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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
バレンタイン編
22/65

バレンタイン終戦秘話

 拠点の一つにしている空き教室。そこに入る前に、私は廊下に備え付けられていた姿見で、全身をチェックする。特におかしいとこはない。一応時期が時期なのでリップクリームを塗り直してから、私は気を取り直して、教室に入る。予想していた通り、そこには既に先客がいた。

 滝沢辰。私と同じ大学に通う学徒にして、私の相棒だ。


 大学非公認のオカルトサークル。ここに至った経緯は話せば長くなるが、今考えてみれば、こうなるべくしてこうなった……いわば運命のようなものだったのだろうと思う。我ながらロマンチストだとは思うけど。


 己の何ともクサい思考に苦笑いしていると、先客たる彼は低く呻くような声を上げながら、椅子に寄り掛かったまま寝息を立てている。

 週末明けの月曜日。彼は確か、一限から四限までだったか。そうなると、疲れて寝てしまうのも納得だ。だが……。


「おーい。辰。起きて。起きなさい」


 極力驚かせないよう、最初は静かに呼び掛ける。眠り姫ならぬ眠り相棒は、身じろぎもしない。


「起きろってば~。サークル活動始めるわよ」


 起こすのが少し可哀想な気もするが、今日は二つ隣町にある、古びた神社に行く予定なのだ。ついた頃が丁度いい逢魔時(おうまがとき)になることだろう。今度は肩をポンポンと軽く叩いてみる。無反応。


「……起きないとチューしちゃうぞ~」


 一応目元を確認。狸寝入りではないらしい。どうやら本当に疲れて寝入っているようだ。眠りの深さにちょっと感心すると共に、そこで少しばかり、悪戯心が芽生えてきた。

 

 そっと時計を確認。午後四時二十分。もう少しくらいなら、出発が遅れても大丈夫だろう。


「……さて、どこで起きるかしら?」


 

  きっと今の私は、物凄く悪い顔をしているに違いない。


 ※


 何とも言えぬ違和感を感じて、僕は微睡みから目を覚ました。

 いかん。眠ってしまっていたらしい。

椅子に座ったままだったせいか、身体の節々が鉛のように重い。まるで何かを抱えたままであるかのような……。

 そこで僕は、違和感の正体にたどり着いた。見慣れた亜麻色とアメジスト。綾の花のような香りとは違う、蜂蜜のような甘やかな匂い。


「……何してんのさ、メリー」


 呆れたような僕の視線など何のその。キスできるくらいすぐ近くに、サークルの相棒の顔があった。


「わたし、メリーさん。今、貴方のお膝の上にいるの」


 いつもの如くなセリフに肩を竦めながらも、僕はチラリと時計を見る。四時五十分。結構長い間眠っていたらしい。サークル活動を始めるには、何とも微妙な時間になってしまった。


「〝快い眠りは、自然が人間に与えてくれたやさしい、なつかしい看護婦〟よ。いい夢、見れたかしら?」

「シェイクスピアがナース萌えとは業が深いと思うんだ。……生憎死ぬほど疲れてたらしくてね。何の夢も見なかったよ」


 僕の返答に、メリーはふーん。と、そっけない返事をしながらそっと僕の頬に手を這わす。冷たい指先が、寝起きには心地よかった。


「てか、何で僕の膝上に?」

「あまりにも起きないから、逆にどこまでやったら起きるのか実験してたらこうなったわ」

「どこの妖精だ君は」

「じゃあせっかくだし、外国と日本の妖精妖怪を比べてみましょう。お国柄が出て面白いわよ」


 楽しげに提案するメリー。唐突に現れたお題に首を傾げながらも、僕は取り敢えず、有名どころとマイナーなとこをチョイスしてみる事にした。


「……河童は水に沈めたり、尻なんとか玉くり貫いたりするね。地味に一番怖い気がする」

「小豆洗いとか、ただ小豆を洗い続けるだけらしいわよ? 何が怖いのか、いまいちわからないわ」

「怖くないなら、垢舐めって妖怪なんて、お風呂の垢を舐めて綺麗にするらしい」

「トイレから手といい、日本人って変態だったのね」

「サキュバスやインキュバスなんてあからさまなのを考えるよりはマシなんだろうさ。てか、外国は寝ている間にって妖精が多すぎるよ」

「寝ているときに何かされるのか。起きているときに何かされるのか。両極端だけどそれぞれ違う恐怖よね」


 脈絡もなく、実りもない話の応酬が始まる。僕とメリーは、毎回こんな感じだ。


「じゃあ、ある意味君の悪戯は外国の妖精風だったって訳か」

「そりゃあ、一応、外国の血は流れているもの」


 その割には外国語の成績が微妙なのは黙っておいてやることにした。

 というか、我が相棒は僕の膝から一向に降りる気配がない。それどころか身体を預けてきて、僕の肩に顎を乗せる始末だ。


「外国といえばさ。バレンタインは、男から女にが主流らしいわよ」

「……うん、そうだね」


 つい一昨日僕が実践したのがそれだったりする。ここは日本だけど。いいんだよ。綾が喜んでくれたからいいんだよ!


