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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常編その2
28/65

YESかNOかという馬鹿らしい問い

 ある夜の出来事だ。寝室に入った私が見たのは、実に奇っ怪な物だった。

 今日寝るのは彼の部屋。二人で寝るにはちょっと狭いシングルサイズのベッドだが、彼とぴったりくっついた方がよく眠れるので、これには不満はない。問題は、そこの上にある、一対の寝具にあった。

 見た目は枕だ。ああ、間違いなく枕である。

 その色が真っピンクで、赤丸に『YES』と、でかでかとしたプリントがある以外は。


「なんでこう……貴方は私に痛め付けられる方向へ暴走するのかしらね?」


 そんな独り言を述べながら、私側の枕をひっくり返してみる。予想した通りの模様に、私はため息をつく。取り敢えず、次の行動は決定した。

 数分後、歯磨きから戻った彼が、部屋に入ってくる。

 固まる私に気づいたのだろう。

 物凄く楽しそうな顔で親指を立てている。ああ。彼ったら、私を煽るのも得意だった。もしかしたらドMなんじゃないかって心配になる。


「あ、それね。ジョークグッズ屋さんにあったんだ。何か面白そうだったから買ってみたん……ノォオオオ!?」


 今日は飛び道具にチャレンジしてみた。彼に枕をシュート。サッカーでいうインステップキックで放たれたそれは、見事に彼の顔面に命中。彼から見れば丁度枕の裏側、青にバツ印で『NO』と書かれた部分が大写しになっている事だろう。

 因みに私から見たら、彼の顔がピンクで『YES』になっていて、ぶつけといてちょっと吹き出しそうになったのは内緒だ。


「な、何て斬新なNOサインなんだ……」

「変なもの買ってくるからよ。人に見られたらどうするのよ」


 こんなの見られた日には、バカップルのレッテルが貼られてしまうに決まっている。

 私も彼も、あまり人は招かないというのは置いといて。

 大体なんだこれ。私がYESの方にして、彼がNOにしたら、何だか私がバカみたいではないか。恥ずかしい。

 投げた枕を拾い、私側は青い方を向けておく。「あ、NOなのね」と、肩をすくめる彼にちょっとだけ罪悪感を……。いや、ダメだ。感じちゃダメだ。何かそこまで行ったら末期な気がする。

 二人そろってベッドに入る。

 彼は枕に。私は彼の腕に枕を乗せようとして……。


「ね、ねぇ」

「ん~?」


 リモコンで電気を消そうとした彼にストップをかける。キョトンとした顔になる彼。可愛い何て思ってはない。ないったらないが……。


「あ、貴方もNOにしてよ」

「はい?」


 漏れた私の我が儘。

 何となくだけど、色が揃わないのは嫌というか……彼に我慢させているのではないか。とか。だったら最初からYESにしろという話になるが、それはちょっと何だろう。違う気がして。でも私がYESにしてたら何かこう、私が飢えてるみたいな? なんだそれは恥ずかしい。大体こういうのは理屈じゃなくて……。


「ああ~、綾。わかったよ。ストップ。僕が悪かったからそんなに混乱しないで」

「こ、混乱にゃんてしてなひゅ……。し、してないわ」

「いや、噛んどいてキリッてされても可愛いだけだからね?」


 ……もうやだコイツ。

 きっと人を恥ずかしくさせる天才に違いない。


「と、とにかく! 貴方もNOにしてよ」


 ……自分で末期とか言ってたけど、認めよう。この際理不尽だと思うけど、誓ってもいい。朝になったらきっと私の中で変な罪悪感が巻き起こりそうなのだ。実際片方がYESで片方がNOだと、何だろう……すれ違ってるみたいで……。

 私がそんなことを考えながら彼を見つめると、彼は困ったように笑いながら、頬を掻く。そこでちょっとだけ、「あれ?」と、首を傾げてしまう。

 何故かって、彼のこの仕草と表情は、わりと本気で困ってる時……だから。

 どうしたというのだろう? 軽く考えて……。


「え、えっと……嫌なら……その、いい……わよ? 無理してひっくり返さなくても」

「い、いや、嫌とかそうじゃなくて……ね」


 自分の欲望……じゃなかった、気持ちには嘘をつきたくない。とかそういった理由だろうか? と思ったけど、それは違うらしい。なんとも言えぬ空気がしばらく続き。やがて彼は、観念したように枕を裏返した。


