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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常編その2
30/65

バカップルによるバカップルのためのバカップルなコスプレのススメ

 大学での講義を終えて部屋に帰ると、彼が座禅を組んでいた。

 さっそく蹴ろうと思ったが、辛うじて踏みとどまる。

 基本彼が奇行をするときは、主に私にロクでもない出来事が降りかかってくる。降りかかってくるのだけど、まだ彼は何も言ってないし、何もしてこない。だから様子見くらいしても……。


「メイド服。いや、ナース? 女医も捨てがたい。はっ! ミニスカポリス……否、いっそ高校の頃の制服でも……!」


 うん、ダメみたいだ。

 今日はどうしてくれようか。

 最近のトレンドはテコンドーキック。

 彼の顔面を素敵にかち上げれば、女子力(物理)も鰻登りに……。


「綾ぁ!」

「ひゃん!」


 何て思ってたら、急に彼は間合いを詰めてきて、私の両肩を掴む。神速に等しい動きに、私の口から思わず変な声が出てしまったのは、深刻に巻き直したい。

 てか彼氏よ。お前どうやって移動した。

 ついさっきまでソファーで座禅組んでなかったか? 何をどうやって部屋の入り口に立つ私の方まで飛んできた? ワープか? ワープなのか? 変態には……多少なってもいいけど、人間だけは止めないで欲しい。


「……綾、お出掛けしよう」

「……もう夕方五時よ? 外食?」


 そんな私の願いはさておき、そんな事を言い出した彼に一応問い掛けてみると、彼は「あ、それも追加で」何て指を鳴らしつつ……。


「君に似合う、コスプレ衣装を買いにいこう!」

「……あ、はい」


 あまりにも真剣な顔で彼がそう宣うものだから、凄みとか勢いに負けて私はついつい返事をしてしまい……。


「……って、ちょっと待っ……」

「ありがとう! じゃあ、早速行こう! すぐ行こう!」

「……ふぇ?」


 気がついたら、私は手を引かれ、部屋の外に連れ出されていた。

 後悔してももう遅い。ついでに、わかっていても、身構えていても避けられないものもある。そう学んだ瞬間だった。

 彼限定ではあるけれど、押しに弱いのも考えものだ。

 


 ……で。



「ニーハオ!」


 到着した某サブカルチャーの都にて。何故か母国のものではない挨拶をする彼。……の、横で私は目を白黒させるより他はなかった。

 きらびやかな衣装。衣装。衣装。

 こんなに種類あるの? ってくらいに店全体を彩るそれらに、私はただ圧倒されるより他はなかった。


 店主らしき女の人が、私と彼をざっと見るなり、「いらっしゃ~い。ニーハオアルよ~」何て返してくる。

 見た目中国の人には見えない……ので、結構ノリがいい人らしい。


「……ねぇ、何で急にコスプレ?」

「え? 君に着て欲しいからだよ?」


 他に理由あるの? 何て付け足す彼。ブレない奴だ。流される私も私だけど。

 でも……。


「……何て言うか……凄いわ」


 一応女の子だし。可愛い衣装にはちょっとだけ興味はある。すんごく恥ずかしいけど、彼だけに見せるなら……。いや、でもやっぱりそれ着たら彼、絶対狼に……。いや何を言う私。ただ着て欲しいだけかも……。

