるが、僕は変態だ。色々な意味で。
変態にもいくつかの解釈がある。私見も含めて述べれば、変態とは。
一つ。形や状態が変わること。ヤゴからトンボみたいに、動物的なやつだ。
二つ。変態性欲の略。性的な行為や対象が倒錯しており、悪趣味・異常な形をとって現れるさま。またはその傾向のある人。単にエロい人を指すときもあるだろう。
最後。普通の状態と大きく違うこと。異常な状態。
これらと僕を照らし合わせたならば、該当するのは二つである。
まず、一つ目はない。僕は怪物などではなく人類だ。生物学的な変態はしない。
二つ目は、綾がよく僕をこう称する。まぁ、間違ってはいないけど、綾にも原因がある。彼女が可愛いのが悪い。可愛いは正義。
では最後は? これは、僕以外ではこの世で一人しか知らない事実だけど、当てはまる。当てはまってしまう。
僕は、異常なんだと思う。普通の人からは、少しばかり逸脱していると言えるだろう。
信じるか信じないかは任せるけど、僕は……幽霊が見える。
正確には、この世ざるものが見えるのだ。
荒唐無稽な話に思えるだろうか? けど、実際に小さい頃からそうだった。
お葬式では、御本人が見えて。
墓場ではよく幽霊に挨拶されて。
事故現場では、恨みや未練を残した霊を目撃する。
世間でいう妖怪と思われるものにも会った事もあるし、極めつけは一時期噂になった口裂け女とやり合った事すらある。
僕にとっての救いは、こういった事象が日常茶飯事ではなかった事に尽きる。日常茶飯事だったら……。多分人としてまともな社会活動は送れなかったに違いない。
だが、救いは同時に、呪いにもなった。適度な非日常。それは、何も知り得なかった僕にとっては、ただただ興味が惹かれる、冒険の扉のようなものになってしまった。
小さい頃は、それがどんなにおかしいことか分からなかった。
故にいくつかの失敗をした。それを切っ掛けに、僕は二度と自分の異常を人に話さない事に決めたのだ。
見えないことが普通。では、それが見えてしまう僕は何なのか。それが、長きに渡る僕の探索。その理由の一つ。
そして、もう一つは……。
※
「何も起きないわね」
「何も起きないね」
桜の前にて、僕とサークルの相棒、メリーは少しだけ短いため息をつく。
現在サークル活動中。桜の傍で幽霊を見た。そんな噂が近辺で飛び交っていたので、試しに近場の桜に御札(自作)を貼ってみた。が、お化けが飛び出てくる訳ではない。じっと桜を見てみるが、特に何も感じない。
というか、この並木自体に何もなさそうだ。まぁ、知ってたけど。というか、いたなら僕らが調査している。
「……やっぱり、葉桜だからかしら?」
「関係あるの?」
「気持ちの問題よ。葉桜の傍にいる幽霊と、満開に咲いた桜の近くにいる幽霊。どっちが〝らしい〟か……」
そういう問題? って顔をすれば、そういうもんよ。といった顔が返ってくる。
なら仕方ないね。と、自分を納得させることにした。頭の柔らかさというか、適応力。悪く言えば適当さがなければ、こういうのはやってられない。
「……取り敢えずうちの大学の桜並木には何もないらしいね」
「大学近くだし、川もあるし……過去に何かがあってもおかしくないと思ったんだけどねぇ……」
「入水とか、首吊りとか? そういうので死んでたら、質の悪い形になりそうなもんだけどね」
「……ああ、確かに。祟られるのは御免だわ。……何もないみたいだし、駅に行きましょうか」
そう言って、そそくさと歩き出すメリー。それに僕も続く。
大学横の桜並木から駅まで約七分程。その感も僕らはアンテナを延ばすかのように、周りを観察しつつ、時折談笑も交えて進む。
祟りは御免。確かに同感だけど、色んなスポットに首を突っ込んでる僕らが言うのもなぁ……何て思いながら。
※
幽霊やらその他、この世に存在するありとあらゆる怪異。不思議。超常現象。都市伝説を時に追い。時に追われる。それが、僕たち『渡リ烏倶楽部』だ。……変な名前だと思うが、それでいい。聞いても何のサークルか掴まれないように、わざと分かりにくくしているのだから。
これはメリーの謎センスと、一昔前にあったらしい、テレビドラマのオカルト研究会にあやかったもの。その融合である。
僕は『大梟倶楽部』の方が絶対いいって言ったのだけど、結局じゃんけん三回勝負の結果、渡リ烏倶楽部になった。りがカタカナなのがポイントらしい。……いまいちよく分からないのは内緒だ。
部員は二人。
幽霊やらを見れて。それらの存在や領域に干渉・侵入出来たり、ちょっと骨は折れるが、成仏させたりも出来る僕と。
幽霊やらを見れて。それらの存在や領域を無差別に観測したり、それらの視界をジャックすら可能にしてしまう、メリー。
こんな二人で何をするのかといえば、メリーが手掛かりを受信。二人で探し、現場を見つけたら調査。必要あらば僕が干渉する。
いうなれば索敵と実働。この無駄に高いシナジーを利用して、僕らはありとあらゆる非日常に触れているのだ。
サークル立ち上げの発端は……。そこそこ長いので、ここでは割愛しよう。
ついでに、ほんの少しだけ僕の相棒についても語っておく。
かの有名な都市伝説、『メリーさんの電話』に出てくる謎の少女にあやかって、口癖のように口上を述べ、自ら『メリー』と名乗る。なんてお茶目なとこもある彼女。
因みに、自ら名乗るという点から察して貰えるだろうが、何を隠そうこのメリーさん。偽物である。
