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満月鬼  作者: 安倍椿
3/15

満月鬼つかまる

翌日。一識の屋敷。

一識と高次は日も昇らない早朝から世話しなく働いていた。

そして正頼も二人の下に現われた。

正頼は息を切らしながら、頭を下げて言った。

「遅くなってすみません。あの、本当なんですか。満月鬼が捕まったって。」

高次が口を開いた。しかし、一識も一緒だが、表情に驚きと焦りが溢れていた。

「本当だ。昨晩、検非違使が・・・。」

「いったい誰だったのですか。」

「京極兼昌という男だ。」

高次はそう言うとうつむいてしまった。そして、微かに嗚咽が漏れ出ていた。

そんな様子を見て一識は高次の肩を叩き目で下がっているように合図した。

高次は静かに一識の後ろに下がった。

そして、一識は高次の代わりに言った。

「これから、私たちが直接話をすることになった。行こう。もう、車が待っている。」

「解りました。ちょっと、一識様。」

正頼は走り出そうとする一識の袖をつかんだ。そして、高次に一識は先に行くように言い、正頼を部屋の中に入らせた。

正頼は小声で一識に尋ねた。

「一体、どうして高次様はあのように取り乱しておいでなのですか。何か関係があるのですか。それに、どうして、捕まったのですか。」

「そっ、それは・・・。」

一識は気まずそうに声を発した。一識は一瞬、この事実を自分が言うべきなのか迷ったのだった。しかし、仕事と割り切り一識は表情を固めて言った。

「実は、この京極兼昌と言う男。高次の腹違いの兄だ。」

「えっ・・・。」

「このさいです。すべて、お話しておいたほうがよろしゅうございますよ。あなた。」

その声は二人とも聞き覚えのある女性の声だった。

「和葉。下がっていなさい。仕事に口出しするんじゃない。」

一識はため息をつき、眉間に皺を寄せて言った。

和葉の姫は深緑の袿をまとい部屋の中央に腰を下ろしていた。そして、鋭い目つきで一識を見ていた。その眼はすこし一識に怒りを持っているようだった。

一識は和葉の姫の前に座り言った。

「和葉。まだ怒っているのか。」

「違います。私は真実をちゃんと正頼殿に言って差し上げるべきだと思ったから、言っただけです。」

「わかった。正頼殿にはちゃんと言うから。お前は奥に行って、大人しく私の帰りを待っていてくれ。」

和葉の姫はしばらく、一識の目を見て拗ねたような表情をして、言った。

「わかりました・・・。」

そう言って、和葉の姫は渋々腰を上げて一識を振り返りながら、部屋を後にした。

一識はため息をつき正頼を見た。

正頼は一識の前に座り言った。

「お気持・・。お察しします。」

「ありがとう。実はな、高次にとって京極兼昌という男は唯一の家族なんだ。高次の父親には何人かの妻がいたが、そのうち、子供を産んだのは二人。高次の母親と、兼昌の母親だ。高次の母親は高次を産んですぐに死んでしまい、父親も流行りの病で死んでしまった。身寄りのない高次は父親の遺言で兼昌の母親の元に引き取られた。その時、高次は五歳、兼昌は十五歳。

兼昌の母親は高次を嫌っていた。正確には高次の母親を心底嫌っていた。だから、その母親から生まれた子、高次を嫌わずにはいられなかった。だから、高次はいつもひどい扱いを受けていた。だが、幼かった高次がそんな環境に耐えられたのも兼昌がいたからだった。だから、高次にとって兼昌はとても大切な人なんだ。」

「そんな人がどうして・・・。」

「昨日の夜。少納言の源 晃弘様が満月鬼に殺された。そして、その晃弘様の屋敷から出てくる血だらけの兼昌を見た者がいたんだ。」

「それで・・・。」

「正頼殿。高次は今とても動揺している。どうか・・・。」

「わかりました。さあ、行きましょう。高次様を待たせすぎるのはよくありません。」

二人は車へと足を運んだ。

移動中、三人は一言も言葉を発しなかった。三人の間を重い空気が漂うだけだった。


獄舎。

京極兼昌と言う男は薄暗い、湿気に満ちた獄中の中で静かに座っていた。出来る限り身形をしっかりと整えてうつむいて座っていた。

「京極兼昌様ですね。」

一識は尋ねた。

「いかにも。私が京極兼昌です。」

兼昌は静かに答えた。

「お話を伺ってよろしいですか。」

「その前に、高次と話をさせて欲しい。」

「わかりました。今、連れてきます。」

一識と正頼はその場を後にした。

そして、入れ替わりに高次が姿を現した。高次は兄をじっと見つめた。兼昌も高次を見た。

「兄上・・・。」

「高次・・・。」

「兄上。嘘ですよね。兄上のような方が、あんな残虐な人殺しなどなさるはずがない。嘘といって下さい。私たちが何とか無実を証明します。」

「私は満月鬼などではない。しかし・・・。無実を証明することは出来はしない。いや、して欲しくない。実は、今日はそれを頼もうと思ったんだ。高次、私の無実は決して証明するな。」