「……へ?」


 裏側を見た時、今度は私が困った顔になる番だった。

 答えは至って単純。彼の側だけ、YESの裏もYESだったのだ。


「あの……何これ?」

「いや……まぁ……その……さ」


 目をしばたたかせる私に、彼は歯切れ悪くも言葉を濁し……。


「ぶっちゃけ、君にNOとか無理だし、考えてみてくれよ。君がYESとか来たらさ……尚更僕がNOに出来るわけないだろがぁ!」

「……あ……あう……」


 逆竜頭蛇尾の勢いで、彼は主張する。

 最後はもはや魂の叫びのようで、思わず気圧されている私がいた。

 何だろう。凄くアホな事を叫んでるのに、気圧されている自分が悔しい。

 ついでに、何かいつでも受け止めてくれる発言のように私の中で変換されて、ちょっときゅんとして……。

 いやいやそんなバカな。フィルターだ。フィルターがおかしい。彼氏彼女補正にしてもそれは……ない。なのに。


「……いつでも、YESなの?」

「え? うん。でも君がNOの時は流石に自重するよ? 無理矢理よくない。我慢してるとか、そんなんじゃなくてさ」

「……そっか」


 多分、それはホント。今までの傾向が物語っている。

 私が本心からNOと言えば、彼は何もしない。それなりに長い付き合いだから分かるのだ。だから、彼だって分かってくれてもいいじゃないか。何て言うのは我が儘だろうか?

 そっと彼の胸板に顔を埋める。私の枕は、NOのままだ。


「私……自分で言うのもあれだけど、恥ずかしがり屋な方だと思うわ」

「へ? う、うん。そうだね」


 知ってるよ。何て言う彼のパジャマをしっかり握り締める。きっと今、私の顔は耳まで真っ赤に違いないから。


「だったら……分かるでしょう? こんなの……私の方からYESに出来るわけないじゃない……」

「……あ」


 彼が息を飲む気配がする。どうにも無意識で私を追い込んでいたらしい。恐ろしい人だ。

 互いに無言が続く。時計の秒針だけがやけに響く部屋の中、先に口を開いたのは彼の方だった。


「えっと……〝今は〟NOなの?」

「そう、よ」

「あ~……そこからYESになる可能性は?」

「……聞かないで」


 知ってる癖に。

 そんな悪態を心の中だけでついてたら、私の顔が優しく胸板から引き離され、そっと両頬に手を添えられる。

 見つめ合いに五秒くらい。私は目を閉じて、顎を少しだけ上げて待つ。


 寝る前のキス。普段は彼の腕枕の上で、互いに顔を寄せあって軽くするそれ。

 だけど、ファーストキスの時みたいに見つめ合って、ゆっくり、蕩けるようにする時は。それに私が応じた時は……。


「んっ……」


 触れ合うだけ。けど、少し長め。互いの境界が分からなくなる位のキスに、心がふわふわしてくるのはいつものこと。

 それは、合図なのだ。暗黙の了解。というか、ちょっとした互いの心の準備というか。何と言うか……その、すなわち……。



 エッチしよう。って合図だったりする。



「……反則よ」

「……こっちがそれは言いたいな」


 唇が離れた瞬間、つい悪態をつく。何で彼はこういう時、無駄に色っぽいのか。主にこっちを見つめて来るときとか。というか、これがあるんだから、あんな変な枕なんて要らないじゃないかこの野郎。

 チラリと、電灯のリモコンに視線を向ける。こういう時、電気を点けるか点けないかは、結構気分だったりする。

 因みに今日は消してほしかった。のに……。


「ダメだよ。今日は消さないよ」

「なんで……はうっ!……よぉ……?」

「だって消したらYESかNOか分からないじゃないか」


 ……あれか。私がYESにするとこ見たいと。そうですか。

 そして然り気無く私のパジャマのボタンが何個か外されてて……。外気に触れた肌を彼の指がなぞる度、私に電撃が走る。


「……意地悪」

「なんとでも。ああ、でも」


 口ではそう言っても、内心では満更でもない自分が嫌になり、悔しい。そう悔しいのだ。でも感じちゃう。

 もう駄目だ、末期すら通り越してる。普段の馬鹿で変態な感じが鳴りを潜めて、本来の気質であろう、所謂彼の男を感じさせる姿が顕著になるこの時。それに私は、どうしようもなく胸を高鳴らせてしまうのだから。


「恥ずかしがる君ってさ。凄く可愛くて、もっと苛めたくなるんだ」


 結局、枕の柄は同じになった。とだけ付け加えとく。

 大学生の同棲なんて、所詮こんなもんだと開き直るしかない。

 ……そうでも言わないと、恥ずかしくて死にそうだ。

 

 

 



 

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