バレンタイン防衛戦
私の彼氏は変態だ。
歪みないくらいに変態だ。
もう変態過ぎて困っているのだが、私自身流したり流されたりしているのは、惚れた弱味という奴なのかも知れなくて……。
「私も彼もね。オカルト大好きなのよ。それこそ可笑しいくらいに」
「……えっと」
「どれくらい大好きかっていうと、心霊スポットと聞けば確かめずにはいられないくらいに。この大学にある場所なんて、週一で巡礼するくらいよ」
え、うちの大学にそんな場所あるの? なにそれ怖い。じゃなくて……。
え? 待って。変態って、まさか……。
「あの、もしかして、オカルト大好き同士で一緒にいる……とか、そういう感じですか?」
「そうね。彼みたいなのは、なかなか貴重で巡り会えないの。私にとって初めて出来た、得難い存在よ。相棒と言っても過言ではないわ」
メリーさんは腕組みをしながら、静かに頷く。何だろう。変に誤解していた私が凄く恥ずかしくなってきた。二限の時あんな場所にいたのも、それが理由だったのか。てことはあの裏道は……。
あの道は二度と使うまいと、私は密かに決意した。
「相棒……ですか」
「そうよ。安心したかしら?」
あんなにも自然だったのは、同じような趣味を共有していたからだろうか。そもそも、彼がオカルト大好きだった事自体が、初耳だった。私彼女で幼馴染みなのに。
って、安心したかって……。
「な、何を言っているんですか?」
「え? 彼が好きで、さりげなく私との関係聞いていたんじゃないの?」
「い、いやそれは……」
その通りではあるのだけど。何で彼女はそんなにもしてやったりなというか、微笑ましそうな顔で私を見るのだろうか。
彼といい、牡丹先輩といい、私はそんなに分かりやすいのだろうか。
私がしどろもどろになっているのがおかしいのか、メリーさんはクスクスと笑って――。
「でもまぁ、心を折るようで悪いけど……彼、彼女いるらしいのよね」
「……え?」
それは知っているんだ。何て私の顔を、彼女はどう取ったのだろうか。さっきまでの楽しげな雰囲気はなりを潜め、その表情は幾ばくか疲れているかのように見えて……。
「だからさ。貴女も〝私も〟叶わぬ恋って訳」
然り気無く爆弾を落としていった。
固まる私を、ショックを受けていると勘違いしたのだろうか。
メリーさんはそれ以降は沈黙し、部屋の中は静寂に包まれる。
不意にメリーさんのスマートフォンが鳴動するまでは。
「はいはい。辰? どこにいるの? もう私は部屋に陣取っているんだけど」
応答するメリーさん。私はそれを、ただ、ぼんやりと見ていた。
『メリー、ごめん。ちょっと急用が出来た。今日はちょっと、サークル出れそうもないよ』
「あら、そうなの? 残念ね。じゃあ今日は、適当に時間を潰すことにするわ」
『悪いね。埋め合わせは今度するよ。それから……さっき言い忘れてた。ブラウニー。美味しかったよ』
教室が静かなせいで、電話の向こうの彼の声が聞こえてしまう。それを聞いた時、私の心はチクリと痛んで……。
「そう、それはよかったわ」
どこか安心したような、穏やかな表情のメリーさんを見て、心はますますざわめいた。
そこにいたのは紛れもなく、恋する女の子そのものだったから。
恋人としてではなく、相棒として傍にいて。多分きっと、彼に気づかれないよう想いを抱く。そんな甘酸っぱくも淡い関係を、あろうことか私は羨ましいと思ってしまったのだ。
※
部屋に帰ると、彼は既に帰って来ていた。サークルじゃなかったの? と聞くと、行く予定だったけど、ちょいと妙案が浮かんでさ。
何て言葉が帰ってきた。
渡そうか渡すまいか。そんな気持ちが芽生えていた。
彼女と同じ、ブラウニー。もはや二番煎じになるのでは? 何て考えが先行して、どうにも勇気が出ない。
「そういえば今日チョコ、貰えた?」
「え? うん、貰えたよ。サークルの仲間から。何気に君とララ以外では初で、ちょっと新鮮だったよ」
そんなわけで、結局可愛いげのない、卑怯な問いが出てきた。そんな私の内心での罪悪感を知ってか知らずか、彼は包み隠さず真実を述べる。
