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ライブハウスへようこそ  作者: 菅原暖簾屋
ライブハウスへようこそ

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8/14

おはよう

 好子いいこが目覚めたのは、まったく知らない室内であった。

 寝そべっていたのは防虫剤の臭いが少し香る布団で、横ではあられもない姿の山口が大きないびきを掻いて眠っていた。

 ここはどこだろうなどと寝ぼけた頭で考えていると、右手側にある引き戸から控えめなノック音が鳴る。


「む、起きたか」


 そう言って二枚引きの引き戸から現れたのは、ネストの文字が刻まれた藍色のTシャツに黒いスラックスの伊織であった。

 好子はどういう状況なのかを伊織に尋ねる。すると、伊織は昨夜からの流れを懇切丁寧に彼女へ教えた。


 昨夜、バーステージで突如始まった伊織の弾き語りワンマンショーは盛り上がりに盛り上がり、気づけば日を跨ぐ時間帯になってしまっていた。しかも終盤になると好子は眠気が限界に達したのか寝落ちをしてしまっており、山口が送っていこうにも住所がわからないのでどうしようもない。そこで、しかたなく伊織はネストの入っているビルの二階にある伊織宅へ二人を泊めたと説明した。

 通りで見覚えのない場所なわけだと好子は引きつった笑いを浮かべる。入学初日で男友達の家に外泊である。彼女は箇条書きならばとんでもない不良娘だなと心の中で自らを罵倒した。


「……そうだ、学校!」


 今日は金曜日、平日である。学校に行かねばと立ち上がった好子に呆れた声で伊織が告げる。


「新入生は本日休みだ。登校は週明けの月曜からだと担任が言っていただろうに」

「……あー、そうだったね~」


 話を合わせたが、好子はまったく記憶になかった。彼女は誰も来ない入学式などさっさと終わってくれないかとしか考えておらず、式典が始まってから教室で解散するまでずっとぼんやりとしていたのだ。

 人を見てきた年季の違う伊織はそんなことを見抜いているが、わざわざ指摘するようなことはせずに話題を変える。


「まぁ、いい。朝飯は出来てるぞ」

「え? いいの?」

「構わん。そもそもそこで転がっているバカは週に三日はここで寝泊まりしている。それに比べたら可愛いものだ」


 バカこと山口は未成年で一人暮らしの伊織を心配しての行動なのだが、当の伊織がきちんとした生活を自分だけで送れる人間なのでただのたかりにしか見えず、同僚の木内や近藤からは迷惑をかけすぎないようにと逆に注意されている。

 結果、周りから見た山口の信用は未成年の伊織よりも低くなってしまっていた。


「じゃあ、いただいちゃう」

「ああ、好きなだけ食べるといい」


 そう言って好子が案内されたリビングには三人分の朝食が用意されていた。空の茶碗に鮭と胡瓜の漬物、豆腐とわかめの味噌汁。典型的な和朝食がそこにはあった。


「伊織君って……」

「なんだ」

「すっごい真面目なんだね」


 今日日こんなピッチリとした朝食などお目にかかることはほとんどない。少なくとも好子の朝食はコンビニのおにぎりひとつなんてのがザラであった。


「たかだか朝食で真面目もクソもあるか。バカ言ってないでさっさと片してしまえ」

「はーい。いただきまーす」

「おう、めしあがれ……テメェはいつまで寝てんだ山口ィ!」


 大きないびきを響かせる山口の顔面に、伊織の投げた枕が突き刺さった。





「それで、清水はどうするつもりだ」

「……どうするって?」

「流石に高校に入りたての娘が家に帰ってきてないとなると普通の親は心配する。連絡するなり帰るなりしたほうがいいと思うが」


 伊織の言葉に好子は困った表情を浮かべる。


「大丈夫だよ。たぶん、お父さんは家に帰ってないから」

「……そうか。詳しくは聞かないが、月曜からは学校が始まる。身の振り方はきちんと考えておいたほうがいいぞ」


 伊織の言葉に、好子は小さく頷いた。わかってはいるが心が拒絶してしまうのだと、好子は口にせず言い訳をした。


「まぁ、今日もネストは開いている。飽きるまで好きなだけいるといい」

「本当!?」

「もちろん、手伝いはしてもらうがな」

「やるやる~!」


 急に元気になった好子とギョッとして伊織を睨む山口。山口は伊織に耳打ちをする。


「ちょっと、いいの!? 学生だよ?」

「今日は夜営業だけとはいえバイト組が上山しかいないんだ。加えて木内君も本業で出勤が夜から。俺は仕込みがあるし、人手が足りん」

「それはそうだけどさー」

「そもそも貴様がなんか弾けと注文したせいで清掃が終わらずに日を越したのが原因だが? 自覚はあるかマヌケ」

「はい、すいましぇん……」


 導かれた山口がシュンとして小さくなった。ちなみに、伊織と山口が口論したときの勝率は一〇対〇で、山口が全黒星である。

 そんなまるで兄妹のようなやり取りをする二人を眺めていた好子がクスリと笑う。


「どうした」

「二人とも仲いいんだね」

「そーそー、オーナーと私ちゃんはマブなのだ!」

「違うのだ」


 伊織は真顔で梯子を外した。

 キーキーと動物園で餌を取り合う猿のような金切り声をあげて抗議する山口の頭を押さえる伊織。好子はその光景に苦笑いを浮かべながらも彼に問う。


「ひとつ訊きたいんだけど」

「なんだ」

「今日って金曜日だけどライブはないの? 普通だと明日が休みだからありそうなものだけど」

「それねー。新年度だから業者にライブホール側の点検を頼んでるからやりたくてもできないの」


 点検終了予定時間は一七時、リハの関係から確実に夕方のライブイベントは無理な時間である。


「そういうわけだ。点検には丸一日かかる予定でイベントを組もうとしても不可能。

 今日は出勤可能なスタッフも少ないし、本来なら休みにしてもよかったが……ネストによく出てくれているアーティストがインディーズレーベルと話をする場を貸してほしいと言ってきたのでな。快く場を提供することにした」


 そこまで世話を焼く必要があるのかと疑問に思った好子に山口が補足する。


「レーベルの会社でお話すると雰囲気にのまれて不利な契約結ばれるかもしれないでしょ? だから場所貸してってお願いされたの」


 好子はそういうことかと納得した。伊織も頷いて情報を付け加える。


「悪質なレーベルがいないこともないからな。近藤さんがちらちら様子見すれば、レーベル側も下手な真似もできまい」


 なんせ近藤はスキンヘッドにグラサンの見るからにアッチ側の人間。中身を知ればただのメタル好きなひょうきんなオッサンだが、初見では確実に勘違いされるタイプの風貌である。

 武力面では柔道黒帯の店長や前世からの経験で喧嘩殺法のスキルが極まっている伊織のほうが強いが、雰囲気による防衛に関しては近藤に軍配が上がるのである。


「近藤さんってそんな役割なんですか……」

「あのナリでボーカルなの詐欺だよね」

「わかるが失礼だぞ」


 なお、伊織も最初にバンドマンと聞いたときはドラマーだと勘違いしたのは秘密である。



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