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満月鬼  作者: 安倍椿
1/15

一 満月鬼参上

無惨な死体が、横たわっていた。中年の男死体である。その表情は苦しみに歪んでいた。首には一本の赤黒い痣があった。肌は青白くなり冷たい。


 悲しかった・・・。つらかった・・・。


「さあ行くよ。」


 後ろから声と同時に肩に大きな手が掛かった。


 声をかけられた少女は死体を見つめ直し、声を追いかけた。


 そして少女は小さく呟いた。


「さようなら。お父上。」


少女は知らなかったなぜ父親が死んだのか、なぜ自分はここにいるのか。何もわからなかった。ただ、少女の意思のなかにはあることが一つ漠然と存在していた。


天球の簒奪者の抹殺。


それが、ここに自分がいる理由だと。思った。


「満月鬼」




時は平安時代。繁栄と衰退が同居し、人々が闇を最も怖れた時代。


「またでたそうだぞ。高次。」


藤原一識は源高次に声を弾ませて言った。


内裏のとある建物のとある廊下で二人は歩きながら話していた。


「何がだ。」


高次は素っ気なく答えた。


「あのなぁ、お前、脳天気すぎるぞ。少しは世の中の流行話くらい知っとけ。そんなことじゃあ、お前、一番に宮中で話の合わせられん世間知らずのばかな七光り貴族だと思われて、誰からも相手にされなくなるぞ。」


一識は半ば怒りながらも呆れた様子で言った。


しかし、当の高次は顔色ひとつ変えなかった。


「満月鬼のことだよ。」


一識は口をとがらせた。


藤原一識は右大臣を父に持つ貴族で頭の良さでは都の中では並ぶ者なしと言われるほどの秀才だった。


一方の源高次は芳花皇子を父とする貴族で楽に関しては天性の才能をもつ男だが、なにかと疎い。テンネンボケ気味そして、その純粋さは天然記念物である。悪く言えば子供そのもの。


しかし、根っからの善人。


「満月鬼?何だそれは。」


「まったく、本当に何も知らんのだなお前は。それでよくこの世に存在していたなぁ。」


「もういいだろう、これからは少し気をつけるようにするから教えてくれ、満月鬼について。」


一識は話し始めた。


「ここ半年ばかり貴族が殺されている。先月は藤原友紀彦殿が二条の自宅で首と胴を離されて殺されていた。しかもまだ首は見つかってない。その前の月には源実利様だ同じように首が見つかってない。高位の貴族の首の見つからない死体が月に一度発見されている。犠牲者は今のところ五人だその内、氏が源の者が三人、藤原が二人だ。しかもみな満月の日に殺されている。だから巷では満月鬼と呼ばれている。」


「恐ろしいな。」


「いいか高次。用心しろ。犯人は源氏と藤原氏を狙っているようだ。俺達の元にもいつ犯人の手が及ぶとも限らない。」


「しかし、計画性の高い犯人だな一体何が目的なんだ。」


「さあな、あいにくおれは事件の捜査には関わっていないからな。」


一識がそういい終わると2人は歩く速度を速めた。


二人が曲がり角に差し掛かった時だった。


「これ、一識。」


声を聞いて一識は立ち止まり肩をすくめ高次の顔を見た。高次は運が悪かったなぁと苦笑いをした表情をした。


「これこれ一識。」


一識は仕方ないという表情をしてため息をつき表情を戒めた。


「御用ですか父上。」


声の主は一識の父親の右大臣だった。面長の顔に鯰のような長い髭を持った男は思案あるような目で高次を見て微笑んだ。


「これは高次殿。おじの左大臣殿のご様子はいかかですか。ここ二三日風邪をひいているとお聞きしているのですが。」


「気に掛けてくださりありがとうございます。おじは人並みは ずれた生命力を持っていますから心配ありませんよ。今朝は粥を五杯食べたとおばから聞いていますし。全く本当に病人なのかと疑うばかりです。」


