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お菓子をくれないから悪戯する

 夏休みは、あっというまに終わってしまい、世の大学生は秋学期に奔走する。かくいう私もその一人。

 九月の半ばには、まだ夏休み気分が抜けないのか、どこか浮かれたような。あるいは意気消沈したような顔の学生も多かった。が、流石に十月も終わる頃になれば、そんな人間はなりを潜め、それぞれのやるべき事へと集中する。そんな中……。


「綾! トリックオアトリート!」

「……もうオチが読めたわ」


 そんな中、私の彼氏は今日も平常運行だった。頭を抱えるのすら、もうバカらしく思えてきて、私は用意していた予防策を取り出した。


 十月三十一日。今夜はハロウィンだ。変態な彼ならば、絶対に便乗して来ることは分かっていた。


「はい、どうぞ」

彼にひょいっと、クッキーを手渡す。可愛らしくラッピングされたそれ。勿論、私の手作り等ではない。私がやったら多分焦げる。間違いなく。

「ま……ままま、まさかこれ……君が……?」


 止めろ。この世の終わりみたいな顔するの止めろ。そりゃあ、私が作ったのだとしたら、それだけ震えるのも分かるけど。

「牡丹先輩よ。料理研究会で作ったんですって。私と辰の分だって」

「ソ、ソウカァー」

 声が震えているのと、あからさまにホッとした仕草には、目を瞑ろう。私にだって自覚はあるのだ。悔しいけど。

 手渡されたクッキーを見ながら、彼は再び私を見る。

「何?」

「追加でトリックオアトリート」

「……どうぞ」

 彼の手に、うまい棒を握らせる。因みに照り焼きチキン味。……私のお気に入りだ。

 だが、彼はそれを一瞥したかと思えば、また私に視線を戻す。

「トリックオアトリート」

「……はいはい」

 ポンッと、彼の手にチロルチョコを握らせる。マロン味だ。秋にはぴったりだろう。

「……トリックオアトリート」

「虫歯になるわよ?」

 ベビースターラーメン。ラーメン丸を考えた人は、個人的に天才だと思う。あの味がぎゅっと凝縮された感じが志向だ。

「あえてのトリックオアトリート」

「食いしん坊ね」

 チュッパチャップス。……前これを舐めてたら、彼に押し倒された。食べ方がエロい何て言われても困る。男って分からない。

「まだまだトリックオアトリート!」

「まだまだお菓子はあるわよ?」

 チョコボール。おもちゃの缶詰が欲しくて、昔彼と共同戦線を張り、買いに行った事もあったっけ。

 彼ばかり天使が出てきて、子どもながらに理不尽だ。何て思ったりもした。

「Trick or Treat」

「発音綺麗ね」

 練り飴だ。実は彼はこれが好き。受け取るなり、ネリネリし始めた。

 少し可愛い何て思ってしまう辺り、私も参ってる。


「トリックオアトリック」


 幾度も来るトリックオアトリートに、私はバックに詰め込みまくった予防策で対抗する。マフィンにマカロン。ガレットにマドレーヌ。ホイップクリームやらチョコシロップを渡した辺りで、とうとう痺れを切らしたのか、正面突破を謀ってきた。もういっそ清々しい位に言い放つ彼。

 ……一応言い分だけは聞いてやろう。


「何がしたいのよ」

「綾に悪戯がしたいです……!」


 今日はニーキックで勘弁してあげた。倒れ伏す彼は、痛みに悶えているのか、転がるにして私の鞄にすがり付き、それを抱き締めたまま、少し離れた居間のソファーまで転がって……ん?


「ちょ、なに人の鞄持ち去って……」


 慌てて彼を止めようとしても、すべては後の祭りだった。勝ち誇った顔で、彼は私に再び魔法の言葉を投げ掛ける。


「トリックオアトリート!」

「ぐ……」


 当然ながらお菓子はない。込み上げる敗北感。それを認めたくなくて、私は必死に思考を巡らせる。

 何か……何かないか? 何か甘いもの――あ。


 気がついてからの私の行動は早かった。

 そっと彼の胸に飛び込み、そのまま――。


「感想は?」

「お菓子なんかよりずっと甘い」


 うん、そう言ってくれるのは嬉しい。

「……トリックオアトリート」

「……君から? 生憎、貰ったものをそのまま渡すのはどうかと思うし……」


 そのまま、私の唇にお菓子が降ってくる。

 彼にさっきお見舞いしたもの。我ながら大胆過ぎただろうか。

 バカみたいに身体中が熱い。ハロウィンは十月。外は肌寒い筈なのに。


「君に悪戯されるのも、悪くないなぁ」

「いつも悪戯してくるのは辰じゃない」


 悪態つきながらも、お菓子を楽しむ。甘くて気が狂いそうだ。


 そろそろ、悪戯では済まなくなりそう。そう思ってるうちに、気がつけばヒョイと抱えあげられていた。


「ホイップクリームって、響きがもの凄くエロいと思うんだ」

「……後でマーシャルアーツキックしてやる」


 後でという辺りが、私も甘い。

 そんな事に気づいた所で、ああ、と気づく。

 今は互いに互いのお菓子になっていたのだ。


 甘くなっても仕方ないじゃないか。


 結局、お菓子も悪戯も味わう羽目になる。上京してから初の私と彼のハロウィンは、こんな感じで幕を閉じた。因みに……。


「牡丹先輩のクッキー、僕のだけしょっぱいんだけど」

「ハズレ。リア充爆発しろ。って手紙つきね。あの人らしいわ」

 色々と複雑な事情があるからこその悪戯だが、それを、語るのはまた次の機会にしようと思う。

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