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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常編その2
31/65

どこまでが束縛か《前編》

「……綾たんの彼氏が見たい」


 それは、午後のサークル活動の時に発せられた、仲間の一言だった。

 本日は週末という事もあり、おのおのに用事があったりしたのか、サークルの集まりが悪かった。

 部室内にいるのは、私と牡丹先輩。同級生の川尻(かわじり)エリナちゃんの三人だけ。そんな訳で結構砕けた感じで世間話を楽しんでいたのだが……。


「え、エリナちゃん?」

「だから、綾たんの彼氏さんが見たい」

「な、何でまた?」

「え、綾たんそれを聞くの? それ聞いちゃうの?」


 あまりにも唐突な彼氏見せろ要求に私が恐る恐る問いかけると、エリナちゃんはため息混じりに牡丹先輩のカメラを指差して……。


「あのエロいチャイナ服着た綾たんを、思う存分堪能したであろう幸福者の顔面殴りた……いや、顔を拝んどこうと思って」


 気のせいだろうか。凄い露骨な本音が聞こえたような……。


「気のせいだよ」

「……もう突っ込まないわよ」


 主に私の周りって、心読める人がやたら多い事実には。私が分かりやすすぎるという現実は……見ないことにした。

 そうとも。気のせいなら仕方がないか。うん、仕方な……「綾ちゃん綾ちゃん、堪能した辺りの話をお姉さんにちょいと詳しく……」牡丹先輩はアウト。とりあえず「駄目です。嫌です」と、質問をシャットアウトして、私はエリナちゃんに向き直った。

 期待に満ち満ちた活発そうな目が、私を見ている。栗色のポニーテールがフリフリと揺れていて、彼女のテンションの高さを物語るかのよう。それを見た時、何となくだけど、これは根掘り葉掘り聞かれるパターンだなぁ何て思った。

 サークルでは、あまり私はこの手の話題には発言しない。恥ずかしいし。人が多いとますます話せない。他の話題なら大丈夫だけど、どうしても、自分の恋愛事情となると……。何か口が重くなるのだ。

 だって考えても見てほしい。彼氏と同棲だなんて、格好の話の種にされるに決まってる。言えるわけ無い。甘えるときは甘えて。恥ずかしいと彼氏を蹴っ飛ばしてるなんて。

 でも、今日は女性三人だ。エリナちゃんの目が語っている。よいではないか~よいではないか~……と。


 助け船と思い、もう一人の女性に目を向ける。が、ダメだ。牡丹先輩は、物凄くいい笑顔でこっちを見ている。考えてみたら、さっき先輩の要求をふいにしたばかりだ。自分が突き放しておいて私の方は助けろなんて虫が良すぎる。結局……。


「恥ずかしいのに……」

「え? 綾たんの彼氏の顔が?」

「ち、違う! その、何か彼氏の写真見せるのって謎の抵抗が……」

「あら、それくらいでいいわよ。頼んでもいないのに自分から彼氏彼女の写真を見せびらかして来るやつは、ロクなのがいないわよん」


 エリナちゃんの勘違いを正したら、何処かの誰かを思い出しているのか、鼻を鳴らしながら嘲笑する牡丹先輩。それがらみで何か嫌なことでもあったのだろうか。何て思いながら、私はスマホを操作してアルバムの写真を引っ張り出す。

 嬉々として覗き込むエリナちゃんは目を丸くしてから何処と無く感心したように。一応彼を知っている牡丹先輩も、珍しい一枚だからか、ヒュー。と、上手な口笛を吹いた。

 見た目好感触だったのに、内心ちょっぴり誇らしいのは内緒。彼は黙ってれば見た目は悪くないのだ。……黙ってれば。


「……へぇ」

「あら、辰君似合うわね~」


 見せた写真は、個人的にお気に入りな一枚。去年に大学の入学式へ行く前に部屋で撮ったものだ。

 スーツ姿の彼につい興奮……コホン。ドキドキして、思わず撮ってしまった。我ながら珍しく暴走したと思う。だって仕方ない。……格好よかったのだ。口で言うのは恥ずかしいけど。