「そうですか。さすが御丈夫なお方だ回復して逸早く朝議の場にお戻りになられることをお待ちしております。と、お伝えください。」


そう言って持っていたしゃくで口を隠し何か思案ある目で高次を見て、表情を元に戻すと一識に顔を向けた。


「ところで、一識。そなたに大事な話があるからあとで私の所へ来なさい。」


「わかりました。用が済み次第行きます。」


一識は弱々しく言った。そして右大臣は頭を下げた二人の間を通り過ぎていった。


「また父上の手伝いだ。」


頭を上げた一識は不満をあらわにした。それを高次はごく普通の事のように聞いていた。


「まあそれも、有力貴族を父に持つ者の定めだな。あきらめろ。」


高次は他人事のようにすました声でいった。そんな高次をにらみ一識はその場を去った。 にらまれた高次はきょとんとしてその場に立ち尽くした。


(俺何か悪い事いったかな。)


高次は視線を進行方向に戻した。すると視線の先には一人の男が立っていた。白い直衣を着ていて顔は女のようだった。体の線も細く、何か悲しそうな目をしている。


男は高次に深く一礼すると一識が向かった方向に姿をけしてしまった。


高次は男の不思議な雰囲気に強い印象を持った。


春の桜色の風が高次を包んだ。その風は温かさと、これから来る、男と一識、そして、高次を巻き込む悲劇を予兆している様だった。


高次はそんな風をやっと暖かい春が来たのだなと、喜んでいるのだった。


その日の夜、高次は一識の家にいた。そして、二人で何も言わず庭にある桜を見ていた。


ふと、高次が口を開いた。


「ところで、一識。今朝、右大臣殿に何を言われたんだ。」


「満月鬼の事だよ。」


「へぇー。」


「お前、父上と、お前の伯父上殿が敵対しているのは知っているだろう。」


「あぁ。」


「今朝も話したが、満月鬼は宮中でも大きな問題になっている。それで父上が犯人をつかまえろと、俺に言ったのだ。」


「そうか。」


「高次、そうかじゃないぞ。」


「えっ。」


 寝ぼけたような声を発していた高次は、一識の言葉に声の張りを戻した。


 一識は視線を桜から高次に向けた。そして、静かに微笑んだ。その顔を見て高次はいやな予感で顔をしかめた。


「父上に、この件に関しては、条件付きでお受けした。」


「条件?一体どんな。」


「この件は必ず高次と共に関与させてほしいと、な。」


「なっ、なに。俺もやらねばいけないのか。なぜそんな事を言った。お前、俺に関与させたら、もし犯人を捕まえたとしても右大臣殿の一人手柄にはならないぞ。」


「そこだよ。」


「そこ?」


高次は一識の言っている事がわからなかった。一識は視線を高次から桜に戻し話し始めた。


「俺は関わりたくないんだ。幼いころからずっと見てきた。自らが権力を握るためには何も顧みない、欲に飢えた父をずっと見てきた。もういやなんだ、そんなのに関わるのも、そんな人間のあさましい姿を見てるのも。高次、俺は決してどちらにも手を貸しはしない。だから、すまないが手を貸してほしい。」


高次は一杯酒を飲み、一識を安心させるように言った。


「そんなことなら、お安い御用だ。俺はてっきり、さっきの腹いせに俺をこんなことに引き込んだのかと思ったよ。」


この男、いくら嫌でも友には惜しみない協力を注ぐ。


「そのことも理由の一つだがな。」


高次は少々だが自分の言動に後悔して、苦い顔をして酒を一気に飲み干した。


「一識様。例の方がお見えになりました。」


奥の廊下から一識の侍女の声がした。


「通してくれ。」


「一識さっきから聞きたかっただが、円座がもう一つ置いてあったのは今から来る客人のためか。なら俺は」


「いや、帰らなくていいんだ、高次。お前にも関係あることだから。」


すると、侍女に連れられて、白い狩衣を着た要人は二人の元へ来ると、深く頭を下げた。そして、そのまま言った。


「このたび右大臣様に命じられ、事件の解決の手伝いを仰せつかりました。陰陽寮 陰陽師 (あんの) (のぞむ) でございます。」


そこにはいたのは、先ほど廊下で会った男だった。声はとても女のようだった。物腰柔らかそうな、その動作が美しさと女らしさを強調させた。女のような男という言葉道理の人に思えた。