「何を言っているんです。兄上。無実なのにこのまま罪を被るというのですか。一体どうして。」

「高次、お前私の妻の飛鳥を知っているだろう。」

「はい、一度お会いしただけですけど。」

「前に飛鳥の人柄について話したことがあっただろう。」

「はい。嫉妬深い方だと・・・。」

「飛鳥の嫉妬深さは生半可なものじゃあない。前にあの女はその嫉妬心の強さから私の愛人を殺したことすらあるんだ。」

「それと、この事件になにが関係あるのですか。」

「高次・・・。私には今とても大切な人がいるんだ。妻の飛鳥ではないが・・・。」

「愛人がいるのですか。」

「ああ、無実を証明すれば飛鳥に愛人の存在がばれてしまう。そうすれば、飛鳥は私の愛人を殺すに違いない。それは、困る。それなら、私は死んだほうがましだ。」

「では、兄上は姉上より愛人を愛しているというのですか。」

兼昌は一度、俯いたがすぐに顔を起こし真っ直ぐに高次を見て言った。

「そうだ。」

高次は兄のその言葉が信じられなかった。

「どっ、どうして・・・。」

「高次、人の心は時が過ぎるごとに変化していくものだ。人の心に不変などありはしない。」

兼昌は淡々と語った。

「では、何故、兄上は離縁しょうとは考えないのですか。もう、愛していないのでしょう。」

「愛していないのに、夫婦でいるのは情があるからだ。それに、飛鳥には私しかいない。あの女には私以外に身よりも無い一人身。そして、何よりあの女はいつまでたっても、変わらず私を想ってくれている。こんな一途な女を無慈悲に捨てることは私にはできない。高次どうか私のことは忘れてくれ。そして、無実を証明しようとはしないでくれ。このままの状態で私が死ねば全ては円満に解決する。」

「どうしてです。兄上が死んでしまっては、姉上は深い悲しみのなか一人身になるのですよ。」

「このほうがいいんだ。このまま終われば、飛鳥は私の再びの浮気に傷つくことも無く私の生涯一人の妻として、私の置き土産でこれからも不自由なく、暮らしていける。そして、私も自分の愛を貫いて死ぬことができる。常盤姫を守ることで・・・。それなら本望だ。だから、このまま死なせてくれ。」

高次が何もいえなかった。静かに兄を見ているしかなかった。もう、兄の決意は揺らぎようが無いのだと感じた。

「わかりました・・・。」

「ありがとう。藤原一識様にもそうお伝えしてくれ。何もしなくていいと。そして、これを飛鳥に渡してくれ。」

そういって、兼昌は懐から数珠を取り出して高次に渡した。

「飛鳥に私だと想って大切にしてくれ。といってくれ。」

「わかりました。必ず・・・。」

「さあ、行くんだ。長居はわかれを辛くさせる。」

そう言って、兼昌は高次の頬を伝う静かな涙を拭った。そして、兼昌の頬にも一筋の涙が流れていた。

「兄上・・・。」

「身体を大事にしろよ・・・。」

高次は兼昌の眼をしばらくしっかりと見つめて、頭を深々と下げて、兼昌のもとを去った。


「どうして・・・。」

一識は言った。

高次は泣くのを必死にこらえて言った。

「兄上の願いだ。受け入れて欲しい。」

「どうしてだ。おい、高次いいのか。このまま指をくわえて兄上が死ぬのを見ていていいのか。無実を証明出来るんだろう。なんで、どうしてだよ。理由を聞かせてくれよ。」

一識は高次を揺さぶり語調を強くして言った。

「お兄様には無実を証明されては死んだほうがいいと思う程の困ることがあるのですか。」

正頼が口調柔らかに、子供に尋ねるように聞いた。

高次は下を向いて感情を殺すように言った。

「そうだ。だから、頼む。もう兄上の望むようにしてくれないか。」

「お前それでいいのか。」

一識は高次から手を離していった。

高次は涙を流しながら首を立てに振った。

「それが、兄上の望むことだ。私にはどうすることもできない。」


数日後、京極兼昌処刑の日。

高次と一識と正頼は兼昌の最期を見届けるため処刑の場に姿を現した。しかし、兼昌の妻、飛鳥の姿は無かった。


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