水着は見せるものか隠すものか
大学生の夏休みなんて、大して実りのないものであることが多い。
仲間内で旅行に行ったり、恋人がいるならば、その相手と遊びに行ったり。帰省したり。レポートに追われたり。
かくいう私も、そんな在り来たりな人間の一人で……。
「水着を買います」
「買えばいいじゃない」
そんなありふれた夏休みのとある日に、彼が突然そう宣言してきたので、私はそう返す。が、彼としてはその反応は不満だったようで、居間のテーブルをバンバン叩き始める。
互いに向かい合うようにして座っているので、嫌でもその衝撃は私まで伝わってくる。
「いや、野郎の水着を買ってなにが面白いのさ」
「……先輩の……安さんだっけ? ゲイの。あの人は喜ぶんじゃない?」
「止めてマジでトラウマ掘られるの勘弁」
それが何だか五月蝿くて、抗議する彼に特大な一撃をお見舞いする。
確か夏休み前。大学のキャンパスで、彼が追い回されているのを目撃した。
あまりにも必死に逃げる彼を見かねて、私が助け船(上段回し蹴り)を出したのが始まり。以来、安さんは私を勝手にライバル視してくる。……迷惑な話だ。
「あのバカの事はどうでもいいんだよ。水着だよ! 夏休みだよ!?」
「海は行かないわよ」
「何でさ!」
変なのはいっぱいいるし、日焼けするし。鮫が怖いし。
「そんな鮫がポンポン日本のビーチに来るわけないだろう!」
「心を読まないで」
まぁ、でも一番の理由は決まっている。
「暑いじゃない」
「夏だもん」
「だからいやよ」
「……ああ、うん」
私も彼も、北の方から上京した。故に、寒さにはめっぽう強いが、夏は苦手なのである。
「じゃあさ。こうしよう」
私が動かない事を察したのか、彼は立ち上がりながら、パチンと指を鳴らして提案する。長年の付き合いの賜物か、大体彼が次に何を言うのか、分かってしまうのが少し悲しい。
「部屋で水着になろう」
「……一応、理由を聞いてあげるわ」
頭痛を堪えて彼に問い掛けると彼は胸を張り……。
「いや、水着プレイがした……じゃなくて、単純に綾の水着姿が見たいっ!」
前半は聞かなかった事にして、取り敢えず私も立ち上がり、蹴る準備をする。そんな私の動きなど気付いていないかのように、彼の暴走は身ぶり手振りを加えた上で止まらない。
「競泳水着もいいっ! スタイルいい子が着れば、あれは破壊的な威力を発揮するんだ。君ならもう大変な事になるに違いないっ! ビキニもいい! あれを考えた人と僕は握手を交わしたい! 君が着たら僕が大変な事になるのは火を見るより明らかだね! スリングショットは……個人的に海とか行くなら僕はNGだけど、お部屋ならOK……ガブォア!?」
今日は正攻法で、空手の前蹴りをやってみた。無駄に飛んだ彼は、後方に都合よくあった、ベットの上に不時着する。
「……目は覚めた?」
「み、水着を見たいという野望以外なら……ば」
どんだけ私の水着が見たいんだ。
そんな突っ込みをしたいのを抑えて、私は彼が倒れるベットに腰かける。さて、どうしてくれようか。
「……行くなら、室内プールがいいわ。そこなら暑くないし」
考えて出した結果はこれ。
水着は苦手だ。彼以外の人間に肌を晒すのが、少し抵抗がある。てか、恥ずかしい。
日焼けはもっとヤダ。彼は覚えていないかも知れないけど、中学の時、彼が同じクラスの男子との会話で、色白な子が好き。なんて事を話していたから。以来私は日焼け止めを手離さない。
人が聞いたら、バカみたいな理由だと、笑われるかもしれない。だけど、私はどうにもそんな気持ちが先行して、踏ん切りがつかない。
着れば、彼だって喜んでくれる。
彼と行くんだから、楽しいに決まっている。
それは分かっているけど、結局勇気を振り絞って出てきたのは、こんな妥協案。
我ながらどうかとは思うけど……。
「よしきた! じゃあそれで行こう!」
こんな可愛いげのない我が儘に、笑顔で彼は頷いてくれた。申し訳ないやらで、私はそのままベットに身を沈め、彼の胸板に顔を埋める。
少しだけトリップしそうになりつつも、「ごめんね。ありがとう」と、呟こうとして、不意に彼の指で口を抑えられる。
「日焼けは嫌だし、綾は恥ずかしがり屋さんだからね~」
そこが可愛いけど。何て言いやがる彼に、私は思わず口を金魚のようにパクパクさせる。
み、見抜かれてた!?
「取り敢えずさ。水着候補その一は僕が買ってきたから、着てみてよ」
私が了承するのも……想定済み!?
「大丈夫。僕が一番最初に君の水着を脳裏に焼き付けるんだ。他の有象無象が妙な視線向けてもね。所詮それだけ。君が僕の彼女であるのは揺らがないさ」
いや、だから頼むからストレートな言動は止めろとあれほど……口には出してない。
「さっ、レッツプレ……いや、トライ! 早速着てみよう!」
まずは下心を水着とかでいいので、最低限は隠して欲しい。色々と台無しだ。それから――。
「……ねぇ、これ何?」
ベット横から引っ張り出され手渡された物を見たとき、思わず身体が震えるのが分かった。主に羞恥で。
そんな私の変化に気付いているのか、彼は物凄くいい笑顔で頷いた。
「これぞ男の夢! 紐パンビキニさ! 黒と紫と白で悩んだけど、今回は紫にしてみました!」
直後、私のアイアンクローが彼に炸裂したのは……もう説明しなくてもいいだろう。君が僕の彼女のくだりでキュンとしちゃった私の心を返せこの野郎。
因みに、プールは別のやつで! と、猛抗議した結果、水着を更に買いにいく羽目になった訳だが……。
「グレイトォ! グ、グレイトォ! 紐パンもエロかったけど、こっちも破壊力が凄すぎて僕もう大変な事に……」
部屋でまた着てあげたら、何だか彼が床でのたうち回ってしまった。
男って大変だ。何て思った反面、こんなに喜んで貰えて嬉しい気持ちもあった訳で。
「……お風呂、一緒に入る? この格好で」
「……僕明日死ぬんじゃないかな?」
だから、少しサービスしてあげたのは、また別のお話である。
因みに内容は……企業秘密で勘弁して欲しい。恥ずかしいし。