サンタは不法侵入。彼氏は任意同行
クリスマスといえば?
こんな質問をすれば、色々な解答が帰ってくることだろう。
キリストがなんたらした日。フライドチキン。ケーキ。プレゼント。イルミネーション。戦い。リア充死すべし。サンタ。他色々。
因みに私個人が俯瞰的にクリスマスを見るなら、やはり戦いという言葉がしっくり来る。
日本は商業戦が繰り広げられたり、男女の駆け引きが何かもう凄いことになってたり。哀しみの咆哮と共に集団で正拳突きする人がいるかと思えば、家に引きこもって出てこない人もいる。家族のために仕事を切り上げるお父さんもいれば、その逆も然り。
取り敢えず一晩でありとあらゆる思惑と実働の連鎖が繰り広げられる事となる。これが戦いと言わずして何というのか。……可愛いげがない発想だとは重々承知しているけれども。
で。戦いだと豪語する私も、それなりに準備をしていた。
デートの計画は彼が立ててくれている。やりたいことやら行きたい場所のちょっとした希望(全部言わないのが重要)を述べた後の私は、手持ち無沙汰にならざるを得ない。ので、何が出来るか考えた私は、折角なので世に言う可愛い彼女になる……は、本質上無理なので、それに近付く努力をする事にした。
……そこ、似合わないとか言わないで欲しい。自覚はある。
でも、大学生になって初めての彼とのクリスマスだ。
地元にいたときとは同じようでいてやっぱり違う訳で、否応なしに私も胸が高鳴ってたりするのだ。
勿論、可愛い彼女といっても、そんな大それた事をするわけではない。
この日のために買った新しいお洋服でいつもより着飾って。こっそり用意した彼へのプレゼントはバックに忍ばせる。うっすらとお化粧して、特に唇が乾かないようグロスも忘れずに。キックは当然封印だし、素っ気ない態度も控えよう。下着は……ちょっとだけ大胆な色とデザインで。勿論新しいやつだ。
簡単で、一部を除けばいつもそれなりに。いや、結構気をつかっていること。だけど、それをいつも以上にしっかりやる事で、少しは彼の前で可愛く振る舞えるだろうか? そう思っていた時期が私にもありました……。
「三十七度八分。うん、今日は外出止めとこうか」
部屋にて体温計を片手にした彼の口から死刑宣告が下る。
ふざけんな死ね私の身体。
「いや困るから。死なれたら困るから」
「嫌よいっそ殺して」
恥ずかしい。何かもう気合い入れてた自分が恥ずかしくて死にたいとはこの事だ。
「インフルエンザは……予防接種受けてたし、多分普通の風邪かな?」
「でしょうね。咳も鼻水も無いけど、ただひたすら身体が重くて頭が痛いわ。……二重の意味で」
よりにもよって今日じゃなくてもいいじゃないかと思う。そんな私の無念を知ってか知らずか、彼は土鍋を運んできた。蓋を取ればほこほこと湯気が立ち上ぼり、思わず唾を飲みたくなるような極上の香りが、私の鼻を擽る。
刻んだ鶏肉と葱を入れた卵粥。彼の事だから、シンプルながらしっかりとした味付けもしてくれた事だろう。
「食べられる?」
「食欲は……正直微妙だったんだけど……反則よ。なんでこんなに美味しそうに作るのよ」
奥さんか。何て突っ込みはよそう。重い身体を動かして、土鍋を受け取ろうとする。「あ~んして」は、恥ずかしいから言えなかった。
「ほい、あ~ん」
言えなかったのにもぉお!
「……悔しいわ」
「何で睨むのさ」
クリスマスなのに私は病人で、彼は看病。……泣きそうなのにこんな単純なことで幸せを感じる自分が嫌になる。
居間のテレビがつけっぱなしなのだろうか。ニュースの特集のBGMに、クリスマスソングが使われている。結構有名な曲。クリスマス前にやって来てしまったサンタの曲だ。
「あの曲ってさ。色々と突っ込みどころ多いよね」
「……突っ込みどころ?」
差し出されるスプーンに食い付きながら、雛鳥の気分を味わっていると、不意に彼がそんな事を口にする。
何となく読めてしまうのは長年の付き合いの賜物だろう。彼は昔から、結構しょうもないことで頭を悩ませたり語ったりする。
だからきっと、今から話すのもそんな感じの事だ。……聞く分には楽しいから構わないけど。
「一番ね。サンタクロースはクリスマス前にやって来てしまった。ならそれはもう、赤い服着たおっさんじゃないのかな?」
「あの服着てたらサンタじゃない」
ひねくれ者め。とは、言わないでおく。
「それもそうか。でもさ。問題は二番だよ。煙突から落っこちてアイタタで済むのは……」
「フィンランドのお爺さんは丈夫なのよ」
「としてだ。真っ黒けなお顔だよ? 想像してみてよ。何の変鉄もない日に、突然知らないおっさんが煙突から落ちてくるんだ。真っ黒けな顔で」
……ちょっと怖いかもしれないと思ってしまった自分が何かムカついた。彼に乗せられた気分だ。
「さらに仕方がないから踊るんだ。なんだよそれ! 何が仕方ないんだよ!?」
「通報されても仕方ないわね」
まんま不審者だ。タンバリン鳴らしてそそくさと帰られた日には、きっと子ども達にはクリスマス以上に強烈なインパクトを残す事だろう。
もっとも、そんな状況でもプレゼントは忘れるなと釘を刺す子どももどうかと思うけど。
「ねぇ、取り敢えず止めましょう。このままだと赤い鼻のトナカイまで色々考えちゃうわ」
鼻でどうやっで夜道を照らすのかとか。頭が痛くなりそうだ。既に痛いけど。
ああ、ごめんごめんと笑いながら、最後の一口を私に食べさせる彼。
身体が重かった筈なのに、気がつけば食べ終わってた。もしかしてこの茶番も計算づくだったのか。だとしたらやっぱり悔しい。今日は自分にも彼にも振り回されっぱなしだ。
「じゃあ、食器洗ってくるよ。ゆっくり休んでて」
「あ、待って!」
市販の風邪薬を私に手渡し、彼はそそくさと部屋を出る。それを呼び止めたのは咄嗟の事だった。
どしたの? って顔で首を傾げる彼。
病人特有の心細さもある。けど、そんなことよりも重要な事があった。
「あの、ごめんね。折角色々考えてくれてたのに……」
私のせいで……と繋げようとしたところで、口に指で蓋をされる。
相も変わらず優しい表情で、彼はゆっくり首を振る。
いいんだよ。と、目が語っていた。
「こうして一緒にいられるだけいいじゃないか。今日の分は明日。明日無理なら明後日でよし……ってね」
今まで僕らはそうしてきたろ? と結んで、彼は私の髪に触れる。労るように指を絡め、そっと一房束ねたそれに、まるで魔法でもかけるように唇を落とす。
……身体がじゅんとしちゃったのは内緒だ。
「……ありがと」
小さくお礼を述べる私に、彼はニコニコ笑いながら……。
「それに、風邪なら風邪なりに色々と役得はあるからね。……色々と」
熱くなっていた筈の身体が刹那の寒気と共にブルリと身震いしたのは何故だろう?
てか、黒い。彼の笑顔が、何か黒い。
「大丈夫。クリスマスは始まったばかりだよ。だから安心して」
夜は特に長いから。
聞こえもしない台詞が、何故か私の耳に届く。
……あれ? 全然安心出来ない気がするのは気のせいだろうか?
次回はクリスマスイブの夜9時に更新予定です。