 ついでに着替えてた私のYシャツ一枚姿に今度は彼の方が興奮してルパンダイブしてきたのは余談である。あれは格好よくはなかったので、ニーキックで迎え撃ってやった。

 スーツ姿がエロ格好いい何て誉め言葉? は、一応受け取って置いたけど。


 因みにその日の夜は……。どうせクリーニングに出すからと、互いにスーツで寝た。何かもうしわくちゃの揉みくちゃになって最終的に私の方はYシャツ一枚にされたけど。

 ……聞く人が聞いたらまたか。とか言われそうだが、一応弁解させてもらおう。

 だって……。だって、あれは反則だ。何でネクタイを緩める姿ってあんなに色っぽいのか。そんなの薄暗い部屋で押し倒された上に、目の前でやられたら否応なしに……。


「綾ちゃん? スマホ。スマホ凄い音してるから。砕けちゃうよ?」

「……すいません、思い出し笑いならぬ、思い出し恥じらいで」

「なにそれ綾たん面白……恥じらい? 今恥じらいって言った? まさか綾たん……スーツでなの? スーツでオフィスラブプレイ!? 何てマニアックな……!」

「え、エリナちゃんナニ言ってルノ……」

「あー。お姉さん察したわ~。これ朝まで燃え上がったパターンだわ~。辰君ボコろ」


 自爆テロしてしまった。女三人集まればかしましい。ガールズトーク何て現実は下品で殺伐としてるか、特定の誰かのあられもない生活が暴露されるのが基本である。

 夢を壊すようで悪いが、漫画にあるような女の子達が集まってキャッキャウフフ何て無いのである。無慈悲にも。そして……。


「ん? あれ? あたし、この人見たことあるわ」

「え? そうなの?」

「あれま。ま、うちの大学そこまで大きくないしね~」



 エリナちゃんが、彼の写真をまじまじと見ながらそんな事を言う。確かに牡丹先輩の言う通り、わが大学はマンモス校とまではいかぬ、極々ありふれた広さであるので、すれ違うこともあるかもしれないが……。


「何か空き教室で女の子とイチャイチャしてたから、印象深かったのよね。女の子の方が美人さん……で……。あの……い、いや! イチャイチャは言い過ぎ……だった、かも……」


 なんだろう。エリナちゃんの声が尻すぼみになっていく。どうしたのだろうと首をかしげながら牡丹先輩の方を見ると、私を見る先輩の顔がひきつっていた。


「あ、綾ちゃん? あの、落ち着こう? 目が! 何か目のハイライト消えてるから! 凄いわ。ヤンデレな目とか初めて見た……じゃなくて! ほ、ほら! 辰君だよ? 綾ちゃんにぞっこんLOVEな辰君! 流石に空き教室で他の女の子とイチャイチャ何て……」

「……エリナちゃん。その女の子って。お人形さんみたいな感じ? 亜麻色の綺麗なセミロングで、目が青紫の」

「え……えっと……うん、そんな感じでした。ハイ」


 あの人となら、有り得るかもしれない。そんな事を思ってしまうのが少し悲しい。

多分二人ともイチャついているつもりはない……筈だ。だけどやっぱり、端から見えたらそう見えるのは問題だろう。これは詳細をもう少し聞くべきだ。


「エリナちゃん。そのお話……もう少し詳しく」

「ハ、ハイ……」


 何で彼女は震えているんだろう?

 まぁ、それはさておき。取り敢えず……また貴女(メリーさん)なの!? と、叫ばなかった自分を褒めてやりたかった。

 ガールズトークなんて、所詮こんなものだ。



 ※



「と、言うわけで、第一回。チキチキ、辰君のサークル活動尾行大作戦を始めるわよ!」

「わー!」


 大学内ラウンジカフェ近くにて、何故かハイテンションで盛り上がる牡丹先輩とエリナちゃん。私はそれをボケーっと見てる事しか出来なかった。……何でこうなったか。それは割りと単純だ。


 事情を私から聞いた牡丹先輩が、珍しく眉毛をハの字に曲げて、


「尾行よ! 尾行しましょう! 場合によっては絞めるわあの男」


 何て言って部室から飛び出したのである。きゅっ。と、何かを捻る仕草をする牡丹先輩の笑顔は、とても素敵だった。更に。


「カメラOK。さぁ綾たん。制裁……じゃねーや。彼氏を生で見に行きましょう。あたしに無駄な恐怖を与えた報復に!」


 報復とか制裁とか隠そうともしなくなったエリナちゃんがそれに続いたものだからもう大変。慌てて私が二人を諫めたら、何故か二人ともフルフルと感極まったかのように震えだし。「健気すぎよ綾ちゃん! いいわ、今日は飲みましょう! BARでぶっちゃけましょう!」何て言い出して、結局三人で部室を出る始末。

