徒然なるネスト -上山の妄言-
「ボス、ボス~」
「ボスはやめろ」
清水を家に泊めた金曜の午後。夜の仕込みを終わらせて一息ついている俺に声をかけてきたのは清掃作業中であるバイトの上山だった。
上山は売れないバンドのボーカルで、音楽をやる理由も一発当てて人生楽に暮らしたいという甘え切った考えを持った女だ。
この女は何度注意しても俺のことをボスと呼び、勤務態度も接客時以外は真面目とは言えないスタッフである。まぁ、それに関しては山口にも当てはまるので強く言えないのだが。
その上山がニヤニヤと卑屈な笑みを浮かべて擦り寄ってくる。嫌な予感しかしない。
俺は噛んでいた駄菓子のフーセンガムを膨らませ、一度割ってから包み紙に吐き捨てる。
「何事だ」
バーカウンターに置いたラップトップへ売り上げを入力しながら訊いた。どうせどうでもいい話だろう。
すると、予想に反して真剣な表情でジッと俺を見つめ、上山は口を開く。
「ゲームの実況動画が伸びないんですけど、どうしたらいいですかね」
「知るか」
二度と真面目に取り合わねぇ。
大きな舌打ちをし、レコメンドライブの収支を手元のメモ帳と照らし合わせつつ入力する。そのままキーボードのタップ音を響かせていると、ホールモップを片づけたらしい上山が当然のように隣の椅子へ座った。
「構ってくださいよぉ~」
「見ての通り仕事中だ。山口に相手してもらえ」
「明日香さんはコンビニ行ってまーす」
「あのエナドリ信奉者が……!」
頭の中に赤と青の翼を授けるエナジードリンクを持ってガハガハと笑う山口がエントリーしてくる。酷く不愉快極まりない。
「じゃあ近藤さんにでも」
「兄貴はラーメン食べに行ってまーす」
そういや家系ラーメンの店が近場にできたって聞いたな。そこに行ったのだろう。あの人はあの人で健康診断の結果が悪いのに中性脂肪が引っかかりそうなもの食べやがって。
「木内君」
「今日は寄席があるから休みですよぉ」
そういえば、聞き上手の木内君は本業だったな。
寄席をやってる浅草から新宿までコイツの与太話を聞くためだけに来いと言うのは流石に酷か。
「清水……いや……で、何のゲームを遊んでいるんだ」
流石にトイレに行っている清水を売るのは人としてマズい。諦めよう。横でぎゃあぎゃあと騒がれて金額の入力ミスするよりコイツの相手をする方がマシだ。
ラップトップのモニターをパタンと閉じ、バーカウンター下の冷蔵庫にあるペットボトル入りの水を二人分取り出して上山に片方を差し出す。
ニヤァと笑って嬉しそうな顔をする上山を見ると負けた気がする。
「結局真剣に聞いてくれるからボスのことしゅき~」
「年下へ事あるごとに相談することを恥じろ」
いつもより数段鋭い切れ味の罵倒を返す。上山は優しく接するとどこまでも付け上がる。給料の前借り相談を当たり前にするのはスタッフの中でもコイツぐらいだ。
「何のゲームでもいいんですよぉ。バズればね!」
「なんて主体性のないスッカスカな言葉なんだろうか」
目の前で可視化したならば、コイツを数百回は殺せるであろう冷ややかな眼差しを向ける。やはりコイツはジャンルのパイオニアになんてなれずに人の通った道を後追いで縋って失敗しかしないタイプの女だ。ここまで呆れよりも哀れが先に来る女も珍しい。
「ならば適当に流行りのものでも追いかければいい」
「ちっちっちっ。それはもうやりました!」
「結果は?」
「じぇんっじぇん伸びませんでした」
「だろうな。勉強になっただろう。楽して金儲けなど無理だ」
「でもでも、ネストのお客さんが動画見に来てくれるから楽しんでほしくてぇ」
「……お前の活動に何故ウチの客が?」
「ウチのチャンネル名『ネストチャンネル』ですもん!」
瞬間、上山の頭部に俺の健康優良日本男児チョップが炸裂した。
◇
「はい、それではクソバ上山の裁判を開始します」
「ごめんなさ~い、許してクリケット」
清掃の終わったライブホールで正座をさせた上山の周りを山口・近藤さん・俺で囲んで圧をかける。清水があわあわと後ろのほうでうろたえているが、生憎構ってやる暇はない。
さめざめと涙を流して謝る上山を絶対零度の瞳で見下し、俺はコイツの罪状を改めて二人に伝える。なんなら謝罪にさえなってないからなコイツ。
「このバカ女は、勝手にネストの公式を騙って動画チャンネルを設立していた。無許可でな。しかも投稿動画はゲーム実況やコスメ紹介といったネストとは結びつかないような内容でだ」
「コイツぁひでぇや」
流石の山口も呆れた様子で口を開いた。近藤さんもむっつりとした表情で眉を寄せている。唇をラーメンの油でテカテカに光らせながら。
「ネストの名前ならチャンネル登録者数がガッポガポだと思った出来心なんですぅ~。悪意はないんですぅ~」
「悪意があったら俺は今頃お前を硫酸の海に漬けている」
「返しが怖いっての……ま、チャンネル名変更か、削除で手打ちにしてやろうや」
