ホワイトデーの方が基本ハードルが高い
「ほい、ホワイトデー」
僕に手渡された小包をサークルの相棒、メリーは目を丸くしながら受け取った。
……予想外といった顔だ。そんなに驚いたのだろうか? お返しはするって予告していたのに。
「……えっと、不意を突かれてね。正直忘れられちゃったのかと思ってたわ」
「そんなに僕が薄情に見えるのかい? 実は彼女と妹以外に貰うの初めてだったんだよ。ちょっと嬉しかったりしたんだよ」
これを言うのは少しばかり恥ずかしいが、メリーがあまりにもまじまじと小包を見つめるのだから、綾には内緒の本音を述べる。
サークル活動中に適当なカフェを見つけて、少しの休憩。これもまた、いつもの流れだったりする。
頼むものは、その日の気分。珍しいメニューがあれは挑戦してみたりする。二人揃って微妙な顔になることも度々あるが。それもまたよしだ。
因みに今日は僕が抹茶ラテ。メリーはカフェモカ。ちょっとばかりほろ苦くも甘いものをチョイスしてしまったのは、まだ街に残るホワイトデーの気配にお互い当てられたからに違いない。
「〝あなたのプレゼントなんか欲しくないわ。欲しいのはあなたよ。あなただけ〟」
「……生憎、僕は君と乱れたベッドを共にする程、不実ではないつもりだよ」
「……うん、知ってる。私だって女優さんみたいに奔放な訳じゃないわ。どちらかというと……作家さん寄りよ」
乱れたベッドは共にしなくても、意外と一緒に夜を明かしたことは結構ある。が、それは今気にする必要はないだろう。
「僕だから良かったものの……さっきの台詞、他の男だったら勘違いしちゃうよ?」
「他に言う男が、私にいると思う? というか、辰以外には言わないわよこんなこと」
タチ悪いなぁ。何て僕の冷笑を、メリーもまた涼しげな顔で受け流す。人をからかうのが好きな奴だとは知っていたけどさ。
「で、いらないの?」
「何言ってるのよ。貰うわよ。超嬉しいに決まってるじゃない」
そう言って、メリーは小包を宝物のように胸に抱え、絶対返さない。何てポーズを取る。取り敢えず、喜んでくれてるみたいでよかった。〝贈り物というのは、相手に受け取ってもらって初めて贈り物となる。受け取ってもらえなければ、それは単なるお荷物でしかない〟からね。
そんなことを僕が漏らすと、メリーは妙に悪戯っぽい顔で笑い出す。
「貴方は将来、鎧が脱げなくなる。何てことはなさそうに見えるけど?」
「さて、どうだろね? 家庭を大事にするよりは、家族を愛したいのは事実だけどさ」
稼ぎは必要だけど、仕事人間にはなりたくない。男はつらいよなんて色々と的を射ているものだと思う。まぁ、女は女で別の柵を抱えているんだろうけどね。
「またどーでもいい事考えているとこ悪いんだけど、開けてもいい?」
「君と僕の会話の半分位は、割りとどーでもいい内容な気もするけど、どうぞ」
そのどーでもいい事が楽しい。とは、お互いに言わない。分かりきっていることだ。ともかくも、僕から了承を得たメリーは嬉しそうに。丁寧にラッピングを剥がしていく。中身を見た時のキラキラした顔は、少し早い誕生日プレゼントを貰った子どもみたいだった。言ったらまたヘッドバットが飛んできそうだけど。
「あ、美味しそう」
「チェリーパイ好きって言ってたからさ。作ってみたよ。木イチゴ水の変わりにお酒を入れたりはしてないから、安心して食べるといい」
「あら、じゃあ今度は痛み止めがたっぷり入ったケーキでも作る?」
「それなら君は、赤毛のアンのように、風邪をひかなきゃね」
「そしたら辰が看病してよ」
「メリーがあまりにも重症で動けないくらいだったら助けに行くさ」
また綾が機嫌悪くなりそうなシチュエーションだから、出来るならごめん被りたい……。が、いざそうなったら放置できそうにもないのが悩ましい所だ。……綾に言ったら蹴り飛ばされそうだから言わないけど。
そんな僕の内心など知ってか知らずか、メリーは幸せそうにチェリーパイをかじっている。あの、ここ一応カフェ……まぁいいか。
そんな妙な後ろ暗さを差し引いてでも、彼女が嬉しそうにしているからいいと思える辺り、僕も大概だ。
「凄く美味しいわ。ギルバートが胃袋を掴まれるのも分かる気がする」
「ジム船長も未練たらたらに帰っていったしね。チェリーパイ凄い。今春だけど」
「カナダでは夏にしか食べれないお菓子だったのよね。時代が違うとはいえ、こうしてみると日本は本当に食に恵まれてるわ」
そんなコメントをしながら、メリーはあっという間にチェリーパイを平らげてしまった。
「御馳走様でした」
「御粗末様でした」
カフェでやる会話じゃないなぁ何て思い、二人揃って吹き出したのを、ウェイトレスさんが不思議そうに見ている。食べていたのは、幸いにしてバレなかったらしい。
「さて、休憩もいい塩梅にとれたことだし、そろそろ出発しようか」
「そうね。あ、ちょっと待って」
