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聖夜という名の意味深な夜

 クリスマスを恋人と過ごすのは日本だけ。海外では家族で過ごすのが普通である。という主張は近年薄れつつある。

 商業戦略か。はたまた時代の移り変わりか。彼ならば、「生物として合理的に動いた結果かもね。パートナー。つがい。配偶者との絆を確固足るものにする……人間独自の進化の形なのかも」何て言うだろうか。


 まぁ、そんな理屈云々はざっくり言ってしまえばどうでもいい。

 今の状況を整理しよう。

 彼が運んでくるご飯食べて、薬飲んで。アクエリアスで乾きを満たし、暖かくして寝る。

 病人としての模範的というべき姿勢が功を成したか、はたまた日頃鍛えてたからか(そもそもそれなら何で風邪引いたかとかはさておき)。

 日が沈み、夕食も経た後の私の体調は、それなりに回復していた。

 熱も微熱。頭痛は殆ど治まり、ちょっとダルい程度。

 献身的に看病してくれた彼には感謝すべきだろう。感謝すべきだが……。


「何で貴方はタオル片手に手をワキワキさせているのか。説明して貰っていいかしら?」


 え? それ聞くの? って顔のまま、彼は私の枕元でポカンとしてる。溜め息混じりに身体を起こすと、彼はコホンと咳払いし……。


「いやホラ、君今風邪じゃないか」

「そうね」

「肌が上気して色っぽいのに加えて、いつもの凛々しい綾が少し弱々しいのが結構そそる訳で」

「それは知らないわ」


 そんなこと言われたって困る。主に反応に。だがそれが何故今の状況に繋がるというのか。


「あ~んされてちょっと恥ずかしいけど、それを必死に隠しておずおずと可愛いお口を開けて、僕の白いドロドロしたお粥をごっくんする綾とか鼻血もので……。何かもうお粥食べてるだけなのにエロいってどういうこと?」

「意味がわからないから。というか……言葉の端々に悪意といやらしさを感じるのだけど」

 あ~んされて嬉しいと思っているのはバレてなくてよかった。けど、食べるとこがエロいとはどういう事か。男ってどうしようもないと捉えるべきか、私の彼氏が一歩抜きん出てアホ……じゃなくて変態なのか。


「でだ。お粥あ~んやら、何だか弱ってる僕の彼女色っぽいとか、恋人の看病というシチュエーションにありがちな事をこなした所で、僕は重要な見落としに気づいた訳なんだ。そうだ――。綾の汗を舐め……いや、拭いてあげなきゃ! と!」

「死ね」


 もうやだこの彼氏。


「汗くらい自分で拭けるわよ」

「ダメだよそんな勿体ない……いや、無理よくない」

「ねぇ、無理してでも貴方を蹴り飛ばした方がいい気がしてきたわ」

「構わないよ! 君が治るまで――汗を拭くのを止めないっ!」

「……無理してパロディ入れなくていいから」


 いや、確かに汗は気になる。けど、そこはちょっと女心を察して欲しい。何が悲しくて彼氏に汗の始末をさせなくてはいけないのか。

 汗くさいままの私に、彼が近づくのだ。そんなの嫌だ。病に伏したとはいえ、クリスマスくらい可愛い彼女でありた……。


「じゃ、ちょいと失礼」

「って、待ちなさ……こ、こら!」


 何て考えているうちに、彼は私のベットに腰かけるやいなや、ヒョイヒョイと私のパジャマのボタンを外す。外気に触れ、スースーとする肌が心地よいのは確かだけど、生憎緊急事態故に堪能など出来なかった。


「ちょ、辰! ダメダメダメッ! 私今絶対汗臭いし……」

「大丈夫! 寧ろありがとう!」

「ヤダ! もうヤダこの人! 変態! 変態変態変態っ!」

「大丈夫! 濡れタオルと乾いたタオル両方あるから! さっぱりするよお互いに!」

「何で辰までさっぱりするのよバカァ!」

「……精神的に?」

「真面目に答えるなぁ!」


 何ていううちに上半身はパジャマもキャミソールも奪われて、ブラジャーだけにされてしまい……そこで彼の動きが止まった。


「……辰?」


 どうしたの? って言ってる場合でないのは分かるのだが、急に硬直されたらこっちも戸惑う。押し倒されたまま首を傾げると、彼は震えながら生唾を飲み込んだ。驚愕に見開かれた目は、私の胸元に……あ。


「あ、あの……クリスマスだし。いや、そんな期待してたとかじゃなくて。でも一応よ! そう! 念のため! 服も新しいの買ったから……その……」

「――っ、頂きますっ!」

「何でよ!!」


 