「バレンタインは、男から女にが主流らしいわよ」

「そーですね」

「……男から女にが主流らしいわよ」

「ここは日本だよ」

「主流らしいわよ」

「……」


 寄越せってか。


「サークルすっぽかし。埋め合わせ」

「……君したたかだよね。一応ホワイトデーにちゃんと返すつもりだったのに」

「くれたら私も返すわよ」

「凄い投げ槍な御返しじゃないですかー。やだぁー」


 しかしどうしたものか。生憎何も用意していない。

 綾にやったのだって、実はたまたま学食で話を耳にしたら、いてもたってもいられなくなった結果の行動だったのだ。衝動買いともいう。

 ロマンの欠片もないから、当然ながら綾には内緒だが。


「あ、貴方がサボったバレンタインといえばね。辰が気になるーって女の子が訪ねて来たのよ」

「非公認のオカルトサークルに?」

「ええ、かなりの美人さんだったわよ。黒髪のロングストレート。清楚な感じがしたわね。和風な格好とか似合いそうよ」

「……ああ」


 そういえば会ったって言ってたなぁ。


「私と辰の関係を気にしてたみたいよ」

「うん、まぁ、そうだよね」

 気には……なるのが普通だよな。綾には申し訳ないけど。


「一瞬私を見た時の複雑そうな顔がまたよかったわ」

「……君、人をからかうの好きだよね」

 たまにそれを無自覚でやるのが恐ろしいと思う。


「結局、もう帰りますって言って出ていっちゃったけど。逃がした魚は大きかったかもよ?」

「いや、ないね。それはない。逃がすも何も、その子が彼女だもん」

 逃がした魚処か、しっかりキャッチした魚……もとい人魚姫(マーメイド)だ。これ以上の大物なんて、多分現れないだろう。


「そうそう、辰の彼女だったのね~。私ったら……へ?」


 なかなか珍しいメリーの真顔ドッキリがそこにあった。写真で残したい何て思ったのは、胸に秘めていこう。

 僕の肩から顎を外し、ポカンとした顔でこっちを見てくる。


「……え? あの人が、彼女さん?」

「うん、僕らのサークルをわざわざ調べて、たどり着いたらしい。かの有名な探偵倶楽部を使ってね」

「……ああ、あの半ば情報屋の」


 非公認だが、それなりに有名だ。浮気調査から彼氏彼女の有無やら、結構俗っぽい大学生のお悩み相談所と化しているとかなんとか。全く目立たずひっそりと活動する僕らとは大違いだろう。


「凄いアクティブな彼女さんね」

「後々思い返して恥ずかしくなったらしいね」

「……ああ、だから終始何とも言えない表情だったのね」


 凄い想像出来て笑えると同時に、可愛くて悶えそうになる。顔には出さないけど。


「……やば。どうしよう」


 ところで、今度は何故かメリーが微妙な表情をし始めた。不味いことになったな~みたいな雰囲気がありありと見てとれる。何だ? どうしたというのだろう?

 取り敢えず膝上で百面相されるのもあれであるので……。


「ねぇ、思ったんだけどさ」

「……お互いとか、片方は成就してるじゃない。私まんまピエロ……あ、ごめん。何?」


 とうとう意味のわからない事まで呟き始めた。僅かに遅れた反応を見る限りじゃ、本当に焦っているらしい。本当に珍しいその姿に吹き出しそうになるのを堪えながら、僕は取り敢えず、軽いジャブのつもりで冗談を言ってみた。


「今の僕らの体勢さ、端から見たら隠れてセック……すぼぁあ!?」


 返答は鉄拳だった。それでも膝から降りないのは、半ば意地になっているからなのか。色が白いから顔が赤らめばすぐわかるのだが、追及しないことにした。

 暫しの沈黙。すると、不意に外からパラパラという音が聞こえ始めた。

 音は次第に大きくなり、しまいには凄まじい音を立てて、無音だった空間を侵食する。


「雨か……」

「雨ね……外に出なくてよかったわ。出てたら今頃、二人揃ってずぶ濡れね」


 前にサークル活動として遠出して、大雨にかち合った時を思い出す。電車が遅れに遅れて終電を逃してしまい、メリーと二人でネカフェで一夜明かしたのは何ともほろ苦い経験だ。

