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彼氏が変態過ぎて困ってる  作者: 黒木京也
バレンタイン編
17/65

二月は男子がざわめき女子が暴走する

「節分が近いねぇ……」


 そんな彼の独白に、私はどんな反応をしたらいいか分からなかった。

 思わず読んでいた雑誌を捲る手を止め、まじまじと彼を見つめる。彼は真顔でこっちを見ていた。


「豆でもまく?」

「そうだね。後は太巻き食べて……はっ!」


 そこで不意に、彼は電撃を受けたかのように硬直した。何事かと首をかしげていると、彼は大変だ……と呟いて。


「僕……恵方を向いて無言で食べる自信がないかもしれない」

「……は?」


 たかが向く方位に自信もなにもないだろう。そんな私の一言に、彼はいやいやと首を振り……。


「想像してよ。綾が可愛い口を開けて、一生懸命太いモノを……ぎゃぼっ!?」


 キックより先に雑誌が彼の顔にぶち当たる。

 そんな理由か。真剣に考えた私がバカみたいではないか。


「い、いや、だってさ。じっさい僕目が釘付けになる未来しか……」

「私の後ろで食べればいいじゃない」

「……それはそれで色々と想像力が……」

「死ね」

「酷いっ!」


 酷いのは貴方の思考回路だ。という言葉を飲み込みながら、私はテレビをつける。時は休日夕方。そろそろニュースの時間だろうか。


「……あ」


 何の気なしにつけたテレビ。それを見た私は思わず目を見開いていた。

 二月のバレンタイン特集だった。


「バレンタインかぁ……中学高校を思い出すなぁ……男子が皆ソワソワしてさ」

「……懐かしいわね」


 感慨深げに笑う彼に習って、私も少しだけ回想に浸る。

 何故か女の子から渡されたのはある意味苦い思い出だ。


「そういえば、辰はそんなにソワソワしてなかったわよね?」

「え? いや、だって僕毎年欲しい子から貰ってたし……。ソワソワするとしたら、貰えなくて一日過ぎそうになった時くらいじゃないかな?」


 貰わなかった時なかったけどね。と、彼はカラカラ笑う。

 少しだけ頬が熱くなったのは内緒だ。

 私と彼は幼馴染み。だから、彼氏彼女として付き合う前から、彼にチョコを渡すのは毎年恒例だったりしたのだ。


「……貴方、毎年クラスの男子に怨み節浴びてなかった? 余裕ぶっこきやがってー! って」

「いや、だって綾とララから貰えたら、僕もう充分だったしなぁ……あれ? てか、考えてみたら君と妹以外には貰ったことないな僕」


 苦笑いが漏れた。理由は教えてやらないけど。

 これは高校の頃の友人達から聞いた話というかコメントに由来する。


「え?滝沢にチョコ? ないない。あいつどうせ綾たん以外から貰ったって微妙でしょ」

「辰くんは、綾一筋だからねぇ。あげたいって女子はいても、勝てないのは分かるから、多分誰もあげないんだろうね」

「あー。腹立つわー。綾たんから貰うとか滝沢の奴死んでくんねーかなー。頼むから爆発して欲しいなー」

「あ、逆転の発想がある! 綾、義理でもチロルでもいいから、ボク達にもチョコおくれよ。ボクらも作るから」

「おまっ、天才か! 確かにそれなら滝沢をギャフンと言わせられるな! キャッホォオイ!」


 高校時代の友人、TちゃんとYちゃんの言い分である。お正月に実家に帰った時は、彼女達と多いに盛り上がると共に変わらない友人達に安堵したものだ。因みに上記のやり取りの後日、私の手作りチョコで二人がギャフンと言ったのは、忘れ去りたい思い出である。


「渡したい人はいる……か」


 彼に聞こえないように呟きながら、なんとなく彼の方を見る。テレビを興味深げに見る横顔は、少しの好奇心に輝いている。

 昔から、不思議な印象のする男だった。古いものやら骨董品に興味があったり、あまり役立たなそうな雑学をいっぱい持ってたり。

 抜けているかと思えば、物思いにふけるその目が鋭かったり。フラッとどこかに行っては、突然帰ってきたり。何て言うか、その謎めいた胡散臭い雰囲気がいいという奇特な奴もいるらしい。……私とか。