……偽物である。
僕も事実を知ったときは、分かってはいたのに苦笑いが漏れたのを覚えている。
その正体は、ただの女子大生。
名前だって、メリーなんて欠片も関係がない。シェリーで始まり、やたら長い挙げ句、途中で日本姓も入るという、色んな意味で壮大な名前なのだが、当の本人は誰に対しても本名では名乗らない。ので、一応本名を知る僕も、それについては閉口しよう。
彼女が、何故メリーを語るのか。その理由もまた、今は語る必要もない。閑話休題。
さて、本日の調査場所。桜並木と、街角の祠。あと、電柱の影。どちらも霊を見やすいことに定評があることを知っている人は少ないだろう。いなかったけど。
まぁ、こちらは軽いウォームアップ。通り道にあったから、ちょっと寄ったに過ぎない。本命は……。
「山手線ねぇ……。メリーの受信ってさ。脈絡もなく来るんだよね?」
「ええ。寝てる間。講義中。お風呂に入ってる時。読書してる時とかね。横断歩道を歩いてる時に来たときは、流石に酷いと思ったわ。危うくひかれる所だったもの」
曰く、白昼夢を見ているような感じらしい。超能力っぽく言えば、幻視って奴かしら。等といいながら笑っていた。
ガタンゴトンと断続的なリズムを刻む電車の一席に、僕らは並んで座る。大学の最寄り駅から乗り継ぐこと二十分弱。辿り着いた回り続ける路線こそ、僕らの今回の目的地だった。
「さて、今回は君の素敵な脳細胞と視神経で何を見たんだい?」
「感覚と言って欲しいわね。実際に脳で認識しているのか、目で見ているのか曖昧だもの」
どのみち認識している事には変わらないだろうに。とは思うけど、そこはスルー。彼女は車窓から見える夕焼けを眺めながら、ポツリポツリと話し始めた。
「山手線。って思ったのは、電車の中身を見たからなのよね。そこは夕方。いいえ、暗かったから日が沈んでいたのかも。驚くべき事にね。私以外の乗客がいなかったのよ」
VIP待遇ね。と、おちゃらけるように肩を竦め、メリーは話を続ける。
「でもね。おかしいの。山手線って、一駅間は二分弱じゃない? でもそこは、いつまで経っても駅に着かない。ただ延々と走り続けるのよ。回っているのか。直進しているのか」
「君を疑う訳じゃないけど、山手線が見間違いで、別の電車だった可能性は? それなら一駅に何分もかかる路線があるかもしれない」
「ノンよ。間違いなく山手線だったわ」
「成る程ね。延々と走り続ける。いや、回り続ける電車……かぁ」
背もたれに深く寄りかかり、首にかけたアミュレットを弄ぶ。今のところ、僕は何も感じない。
しばらく会話が途切れる。たまにあるけど苦痛にはならないそれに身を委ね、僕らはただそこで寄り添っていた。
メリーは相変わらず、向かいの窓を眺めている。黄昏に沈みゆく町を映す青紫の瞳に、燃えるような朱色が混ざる。宝石みたいだ。何て思いながら、僕は目を閉じてざわめきの中に意識を置く。
電車の音と人の群れ。都会特有の喧騒は、どうしてこうも謎の諦感に似た衝動をもたらすのか。そんな無意味な感傷に浸る。やがて、無機質なアナウンスが東京駅への到着を告げたころ。沈黙を破ったのはメリーの方だった。
「〝僕たちと一緒に乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符持っているんだ〟……電車に乗るとね。このフレーズが浮かぶの」
「宮沢賢治。『銀河鉄道の夜』だね。初めて読んだときは、子どもながらに胸が震えたよ」
幽霊のような少年が、親友と共に旅をする。共に行こうと誓いあった後の離別。真実と旅の意味。おかしいと思っていた自分との決別。そして少年は現実に帰る。どうしてか、心が惹かれたのだ。
「あれは、異世界渡航にあたるのかしら? それとも、この世とあの世の狭間の旅?」
「僕としては両方の要素を孕んだ後者だと思うな。〝約束した場所に赴く巡礼者のように、現世は宿屋であり、死は旅の終わりだ〟カムパネルラが旅を終えたから、ジョバンニは宿屋に戻っていったのさ」
とある詩人兼劇作家の言葉を引用すると、メリーは脳内検索をかけているのだろうか。暫し考えてから、ああ。と可笑しそうに口元を綻ばせた
「ジョン・ドライデンね。死を旅に見立てる手法は、昔からあったという訳……そういえば、死装束も旅支度なのだものね」
「だから、あの世もある意味では異世界って事だね。よくあるだろう? トラックに轢き殺されて、生まれ変わる話」
アニメ好きな雄一が、量産され過ぎィ! と嘆いていたのを思い出す。それを言ったら、結構な作品はありとあらゆる原形に影響を受けているとは思うけど。
それぞれにオリジナリティーがあり、意外性があり。一つの揺るぎない価値観を出す。ジャンルを何とかモノと呼称する言葉の由縁だ。
「何でトラックなのかしらね? 普通の自動車じゃ駄目なの?」
「完膚なきまでに肉体が叩き潰される事に意味があるんじゃないかな」
その辺は分からないので適当な仮説を提唱してみたら、そんなに今生きる自分が嫌いなのかしら? と、冷笑を浮かべるメリー。
見も蓋もないなぁなんて思いつつ、僕の考えは真逆だよと付け加える。
嫌いではないんだと思う。ただ、僕にはそういった物語が、このままで終わりたくないという誰かの叫びに取れるのだ。誰もが主人公になりたくて、単純に強くありたいと思うのだろう。だから捉えようによっては、エネルギーに満ちているとはいえないだろうか?