時刻は十五時半。そろそろ動くべきだ。
と思ったら、メリーは不意にハンドバックをまさぐって……。
「ほい、ホワイトデー」
僕と全く同じ台詞で、僕にそれを手渡した。
綺麗にラッピングされた小さな箱に僕が戸惑っていると、メリーは大したものじゃないわよ。とだけ付け足した。
そういえばバレンタインデーのプレゼントとして、髪を梳かしてあげたことを思い出す。お返しがあるとは思わなかったけど。
「失礼ね。私をそんな薄情な女だと思ってたの?」
見事に返された事に降参の意を伝えながら、僕はそっと包みを開けた。中に入っていたのは、中くらいのメダルのようなペンダントだった。
「……これ」
「あ、分かる? 御守りよ」
アミュレット、タリスマン、護符。色々な呼び方があれど、用途は同じ。見るからに霊験あらたかな代物だと、直感で分かる。
何を非現実な事をと思われるかもしれないが、それなりに霊感やらは持ち合わせているのだ。だからこそ、オカルトを追っているのかもしれないが。
「辰は……危なっかしいから。ちゃんとこの世にいられるように……ね。因みにしっかり念を込めた……手作りよ」
「え、凄くない? 念だけでこんなに効果ありそうなの作れるとか……」
「ちょっと重いかしら?」
「え? 何故?」
「……いいえ。そう感じなかったならいいの」
そう言って笑う、メリーのアメジストのような瞳を見つめる。青にも紫にも思えるそれは、本当に綺麗だった。
ふと、昔の事を思い出す。〝あの人〟の瞳も、吸い込まれそうなほど美しかった。それこそ、この世のものとは思えぬ位に。
あれはまた、ほろ苦い初恋だった。
「……生憎、もうこの世から一人でいなくなるつもりはないよ」
そう呟きながらアミュレットをつけようとする。すると、メリーが僕の手をやんわり掴む。
「つけてあげる」
そう言うなり、メリーの腕が僕の首に回る。端からみたら、メリーが僕に抱きついているように見えるかもしれないけど、これくらいの距離感は今更だ。
白くて冷たい指が首の後ろに触れて、何だかこそばゆい。つい身をよじると、メリーは蠱惑的な笑みを浮かべながら、ますます僕に顔を近づける。ハチミツみたいな甘い香りが鼻をくすぐるなか、何の気なしに僕らは見つめ合う。
「動かないで」
カチリという音がして、アミュレットが首にぶら下がる。重みにはならないけど、存在を主張するそれ。寧ろ身体が軽くなった気さえしていた。
「魔法にでもかけられたみたいだ」
笑いながらそんな感想を述べると、メリーは得意気にウインクし……。
「そうね……私、メリーさん。今、貴方に呪いをかけたの」
そっと僕の耳元で、いつもの台詞を囁いた。
※
最初は、興味しか持っていなかった。
けど、そのうちに貴方と話し、一緒にいるのは予想以上に楽しいことに気づいたのだ。同じものを追える人がいることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
〝体質〟ゆえに。だが、それでも孤独など微塵も感じなかった私にとって、友という言葉は、ちょっとくすぐったかったのだ。
それがまた変化し始めたのは……はっきりと覚えていない。
初めて出会った理解者だからか。
彼の時折周りを見る、寂しげな顔を見てしまったからなのか。
誰もが気味悪がった私の青紫色の瞳を、彼だけは綺麗だと言ってくれたからか。
うん、認めよう。恋してしまったのだ。
そして……。
もっと早く出逢いたかった。今はただ、それだけを思う。
小さなうちに出会えてたら、きっともっともっと楽しかったろうに。この日常から逸脱した世界を、二人で渡り歩いていけたなら……。
そんな特別さを感じた私達はコンビを組み、お互いの秘密を共有した。あの日のワクワクした気持ちを、私は今もハッキリ覚えている。……絶対口にはだしてやらないけども。
彼には愛する人がいる。けど、同時に自分の中にある感情を……。非日常を追うという衝動からも逃れられない。故に、他の女性には線を引いても、私にだけはこうやって〝貴方〟を見せてくれる。
それだけが、私の持っている確かなもの。彼の彼女の存在を知りながらも、彼へ向ける態度が私の中で変わらないのを自覚した時。私は、私の中で芽生えた感情に名前が付けれぬ事を悟ったのだ。
友情と、愛情と、信頼と。安心と少しの切なさ。他にもたくさん。
だから私は、貴方に呪いをかける。
もしかしたら未来永劫互いの立ち位置は変わらなくとも。どうかこの不思議で、かけがえのない関係だけは壊れないで……。と。
「そういえばさ、チェリーパイで百倍返しは達成出来たの?」
隣に並ぶ彼が私に問う。
それに対して、私は辰の頬を指差す。明らかに蹴るか殴るかされたような跡がそこにあった。
「ホワイトデー翌日の日曜日。私の為に使ってくれただけで充分よ」
苦笑いする辰と連れ立って、私達は次の心霊スポットへと歩き出した。