 因みに後から知った事な上に彼自身は知らないことだが、高校時代には然り気無く隠れファンみたいなのはいたらしい。

 彼女の私が言うのも何だが、顔立ちは整っていると思うし、物腰も柔らかい。優男という表現が似合う。何て彼の友人は言っていた。が、その実、引き締まった身体には、無駄な贅肉は少しもない事を私は知っている。触ると硬くてドキドキするし、抱き締められたりなんかしたらもう条件反射のように身体の奥が……。


 ドスンといという音がした。私が手近なクッションに踵落としをかましたのだ。


「綾? どしたの急に?」

「虫がいたのよ」


 暴走鎮圧の為では決してない。そうだとも。蓋を開けてメッキを剥がしてみたら彼氏はバカで変態だった。で締めようと思ったのに、あれでは私の方が欲求不満のようではないか。

 凹んだクッションを引き寄せ、そのまま抱き締める。


「綾~? クッションにチョークスリーパーは……。あ、でもそれだと当ててる状態になるね。上が地獄で下が天国! なんてね?」


 だいたい、変態なのは彼の方だけだ。私の方から誘った事なんて…………それほど多くはない……筈だ。そんなことを考えてたら、無意識に力が入っていたらしい。クッションが可哀想な事になっていた。

 彼が何か言っている気もしたが、反応したら負けな気がする。


 マズイ。そんな考えが過り、私はゆっくり頭を振る。思考が変な方に行き始めている。何とか修正を……。

 と、思ったのは一瞬だった。勝手に混乱していた私は、そっと忍び寄る彼に反応出来なかった。


「ひゃん!」

「お、可愛い悲鳴頂きました」


 いきなり後ろから抱き締められた上に、してやったりな彼の声が耳元でして。私の心臓が馬鹿みたいに跳ね上がる。……不覚にも。


「急に何するのよ」

「いや、何か君勝手に暴走してたから……クールダウン?」

「意味がわからないから」


 必死に平静を取り繕う。ドキドキといつもより早めに脈打つ鼓動を、彼に気づかれていない事を祈った。


「これ、いいよね。何て言うか、君をそのまま包み込む感じとか、君に悪戯し放題なとことか」

「……ぐぅ」


 正直、私もこれが好きだったりする。後ろから抱っこ。

 これのお陰で、少しは素直になれる気がする。これは暴走ではない……筈だ。


「……チョコ。今年こそは手作りあげたいの」


 だからこそ、結構な決意と共にそれを言う。

 毎度失敗するので、いつしか買ったものですませるようになってしまったバレンタイン。でも、何だか今年は頑張りたいのだ。

 すると彼は、私の髪を弄びながら、静かに頷いて……。


「うん、じゃあ楽しみにしてるよ」


 ぎゅーっとするのは卑怯だと思う。そんなことされたら、私の方がどうにかなりそうだ。


「焦げないようにするから」

「直接火にかけちゃった時あったねぇ……大丈夫。それはそれで萌え要素」

「形……変にならないよう頑張るから」

「地球外生命体みたいなのに? まぁ、変になったらなったで可愛いから大丈夫」

「吐かないもの作るから」

「僕が吐いたのは君が初めて作ってくれたロールキャベツ(?)の時だけだよ? もしかしてトラウマなの?」

「……今更だけど、貴方結構酷い目にあってる気がするわ。主に私の料理で」

「まぁ、それ以上に美味しい目にもあってるけどね」


 なんだそれは。恥ずかしい。

 そんな私の内心を察したのか、彼はそっと私の首筋に頬を寄せる。吐息が少しくすぐったい。


「厄よけにバレンタイン。日本って本当に年中忙しいなぁ」


 楽しいけど。と、付け足す彼に私もまた、苦笑いで返す。

 そう、忙しいのだ。これから頑張って彼をギャフンと言わせなければいけないのだから。物理的にではなく精神的に。


「……よし」


 取り敢えず、本屋に行こう。彼の攻略本は売ってなくても、チョコレートの攻略法なら売っている筈だ。


 こうして、私の細やかな戦いが始まった。

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