表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/65

愛の手料理、宿命の胃痛

 目の前で、彼が苦しんでいる。

 悶え、のたうち回り、息も絶え絶えになりながら、彼は私を見る。

 交差する視線。

 今にも意識が飛びそうに見える彼は、弱々しくもにっこりと、私に微笑みかけた。

 僕は、それでも幸せだよ。と、目が語っていた。


「う……ぐ……」


 痙攣する彼に、最期の時が訪れた。ゆっくりと、どこか大袈裟なリアクションを取りながら、彼は私からの施しを飲み込んだ。


「僕は、やっぱり、幸せなんだなぁ……」


 みつお。何て言わんばかりに、彼はうんうんと頷いた。

 悟りきった表情だが、額には脂汗が浮かんでいる。

 色々と伝えたい事はあるが、ともかく今は質問が先だろうか。


「……どうして私の手料理を食べた時のリアクションがそれなのか、説明してもらってもいいかしら?」


 顔がブスッとした表情になっている事は、自分でも分かっている。けど、聞かずにはいられなかった。

 無理して言われる、『幸せ』という言葉程、虚しいものはないのである。


「い、いや、見た目は良かったと思うよ? 初めて手料理振る舞われた時なんか料理処か物質としての原型も……じゃなくて! あ、味は、その、エグ……違う! 刺激的な味だったけど、見た目は結構いいよ! この〝ビーフシチュー〟」


 ザクリという音が、狭い室内で精神的に響き渡った。主に私の――たぶん人より控えめな所謂乙女心的な物に、彼のナイフが突き刺さる。無論、物理的にではなく、比喩的に。


「わ、私が作ってたのは〝クリームシチュー〟なんだけど……」


 沈黙が流れた。彼の地雷を踏んだ! といった顔が、ますます私を沈めていく。

 そうか、ビーフシチューに見えてしまったか。


「ご、ごめん。茶色かったからてっきり……」

「……ぐぅ」


 悔しげに歯噛みする私に、ただただ平謝りする彼。

 夕食時のこの時間。彼がバイトで遅くなるというので、頑張った結果がコレである。

 途中まではクリームシチューだったのだ。なのに、最後の最後にかき回したら、何か黒くなった。

 認めよう。焦げたのだ。


「こ、芳ばしくて美味しい……」

「気休めは止めて。分かってるから」


 料理の関係上、結っていた髪を解く。そこそこ長いので、こうしないと邪魔で仕方がなくて……。


「え、取っちゃうの?」


 そこで、残念そうな彼の声。その一言に固まった私と、彼の視線が交差する。


「ポニーテールって、何か新鮮で」

「……そうだったかしら?」


 言われてみれば、あまりやった記憶はない。昔から髪は下ろしているし。


「黒髪でロングストレートな美人さんのポニーテール。これ程破壊力があるものはないと思うんだ」

「……じゃあ、年中結っていた方がいいかしら?」


 結った部分を弄りながら問いかけると、彼は「まさか」と、首を横に振る。


「たまにやるからいいのさ。今日みたいに料理する時とかね」

「そういうものなのね」


 男ってよくわからない。取り敢えず、それならばという事で髪を解く。ハラハラと散らばった髪を整えていると、横でグッジョブ! 何て声が上がる。たまに訳がわからない事で喜ぶから、扱いに困る。


「そういえばさ、さっきのあれもよかったよ」

「……何の話?」


 茶色いクリームシチューをかっ込みながら、彼が切り出す。


「いや、お玉片手にエプロンで、おかえりなさい。破壊力が半端なかった」

「……シチューとどっちが強烈かしら?」

「……あ、あの目の保養があるからシチューも何とか……」


 正直でよろしい。取り敢えず以前みたいに吐かれる事がなくなっただけ、進歩したと言うべきか。今だエプロンの補正があるお陰で何とかなっているというべきか。


「まぁ、君が作ってくれるってだけで、僕幸せなんだけどね」

「……真顔でそういう事言わないでちょうだい」


 恥ずかしいから。とは、伝えないでおく。けど、そうやって素直に言ってくれるから、私は……。


「裸エプロンって……いいよなぁ」


 ……ちょっと出かかった、私のデレを返せこの野郎。

 いきなり過ぎるその一言に、右足が動くのを必死に抑える。ダメだ。テーブル越しにハイキックはダメだ。

 取り敢えず平静を装いつつ、「どうしたの? いきなり?」と、問いかけてみる。すると、彼はよく聞いてくれました。と、言わんばかりに親指を立てた。


「裸エプロン! その魅惑の響きは言わずもがな、見た目の麗しさにも破壊力の秘密があるのさ!」

「……見たまんまじゃない。」

「そう! 見たまんまなんだ! しかし覗くうなじ、脚、鎖骨! それすべてが男の妄想を掻き立てるのさ……!」


 彼と付き合うようになってから、男ってどうしようもないんだなぁと、思う事が多い気がする。間違いなく。

 ついでに、この後の展開を予想できてしまう辺り、私もどうしようもない女らしい。


「と、いうわけで……」

「やらないわよ」


 彼の顔が、硬直する。断られる事など、微塵も想像していなかった。そんな顔だった。


「な、何故!」

「いや、それこそ何故よ」


 私がそんな格好を容認する訳が……。


「だ、だってこの間のガーターベルトやベビードールだって……実際燃えに燃えて……」

「……ムエタイキックと、テコンドーキック。どっちがいい?」

「すいませんでした!」

 一瞬で切り替えて、シチューを再びかっこむ彼。一口食べるたびに、涙目になっているのは……重く受け止めよう。

 彼は、優しい。けど、その優しさが、どうしようもなく痛いときがある。

 どんなに私の料理が美味しくなくても、しっかり完食してくれるのだ。だから……。


「……次は、頑張るから」


 声が震えないように、私は宣言する。すると、彼はいつものように屈託なく笑って……。


「え? 裸エプロン?」


 わざとなのか、素なのかは、判断がつかなかった。

 両方と答えるのが〝可愛い彼女〟なのだろうけど。そう答えてあげたいのが本音だけれども。


「カポエラキックよ」


 生憎私は、恥ずかしいのは苦手なのだ。


 因みに……裸エプロンは顔から火が出るかと思ったけど……彼が物凄く喜んでくれたとだけ伝えておこう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