 とまぁ、飲むのはいいかと思い三人で大学の正門に向かって歩いていた時の事だ。何というタイミングか。こっちの気も知らないで、のほほんと歩く彼を大学内で見つけたのである。

 そういえば、今日はサークルだと言っていた。そんな言葉を私が漏らしたが最後。飲みの予定は一瞬で消え、私達は彼をこっそり追跡していた。


「こちら牡丹。ターゲット、カフェの席についた模様。オーバァ」

「こちらエリナ。死角になる席発見。確保します。オーバァ」

「……あの」

「こちら牡丹。綾ちゃん、ちょっと変装がてら髪結わえようか。オーバァ」

「こちらエリナ。お団子ヘアーにしましょうと提案します。オーバァ」

「……こちら綾、話の流れについていけません……おーばぁー」


 何が悲しくて至近距離でトランシーバーごっこをしているのか。私が嘆いていると、あれよという間に牡丹先輩が私の髪を結わえ、エリナちゃんがカフェに突撃し、彼の死角になる位置の席を陣取り。彼がコーヒーを注文しに行く隙をついて牡丹先輩が私の手を引き、三人揃って席につく。


「……シークレットコード」

「エリナちゃん。彼氏募集中。そちらもお願い致します。牡丹大佐」

「ホモ死ぬべし。慈悲はない。綾ちゃん、貴女もシークレットコードを」

「いやもう何処から突っ込めばいいんですか。私がおかしいんですか?」

「急ぎなさい、綾たん少佐。何なら彼氏と週何回、一晩につき平均何ラウンドするのかでもいいわ」

「え? えっと……日によって変わるけど週に……って何言わせるのよ!」

「……ホラホラお姉さんにだけ教えてみ?」

「……言えません」

「OK。綾たんのコード、彼との時間はヒ・ミ・ツ。で」


 もうやだこの人達。一応最近は週五とまではいかなくなったけど……。大体回数はわりと意味を成さないのだ。一回でも長くて濃いのだともう何ラウンドもしたかのような錯覚が……。って違う!


「……あ、待った。綾ちゃん弄りはそれまでよ。ターゲットが何者かと接触したわ」

「あ、間違いない。あたしが見たのあの子だわ」


 死角の植木鉢から彼の方を伺う先輩とエリナちゃん。……もう不審者にしか見えないけど、私も気になるのでそっちを見る。そこに……。


「待ったかしら?」

「いや、そんなに。寧ろ、いつもは僕が待たせてる側な気がするから、これくらいは……ね」

「前の会合も貴方が待ってなかった?」

「そうだっけ? その前二回は君だった筈」

「……止めましょう。双方が待たせた数を競い合っても不毛よ。お互い様。で、落ち着けない? 私は貴方を待つの嫌いじゃないもの」


 柔らかく微笑みながら彼の傍に歩み寄るのは、当然ながらあの人。彼のサークルでの相棒、メリーさんだ。

 お人形さんみたいに整った顔立ちと、綺麗な亜麻色の髪。宝石みたいな青紫の瞳に、シミ一つない白磁の肌。直接見たのはバレンタイン以来だけど、こうやって改めて見ると、やっぱり妬ましいくらい美人さんだ。あと、暦上夏だから、彼女は結構薄着な訳だけど……。

 ある一点を見て、私は謎の敗北感を覚えた。大きくて見る限り形もいいとか、なんだそれ。最強か。

 それに、目を向けるべくはさっきのやり取りだ。私と待ち合わせする時は、彼はいつも待っててくれる。私より後に来たことはない。

 けど、さっきの口ぶりだとあの二人は時に待ち。時に待たされているらしい。それは何というか、どこまでも対等な感じに見えて……。

 どっちがいいのかは分からない。けど、隣の芝は青く見えるという言葉を、今まさに私は実感していた。


「〝待つことの出来る者には、すべてがうまくいく〟確かにそういう落としどころなら、互いに上手くいく可能性もあるか」

「……ラブレーの『第四の書』かしら? いい言葉だけど、物語自体は苦手だわ。荒唐無稽過ぎるんだもの」

「ラブレーが結構な変態だしね。わりと色々いい言葉も出るんだけどなぁ……」

「まぁ、待つと良くなるって考えには同感ね。でも、動くのだって大事よ? 〝地球上のすべての人には、その人を待っている宝物がある〟待っているものに会いに行くのもまた、素敵だと思うわ」