男は一通り挨拶を済ませると面を上げた。すると、水を感じさせるような美しい肌、潤いに満ちた目、まっすぐ通った細い鼻、冷淡に整えられた唇をもった男の顔が現れた。正に「水も滴る・・・」だった。


 一識は男に酒を勧めた。男も勧められた酒を静かに微笑んでから飲んでいた。そんな男を高次は不思議そうに見ていた。


「高次、おまえ勘違いしていないか。」


一識が面白そうに高次を眺めながら言った。


「えっ、何をだ。」


「望殿を男だと思っているだろう。」


高次はきょとんとした顔を二人に向けた。


一識は笑いながら望の顔を見て言った。


「すまんな、望殿。この高次ぐという男は、何かと疎いのだ。少々の事は許してくれ。」


「まさか、望殿は。」


高次は、ハッと驚いたような顔をして望の顔を見た。


望はそんな高次の顔を有るか無しかの微笑で見た。そして、言った。


「高次様、私は女子でございます。」


「そっ、それはすまないことをした。許してくれ望殿。私はてっきりあなたを・・・。」


高次は言葉に詰まって酒を一気のみした。


その様子を望は小さく微笑みながら言った。


「いいえ、お気になさらずに。」


「ところで、望殿これまでの満月鬼に関する情報を教えてくれないか。」


望は体を一識のほうに向けて静かに言った。


「はい。満月鬼が現れたのは今から七ヶ月前です。犯行の仕方は同じで首と胴が離されて殺されています。そして、首はすべて見つかっていません。殺された人の関わりを調べてみた結果、源氏と藤原氏の人間が殺されている事がわかりました。しかも、源氏・藤原氏・源氏という順番で殺されています。どうやら犯人は、この二氏を狙っているようです。このことから推測すると、先月は藤原だったので今月は源氏の誰かが殺されるでしょう。」


高次は聞いた。


「望殿、それが誰かは、わかりませんか。」


「おそらく、次は源只輝様でしょう。」


「何!三条の只輝殿というのか。そっ、それは、なあ一識、次の満月はいつだ。」


一識はしまったという顔をして立ち上がり後ろを向き大声で叫んだ。


「今すぐ出かける大急ぎで出かける準備をせよ。」


一識は高次達の方を向いて言った。


「只輝殿のところへ行くぞ。まだ間に合うかもしれない。」


「だが、なぜ今から行くのだ。」


高次は一識の言っている事がわからなかった。


そんな高次の言動に一識は怒りをあげた。


「のんきすぎるぞ高次。お前今日の月がなんだと思ってる!今日は満月だ。」


高次は一識の剣幕に首をすくめた。


そこに望が、声色変わらず言った。


「一識殿。落ち着いて下さい。もう手は打ってあります。」


「手?」


一識はこんな時によく落ち着いているな、と思いながら聞いた。


望も表情を変えず言った。


「はい、私の式神を只輝殿のところにやっています。犯人がただの人なら式で十分ですが、そうでなければわかりません。まあ、とりあえず行きましょう。件の方のお屋敷へ。」


そう言って、望は立ち上がって二人の間を通り去ってしまった。


二人もその後を追った。


一識と高次は牛車で望は馬で只輝の屋敷へ向かった。牛車の中から高次は馬を走らせる望を見て感心しながら言った。


「まったく、すごいな望殿は。あのように馬を乗りこなしている。俺だって乗れるが、さすがにこんな長い距離をあんな速さで乗れんぞ。よくあんなに、平然と乗っていられるな。なあ、一識。陰陽師とは、馬術にも長けなければならないのかな。」