二人きりのサークル。多分疚しいことは本当に無いのだろう。私に話さなかったのは、私に不安を抱かせないためか、それとも私がホラー系の話題が苦手だからか。……ああ、だからオカルト好きなんて私は知らなかったのか。
妙に自分で納得していると、彼は私の顔を覗き込みながら、何か微笑んでいる。
「あれ? まさかジェラシー? まさかのジェラシーなのかい?」
「止めてくれない? その妙にウザイ笑顔止めてくれない?」
蹴っ飛ばしてやるくらいいい笑顔だった。だから……。
「……ごめん、実は、今日偶然見ちゃったの。渡されてるとこ。綺麗な……人だったね」
違う、そうじゃない。そんな事言いたいんじゃなくて……。
「ありゃ、見られちゃってたんだ。サークルの相棒なんだ。まぁ、中身はともかく、美人であることは認めるよ」
彼が女の子を褒めるのは結構珍しい。私が知る限り、牡丹先輩に続いて二人目だ。中身はともかくって相当失礼な気もするけど。
「……サークル、ゲーム研究会じゃないよね?」
「うん、別のサークル。えっと……」
口ごもる彼。目が泳ぐ。私が言うなという話にもなるが、分かりやすい。
「……私には言えないこと?」
「い、いや……」
珍しく、歯切れの悪い彼。最低。と、自分を卑下する言葉が頭に浮かぶ。知っているくせに。彼の口から語ってほしいなんて我が儘を、私は抱いている。それを改めて自覚したら、もう止まらなくなった。
「……オカルトサークル?」
「……っ、知ってたの?」
「今日知ったわ」
目をしばたかせる彼に今日あったことを隠さず告げる。メリーさんとの会話の内容までは流石に伏せたけど。
「行動力凄くない?」
「恥ずかしいけどテンパってたのよ」
少しだけ膨れる私に、彼はごめんごめんと頬を掻き……。
「引かれたり、嫌われたくなかったんだ。君はその……ホラーとか苦手だから。もし僕がそういうの好きって知られたらって思うと……さ」
確かにまぁ、中学の時の町内肝試し大会で、お化け役の大人全員を蹴り飛ばしてしまったのは苦い思い出だ。ゾンビもの映画なんてテレビに踵落とししたくなるし、ホラー小説があれば触らないし読まない。それくらいには苦手だけど……。
「もしかして、普段そういうの話したいけど我慢してたりする?」
「あ、それはない。君が可愛くて基本何しても楽しいからそれはない」
あっさりストレートにそんな事言うな。という言葉は胸に秘めた。結局彼はブレない。それだけ知れたら充分だった。
中途半端な勇気だけど、今なら何とか渡せそうだ。
私が彼を嫌う何て勘違いしている奴に、甘い一撃をくらわせてやろう。
冷蔵庫まで歩き、中からラッピングしたそれを取り出す。彼へのチョコレート。初めての手作りだ。
「……引かないし、嫌わないわ。その程度で揺らぐ訳ないじゃない」
実際メリーさん騒動のせいで、オカルト何て微々たるもののようにしか見えなかったし。寧ろ私が怖いのは……。
「同じブラウニーだし、きっとあの人みたいに上手には出来てないかもしれないけど……受け取ってくれる?」
「断る理由が見当たらないよ」
はにかみながら、彼はチョコを受け取った。今までとは違うバレンタインな気がする。
彼の意外なとこを知れたり、思っている以上に私は嫉妬深かった事に気づいたり。
こうしてみると、日々発見に満ち満ちているように思う。
包みを開けて、子どものように喜ぶ彼。そんな姿を眺めていたら、不意に彼は「そうだ」と、指を鳴らして自分の鞄を漁りだし……。
「はい、ハッピーバレンタイン」
ポン。と、私の手の上にそれを乗せた。
「……え? 何故に?」
「いや、外国じゃあ、男から女へらしいので、それに習ってみました。何より……」
彼は包みを開けてたブラウニーを大切そうに抱えながら、優しい笑顔を見せた。私の大好きな、彼の笑顔で。
「君は僕の、本命だからね」
ああ、多分私、今相当だらしない顔をしているに違いない。
ああだこうだ悩んでいたのが、嘘みたいに消えていて。やっぱり単純なのかもしれないとか、サークルサボってこれを買いに行ってくれたのかな。といった考えが頭をよぎって……。
