年が明けても人はそんなに変わらない≪後編≫
取り敢えず。状況を整理しよう。
時はお正月真っ只中。彼と揃って帰省した私は、何かと忙しい日々を送っていた。
それぞれの家族への挨拶もそこそこに、親戚やら従兄やら昔の仲間達との再会に奔走していたのだ。
所謂お正月特有の慌ただしさというやつだ。
そんな中、日課となっている朝のジョギングをしていたら、見覚えのある人物がいた。
滝沢来蘭。彼の妹さんで、確か今年四年生になるんだったか。
甘え上手ながら、歳に不相応な強かさを併せ持つ彼女は、私と彼の関係を然り気無く知っている人物の一人だ。
いや、双方の母ももしかしたら気づいているかもしれないが、ここでは考えるのはよそう。
ともかくだ。久しぶりの再会に、ララちゃんはぴょこぴょこ跳ねながら、私にまっすぐ抱きついてきてくれた。
彼がついつい甘やかしてしまうのも分かる。可愛くてダメだ。私もこれくらいの可愛いげがあればいいのにと切に思う。
抱っこした彼女は羽のように軽くて、柔らかな髪を手で撫でれば、仄かにミルクのような香りがする。
ご満悦なように喉を鳴らす姿は、何となく猫を思わせた。
「綾お姉ちゃん……グヘヘ……柔らかい」
気のせいだ。一瞬やっぱり彼の妹だなぁ……何て思ったが、きっと気のせいだ。
まぁ、そんなこんなで、私のお正月は終わろうとしていた。
ああ……。それで終わったらどんなによかったか。
夕食を食べ、部屋に戻る。そこで私は見てしまったのだ。
部屋の窓に張り付いている不審者……いや、彼氏を。
「……何してるのよ」
取り敢えず窓を開けると、彼はガタガタ震えながら部屋に入ってくる。外から見たら、通報されてもおかしくないと思いながら、私は彼の返答を待つすると……。
「えっと……よ、夜這いに?」
お正月だし、日が上るという意味でサマールトキックをやってみた。
天井スレスレまで飛ばされた彼が 、そのまま「ぐぇ」何て声を上げて私のベットに不時着した。
「今なら遺言を聞いてあげるわ」
「よ、夜這いは冗談です! はい! 本当は綾を抱っこしに来ました! はい!」
……別に抱っこって単語にちょっとだけぐらついた。何てことはない。ないったらない。
「身体……冷えてるじゃない。どれくらい外にいたの?」
「よ、四十分位?」
ばーか。と、呟きながら、彼の冷えた手を取る。じんわりとした感覚が、触れあう場所を通して広がっていく。
単純な私は、それだけで彼の不法侵入未遂が、ちょっとした思い出と置き換わる。
「……懐かしいわね。お隣だから、窓越しに会話したり、互いの部屋にお邪魔したり……」
「で、君のダディに見つかって僕は撥ね飛ばされる……と。いやはや。帰省すると昔の事を思い出すというけど……怖かったなぁ毎度毎度」
やれやれと言わんばかりに、彼は苦笑い。そのままグイッと私を引き寄せる。
彼に背を向ける形で抱えられた私は、そのまま私の首筋に顔を埋める彼のされるがまま。くすぐったくて身をよじる私を逃がすまいと、がっしり私を抑え込む。
手も足も出ない状況だというのに、私自身は謎の安心感に包まれて、へにゃりと力が抜ける。
何だろう。悔しいのに、喜ぶという矛盾。だけど、今日はいつもと違う気がするのは、やはり彼が何処と無く焦ったように見えるからか。
「……湯タンポの加減はいかがかしら?」
「暖かすぎて泣きそうです。はい。ついでに君のお父さんに見つかったらと思えばビクビクです」
でも来てくれるんだ。なんて、甘えた声が自然と出る。余裕がない彼というのも珍しい。ついでにいうと、この吊り橋に近い状況にドキドキしている自分もいた。
彼には決して言わないが、こっそり彼の部屋の窓を眺めていたりした。近いようで遠い窓。乗り越えられてしまえば後はもう、互いの距離は零になるのに……。きっと向こうも忙しいからというもどかしい距離と遠慮は、今の私達にはなくて。
「ひゃっ! ……んぅ」
不意に耳たぶが甘噛みされる。思わず声が出てしまい、慌てて口を塞ぐ。
こんなとこ、家の誰かに見られたらと思えば、自然と羞恥で肌が熱くなる。
「いやぁ、君のダディに見つかるのは怖いけど、君のぬくもりがないのはもっとキツくてね」
故郷の仲間やら知り合いに会ってたら特に。と、彼は付け足す。
そんな事を耳元で言うのは反則だと思う。
「……じゃあ、もっと暖めてあげる」
冷えたところがなくなって、互いに熱くなるくらい。くるりと彼の方に向き直り、そのまま私は彼に正面から腕を回して……。
「綾ぁ! チーズフォンデュ! チーズフォンデュやろう! 綾もママも好きだから買ってきたん……だ……」
そこで、陽気な声と共にお邪魔虫……いや、父がドアを勢いよく開けて登場した。
正直、年頃の娘の部屋にノックも無しに入る時点でハイキックに値するのだが、今はそんなことよりも重要な事がある。
ベットにて抱き締め合う娘と近所の青年。
ごく普通な父親ならば、この後に取る行動は一つ。
「辰君。ハンバーグとパスタ。どっちになりたい?」
「あの~……〝なる〟ですか? つかぬことをお聞きしますが、材料は……」
「え? 君だよ?」
何を言っているんだい? と、爽やかな笑顔で言いながら、父は手の骨をバキボキ鳴らしている。「ギルティ……圧倒的な迄にギルティ……」何て呟きまで聞こえてくる始末だ。それを見た彼は、私を優しく解放しつつ、ひきつった笑顔のまま、コホンと咳払い。
「綾……夜が明けたら、一緒に初詣に行こう。本当はそれを言いに来たんだ」
なんだろう。何でこのタイミングてそんな事を言うのか。それって俗に言う死亡フラグ……。
「それはなるまい。君の命は、月と共に消えるのだ。朝日を拝むことはない……」
お父さんは私に男の子が近付く度に大騒ぎする。彼……辰には一定の信頼的なものは置いているみたいだけど、私と距離が近いとやっぱり暴走する訳で……。
「擂り潰してやるぅうう!」
「い・や・だぁああああ!」
取り敢えず、私に出来た事と言えば、窓から飛び出し、盛大な追いかけっこを始めた二人が近所迷惑にならない事を祈るばかりだった。
「……今年も来年も。きっとこんな感じね」
私としては、娘さんを僕に下さい位は叫んで欲しいけど、それはきっとまだ気が早いのだろう。
取り敢えず……。
「戻ってきたら、振り袖でも着てあげようかしら?」
ズタボロになるであろう彼の為に、少しはサービスしてやろう。
そこはほら。私だって彼女として頑張りたいのだ。
恥ずかしいけど。