一識がのんきな高次の言動に呆れ声で答えた。


「陰陽師といわれどんなに尊敬されていても、たかだか正下六位の下級の役人だ。武芸もたしなまんと貴族には重宝されんさ。下級役人など貴族の刀避けだ。半分は武人扱いだからな。代々の下級役人の家は文道と同じぐらいに武道もたしなむのが、当たり前だ・・・。高次、もっと国を知れ。お前はいい男だ。だが、知らなすぎる。この国の実情を知るのもお前がこの国の貴族である以上の義務だ。」


「そうか・・・、すまなかった。」


「俺に言うな。それはこの国の民に言え。」


そう言って一識は扇子で顔を伏せた。隣にいる男は国の事実を何も知らない。しかし、彼が穢れ無き良心の塊でいられるのも、また事実を知らないからであった。一識は貴族の中に生きながらこんなにも清らかな心を持つ者を他に知らなかった。そして、いつも理想とし目指していた。彼の無知に怒りを覚えると同時に、無知のままでいてほしいと願ってもいた。己の心に巣食う穢れを憎みながら、目をつぶり静かに考えていた。


そうして、しばらく考えていると、高次の声が一識を一人だけの世界からこの世に戻した。


「一識、着いたぞ。」


「あぁ。」


二人は牛車から只輝殿の屋敷の門の前に立った。門の前には静かに望がたっていた。疲れの色一つ見せず、望は二人の前に静かに微笑んで立っていた。しかし、その微笑みは暖かさの無い微笑みのような感じがして高次は望を恐ろしく感じた。そして、一識は考えを頑として読み取らせない、その謎めいた望の表情を注意深く見ていた。


望は門の方に向き直り独り言のように呟いた。


「まだ、只輝殿のお命はあります。しかし、このままでは・・・・。行きましょう。」


そういって、門を開けた。門の向こうの光景を見て一識と高次は愕然とした。


そこには。胴と首を切り離された只輝の家臣たちの遺体が横たわっていた。そして、辺り一面が血の海と化していた。強力な血の臭いが三人を包み込んだ。あまりの臭いに高次は鼻を塞いだ。


「ひどい。」


高次は小さく呟いた。


動揺する二人を尻目に望は屋敷の中に入っていった。その後を二人は恐る恐るついて行った。そして、只輝の寝室らしきところへついた。部屋の奥には猫のように怯えて隅に丸まっている只輝がいた。一識と高次は只輝の側に駆け寄った。


「大丈夫ですか。只輝様。お気をしっかり。もう、怪事は修まりましたよ。さあ、お気をしっかり。」


高次は只輝の肩をかつぎ起こした。そして、静かにすのこの方へ連れて行った。


望は空を見ながら小さく言った。


「香奔。廉浴。」


すると何処からとも無く二人の女が望達の前に現れた。二人の女は唐衣を着ていた。


「わぁっ。あああ」


只輝はまた満月鬼かと思い悲鳴をあげた。


すると、望が只輝の元にきてなだめた。


「ご安心下さい。あれは、私の式神です。あなたの世話をさせるために呼び寄せました。怖がらせてしまったようならお詫びいたします。さあ、その成りではなんでしょう、この式たちに手伝わせますからお着替えをなさってください。さあ。」


「本当に、だっ、大丈夫なのか、もうこないのか。」


只輝は体を震わしながら言った。


望は静かに言った。


「大丈夫です。もし何かあればこの式たちがあなたの身代わりになりあなたを守ります。ご安心下さい。さあ、香奔。廉浴。お手伝い差し上げなさい。」


香奔と廉浴は只輝の前に膝をつき頭を下げてから、只輝を奥に連れて行った。


望は廊下に落ちてある、首が切られた人形の紙人形を拾った。そして、静かに見つめていた。


「これが、あなたが行かせていた式神ですか。」


「はい。どうやら犯人はただの人間ではないようです。」


 そういって望は紙人形を懐に収め先程通った門の所へ向かった。その後を一識と高次は追いかけた。二人は望の行動が理解できなかった。しかし、望は自分たちよりも長くこの件には関与しているのを解っていたので何ら疑問に思うことはなかった。


