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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
日常編その2
25/65

行き遅れたくなければ雛人形は片付けろ

「あかりをつけましょぼんぼりに~」

「……えっと」

 お部屋にて、上機嫌に歌うララちゃん。そこに乗るように歌おうとして、私は致命的な事に気づく。


 続きの歌詞……なんだっけ?


「お花をあげましょ桃の花……だね。意外と知らない人が多いって気づいたのは最近だけど」


 台所でお昼を拵える彼が補足する。少しの羞恥が私を苛む。雛祭りのお歌の歌詞など知らず、台所は彼氏に任せる私。……女として色々といけない気がしてきた。


「ララちゃん日記。恥ずかしがる綾お姉ちゃんもいいものです。……むっふっふ」

「幼いながらそこに気づくとはね。流石僕の妹だ。僕とは違い、やはり天才か……」


 このやり取りを見ていると、兄妹だなぁ……って、しみじみ思う。


「クラスの男の子にはさ。あかりをつけましょの後、爆弾に~何て言うの」

「……今も残ってたのね。その歌」


 酷いよね! と、プンプン怒るララちゃんに、思わず苦笑いが浮かぶ。よくある行事の歌は、小学生の手にかかれば、簡単なパロディに書き換えられる運命にあるのは、今も昔も変わらないらしい。

 私が小学生だった頃は、クラスの男子は皆歌っていた気がする。私が正式な歌詞を忘れたのも、この変な歌詞が原因に違いない。……そう思いたい。


「地域で違うのかな。僕らのとこはドカンと一発ハゲ頭だったよ。……嫌いだったなぁ、この歌」

「……そうなんだ」


 考えてみたら、彼がその悪のりのような歌を口にしている所は見たことがない。


「うん……だってさ。雅を理解してないじゃん」

「それ小学生の思考じゃないわ」


 枯れすぎだろ当時の彼。でもまぁ、この光景を見れば納得するかもしれない。


「おっ寿司~おっ寿司~ちっらしっ寿司~」


 台所に立つ兄を、キラキラした眼差しで見つめるララちゃん。考えてみたら、彼はこういった行事を大切にする。形式は結構破天荒ながら、季節に合わせて細やかな祝いを捧げる。


 近いのだと、二月の節分だろうか。買ってきた豆を袋のまま部屋のあちこちに投げ始めた時は流石にびっくりしたし、少し前の出来事ならば、冬のある日、お風呂に柚子が浮いていた時もある。

 多分私が知らないだけで、日常の一部にさりげなく行事を取り入れている。何てのは彼の中で普通のことなのだろう。


「そう言えば、雛人形がないわ?」

「ああ、それは多分実家で飾ってるだろうから、こっちで用意しなくても大丈夫じゃないかな。重複よくない」

「ママに片付けちゃんとやっておいてって……」

「それはダメ。ちゃんと帰ってから、ララが片付ける事」

「ぶ~」


 おお……彼がお兄ちゃんしてる。何て言葉は、胸の中に留めておいた。ついでに、ポッと浮かんだ疑問だけ口に出してみた。


「そういえば……どうして雛人形を片付けないとお嫁に行き遅れる。何て話があるのかしら」


 私の疑問にララちゃんが目を見開き、そのまま彼に視線を向ける。少しのウズウズとした気配がこっちまで伝わるようだ。


「まぁ、色々と説はあるんだ。雛祭りは元々、小さな人形をつかったひな遊びや、古代中国の厄払い行事である上巳の節句、人形ひとがたに穢れをうつして流す風習やらが混ざりあって成立したって考えられているんだ。流し雛とか、聞いたことない?」

「ないわ」

「流し素麺みたいなの? お人形さん食べちゃうの?」

「食べてたまるか。怖いよその絵面」


 私も竹筒に流されるお内裏様やらを想像したのは黙っておこう。


「これまた雛祭りの元と考えられる行事でね。源氏物語にその記述があったっていう、とんでもなく古い催しだけど、ざっくり説明しちゃえば、古代中国の風習と一緒。身の穢れを人形にうつして、川に流すのさ」


 その時、私の中に想像の世界が展開された。

 川の流れに揉まれる雛人形達。

 煌びやかな衣ははだけ、水を吸って更に重く。

 あるものは川の淵へと引きずり込まれ。

 またとあるものは流木に身を砕かれ、四肢をもぎ取られていく。

 ざんばらんに乱れた黒髪は、蒼白な肌に張り付き、浮き沈みする様はさながら幽鬼のようで……。


「違う。綾違う。飾るような豪華な人形は基本流さないから。形代(かたしろ)っていう紙やら藁で作った人形を流すんだ。そんなホラーな感じにはならないから」

「そ、そうよね。し、知ってたわ」


 夢に出そうで怖くなった。何て言ったら、彼はどんな反応を返すだろうか。


「雛人形にその子の厄や災いを移すという考えから、いつまでも見えるとこに置かないで、早く片付けて災いを遠ざけたほうが良いって話になった。ついでに、雛人形は婚礼の様子を表す事から早くしまうほど、早く片付く。つまりは嫁に行くって話になり、逆にとらえれば片付けが遅れれば遅れる程、その娘は行き遅れになる。といった話が生まれた……って説があるわけさ」