「知ってるわ……てか、本命じゃなかったらハイキックものよ」
そんなそっけない言葉だけが、辛うじて口から出た。
※
手作りチョコは、大好評だった。
「ブラウニー大好物だけどさ。綾が作ってくれたとか反則だよね。もう全力で僕を殺しにきてるよね」
何てコメントと共に、まさか泣いて喜ばれるとは思わなかったけど、今まで料理とか壊滅的だったから、それは仕方がないのかな。と、納得する事にした。因みに、その後の彼の言葉でちょっとした達成感と勝利に酔ってしまったのは……内緒だ。
「美味しかったよ。僕は幸せ者だ」
たかが一言。されど一言の差。女からすれば死活問題だと、実際にライバルが現れてから思い知る。
そんな中で彼が買ってきてくれたコーヒーを淹れて。バレンタインの残りの時間をまったり過ごす。他愛ない話をして。知らなかった事が増えて嬉しかったのもあるけど、彼自身が「何だか重たい服を脱ぎ捨てた気分だよ。もっと早くにカミングアウトすればよかったんだろうけど……実際なかなか上手くいかなかっただろうなぁ」と、恥ずかしそうに呟いていたのが、何だか心に残っていた。
彼も悩んでたんだという事実が何だかいじらしくて、バレンタイン様々何て思ってしまったのもまた、私だけの秘密にしておこう。
そして……。
「ん? 何だい? それ?」
夜。例によって彼の部屋にて、私はちょっとした魔法を使っていた。
牡丹先輩からのプレゼント。アロマキャンドル。専用のカップに入れて点火して、そのまま部屋の電気を消すと、幻想的な光と、芳しい香りがが、真っ暗になった部屋を包みこんだ。よし。と、心の中で気合いを入れて、私は寝転ぶと、彼にそのまま腕枕を催促する。
「今日はいつもより甘えんぼさん?」
「……なんとでも言いなさい」
抱き締めあったまま、彼の匂いを堪能する。ぼんやりとした光に知らず知らずのうちに胸が高鳴る。心臓がどうにかなりそうだけど、そこはもう気にしないで、突き進むことにしよう。
プレゼントについた『素敵な夜にどうぞ』何て可愛い字で書かれた先輩のメッセージを思い出しながら、私はそのまま、彼の唇を奪い取る。
「む……ぐ?」
流石に予想外だったのか、彼の身体が強ばるも、それはほんの僅かな間。熱く、深くなるキスに身体がどんどん火照ってくる。
終わる頃には心は蕩けきっていて、乱れた呼吸のまま、彼のパジャマの胸元にしがみつく。
彼の指が髪に触れて、いたわるように撫でられるだけで、全身から力が抜けそうになる。気がつけば仰向けにされていたけど、そんなの気にしなくて、寧ろもっとくっつきたくて、私は彼を引き寄せる。
「……っ、ひゃん!」
心地よい重さと、身体を包まれる安心感に身を委ねていたら、急に耳を舐められた。舌が入ってくる感覚に痺れるような快楽と、あり得ないくらい甘い声が漏れる。
「君から誘うなんて珍しい」
「……チョコだけで……んっ……お腹いっぱい?」
「……いいや。嬉しくて幸せ過ぎて、おかげでもっと甘くて美味しいのが欲しいかも」
そうやって蠱惑的に笑うのは反則だと思う。けど、それでもうどうにかなっちゃいそうになる辺り、私もどうしようもない。
片手が捕まれて、指を舐められ歯を立てられただけで、私の心も身体も歓喜にうち震える。
お返しとばかりに彼の首筋にキスマークをつけたら、もっと凄い反撃が返ってきて、私を翻弄する。
「……何か今日、歯止め効かなそう」
「……そんな怖いこと言わないで」
少しだけ余裕がなさげな彼。もっとも、それはお互い様だ。だから……今夜くらいはちょっと大胆になろう。
「我慢しなくていい……から。……ね?」
怖いのは、ホラーじゃない。それよりも私が怖いと思うのは、彼がいなくなること。
バレンタインは戦争だ。誰かの為に男も女も動いていく。
淡い想いもドロドロした感情も、まるでチョコレートのように一緒に溶けて、飛び交う日。戦い方も、人それぞれ。
私のバレンタインは防衛戦。
たとえ美人さんでも。
私じゃ彼と共有できない世界を持っていても。
貴女が彼を愛していても。
彼だけは、譲れないのだ。
因みに一敗からの相討ちKO。次の日が休みで本当によかったと思う。