 そんな具合に私が百面相していると、彼はいつのまに持って来たのか、一着の衣装を私に手渡してきた。


「ささっ、綾。取り敢えずこれを着よう」

「……選ぶの早くない?」

「前もってネットで決めてたからね。君に合いそうなの」

「その行動力というか、思考の早さには感服するわ。……てか、これ……」

「大丈夫。綾、僕を信じて」

「……そのたまに見せる凛々しい顔をこんな時に使わないでよ」


 私的にグッと来る表情だったのに。

 密かにお気に入りだったのに。

 何かもう色々と台無しだけど、もっと取り返しがつかないのは「まぁ、着てあげようか」何て思っちゃう私の心で……。


「……きっと似合うと思う。いや、絶対似合うから、綾に着て欲しい」


 ……アレだ。この間の花見で少しだけ暗い雰囲気ににさせちゃったお詫びとかも含んでいるだけだ。

 断じて。彼の喜ぶ顔が見たいとか。これ着たら、もっと私にメロメロになってくれるかな……とか。思ってなんかない。そうだとも。


「……似合ってたら?」

「似合うは確定だけど、予想以上だったら買っちゃいます」

「……高そうよ? これ?」

「……生きる上でお金は必要だ。だけど、この場面においては重要ではない。綾がこの服を着て、僕らの部屋にいてくれるかもしれないというこの場面では……!」


 やだコイツ。凄いカッコいい事言ってるように見せ掛けて変態だ。変態だとは思うけど……。


「……なんかもう、なるようになれだわ」


 着るだけならタダだ。うん。



 ――それから数分後。衣装に袖を通した私は、高鳴る胸を押さえつつ、まず試着室のカーテンから外を覗き見る。よし、店主さん以外は他の人はここからは見えない。ので、一先ず大丈夫だろう。

 意を決して、カーテンを開ける。そしたら……。


「……ナンテコッタイ」


 彼が眩しげに目を細め、しっかり親指を立てながら、ガクリと床に膝をついた。「我が人生に……一片の悔いなし……」何て言っちゃう始末。

 何か分からないけど、破壊力は充分だったらしい。


「アイヤー。凄いアルね~。お世辞抜きにコレが似合う娘、なかなかいないネ」

「何を言うんだ。綾に似合わぬ衣装など……ないっ! という訳で、店主(マスター)。言い値で買おう」

「ハイヨ~」


 何か買うの決定らしい。

 因みに、今私が着ているのは桃色のチャイナドレス。

 なのだけど……。


「ね、ねぇ。何だかスリット……深過ぎない?」

「脚が綺麗すぎるからもう完璧です」

「そ、それに何よコレ。何でチャイナドレスなのに胸元が開いて……」

「ものっ凄いセクシーです。本当にありがとうございました!」

「……これ、お部屋で着るの?」

「何か問題でも?」


 ……着といて言うのもアレだけど、ありまくりな気がするのは私だけだろうか。

 今更恥ずかしくてモジモジしてたら、彼はますますいい笑顔。まるで菩薩のようだ。……全然ありがたくないけど。


「も、もう着替え……」

「え? まだまだ着て欲しいのあるよ?」

「……へ?」


 たっぷり数十秒硬直し、彼が手に持つ衣装を見て、私はブンブンと首を振る。

 まさか複数着買う気なのか? それは流石にやりすぎだ。

 というか……。


「ね、ねぇ……それもそっちも……全部おかしくない?」


 赤いチャイナ服……なんだけど、丈がおかしい。どうみてもこれじゃあミニスカートだ。

 もう片方は……。何で上と下が分かれている? おヘソ出す意味は? ロマン? 知るかそんなの。

 最後のなんか、もうどう言えばいいんだこれ。物凄く着る人を選ぶ気がする。


「こんなとこ誰かに見られたら……」

「大丈夫。世界は狭いと言えども、そんなタイミングよく知り合いに会うわけ……」

「あれ? 辰じゃん。何してんだよこんなとこ……で……」


 嫌な予感とは、得てしてよく当たるもの。彼の友人、秋山くんがそこにいた。買い物中なのか、紙袋を一杯持っている。……彼の鼻から赤い筋が伝い落ちているのは……私もどう反応すればいいのやら。


「あら~ん? 辰君? 綾ちゃん? ……何してるかお姉さんにも教えなさいよグエッヘッヘ……」


 嫌な予感は連鎖もするらしい。何で秋山くんとは反対側から牡丹先輩が現れるのだろう。ついでに、カメラサークルだからカメラを携帯しているのは、まぁあり得ることとして。どうして今一眼レフを私に向ける必要があるというのか。


