過去
高次の屋敷。
高次は驚いた。和葉の姫の女の勘があたっていたのである。
「和葉の姫殿の勘が当たった。本当なのか望。」
「ああ。真実だ。」
「でも、どうして・・・。離縁したんだ。」
「・・・。」
望は表情をいつも道理の冷たく引き締まった状態に直し、何も言わず、立ち上がった。
「急な仕事を思い出した。失礼する。」
そう言って望は高次の前を去った。
一識の屋敷
「そうだったのか。でも、一体何故別れてしまったんだ。」
正頼は一口酒を飲むと、くすりと小さく笑い口を開いた。
「さぁ、それが私にも理由はわからないのです。ある日突然、別れてほしいと言われて、理由を尋ねても答えてはくれませんでした。ただ・・・。」
「ただ?」
「泣いていました。私にすまないといわんばかりの顔をして・・・。きっと、私にも言えない重大な事情があったんだと思います。だから、私も何も言わず別れました。」
「そうか・・・。正頼殿は今でも望のことを・・。」
「大切に思っています。何よりも・・。」
「話をしてくれてありかとう。」
「いいえ、いつか話そうと思ってましたから。」
そう言って正頼はやさしく穏やかに微笑んだ。
「正頼殿・・・。」
「はい。」
「望とちゃんと話をしたいか。」
「できれば・・・。でも、そっとしておいてあげたいのです。だから、私たちにはあまり構わないで下さい。お気持だけで・・・。」
そう言って、正頼は頭を下げた。
「そうか・・・。」
一週間後・・・。
正頼と高次は突然一識の屋敷に呼び出された。
一識はとても焦った様子だった。
「どうしたんだ一識。そんなに慌てて・・。」
「何かあったんですか。」
一識は二人の前に一冊の本を置いた。それはとても古ぼけた誰も手をつけないような本だった。
「おれはずっと気になっていたんだ。あの夜聞いた満月鬼の歌が・・。それに関する記述をさがして本を読みあさっていた。そして、わかったんだ。」
「それは、犯人がわかったって事か。」
高次が身を乗り出して聞いた。
「まずは歌の意味だ。歌はこうだ ・・・栄華を極めし時はすぎ、手元の天球、今はなし。吾らは簒奪を許す事、永久になし。・・・
・・・満月の夜、刃は踊り、血は桜吹雪に変わり、荒山の墓は喜び勇む。吾は満月鬼なり。・・・
・・・満月鬼・・・参上・・・
栄華を極めし時はすぎ、これをとばして、手元の天球。この天球という意味だ、これは権力を意味する。今は帝が持つ力だ。今はなし、と言うことは過去ずっと はるか昔にこの大和の朝廷が出来る前に天球=権力をもっていたことを意味する。
吾らは簒奪を許す事、永久になし。は吾らはといっているからおそらく一族のことだろう。そして、簒奪を許すこと、永久になし。これからこの一族は権力争いに敗れ没落していった。そして、恨みを持ちつづけているということを意味する。これらのことがこの国の過去にないかと調べていたんだ。そして・・・。」
「この書物に書いていたということですか。」
正頼が言った。
「ああ。そうだ。それに、歌の後半に「荒山の墓」という言葉から、おそらく山ほどの大きさの墓ということから大きな一族だったのだろう。だが、はるか昔の伝説に近いころの出来事だったからなかなか見つからなかったんだ。この書物にも走り書き程度にしか書かれてななった。」
「それで、いったいどうなんだ。」
「落ち着け高次。この書物にはこう書かれていた。はるかむかし吉野一帯を支配しているある一族がいた。その一族は呪術を得意として強大な力を持って支配をしていた。記述ではその一族が一番最初に天球を持っていた一族らしい。天球の力を受けた一族は瞬く間に国を拡大し、最強の国となった。しかし、ある時天球を持っている一族の長の妻が、天球を敵対する一族に渡した。そして、一族は衰退し、敵対する一族は権力を欲しいままにして繁栄を極めた。そして、その衰退した一族はこの世に激しい恨みを抱き、最強の怨霊族となったと、この書物には記されていた。」
「ですが、それだけでは・・・。」
正頼が言った。
「そうだ。それだけでは何にもならない。だから、私はその書物に名前が記されていたたった一人の衰退した一族の男について調べたんだ。その男の名は安紀伊竜彦。この男についてのことは他の書物には一つだけ記されていた。そして、それから一つ一つ辿っていった。そして、現在もこの一族の末裔は生きていることが解った。そして、その一族の末裔が満月鬼である証拠も同時にわかったんだ。」
「それで、一体誰なんだ。じらすなよ。」
高次がいった。
「まて、順をおって話さないとこれは重大な事なんだ。いいか、安紀伊 竜彦は天球を持っていた最期の男だ。そしてこの男は裏切られた妻との間にできた三人の子供と共に武蔵に身を隠した。そして、この大和朝廷の礎ができ始める頃この一族は臣下となった。素性を隠し、名を変えてな。その時の苗字はのりやす(紀安)。そして、何度も帝暗殺の謀略を企てている。しかし、すべて失敗に終わり、一族の首謀者は次々に処刑され、三度目の謀略失敗の時はついには一族すべてが追放された。追放を受けた一族は失敗の悔しさを胸に抱き、消えるように東北にむかった。そして、桓武帝の御世の時また、名を変えて今度は陰陽師として長岡京にやってきた。そして、あの事件に関わっていたんだ。桓武帝を遷都に追いやった事件に・・・。」
「早良親王の怨霊事件ですか・・・。」
正頼が言った。
「ああ、そして、その後も、何度も事件を起こしているが失敗している。そして、一族は減りに減り、現在ではたったの一人・・・。」
「誰なんだよ!教えてくれ。」
高次は床を叩いていった。
「まさか・・。」
正頼は予想がついているようだった。
「その一族の苗字は安。そして、たった一人の末裔。つまり・・・。望だ。」
「そ、そんな・・・。」
高次は凍った。高次は信じられなかった。自分の大事な友がこの一連の残虐な殺人事件の犯人だなんて。高次は一識に怒りを抱いた。それをぶつけようとした時だった。
「確かに、そうかもしれません。」