「おおー」


 パチパチと手を叩くララちゃん。やっぱり変な雑学多いな何て思いながらも、私もついつい唸るように息を吐いていた。

 日本はこういった不思議な風習がたくさんあって面白い。彼なら最後にそう結ぶに違いない……。


「あと、普通に娘の躾のためって説もある。つまり、行き遅れるも脅しで、全国のお母さんが楽をするための作り話という訳さ。何かと理由をつけて本当の目的を隠す日本人らしさが目に見えるようだよね」

「……最後で台無しよ」


 意外と薄情だったらしい。

 そんなこんなで無駄話に花を咲かせていると、彼は「よし」と呟きながら指を鳴らす。


「出来た。という訳でララ、お手伝いだ。行き遅れたくなくばこれを運ぶんだ」

「アイアイサー」

「あ、私も……」


 まぁ、そんな事はさておいて。今はこれを楽しむとしよう。

 彼特製のちらし寿司と、蛤のお吸い物。ひなあられと、菱餅。白酒(ララちゃんには甘酒)も完備。今日の昼食は、豪華雛祭り仕様なのだから。

 ……別に行き遅れに反応した訳ではない。ないったらない。


「いただきま~す」


 ちらし寿司のプチプチなイクラ。シャリッとした胡瓜と、サクサクの蓮根。金糸卵のまろやかな甘さがアクセントになり、絶妙なまでに酸味を効かせた酢飯が、それらをしっかり支える。隠れた名脇役の刻んだ海苔も嬉しい。蛤の吸い物がまた、いいパンチになる。ここまで料理が達者だと、もう彼がお嫁さんでいいんじゃないだろうか。何て考えが浮上しかかる。彼女とは何だったのか。


「ララ、美味しいかい?」

「うん! うん!」


 でもまぁ取り敢えず。ちらし寿司の美味しさに一番貢献しているのは、終始嬉しそうにそれらを頬張るララちゃん。その笑顔に違いない。印象的で可愛らしくて。娘ってこんな感じ? 何て思ってしまったのは、私だけの秘密にしておこう。

 だって恥ずかしい。

 その構図で行くと、彼と私が……。


 ※


「娘が欲しいと聞いて」

「……はっ倒すわよ変態」


 夜。大満足で眠るララちゃんを間に挟み、私と彼は静かな攻防を繰り広げていた。

 ララちゃんが小さいとはいえ、シングルサイズのベットに三人は狭い。必然的にくっつく事になるのだが……。何かもう彼が謎の暴走をしている。


「妄想する綾が可愛くて……」

「うるさい」

「あと、綾にぜひとも言って欲しい台詞が……」

「……聞くだけ聞いてあげるわ」

「ダメェ……ララちゃんに聞こえちゃう……!」

「よし死ね」

「酷いっ! あっ、ララちゃんが起きちゃう……でも」


 まさかベットの上でアイアンクローをする日がくるとは思わなかった。「うぐぇ……」何て奇声を上げる彼は、私の手首をパンパンと叩く。降参の合図だ。


「冗談はさておき、明日ララを送ってくるよ。新幹線に乗せれば大丈夫……だとは思うけど」

「……心配? どうせ春休みだし、実家まで送ってきたら?」

「そうもいかないよ。明日午後からバイトだし、急には無理だ。まぁ、ララはかしこいから心配って程ではないけど」


 そう言って、そっと彼はララちゃんの頭を撫でる。優しい表情に、自然と私の顔も綻ぶのがわかった。


「年が離れてるからかな。昔から可愛くて、雛祭りはいつも僕が祝ってたんだ。家が共働きってのもあったけど」

「……ちらし寿司当時から作れたのね」


 何て高性能な小学生だろう。と、思うと同時に、ララちゃんからすれば、大学に兄が行ってしまった事で、二人で祝う祭りがなくなってしまったように思えたのだろう。


「ひなあられと菱餅を送ってたんだ。一緒に祝えないからせめてってね。女の子の健やかな成長を祝う日だし。まさかこっちにまで乗り込んでこれるくらい成長を遂げるとは思わなかったけど」

「愛は強しってね」


 互いに苦笑いしながら、一緒に真ん中の小さな勇者を見る。

 左右の手に、私と彼の寝間着の裾を握り締め、ご満悦の表情だ。

 愛おしさが込み上げるのは決して可愛らしさだけではない。


「来年も、三人で一緒にお祝いしましょう。今度は私達が駅まで迎えに行って……ね?」

「なにそれ僕幸せ過ぎて死ぬんじゃないかな?」


 おどけるような笑みの後に、彼は私の唇を奪う。触れるだけの軽いそれ。考えてみたら、ララちゃんが来てから一回もしてなかった。

 簡単に言えば、おやつをお預けにされた犬の気分になっていた。だから……


「……ねぇ」

「ん~?」

「……もう一回、して」


 私の方からのおねだりに、彼は少しだけ目を見開いて……。


「んっ……ふっ」


 白酒よりもクラクラする、熱いキスが落ちてくる。

 思わず身体が震えて、そして……。


「ララちゃん日記。大人の時間にドッキドキ。続けてどうぞ……まる」

「……~っ!?」

「ちょ、綾!? 待っ……ぎゃー!」


 条件反射で彼をベッドから突き飛ばしてしまったのは……無理なきことだと思いたい。

 だって起きてるなんて思わなかったのだから……。


「ララちゃん日記。お兄ちゃん爆発しろ……まる」


 多少色々あれど、私達三人の雛祭りはこんな感じだった。

 あとララちゃん、爆発は勘弁して欲しい。私が泣けるから。まぁ、替わりにその分キックは食らわせるけど……まる。

 

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