望は門に面した廊下の上からまた月を見始めた。そして、静かに呟いた。


「来る。」


 そう言って高次が腰に差している刀を抜き取った。


 刀を抜き取られた高次は一瞬むっとしながらも言い知れぬ不穏な気配に神経を研ぎ澄ました。


 一識も高次と同じように前方からやってくる気配に身構えた。


 望は小さく呪を唱え、刀を持って構え神経を前方に集中させた。一識も刀を抜いた。


そうして、しばらくの間時が流れた。数分しかなかっただろうが、三人にとってはとてつもなく長く感じた。


そして、何処からとも無く低い歌声が近づいてきた。


・・・栄華を極めし時はすぎ、手元の天球、今はなし。吾らは簒奪を許す事、永久になし。・・・


・・・満月の夜、刃は踊り、血は桜吹雪に変わり、荒山の墓は喜び勇む。吾は満月鬼なり。・・・


・・・満月鬼・・・参上・・・


歌が終わると同時に突風が吹き、閉まっていた門を押し開いた。門の向こうには白い狩衣を着た一人の男が立っていた。右手には刀を持っている。体は見えるのだが首から上は闇に飲み込まれたように真っ暗で何も見えなかった。


「お二人とも、身を床に伏せてください。」


望は小声で言った。しかし、二人とも目の前の男に気を取られ、望むの声はまったく耳に入らなかった。


「二人とも、床に伏せなさい。」


望は語調を強くしていった。しかし、二人とも動かない。


前に立つ男は刀を上に大きく振り上げた。それと同時に大きな突風が望達に襲いかかった。


「伏せろ!カマイタチだ。」


望はそう叫ぶと同時に襲い来る突風を刀で受け止めた。風は威力を弱めたが、弱めたとは言えども三人を後ろの壁に叩きつけた。高次は叩きつけられた衝撃で気を失ってしまった。そして一識は全身に襲う痛みに苦しみながら、顔を男のいた場所に向けた。


すると男は二人に、


「邪魔である。」


と言って。刀を宙に一振りした。一識は終りを覚悟した。自分達もここで死ぬと思い男を見た。望は刀を床に突き刺し、何とか立ち上がり呪を唱えた。


しかし、風は三人を通り過ぎていってしまった。


望はしまったという顔をして急いでまた違う呪を唱え始めた。屋敷の奥のほうへ振り向いた。一識は動かない男を睨みつけた。


時すでに遅し望の甲斐なく、その声は屋敷中に木霊した。


「あぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・。」


屋敷の主、只輝の断末魔の叫びだった。


望は落胆のため息をつき、刀を杖に奥へと歩き出した。一識は男に話しかけた。


「おまえ、一体・・・ナニが目的なんだ。」


「・・・・。」


「何で・・こんな事をする。」


「・・・。」


「答えろ!満月鬼。お前は一体、何者なんだ。」


一識が力いっぱい怒鳴りつけると、男は静かに独り言のように言った。


「吾らは簒奪を許す事、永久になし。」


そう言うと、男は屋敷から闇に溶けるように消えてしまった。その消えた闇に一識は叫んだ。


「吾らとはどういうことだ。お前はいったいナニが目的なんだ。」


しかし、何も返ってこなかった。ただ、濃い闇が広がるばかりだった。一識は立ち上がり壁にもたれて座りこんだ。そうして、ボーっと屋敷の門をむなしく眺めていた。


しばらくそうしていたら、望が戻ってきた。一識は望に聞いた。


「只輝様は、どうなった。」


「残念ながら・・・。」


「そうか・・・、しかし、一体あの男は。」


「ただの人間ではないようです。おそらく、かなりの方術にたけている者でしょう。」


一識は立ち上がりながら言った。


「そうか、今回はまあ仕方が無い。とりあえず、今日のところは屋敷に戻って、検非違使にここを処理するよう言って。私達は明日、御上に報告するとしょう。さあ、手を貸してくれ、高次を牛車に運ぼう。」