苦笑する近藤さんが早く仕事に戻りたいのか話をまとめ始めた。俺もこんな真似を二度としなければ許してやるつもりだったので、大きく嘆息してから上山にどちらか好きなほうを選べと告げる。
それに待ったをかけたのは意外にもスマホでチャンネルを確認していた山口だった。
「待って。なんやかんや四万人にチャンネル登録されてる!」
「……だからなんだ」
「ねぇ、このままチャンネル貰っちゃわない?」
山口の提案に俺も近藤さんもドン引きした。ネストの名前を使ったとはいえ、上山が努力して積み上げてきたものを掠め取ろうとしているのかこの女。
「人として品性を疑うわ」
「ち、違うって! 信じられない汚物を見たみたいな表情やめて!」
「山口、やっていいことと悪いことってのが人間界にはあるんだぞ?」
「近藤さんも悪ノリしないで!」
俺たち二人は悪ノリではなく本心から言っている。
「思惑を聞くだけ聞いてやる」
「いやさ、ネストのスタッフが動画を投稿するチャンネルにしたらいいんじゃないかなって思ってね。で、個人のチャンネルへハブにするの」
「ハブ? マングースと戦うやつか?」
古典的なボケをかます近藤さんに動物ではなく英語のほうですと教える。確かに山口の提案は魅力的だが……
「禊としてチャンネルをネストが譲り受けて、上山ちゃんが新しくチャンネルを立ちあげる。これだったらオーナーの筋を通しているって言えるでしょ」
「……だ、そうだが。上山はどうしたい?」
面倒になってきたので最終決定は主犯の上山に委ねることにした。
結果、上山は山口の提案を飲むことにしたのである。
◇
「結局相談が解決してないんですよぉ!」
「知るか」
バーカウンターに戻り、話を戻してきた上山に再び先程と同じ言葉で返す。
冷徹な俺の言葉に同情したのか、山口と近藤さんがなんだなんだと嘴を突っ込んでくる。清水も興味ありげな表情を浮かべていた。
「何の相談だったの?」
「俺たちも力になれるかもしれんぜ」
「頑張ってお手伝いしますよ!」
実は……と上山は先ほど俺に相談した内容と同じものを山口たちに伝えた。
それを聞いた二人は難しい顔をして揃って腕を組む。
「俺はゲームをやらんからさっぱりだな」
「私もー」
「アタシも全然です」
まったく力にならなかった。
「適当にレースゲームの映像を流しながら、後ろで自作曲でも流せばいいだろ」
「あっ、それはいい案かもね。ミュージシャンって強みも出てるし」
「やってみます!」
俺の発言を受け、上山はネストの事務所から大学の授業で使っているであろう自らのラップトップを持ってきて、投稿サイトのウィーチューブから適当な動画を探す。すると、元が花札販売会社のカートレースゲームがズラリと並んだので動画を再生し、音声をミュートにしてからバックグラウンドで自分のバンドのインストを流し始めた。
その映像を俺を除く三人がジッと眺める。Aメロが終わったあたりで、上山は音楽を止めた。
「合わないですね」
「合わないね」
「致命的にマッチしないな」
上山のバンドはポップロックバンド。しかも爽やか系の曲が多い。確かにレースのイメージは湧かず、なんというか、映像に対してサウンドが軽すぎるとでも言おうか。ギターとベースとドラムだけでは音が足りていないとしか感じない。
「ハードロックのほうがいいのか?」
「シンフォニックなほうがまだ合いそうじゃない?」
「あえてアニソン流します?」
先程までの無関心は何処へやら。いつの間にか山口と近藤さんもやいのやいのとレースゲームの映像にどんなサウンドが合うか意見を飛ばしている。やはり二人とも根っこはミュージシャンらしい。
せいぜい頑張ってくれと声をかけ、俺は仕事を再開した。
しかし、話はそこで完結せず。そのまま三人は事務所で保管されているネスト所有のデモ音源を引き出して延々とあーでもないこーでもないと意見を交わし続ける。
音源を上山のパソコンで再生しては別の物に変更し……、それを何度繰り返してもどうにもピンとくるものがないのか三人は頭を抱えていた。
そんなチマチマした作業を上山が耐えられるわけもなく。案の定、俺に意見を訊きに擦り寄ってきた。
「ボスぅ~、助言とかないんすかぁ」
「知るか。お前たちが好きでやっていることだろうが」
冷たくあしらうが、前回と違い山口と近藤さんという援軍も異口同音の言葉で俺に問う。清水はそんな彼女たちに付き合い切れなかったのか俺の横の席で眠っている。
「オーナー! このままじゃアーティストとして引き下がれないよ!」
「そうだそうだ! バンドマンとして負けを認めることになっちまう!」
「お前たちは一体何と戦っているんだ……」
思わず心底ドン引きした表情が顔に出てしまった。それよりもバー営業しかないから暇とはいえ仕事をしろ。
「うぉおおおお! ボサノバ!」
「エモーショナルハードコア!」
「オルタナティブメタルぅ!」
終わりそうにない大騒ぎに俺は大きくため息を吐く。
「……お疲れ様です」
あまりの喧しさに目が覚めた清水が、俺の肩にポンっと手を置いて労ってくれた。