 因みに、都市伝説だと思ってたネカフェ難民を初めて見たのもその日だ。……そこ、田舎者とか言うな。僕の実家にはネットカフェ自体が無いんだよ。


 もの凄い雨音に、二人で暫しの間外を見る。傘は持ってきていない。通り雨だったらありがたいんだけどな。

 そんな事を思っていたら、ふと、メリーが雨から視線を外し、黙ってこっちを見つめていることに気がついた。

 どうしたの? と、目で訴える。迷子の子どものようにメリーは一瞬だけ目を泳がせて、やがて静かに口を開いた。


「もし、もしもよ? 彼女さんが……私にはもう逢わないでって言ってきたら、どうする?」

「それは……サークルを止めろと言われたらってこと?」


 彼女と行動を共にするのは、主にサークル活動の時だけだ。といっても、一週間に結構な頻度で動くし、何もない時でも適当に議論に花をさかせることもしばしばだけど。

 大学生活のみにウエイトを置けば、他の誰よりも一緒にいることが多いだろう。


「わかりきったことを聞くね」

「……念のためよ」


 女性は言葉と行動を求めるというが、我が相棒も例外ではなかったらしい。僕は溜め息混じりに答えを言う。


「ありえないね。というか、恋人に言われたから何かを止めるってのは悪癖ではない限り避けるべきだと思うよ。オカルトを追うのは、僕の趣味だ。それを今更止める気はないさ」


 僕の言葉を目を伏せたまま聞くメリーは、満足気に頷いた後、ひょいっと僕の膝から飛び退いた。


「よかったわ。うん……よかった」


 らしくなくも、妙な不安に駆られていたらしいメリーは、柔らかく微笑んだ。


 時計は十七時に差し掛かろうとしていた。この雨だし、今日の活動は休止だろう。さっさと購買で傘でも買って、部屋に帰ろうか……。


「髪」


 そんな事を考えていたら、不意に椅子をもう一つ引っ張って来たメリーが、脈絡もなく単語を口にした。

「え?」と、僕が首をかしげると、メリーは再び、己の亜麻色のそれを指差しつつ「髪」と言いながら、僕にコームを手渡した。


「湿気が酷いわ。梳かしてくれない?」

「バレンタインの贈り物として?」


 僕の問いに、彼女は口角を上げることで肯定する。

 まぁ、それくらいはいいか。寧ろそれで済んでよかった。


「辰は髪梳かすの上手だからね~」

「誰がやろうと同じだろうに」


 因みに、誰で練習したかなんて今更だ。綾の綺麗な黒髪に昔から触れられていた僕は幸せ者なのだろう。

 因みに然り気無く髪フェチだったりする僕から言わせれば、性質は違えど、メリーの亜麻色の髪も素晴らしいの一言だ。


「……んっ」


 優しく櫛を入れると、メリーは気持ちよさそうに身動ぎする。

 猫みたいだ。何て思ったけど、黙っておく。

 穏やかに時間は過ぎる。バレンタインの次は何があるか。年中何かと行事に追われる日本はこういう時に退屈しない。一つ一つに意味や違った解釈があるのも見逃せないだろう。バレンタイン一つですら、様々な俗説があるのだから。


「ふぁ……」

「……まだ眠いの?」


 気が抜けたようでこっそり欠伸を漏らすと、メリーが目敏く反応する。仕方がないだろう。一時間にも満たない眠りなんて、正直微妙なのだ。

 ほら見ろまた欠伸が……。


「ん?」


 そこでふと、口を抑えた手……その指先に何かが付着しているのに気がついた。

 うっすらと光るそれ。油分にしてはギトギトしてない。自分の唇に触れると、心なしかしっとりしているようで……。


「なんだこれ?」


 首をかしげる僕。メリーは此方に目だけを向けていた。

 青紫の瞳には、楽しげな光が宿っていて。


「雨も降ってるし、妖精の悪戯じゃないかしら?」


 そう言ったっきり、彼女は前を向いてしまった。

 ……どんな妖精だよ。という突っ込みは飲み込んだ。暖簾に腕押し、柳に風という言葉が、日本にはあるのだ。


「〝男は女の最初の恋人になりたがるが、女は最後の恋人になりたがる〟の。辰の最後の恋人は……どんな人になるのかしらね」

「オスカー・ワイルドかい? 男と女は複雑だなぁ。〝真の恋の道は荊の道〟とはよく言ったものだね」

「ナース萌えの人ね。因みに、私はこんなのだから、彼氏が出来た事はないわ。処女よ」


 それは意外だった。美人故に高嶺の花だったのか、それともオカルトに恋していたからなのか。……多分後者だ。


「そりゃあ勿体ないね。君といるとこんなにも楽しいのに」


 そんなコメントは、メリーの後ろヘッドバットで捩じ伏せられた。若干拗ねた顔になっていた気がしたけど何でだろう?

 げに女心は複雑だ。


「ホワイトデー。期待してるわ」

「十倍返し?」

「貴方に関しては百倍返しよ」


 困ったな……。それじゃあ綾にはもっとか……。バレンタインって怖い。改めてそう思った。


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