「お任せください。式に運ばせます。後天(こうてん)。」


すると、一匹の竜が出てきて高次を背に乗せて牛車へと運んでいった。その光景に一識は驚いた。しかしすぐに慣れた。


二人は屋敷の門を閉め、牛車の方へ目を向けた、すると、一識のお供していた家臣たちが首と胴を離されて血の海の中で死んでいた。一識はその光景に絶句し膝を着いて泣き始めた。


「許さない。満月鬼。私は決してお前を許さない。」


一識は渾身の力をこめて叫んだ。そして、地を叩きながら泣いた。そんな光景を望は無表情で眺めていた。


この夜、月はごく微かに赤く染まり、都一帯に満月鬼の喜びに満ちた笑い声が木霊した。




三日後の夕方。


三人は一識の家で酒を飲んでいた。さっきから高次は蚊帳の外の扱いされている。話していることが三日前の事件のことだからである。高次は悔しそうに言った。


「なあ、おれにも話に混ぜてくれよ。」


一識は駄々をこねる子供をあやすような言い方で言った。


「だから、言っただろう、高次。結局、望殿が頑張ってくれたが甲斐なく満月鬼をつきとめられなかった、って。」


一識は決して、自分の家臣が殺された事を高次に言わなかった。望も決して言わなかった。一識が高次には言わないでほしいと頼んだからだった。一識は友にいらぬ心配をかけたくなかったからだった。


そうとは知らず高次は納得いかずふてくされた。そんな様子を見て一識は笑った。望も静かに微笑んだ。


「なんだよ、俺ばっかり仲間外れにして。もう俺はいいよ、一人で酒を飲むから。どうぞ 勝手に楽しんでください。」


そう言って、二人にそっぽを向いた。


「そうはいかん、ふてくされ屋のお前がいるから楽しいのだ。ほっときはせん。」


一識は更に笑いながらいった。そんな一識の言葉を聞いて高次は睨みつけていった。


「誉めてくれているようには聞こえんのだが。」


「さあ、望殿、夕餉の支度が出来たようだ。さ、食べにいきましょう。」


望は有るか無しかの微笑で答えた。


「いただきます。」


そこに更にふてくされた高次がいった。


「ほら、また俺を仲間外れにした。」


「そうすねるな、さあ、高次も一緒に食べよう。こんばんはお前の好きな豆腐があるぞ。」


「ほんとか。」


ふてくされた顔が一瞬にして笑顔に変わり食事をする部屋へ去ってしまった。


一識は望に言った。


「ほんと、子供そののでしょう。」


「はい。純粋な人ですね。あのような方は生まれて初めてお目にかかりました。」


「そうか。多分。世界であいつだけだよ。あんなに純粋な大人。さあ、私達も行くとしよう。ところで、望殿。」


一識は望を呼び止めた。


「はい、なんでしょう。」


「あの日、襲われるのが何故、只輝様だとわかったのですか。」


「この前お会いした時に、死相が見えていたからです。それがなにか。」


「そうですか。いいえただだ少し気になっただけです。さあ、行きましょう。」


二人は高次を追いかけた。


こんかい、事件を解決することが出来なかったという事で三人は一週間の謹慎という処分を受けた。謹慎のあいだ中この三人はずっとここで酒を飲むことに決めた。高次と一識は新たな仲間について知るために、望はこの二人を知るために。




これから始まる悲劇を知らずに・・・。


つづく


どうも、安倍椿です。

初めてのロング小説です。

しかも、平安時代が舞台。

でも、登場人物などはみなさん架空の人物です。

ただ、時代だけ平安です。

たぶん、なかにはもう犯人がわかっている人たくさんいると思います。

もしよかったら答えを教えて下さい。

それではまた、次回作でお会いいたしましょう。

安倍椿

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