「ある意味で残酷な意見ですこと」
返ってきたのは痛烈な皮肉だった。
メリーは結構、容赦がないのである。
そんなこんなで時間は経つ。
気がつけば何周目かの日暮里を、越えた所だった。今日は外れかな? 何て空気が互いに分かり、二人揃って苦笑いする。
こんな日もある。毎回変なものにぶち当たる可能性の方が低いのだ。
「帰り……どこかで食べていかない?」
「名案だ。何が食べたい?」
「そうねぇ……。じゃ、せーので言ってみましょ」
促されるまま、僕らは互いに言葉を口にする。「お肉」と、僕とメリーの声が重なった時、電車が停車する。外に人の行列が見えた。これではドアが空いた途端に、電車が人でごった返しになることだろう。それを見て思うことがあったのか、メリーは何処か拗ねたように肩を竦めた。
「誰よ。ガラガラの電車なんて言った奴」
「さてね。大体、人っ子一人乗ってない電車ってのに無理がある。とんだお伽噺……」
そこまで考えて、僕の思考は中断した。何かが引っかかる。人が乗らない電車。異世界。死後の旅。止まらない電車。
バラバラのピースが集まっていくような感覚に、僕は思わず眉を潜めた。妙な既視感。何だったろうか?
そう、トラックに轢かれて始まる物語のように。
死を旅に見立てたように。ある程度の形というか、様式美的な形。それは……。
その瞬間、僕はのし掛かるような威圧感に身を震わせた。これには覚えがある。
幽霊に出会った時。超常現象に触れた時。感じ方は状況にもよるが、総じて理由は一つ。
非日常の気配だ。
「辰……!」
人が入り込んでくるその直前、僕とメリーは見た。電車の天井近く。そこに……明らかに人の顔が……。こちらを嘲笑うかのようなネットりとした笑みを浮かべる、男とも女ともつかぬ、能面のような顔が浮かんでいた。
横目でメリーに合図すると、メリーもまた、承知したかのように小さく頷いた。
そっと手を繋ぐ。離れないよう、指をしっかり組む。
昔あったちょっとした事件以来、僕とメリーは非日常と対峙するときは決まってこうしている。
手を組む。指を結ぶ。迷信と侮ることなかれ。こうした事で窮地を脱した事がそれなりにあった気もする。
そして……。視界が人で埋め尽くされた瞬間に、ふと、不気味な位の静寂が訪れて……。
「やっと思い出したよ。引っ掛かってた言葉」
「あら奇遇ね。私も多分、辰が頭に浮かべている言葉と同じものを想像してるわ」
それっぽい話をしていたら、それっぽい話がよってくる。
怖い話をしていれば幽霊が。
悪口を言っていたら本人が。
僕、結婚するんだ。といえば死が。
そう、古くからある使い古されたシチュエーション。それを……。
「テンプレート」
「って奴ね」
木霊する声。誰も乗ってない無人の電車。気がつけば僕達はそこにいた。手は握ったまま。互いの体温が確かに相手の存在を主張する。知らぬ場所での信じられる相手ほど、頼もしいものはない。それは僕もメリーも分かっていた。
ぐるりと見渡せば、さっきまで街の街灯やらで明るかた筈の窓が完全に黒一色に染まっている。
耳に届くのは、電車が行く機械的な音だけだった。
それを見た時、僕の中で渦巻いた既視感は確かなものだったと実感する。
テンプレートときたら、お決まりの台詞も必要かしら?
僕がそんな事を考えていると、不意にメリーは楽しそうに微笑んで。
「私、メリーさん。今、貴方と一緒に不思議な電車に乗ってるの」
大学生二人によるしがないオカルト研究サークルにより、またしても非日常の扉が開かれた瞬間だった。