 ――語り手が余裕を無くしてしまったため、交わされた会話だけお楽しみ下さい。



「何でだよ! 君は僕を精神的に殺す気なのかい!?」

「そんなの知らな――っ!? んやっ! ま、待って! まだ心の準備が――……んっ!」



「汗の匂いを堪能すべきなのか。汗を拭かれて恥ずかしがる綾を堪能すべきなのか……」

「へ、変な悟り開く……にゃうっ!? ち、ちょっと! 急に拭く場所変えないで!」

「あは。シャンプー嫌がる猫みたいだね」

「この――!」



「何か外すの勿体ないなぁ……」

「ね、ねぇ! いいから! 流石にそっちは自分で……」

「いや、何でそんなに恥ずかしがるのさ。普段もっと凄いこと……」

「あー! あー! 聞こえない! 聞こえないっ!」

「隙あり」

「はううっ!?」




 語り手が放心状態の為、もうしばらくお待ちください。



 ※


 それは、タオルで揉みくちゃにされているうちに、色々あって。で、何かもうどうでもよくなってしまってというか、力が抜けてしまった結果、そのまま彼に身を委ねた数分後の事だった。


「……マジすいませんでした」


 綺麗な土下座を披露する彼がそこにいた。

 因みに私は一式着替えて、再びベットにいる。身体がさっぱりして、心なしかダルさも消えている。認めがたいが、気持ちよかったのは事実だ。

 変わりに……。


「……恥ずかしくて死ぬかと思ったわ」

「……やりすぎだったと反省してます」

「……何かちょっと、怖かったし」

「……正直前半は完全に理性飛んでました。ハイ」

「……ケダモノ」

「……返す言葉もございません」


 私の力が抜けちゃった時、多分彼も我に返ったのだろう。しっかり丁寧に……その、拭いてくれたし。

 それだけで終わらせてくれたし。


「そんなに……う、嬉しかったの?」

「いやだって綾が僕のためにとか、あの色とデザインとかもう全力で悩殺しにかかってて僕もうダメでした。君テンパると口調が可愛くなるし……所詮僕もオスでした。死のう」


 あ、ダメだこれ。本気で落ち込んでる。

 珍しい事もあるものだ。

 ……そんな本気で嫌だった訳じゃないのにな。


「……じゃあ償い。してくれる?」

「なんなりと」

「……ん。じゃあ、こっち来て」


 しょうがないから、フォローしてあげよう。ただし、簡単には許してあげない。その方が楽しいし。


 困惑する彼の手を引き、ベットに引きずり込む。実は今日一日足りてなかった、彼の温もり。汗拭いてもらった時は余裕がなくて感じられなかった、彼の匂い。

 で、実は一番欲しかった……。


「腕枕。添い寝」


 恥ずかしいから要点だけ告げる。ポカンとする彼の顔がおかしくて、つい笑ってしまう。


「何よ。まさか風邪が移るから嫌とか言わないよね?」


 寧ろ移れ。そしたら私が思いっきり看病してやろう。お粥だって作って……いや、それは風邪が悪化しそうだから止めておこう。

 すると彼もまた、照れたように微笑んだ。


「まさか。汗拭いた後にバリバリするつもりだったよ。それどころか、移してもらう気満々だった」


 いつものように伸ばされる彼の腕。頭を乗せれば、まるで待ちわびていたかのように触れあう部分が熱を帯びて。

 ただ、安心する。

 そうなると生まれるのは、心の余裕だった。

 ずいっと彼に顔を近づけて、ちょっとだけ挑発的に首を傾げる。


「へぇ……どうやって移される気だったの?」

「ん? そりゃあ勿論……」


 こうやって。


 そう言いながら、彼は私の唇にキスを落とす。じわりと暖かさが広がって、フワフワ宙に浮くような錯覚に陥る。


「んっ――ふぁ……」


 飛びっきり熱いそれ。冷蔵庫に二人で用意してたクリスマスケーキと、どっちが甘いだろうか?


「……反省したとは何だったのか」

 それは止めてという合図じゃない。それを彼は分かっているのか、彼は何処と無く楽しげに肩を竦めて……。

「うん、したよ。だから、僕に移すといい。今ので移ったと思う?」

「さぁね。けど身体も大分楽になってるの。だから、身体に残ってるのって、ほんの僅かだと思うのよ」

 貴方の看病のお陰ね。と、小さく呟く。

「だから、移すの大変だよ? きっと一晩中キスしても分からないわ」

「……成る程ね。でも僕としては、君に早く元気になって貰いたいなぁ。僕をあっさり蹴り飛ばせる位には」

 互いの手を合わせるように重ね、そこからきゅっと指を結ぶ。離れないように。

「……じゃあ、どーぞ」

「……じゃあ移されます」

 生憎さっきの事もあるから、僕の理性は鉄壁さ!

 そんな冗談を交わしながら、ケーキより甘くて、シャンパンより蕩けそうなキスをする。

 攻防戦というべきか、さっきの延長戦というべきか。その軍配はどちらに上がるやら。

 やっぱりクリスマスは戦いだったらしい。



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