「パウロの『アルケミスト』だね。〝おまえが何か望めば、宇宙の全てが協力して、それを実現するように助けてくれる〟だったっけ。夢があって痺れるフレーズだ」


 席についてからの流れるような会話に、牡丹先輩もエリナちゃんもポカンとしている。

 私も最初見た時は衝撃的だったなぁ……何て思いながら。


「私が知ってる辰君と大分違うんだけど」

「……あれもまた、素なんです」

「……マジで? 綾ちゃんにぞっこんラブで日々変態行為に走ってる辰君の素が……あれ?」

「私といると、何かネジが外れるらしいです」

「……あれが変態する光景があたしには想像できないんだけど?」

「……変態っていうとヤゴみたいね。トンボの幼虫の」


 牡丹先輩の一言に、エリナちゃんが吹き出す。私も一瞬ツボにはまりそうになったのは内緒だ。

 でも、今は笑えなかった。だって……。

 視線の先には、注文したコーヒーの傍らで、BLTサンドをかじる彼。それを見つめるメリーさん。


「……お腹が空いたわ」

「腹ごしらえしてから出発しようか。注文してきなよ。まだ時間あるし」

「……お腹が空いたわ。けど、サンドイッチ丸々一つは食べれなそうよ」

「あれま。なら、マドレーヌでも頼むといい。紅茶と一緒なら、プルーストの小説みたいな気分に浸れるだろうさ」


 そう言って彼はカップに何かを入れるような仕草ををする。その行動の意味も分からない。けど、メリーさんはそれだけで察したようで、クスクスと笑っていた。


「失われた時は求めない主義なの。例外は除いてね。それに私、基本的に安眠よ?」

「確かに、君の寝付きのよさはたまに恐ろしくなるな。いつぞやスペースマウンテンで寝ちゃった時は、実はメリーって大物なんじゃないかって思った」

「大物というよりは、低燃費なだけよ。具体的にはBLTサンド一口でお腹いっぱいになれそうなくらいに」

「……よこせってか」


 ……そしてお前はあげるのか。

 彼が差し出したサンドイッチにメリーさんの可愛い口がパクりと噛みつく。本当に一口。だけどそれで充分とでも言うように、メリーさんは小さく喉を動かして、彼からの分け前を飲み込んだ。

 あーんなんて、最近してないし、してもらってない。

 いや、恥ずかしいからやらなかっただけで、彼がやってって言ったら……。違う、そうじゃない。突っ込むべきは他にもいっぱいある。

 寝付きのよさを知ってるって何だ。頻繁にメリーさんは彼の傍で寝るって事か? スペースマウンテン? 某ネズミの王国行ってきたなんて私は知らないぞ? 何しに行って……オカルト関連か。この二人ならそうかもしれない。けど……やっぱりモヤモヤする。


「辰がかじった所はくれないのね」

「それやったら僕ただの変態じゃないですかー。やだー」


 そう、貴方は変態だ。私の前では。それもまた、貴方だと知っている。メリーさんには、そんな一面を逆に見せないのかもしれない。でも……。


「さて、腹がふくれたならそろそろ行こうか。今日の検証は……」

「電車ね。山手線よ。……その前に寄り道は?」

「聞くまでもないだろう?」


 席を立つ二人。牡丹先輩とエリナちゃんは、どうする? といった顔で私の方を見ていた。

 私は目を閉じて、静かに思案する。

 メリーさんに、変態な一面は見せていないのだろう。けど、私には、〝あの彼〟をほとんど見せてくれないのも事実。

 どちらも欲しいなんて、酷い我が儘だと思う。でも……。


「……私は、彼の見る世界を知りたい……!」


 そうしないと、本当に彼が遠くへ行ってしまいそうだったから。

 私が立つのを見た牡丹先輩は、しょうがないなぁなんて言いながらも、優しい顔で。エリナちゃんは、「決定的瞬間見たらレッツ血祭りね!」と、好戦的に笑う。


 こうして、彼の調査は続行された。

 後にいろんな意味で後悔することとなる、魔の追跡が……。


 

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