「…………っ! ごめんなさいって……先に謝っておくわ」


震えながら声を発する私に、彼は全てを悟りきったかのような、晴れやかな笑顔で。


「いいよ。僕は彼氏だからねぇ。君のキックも羞恥心も。華麗に受け止めてペロるから大丈夫さ」


最後に何か妙な単語が来た気もするけど、もう気にするだけ無駄だろう。

 テコンドーキックは、寸分たがわず彼の顎を捕らえ、弾き飛ばしたとだけ伝えておこう。


 取り敢えず。見られたのが秋山君と牡丹先輩だけだった事がせめてもの救いと思うことにする。

 万が一牡丹先輩と一緒にサークルの皆がいたら……?

 考えただけでゾッとする。

 だってこんなの、彼氏と変態的な衣装を買いに来た彼女の図だ。間違ってはいないけど、恥ずかしすぎるではないか。



 後日談。


 結局、さんざん着せ替え人形にされた挙げ句、最初に着た桃色の色々と間違っているチャイナドレスだけ彼は購入した。

 店主と彼と何故か牡丹先輩が、友情を確かめあうかのようにがっしりと円陣を組んでいたのは……。もう見なかったことにしよう。

 秋山くんの鼻血がずっと止まらなかったのは……。ちょっと可哀想だった。貧血にならなければいいけれど。

 牡丹先輩に撮られた写真だけは全力で削除した。……後々復元されてサークル内で物議をかもしだすのはまた別のお話。


 さて、ここからが本題だ。

 皆で外食し、部屋に戻った私は、今日さんざん振り回してくれた彼に仕返しをする事にした。

 買ったチャイナドレスをパジャマがわりに着た私。姿見で確認すると、何て言うか……やっぱり色々と問題ありな気もする。けど……。


 こっちに向かう足音が聞こえてくる。彼が来たのだ。お風呂から上がり、歯磨きを終えたのだろう。さぁ、ギャフンと言う時間だ。


 まさか買ったその日に私がこれを着るなど彼は思うまい。今日着せちゃったから、冷却期間を経てから着せるに決まっている。

 そこであえて今着る事でビックリさせてやろう。悩殺して(出来るかはともかく)何事もなく隣で寝て、蛇の生殺しにしてやる。

 ざまみろ。


 ドアが開く。彼が入ってきて……。

 すぐさま私は彼の胸に飛び込んだ。石鹸と彼の匂い。ちょっとだけクラクラするけど、そこはぐっと堪えて。


「う、うぉーあいにー」


 舌ったらずな私の台詞に、彼は稲妻でも受けたかのように固まっている。その時だ。何処からともなく「プツン」なんて何かが千切れる幻聴が聞こえてきて……。





 いつもみたいに、彼に腕枕されたまま、私は心地よい微睡みからゆっくりと現実に引き戻される。気がつけば、朝になっていた。

 昨晩は……回想する余裕も体力もない。てか、腰が痛い。

 ふと斜め上を見ると、彼が穏やかに寝息を立てていた。全くもって無害そうな顔。昨日とは大違いで、つい頬をつねりたくなる。

 でも、いつもよりだいぶ激しくて荒々しかった彼に、少しだけキュンときてたり。たまには悪くないだなんて……思ってはいない! ないったらない!

 とにかく、コスプレ的なのはしばらく懲り懲りだ。

 大体こんなのバカップルがやる事だ。恥ずかしいったらない。


「洗濯……しなきゃ。あとお風呂」


 朝から思うことはそれだけ。色々とぐちゃぐちゃなのだ。ああ、でも身体が動かない。大学も行かなきゃいけないのに……。

 ふと、彼の顔を見る。この様子だと、暫く起きることはなさそうだ。


「……サボろ」


 真面目を信条とする私だけど、たまにはこんな日があってもいいじゃないか。

 春眠暁を覚えずを言い訳にするのは心苦しいけど。何だか今日は部屋から出たくなかったのだ。


 パラパラと音を立てている春雨を子守唄に、私は再び微睡みに堕ちていった。




 


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